ウマ娘キタサンブラック短編集   作:大典74

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pixivにある同名の作品を手直ししております


さよならポニーテール

「…………」

 

 ペラリ、とページをめくる感慨深そうなトレーナーさん。その横顔を、あたしはなんとも言えない気持ちで見つめていた。

 彼の手にあるアルバムには、あたし――キタサンブラックの幼い頃の写真が収められている。

 正直、あんまり面白いものではない……と思う。それなのに、まるで美術品でも眺めるかのように熱心に見入っている姿には、疑問しか浮かばない。

 決して見られたくないわけじゃない。本当だ。

 

「その……面白いですか……?」

「うん、もちろん」

「……そうですか」

 

 うう……なんでそんな風に言えるんだろう。

 眩しいくらいに晴れやかな横顔。この顔で、嘘をつくはずがない。

 ほっぺたから、じわじわと熱が広がっていく。けど、これは恥ずかしいからではない。絶対にそう。

 

「サトノダイヤモンドとは、この頃から仲がいいんだな」

「まぁ……はい……」

 

 でも、あたしは悪くない。そんな面白くないものに夢中になっているトレーナーさんが悪いんだ。そうだそうだ。

 ちらりと様子を伺ってみても、その視線は写真のあたしに一直線。

 いつまで見ているんだろう。そろそろいいんじゃないかな?

 

「うん、この写真のキタサン。今と変わらず良い笑顔だな」

「…………」

 

 そんな風に呟いたトレーナーさんの横顔は、さっきよりも輝いているように見えた。

 そうですか。今と変わらないですか。……なるほど。

 正座していた足が少し痺れてきた。足を崩してあぐらをかき、何となく窓の方に視線を移す。

 決して恥ずかしいからではない。それだけは本当だもん。

 ここはあたしの実家。窓の外にチラつく雪が年の初めを寒々しく彩っていて、尻尾の先がピリッと冷えてくる。

 今年もお弟子さんの前で抱負を伝えるために帰ってきたけれど、ふと、クラシックの時期にここで一緒にデュエットした時のことを思い出した。

 トレーナーさん、あの時みたいにもう少し歌ってくれたらいいのにな。

 まぁ、今はそれはいいか。

 とりあえず、帰るまではゆっくりしよう! ――そう思ったところに。

 

「トレーナーさん、お嬢の小さい頃の写真。見たくないですか?」

 

 目を細めながら手招きする一番弟子さんが、トレーナーさんを怪しく誘い出したのだった。

 普段のあたしなら、細かいことは気にしない。「楽しむ時は派手にやれ」がお祭り娘の座右の銘だ。だけど、こればかりはよくない。絶対によくないのだ。

「小さい頃のあたしも変わらないですよね、アハハ」――なんて、そんなに笑い飛ばせるほどあたしは大人ではない。むしろ、写真とはいえ小さい頃のあたしを見られるのは……ねぇ……? だって割とやんちゃだったし、泥だらけの姿を見られるのはちょっと……。

 えっ? 今も泥だらけなのは変わらない? それはそれ! これはこれなの!

 

「だ、ダメ! そんな面白くないもの見せなくてもいいから! トレーナーさんもあたしの小さい頃の写真なんて、興味ないんだから!」

 

 両手でお弟子さんにバッテンを作りながら、トレーナーさんへと振り向く。――きっと、トレーナーさんも興味はないはずだと信じて。

 

「いいんですか……! ありがとうございます!」

 

 だけど、そんな淡い期待は――目をキラキラと輝かせ、力強く頷くトレーナーさんの姿にあっさりと裏切られた。

 そんな……トレーナーさん……なんで……?

 あたしは、足元がふわっと浮き上がるような感覚に襲われながら、その姿を呆然と見ることしかできなかった。

 

 そして気づけば、あたしたちは和室で並んで写真を眺めていた。ここへ移動してきた記憶が、すっぽりと抜け落ちている。

 ぼんやりと、窓の外の雪を眺め続ける。赤らんだほっぺたは、雪のように白く冷たくはなってくれなかった。

 

 ……ペラ……ペラ……

 

 顔を背けていても、アルバムをめくる音が聞こえてくる。そのたびに耳がピクリと反応してしまうけれど、どうしても一緒に見ることができない。

 

 ……ペラ……

 

 足を組み直そうか。そう迷っていると、ふいにめくる音が消えた。

 

 ……何かあったのかな?

 

 耳をピクピクと動かしながら、そっと顔を向ける。

 ――パチリ、と視線がぶつかる。トレーナーさんは、真っ直ぐにあたしを見つめていた。

 

「な、なんであたしを見てるんですか!」

 

 だって仕方ないよ、トレーナーさんが真っ直ぐな瞳でこっちを見ているんだもん! あ、アルバム見ててよ!

 そんな理不尽な文句を頭の中で叫びながら、勢いよく体をトレーナーさんへと向き直る。

 さっきよりも燃えるほっぺたが、全身を焦がしているかのようだ。

 

「ごめんごめん。ちょっと気になることがあってね」

「気になること……ですか?」

「昔と今のキタサンって、髪型が違うだろ」

 

 そう言ってトレーナーさんは、アルバムをこちらへ向けた。

 そこに写っているのは、小さく束ねた――ポニーテール姿のあたしだった。

 

「そうですね……あの頃はテイオーさんに憧れて、よくポニーテールにしていたんです」

「……なんで、今はしていないんだ?」

 

 不思議そうな顔のトレーナーさん。

 なんで……か。

 今の髪には似合わないから? テイオーさんに恐れ多いから? それとも……。

 ――どれも、しっくりこない。

 だから、あえて言うなら。

 

「…………憧れるだけの自分をやめたから」

 

 無意識に零れ落ちたそれが、あたしの答えだった。

 トレーナーさんは目を見開き、真っ直ぐにこちらを見つめ返してくる。

 納得しているような、いないような……様々な感情が入り混じった、複雑な表情で。

 

「憧れ……か」

「はい。あの頃は、テイオーさんみたいになりたかったんです。テイオーさんは、いつだってキラキラ輝いていて。それが、父さんと重なって……あのヒトみたいになれたらって、それだけを思っていたんです」

 

 それは小さく、けれど確かな想い。これさえあれば何でもできる! ――なんて、あの頃は本気で思っていたっけ。

 

「でも、憧れているだけじゃ辿り着けない……トレセン学園に来て、それが分かりました。テイオーさんもダイヤちゃんも、みんな、あたしが見ていなかったところで努力を重ねていて。――あたし、何をやっていたんだろうって」

「…………」

「何も知らずに、ただ憧れていた。そんな未熟な自分と、さよならしたかったんだ」

 

 ポニーテールをやめる時。

 ただ髪を解くだけなのに、それができなかった。

 いつもなら片手でほどける紐が、両手を使ってもきつくて。きつくて仕方なくて、なかなか解けなくて。気づけばほっぺたに、雫が一つ流れていたな……。

 ――あの頃は、なんて。そんな風に過去を振り返るような年齢でもないんだけどね。

 

「ごめんな、つらいことを思い出させちゃって」

「えっ?」

「――軽々しく、聞くべきじゃなかったよな」

 

 不意に掛けられた声に、思わず耳がピクリと動く。

 視線を向けると、トレーナーさんは目を伏せていた。俯き加減で表情は分かりにくいけれど、チラリと見えた横顔は、悲しそうに見えた。

 あはは……顔に出ていたのかな。心配をかけてしまって、胸の奥がチクリと痛む。

 でもトレーナーさん、違うんです。確かにこの胸は痛いし、つらかったのも本当でした。だけどそれ以上に……今は。

 あたしは真っ直ぐに顔を上げ、目を大きく見開いた。

 

「つらくなんてないですよ」

「キタサン?」

「あの時の想いがあるからこそ、今のあたしがいるんです」

「――だけど、前の君の想いは」

 

 顔を上げたトレーナーさんの表情は、思った通り悲しそうだった。

 そう言われるって、分かっていました。だけど、それは違うんです。だから――。

 彼が次の言葉を口にするより先に、あたしは自らの言葉を紡ぐ。

 

「捨ててないですよ」

「っ……」

「ただの憧れは、負けたくないという気持ちに変わったんです。テイオーさんへの想いが、以前よりもっと強くなっただけなんです」

「……」

「あたしはキタサンブラック。トウカイテイオーじゃない。だからこそ、並ぶことも……ううん、超えることもできる。それが、今のあたしの原動力になっています。だから……捨ててないんです」

 

 いつの間にか胸の前に伸びていた右手を、強く握りしめる。

 整えたばかりの爪が手のひらに食い込んで、少し痛い。――でも、だからこそ。この想いは捨てていないと、確信できた。

 トレーナーさんは何か言いたげに口を開き、また閉ざす。一瞬だけ俯き、そして再び、真っ直ぐにあたしを見つめ直した。

 

「……そうだな。想いは変わっていくもんな。勘違いして、ごめん」

「あたしの言い方が悪かっただけですから! 気にしないでください!」

 

 わかってる。トレーナーさんだってきっと。だから今は、それでいいんだ。

 鼻の奥をツンとさせながら笑ってみせると、トレーナーさんも優しく微笑み返してくれた。

 ふっと、温かな静寂が降りてくる。

 言葉を探すような心地よい沈黙の中――トレーナーさんの口が開いた。

 

「なあ、キタサン」

 

 呼ばれて小首を傾げるあたしに、彼は静かに問いかける。

 

「ポニーテールは、好きなままか?」

 

 聞く人が聞けば、冗談みたいな言葉。だけどそれは、あたしにしか答えられないものだ。

 真っ直ぐなトレーナーさんの視線から、決して目を逸らさずに。

 ポニーテールと走った朝。ポニーテールと笑った昼。ポニーテールと泣いた夜。ポニーテールと――テイオーさんと一緒だと思えた、楽しかった日々。

 

「……もちろんです! だってテイオーさんの髪型ですからね」

「そうか……生で見てみたかったな。君のポニーテール」

「あははっ……テイオーさんほどじゃないですけど、あたしもけっこう似合っていたと思うんです」

「ああ。この写真でしか分からないけど、俺も似合うと思うよ。――キタサンブラックのポニーテール」

「…………ありがとうございます」

 

 少し茶化すように言ったあたしに、同じような声色で返してくれたトレーナーさん。だけどその表情は、真剣そのものだった。

 走り抜いたその先で、きっと――あの日の自分と向き合う時が来る。

 その時あたしは本当の意味で、この想いに決着をつけるのだろう。それまでは……。

 この想いに、蓋をさせて。

 ふと窓の外へ視線を向けると、いつの間にか雪は止み、陽光に照らされた銀世界が広がっていた。

 きらきらと反射する光が眩しくて、あたしはゆっくりと瞳を閉じた。




今の髪型も好きですけどポニテ姿も好きだから今の姿で見てみたい気持ちもあります
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