ウマ娘キタサンブラック短編集   作:大典74

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pixivにある同名の作品を手直ししております
タイトルの「お助け王子」はアプリ版の3着目の勝負服イベントから引用しています


お助け王子と服選び

「トレーナーさん、遂にこの時が来ましたね!」

「あ、ああ……そうだな……」

 

 グッと握りしめた手を胸に持っていき、気合を入れて呼びかける。だけど、隣のトレーナーさんからの返事はどこか歯切れが悪い。

 今日はトレーニングはお休み。ある目的のためにあたしは、トレーナーさんと一緒に服屋さんまでお出かけに来ていた。……のはいいんだけど。

 当の本人を見上げてみても、なんだか落ち着かない様子で視線を泳がせている。むむむ……。

 

「トレーナーさん? なんでそんなにテンションが低いんですか?」

 

 ほっぺたを膨らませながら、じっとトレーナーさんを見つめてみる。折角の楽しいお出かけもこれでは台無しというものだ。

 無言の抗議を受けたトレーナーさんは、気まずそうに視線を外して頬をかいた。

 

「いや……俺の服を選ぶのって、そんなに楽しいかなって思うとどうしてもな……」

 

 自信なさげなトレーナーさんの言葉に、ちょっぴり悲しくなって言葉が溢れてしまう。

 

「むぅ……楽しいから選ぶんですよ。それにトレーナーさんはあの時、いいって言ってくれたじゃないですか……」

 

 それを聞いたトレーナーさんは、ハッとしたようにすぐにこっちに視線を合わせてくれた。

 

 さっきトレーナーさんが言った通り、あたしたちの目的は服選び。なんであたしが服を選ぶのか、それには少し前の出来事が関係している。

 あの時、あたしはトレーナーさんを癒やすために、ダイヤちゃんと観た映画の真似をして「お助け王子様」になった。カッコよくエスコートしようとしたけれど、王子様という役割にこだわりすぎて空回りしちゃったんだよね。

 結局、トレーナーさんのおかげで自分らしさを取り戻して、無事に彼を笑顔にすることはできた。……一応、目的は達成したんだけど。

 実は1つだけ、心残りがあった。

 

 そう、服選びだ。

 

 王子様らしい服の選び方をクラちゃんやダイヤちゃんに聞いてみたけど、ふたりとも微妙な顔をしていたのを思い出す。それはきっと、あたしらしさを失っていたからなんだって、今なら分かる。

 ……頭では分かってるんだけど。

 それはそれとして、トレーナーさんの服を選びたい気持ちは未だに残っているのだ。

 だって、王子様とか抜きにしても、服選びって信頼してるヒトにする特別なことみたいで……よくない? ガラじゃないって自分でも思うけど、なんだか彼をあたし色に染めるみたいで、大人っぽくて……ちょっと憧れちゃうんだ。

 ともかく! 服選びだけはなんとかリベンジしたかったのだ!

 

『トレーナーさん! 服選びのリベンジ、させてください!』

 

 そんなことを言ったのは、確か先週のミーティングの後だったかな? なんでか遠い昔のような気がする。

 机越しのトレーナーさんは瞬きを一つして、ゆっくりと口を開いた。

 

『えっと……なんで?』

 

 そりゃそうだ。理由をちゃんと言わないと、こうなるのも当然だよね。

 あたしは照れ隠しにほっぺたを少しだけかいて、改めて口を開いた。

 

『……前にエスコートしましたよね? あれですよ!』

『ああ、あれか。だけどキタサン、もう王子様にこだわらなくても――』

『王子様とかじゃなくて! その……あたしが着てほしい服を、トレーナーさんに選びたいんです。……ダメですか?』

 

 あたしの思いがけない言葉に、トレーナーさんは大きく目を見開く。それから、降参したように小さくため息をついて。

 

『……分かったよ』

 

 困ったように笑いながら、そんな言葉を返してくれた。その後はあれやこれやで予定が決まって、今に至るというわけだ。

 ふと意識を戻すと、頭にはまだ優しくて温かい感触が乗っていた。そうだ、撫でてもらってる最中だったんだ。

 名残惜しいけれど、このままじゃ服探しが始まらない。あたしはトレーナーさんの手に、ゆっくりと自分の手を重ねた。うん……手の甲だけど、やっぱり直接触れると温かいや……じゃなくて!

 

「キタサン?」

「そのっ……もう怒ってないですから、ナデナデは大丈夫ですっ……」

「ああ……ごめん、ごめん。流石にやりすぎたかな?」

「……」

 

(いえ、そんなことはないです。ナデナデ、本当はもっとして欲しいですっ)

 

 すっ……ごくそう言いたいけど、今回はそれが目的じゃない。だから泣きそうになる気持ちを、何とか胸の奥にギュッと押し込んだ。

 スッと離れていくトレーナーさんの手の平。ポツンと取り残された寂しさを、あたしは耳をピョコピョコ動かして何とか誤魔化した。

 

「そういえばキタサン、俺に合いそうな服のイメージとかあるのか?」

 

 寂しさを誤魔化していると、隣のトレーナーさんからそんな一言が飛び込んできた。

 イメージ……イメージかぁ……。ふふふ、実はもうバッチリ思い浮かんでいるのだ!

 今日のためにいっぱい考えてきたあたしは、自信を持ってトレーナーさんに向き直った。

 

「ええ、勿論! 今日のために、色々考えてきたんですから!」

 

 ドンと胸を叩いて宣言すると、トレーナーさんは嬉しそうにニコリと微笑んでくれた。

 

「本当にありがとう、キタサン。例えば、どんな服をイメージしてくれてるんだ?」

 

 その言葉を聞いて、あたしの耳はピンと立った。

 よくぞ聞いてくれました! その言葉を待っていたんです!

 

「ちょっと待ってて下さいね!」

 

 それなら早速だよね。あたしはトレーナーさんに着てほしい服を探すため、走……ると迷惑になっちゃうから、グッと我慢して早足で向かう。

 ウキウキした気持ちのまま、目的の場所まで一直線だ!

 

………………

…………

……

 

「お待たせしました!」

 

 いくら時間は経っていないとはいえ、待たせるのは申し訳ない。あたしは小走りでトレーナーさんの元へ戻り、小さく息を整えた。

 片腕いっぱいに何種類もの服を抱え、空いた方の手を振りながら駆け寄ると、あたしの動きに合わせて服が小さく揺れた。

 

「おかえり。そんなに急がなくても大丈夫だよ。全然待ってないから、ゆっくり息を整えて」

 

 トレーナーさんの声はいつも通り優しくて、それだけで胸が温かくなる。……って、いつもはそれで良いかもだけど、違う違う! 今日は貰う日じゃなくてあげる日なんだから!

 緩みそうになる心をギュッと引き締め、気合を入れてパッと顔を上げる。そこには、声と同じくらい優しいトレーナーさんの笑顔があった。

 

「……それでも、お待たせしたことには変わりありませんから。ですが、その分しっかりと選んだので、期待していてください!」

 

 そう言ってみたものの、トレーナーさんはニコニコと笑うばかり。

 むむむ……これじゃあ、親の前ではしゃいでる子供みたいだ……。だ、だけどこれを着てもらったらきっと……!

 カァッと顔が熱くなるのを感じるけれど、心の中で『ワッショイ! ワッショイ! セイヤ! ソイヤ!』と唱えることで何とか耐えきった。そしてそのまま、腕に抱えた服をトレーナーさんへと差し出す。

 

「……どうぞです!」

「ありがとう。それじゃあ着替えてくるよ」

 

 あたしの内心のドタバタに気づく様子もなく、トレーナーさんはいつも通り服を受け取ると、そのまま試着室へと向かっていった。

 

「ふぅ……とりあえず渡せて良かった……」

 

 試着室に入っていく様子を見ながら、あたしは肩を下ろして息をつく。

 う~ん、エスコート役って少し気疲れするかも。……ふふっ、だけど♪

 そんな疲労感なんて吹き飛ぶくらい、今はこれからの展開が楽しみで仕方ない。だって、新しいトレーナーさんが見られるのだから!

 万が一、いや億が一似合わないなんて心配も無用。今回に限っては絶対に似合うって、自信を持って言える。

 何故なら。

 

「あたしが選んだ服だから」

 

 あたしが一生懸命選んで、それをトレーナーさんが着てくれる。これ以上の理由がいるだろうか?

 誰かのために歌う歌が心に届くのなら、誰かを想って選んだ服だって、きっと同じようにそのヒトの心へ届くはずだ。

 

「だから絶対大丈夫」

 

 うん、声に出してみると、さらに大きな自信が湧いてきた。

 ……って、思いに耽っている場合じゃない! 気づけば、試着室へ向かうトレーナーさんの背中は結構先まで進んでいた。

 ととっ、早く追いかけなきゃ!

 あたしは慌てて一歩を踏み出し、パタパタと早足で彼の後を追った。

 

「あちゃ〜……一足遅かったかな……」

 

 あたしが追いついた時には、ちょうど試着室のカーテンがシャッと閉まったところだった。

 むぅ……入る前に「絶対大丈夫ですからね!」って、もう一回声を掛けたかったのにな。

 ちょっぴり耳が伏せ気味になるけれど、落ち込んでいる場合じゃない。あたしは気を取り直して、カーテンの向こう側に期待を膨らませながら待つことにした。

 

「まだかな……♪」

 

 いつの間にか、嬉しさで尻尾がパタパタと揺れていた。時計をチラチラ見たところで早く着替えが終わるわけじゃないのに、待ち遠しくて仕方ない。

 

(あたしが服を選んでる間、トレーナーさんもこんな気持ちで待っててくれたのかな? 困惑? 諦め? ……あたしと同じくらい、楽しみにしてくれてたらいいな)

 

 あたしが選んだ服、どれくらい似合ってるだろう。頭の中ではバッチリいい感じに仕上がってるけど……う~ん、今は想像しかできないよぉ〜……!

 

「キタサン……いるかい?」

 

 不意に鼓膜を揺らしたその声に、あたしの耳がピクリと跳ねる。

 すぐに返事をすればいいのに、いざとなると緊張でキョロキョロしてしまって、上手く声が出せない。

 

「キタサン……?」

 

 ああ……っ! トレーナーさんがちょっと焦った声になってる……!

 早く返事をしなきゃと思うのに、口はパクパクするばかりで声が出てくれない。

 

(出さなきゃ、出さなきゃ……!)

 

 あたしは喉を撫でながら、何とか言葉を絞り出した。

 

「はい、キタサンブラックです!」

 

 ――って、な、なんでこんな時にフルネームで自己紹介!?

 

 口に出した瞬間、全身が一気にカーッと熱くなる。意味がわからないよぉあたし! うう……恥ずかしくて爆発しそうだぁ……っ!

 

「えっ? あ、ああ……うん。着替え終わったよ。それじゃあ、ちょっと開けるね」

 

 ほら! トレーナーさんも困ったような声になってるし! ああ、穴があったら入って演歌を歌いたい……。はぁ~ん……。

 恥ずかしさで耳は力なくペタンと倒れてしまったけれど、ここで項垂れている場合じゃない。だって、待ちに待った瞬間がすぐそこまで来ているんだから!

 あたしはペシッと両頬を叩いて気合を入れ直し、返事をするためにグッと息を吸い込んだ。

 

「そ、そうですかっ! は、はいっ、どうぞ! うわ〜、どんな風になってるか楽しみだなぁ〜っ!」

「……? それじゃあ開けるよ」

 

(なんかあたし……へんなテンションになってない……?)

 

 自分で自分に首を傾げていると、シャッ……と静かな音を立てて、ゆっくりと目の前のカーテンが開いていく。

 

「わぁ……!」

 

 開かれたカーテンの向こう側を見て、思わず感嘆の息が漏れる。

 黒のテーラードジャケットにシンプルな白シャツ、そして細身のデニムパンツ。いつもよりずっと大人っぽくて、キチッとしているのにどこか抜け感もあって……とにかく、すごくカッコいい。

 

(こ、これは……思っていた通り……いや、それ以上に……!)

 

 あまりの似合いっぷりに言葉を失って見惚れていると、不意に、心配そうな顔のトレーナーさんと目が合った。

 

「ど、どうかな……?」

 

 あっ……表情だけじゃなく、声までだいぶ不安げだ。

 こんなにカッコよく決まっているのに、自信なさげに戸惑っている様子はなんだか可愛らしい。う~ん、これが世に言う『ギャップ』ってやつなのかな?

 ……なんて、感心している場合じゃない! あたしが黙っているせいで、トレーナーさんの不安が見る見るうちに大きくなっている。早く安心させてあげなきゃ!

 よーし、どれくらい似合っているか、バッチリ伝えるぞ……!

 

「最高ですよトレーナーさん! 凄くかっこよくて……とっても、ワッショイですっ!」

「……ワッショイ? ふふっ、そうか。似合ってるなら良かったよ」

 

 うん、いい感じの言葉が出せたよ! これはもう完璧と言って良いんじゃないかな?

 トレーナーさんは何故か一瞬だけポカンとしていたけれど、すぐに目尻を下げて柔らかく微笑んでくれた。

 うんうん! やっぱりトレーナーさんは、その顔が一番いいよね!

 

「よし……それじゃあ、そろそろ着替えるかな」

 

 緩んだ頬のまま見惚れていると、トレーナーさんがゆっくりとカーテンの奥へ戻ろうとする。

 

(あっ……もう着替えちゃうんだ……。いや、これをプレゼントすれば、これから何度だって見られるんだもんね!)

 

 パッと気持ちを切り替えていると、トレーナーさんが「すまない、ちょっとだけ待っててくれ」と申し訳なさそうに言った。

 

「はいっ、ゆっくりで大丈夫ですよ!」

 

 あたしの声掛けを聞いて、トレーナーさんは完全にカーテンの奥へと姿を消した。

 さて……これであたしの『エスコート役』も、あとはお会計を残すのみだ。

 何とか無事に終わりそうでホッとする反面、楽しいお祭りが終わってしまう時のような、ほんの少しの寂しさが胸を掠める。

 

「お待たせキタサン」

 

 しんみりしていたところに声が響き、試着室からいつもの姿のトレーナーさんが現れた。

 うん、さっきの大人っぽい服も最高だったけど、いつもの見慣れた姿もやっぱり大好きだな……って、いけないいけない!

 また変な方向に思考がズレそうになり、あたしは慌ててパタパタと頭を振って誤魔化した。

 

「いえいえ、全然待ってないですよ!」

「そうか。それなら、次はどうする?」

「えっ?」

 

 思いもよらない言葉に、あたしの思考がピタッと停止する。

 次? まだ終わりじゃなくてもいいの? もう少しだけ、この時間が続いてくれるの?

 嬉しさと驚きで目をパチパチさせていると、トレーナーさんは誤魔化すように頬をかきながら言葉を繋いだ。

 

「その……変な話なんだけどさ、他にも色んな服を見てみたいなって思ったというか……」

「キタサンと一緒に選んでもらいたいんだけど……いいかな?」

 

 いいかどうか? そんなの……。

 

「勿論ですよ!」

 

 良いに決まってる!

 あたしは勢いよく返事をすると、彼の空いている方の手を両手でガシッと掴んだ。

 

「き、キタサン?」

 

 目を白黒させる彼はお構いなしに、あたしはその手をぐいっと引いて、弾むような早足で歩き出した。

 

「さぁ、行きますよ!」

「ちょっ……キタサン! 急に引っ張ったらびっくりするだろう……! それに歩くの早い……!」

「だってのんびり歩いてたら、色んな服を見て回れませんもん! 他にも考えてたけど試してない服が、まだまだいっぱいあるんですから!」

「……ふふ、そうか。それなら仕方ないな」

 

 チラリと後ろを振り返ると、少し歩幅を広げてついてくるトレーナーさんが、優しく微笑んでいるのが見えた。それだけで、あたしの胸の高鳴りはさらに強くなっていく。

 

(よ~し、次は白いジャケットとか、色んな服を試してもらうぞ〜! だから、しっかりついてきて下さいね♪)

 

 想いを込めて繋いだ手をもう一度ギュッと握ると、彼も力強く握り返してくれた。

 手のひらから伝わる温かさに胸をいっぱいにしながら、あたしは振り返らずにズンズンと歩き続ける。

 

――あたしの『エスコート』は、まだ終わらない。

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