ウマ娘キタサンブラック短編集   作:大典74

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pixivにある同名の作品を手直ししております


シュークリームの悲劇?

「美味しいれす〜……トレーナーさん〜……」

「ふふ……そうか、良かったよ」

 

 ミーティング終わりの夕暮れ時。あたしの両手には、手のひらくらいの大きさのシュークリームが握られている。

 ふわふわの生地で……口いっぱいに広がるクリーム……いくらでも食べられそうなしっかりとした甘さ……。

 うん! いくらでもペロリといけそう! 幸せな気持ちに合わせて、耳と尻尾も大きく動いてしまう。

 

「トレーナーさん、ありがとうございます! あたしのためにシュークリームを買ってくれて!」

「気にしないで、キタサン。いつも頑張ってる君へのご褒美だよ」

 

 トレーナーさんはそう言って、あたしに微笑みを返してくれた。

 なんでもこのシュークリームは、クラスでも噂になっているくらい有名で、いつも行列ができているそうだ。

 今ならそれも当然だと思える。そのくらい美味しいんだもん。

 

「でも、トレーナーさん。これを用意するの、大変だったんじゃないですか? クラスでもなかなか手に入らないって聞きましたよ?」

「う~ん……並ぶのは大変だったけど、ちゃんと買えたから苦じゃなかったよ」

「そうですか……」

 

 何でもないように言うトレーナーさん。だけど、あたしには何となくわかってしまう。あたしの喜ぶ姿を見たくて、朝早くから並んでくれたんだろうなって。

 優しい性格なのも、決して苦労を口にしないヒトなのも……全部、わかっているから。

 

「だから遠慮しないで、全部食べてくれ」

 

 変わらない笑顔を見せるトレーナーさん。それを見て、あたしは考える。

 遠慮するほうが申し訳ない。あたしの笑顔がトレーナーさんにとって、何よりのお返しになるんだから。

――だけど。あたしにとっての一番のお返しは、もう思い浮かんでいる。

 机に置かれた箱からシュークリームを一つ掴み、トレーナーさんのところまで急いで駆け寄った。

 

「キタサン? シュークリームを持ってどうしたんだ?」

「トレーナーさんも一緒に食べましょう!」

「え? でもそれは君に……」

 

 あたしが差し出したシュークリームを見て、トレーナーさんは困惑している。

 まぁ、あたしが逆の立場でも、きっと同じ反応をすると思う。だけど……ううん。だからこそだ。

 譲ることなく真っ直ぐにトレーナーさんを見つめ返し、あたしは口を開いた。

 

「このシュークリーム、凄く美味しいです! その美味しさを一緒に味わいたいんです! だって……分け合えたら絶対に幸せですから!」

「キタサン……」

「三個も買ってくれたんですよ! 一つくらい食べてもいいじゃないですか!」

 

 想いの丈を詰め込んで、シュークリームをトレーナーさんに差し出し続ける。

 少しの沈黙の後。

 トレーナーさんは参ったとでも言うような顔で、ゆっくりとシュークリームに手を伸ばしてくれた。

 

「ありがとう、キタサン。嬉しい気持ちのお裾分け、喜んで受け取るよ」

「トレーナーさん……っ、ありがとうございます!」

 

 胸の奥が、じんわりと温かいもので満たされていく。それだけで十分なはずなのに、もっともっとと求めてしまう。

 一緒に食べたい……隣でもっと、一緒にいたい……。

 高鳴る気持ちに合わせるように、耳がピコピコと動き、尻尾がぱたぱたと大きく揺れる。

 気づけば、あたしは居ても立ってもいられず――。

 

「せっかくだからソファーで一緒に食べましょう! その方がもっと美味しくなりますよ、絶対に! ほら、早く早く! こっちですよ!」

「あはは……分かった分かった。すぐに行くから少しだけ待ってくれ」

 

 裾を引っ張ると、トレーナーさんは少しだけ苦笑いしながら立ち上がる。

 ゆっくりと、並んで歩き出す。

 ソファーまでの短い距離。だけど、重なる足音を聞いているだけで、今は幸せだった。

 先に座ったあたしの隣に、トレーナーさんが静かに腰を下ろす。

 

「それじゃあ改めて、いただきます!」

「いただきます」

 

 声を重ねて、一緒にシュークリームを頬張る。

 最後の一個がなくなってしまう惜しさなんて、今のあたしには微塵もなかった。

 大好きな人の隣で、こうして同じ時間を味わえる。それこそが、あたしにとって一番のご褒美だった。

 

「……うん。確かにこれは、並ぶのも分かるな」

「ふふ……ですよね! でも、トレーナーさんが並んでくれたからこそ、もっと美味しくなってるんですよ!」

 

 美味しそうにシュークリームを頬張るトレーナーさん。それを見ながら、あたしももう一口。

 うん! さっきよりも何倍も美味しい!

 嬉しさで手が止まらず、夢中になって食べ進めてしまう。口の周りにクリームがつくことなんて、もう少しも気にならなかった。

 

「はむはむ……♪」

「……? あっ」

 

 幸せで心が天に昇るようで、思わず目を瞑る。トレーナーさんの声が聞こえた気がしたけれど、とろけた頭にはうまく入ってこない。

 うん……本当に幸せだ……これ以上の幸せはないよね……。このまま眠ってしまってもいいくらい……。

 だけど、それでは大好きなシュークリームが食べられない。名残惜しさを感じつつ、ゆっくりと目を開ける。

――気づくと、トレーナーさんの顔が目の前に迫っていた。

 

「……?」

「…………」

 

 あれ? 何でトレーナーさんが目の前に? さっきまで隣でシュークリーム食べてたよね? あ、そっか。幸せすぎて意識が飛んでたから、まだ夢を見てるんだ。そっかそっか。それならもう一回目を閉じよう。

 スッ……と目を閉じて、もう一度ゆっくりと目を開ける。

――やっぱり、トレーナーさんはそこにいた。

 いや、それどころじゃない。よく見ると、その手があたしのほっぺたに向かって伸びてきている。

 

「!? えっ!?」

 

 ふえあ!? トレーナーさんの手が迫ってきてる!? 待って待って、これもう少しでほっぺたについちゃうよ! ト、トレーナーさん、あたしに一体何を――!?

 ふるふると震えながら見つめても、真剣な表情のトレーナーさんと視線は交わらない。

 逃げ場のない焦りと、ほんの少しの甘い期待。耐えきれなくなって、思わずぎゅっと目を閉じてしまう。

 そして……トレーナーさんの指が……あたしのほっぺたに……触れた。

 くすぐったさに、ぴくっと身を捩る。

 そのまま……手が触れる……のかな……? それから……それから……?

 ドキドキが全身を巡り、尻尾がぶるぶると震えて止まらなかった。

 

「……よし、取れたな」

 

 そして……それで終わった。

 

「……?」

 

 あたしはゆっくりと目を開ける。

 トレーナーさんは、指先についた何かをティッシュで拭き取っていた。

 …………えっと? 指で撫でられただけ? 何で?

 無言でまじまじと見つめ続けるあたしに気づき、トレーナーさんは申し訳なさそうに眉を下げた。

 

「すまないキタサン。頬にクリームがついてたから、つい……。声をかけたんだけど返事がなかったからさ。勝手に触ってごめん」

「あ、あ〜……なるほど……なるほど……」

 

 つまり。あたしのほっぺたにクリームがついてて、それを取るために顔を近づけて、指で……。なるほどなぁ……。

 そこまで理解が追いついた瞬間、さっきまでの自分の妄想が頭の中で弾けた。

 あ、あたし何を考えてたの!? 何をされると思ったの!? 指でほっぺたを撫でられて何を感じてたの!? それを……嬉しいと思ってしまった!? あたしは……あたしは……う……うわ……わわわ……っ!

 一瞬にして全身の血が沸騰し、顔からブワッと火を吹きそうになる。

 

「ぁぅ……ぅぅ……」

「キタサン?」

 

 耐えきれず、残り少ないシュークリームを一気に口へ詰め込んで呑み込んだ。さっきまでの美味しさなんて、もう何一つ感じない。ほっぺたの感触と自分の恥ずかしい妄想だけが、頭の中をものすごいスピードで駆け巡っていく。

 目が回りだす。手は震え、耳はピコピコと激しく動いて止まらない。

 あたしは……もう……ダメだ……!

 

「ち、違うんです誤解です! あたしそんなこと考えてないですから! ほっぺたを触られてくすぐったいとしか思ってないです!」

「キタサン!? 落ち着いてくれ、急にどうしたんだ!?」

「ほっぺた撫で撫でされたら嬉しいな、とか思ってないです! ただ一緒にシュークリーム食べられて嬉しかっただけで……! あたし、変なこと考えてないですごめんなさい!」

「キ、キタサン、本当に落ち着いてくれ!?」

 

 トレーナーさんの声が遠ざかり、頭の中が真っ白に染まっていく。

 なんだか……意識が……ぼんやり……して……。

「キュウ……」

「キタサーン!?」

 

 そこで完全にキャパシティを超え、あたしの意識はプツンとショートした。

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