ウマ娘キタサンブラック短編集   作:大典74

19 / 19
pixivにある同名の作品を手直ししております


写真を通じて芽生えた気持ち

「うわぁ~……いいなぁ……この写真……」

 

 トレーナーさんとのお出かけの帰り道、写真館に飾ってあった一枚に目を奪われた。

 白無垢姿の花嫁さんが、羽織袴のパートナーと並んで微笑んでいる。ただそれだけなのに、寄り添い合うふたりの姿に自然とほっぺたが緩んだ。

 胸の奥にじんわりとした熱が広がるのと同時に、無意識のうちに、自分の胸元をぎゅっと握りしめていることに気がつく。

 …………。羨ましい……?

 

 あれ? どうして羨ましいと思ってるんだろう?

答えの出ない問いはそのままに、私はただ、その幸せの結晶をじっと見つめていた。

 

「……サン」

 

 あれ? 何か聞こえるような? 気のせいかな?

 構わず見続ける。それでも、微かに声は聞こえ続けている……。

 

「キタサン、何を見てるんだ?」

「うひゃあ!?」

 

 不意の声に、尻尾がピンッと立ち上がってしまう。

 

「うわぁ!?」

 

 跳ね起きたあたしの尻尾に、背後の相手も驚いたらしい。

 だ、誰……?

 ドクドクと騒ぐ胸を押さえて恐る恐る振り返ると、同じように胸に手を当てているトレーナーさんがそこにいた。

 そっか……トレーナーさんだったんだ。良かった……。

——いや、良くないよ! トレーナーさんを驚かせちゃった!

 あたしは慌てて姿勢を正し、深々と頭を下げる。

 

「ご、ごめんなさい! 近くで声をかけられたから……つい……」

「だ、大丈夫だ……。そのくらい集中してたってことだからな。こっちも驚かせてごめんな」

 

 ふたりして謝りながら呼吸を整える。

 

 すぅ……はぁ……。

 

 少しずつ胸の騒ぎが落ち着いてきたところで、そっとトレーナーさんに視線を向けた。

 あ、まだ肩で息をしてる……。まぁ、突然目の前に尻尾が飛び込んできたらそうなるよね。でも、ふふ……。

 普段はあまり見ない慌てたような一面がなんだかおかしくて、思わず笑みがこぼれる。すると、ようやく息をついたトレーナーさんが、不思議そうな顔でこちらを見つめ返してきた。

 

「やっと落ち着いたかも。……あれ? どうして笑ってるんだ?」

「ふふ……なんでもないです!」

 

 きょとんとしているトレーナーさん。

 えへへ……これはあたしだけの秘密ということにしよっと。

 心の中で舌を出しながら、あたしはもう一度小さく微笑んだ。

 

「まぁ、それはいいか。それで、何を見てたんだ?」

「この写真です! すごくいいんですよ!」

 

 写真を指さして、トレーナーさんも一緒に見るように誘った。

 良いものを共有したいという気持ちと、それから……。

 あとの理由はよく分からないけれど、今はとにかく、隣で見てもらいたかったのだ。

 

「本当だ、いい写真だな。……幸せそうというか」

 

 分かってもらえますか! 流石トレーナーさんです!

 歓喜のあまり、バッとトレーナーさんの方を振り向いた。

 

「そうなんですよ! ふたりとも幸せそうで。あたしも、こんな風に皆へ笑顔を届けられるようになりたいなって!」

 

 胸の前で、ギュッと拳を握りしめる。

 すると、トレーナーさんは一瞬目を丸くして、それから優しく微笑んでくれた。

 

「そうだよな……こんな風に笑顔を皆に届けるのが、君の夢だもんな。キタサンらしいよ」

 

 ニコッと笑うその姿に、何故か胸が熱くなった。

 なんだろう、この感じ……。

 少し胸を押さえてみると、手のひらに伝わる心音が、いつもより少しだけ速い気がした。

 

「キタサン? 胸を押さえて何かあったのか……?」

「いえ、何でもないです! あたしはいつでも変わらず元気です!」

「そ、そうか? 君がそう言うなら信じるけど……」

 

 怪しむような視線が少し痛いけど、トレーナーさんはあたしのことを信じてくれた。

 ごめんなさいトレーナーさん……! でも、あたしにも説明できないから、そういうことにしてください……!

 再び、ふたりで並んで写真を見つめる。

 静かな時間の中で、ふと、トレーナーさんが写真のどこを見ているのか気になった。

 バレないようにチラリと視線をうかがう。その先は……羽織袴のヒトだった。

 トレーナーさんは、羽織袴に興味があるのかな?

 

「トレーナーさんって、羽織袴を着てみたいんですか?」

「えっ、何で?」

「さっきからずっと見てたから、気になっちゃいまして」

 

 トレーナーさんは、少しだけ考え込んだ。

 その横顔をじっと眺めて数秒。やがて、照れくさそうにふっと笑みがこぼれた。

 

「まぁ……そうだな。あんまり着る機会もないし、着てみたいとは思ってるよ」

「いいと思います! トレーナーさんなら絶対似合いますよ!」

「そうか……? そう言われると嬉しいけど……」

 

 ほっぺたをかきながら顔を赤くしているトレーナーさん。また違った一面が見られた。なんだかそれが、いつもよりずっとずっと嬉しかった。

 羽織袴を着たトレーナーさん……きっとカッコいいんだろうな。ピシッと決まった格好で、キリッとしてて……。

 

(うん、やっぱり……見てみたいな)

 

 膨らむ空想を振り払うように、あたしは勢いよくトレーナーさんに向き直った。

 

「いつか羽織袴を着た姿を、あたしに見せてくださいね!」

「ああ、もちろ――あれ? キタサンに見せる機会って、どんな時になるんだ?」

 

 トレーナーさんの疑問にハッとする。

 見せる機会って、どんな時だろう?

 成人式は終わってるからないよね……。そもそも、あたしとトレーナーさんじゃ年齢も違うし。

 いや、待って……? 見るタイミング……ある……。あるじゃん! この写真がその答えじゃん!

 動揺する心。震える尻尾。揺れる足元。それら全てがあたしの頭の中をグルグルにしていた。

 

「そ、それは……け、結婚式ではないですかね……」

「この写真みたいにか。確かにそれが一番可能性が高いかもな」

 

 納得した様子のトレーナーさんをよそに、あたしの頭の中は真っ白になっていた。

——そうだ、結婚だ。いつかトレーナーさんだって結婚して、この写真みたいに、あの格好を……!

 で、でも相手は誰? そんなヒトいたっけ……。いたらどうしよう。き、聞くのが怖い。だけど……聞かなきゃ。

 どうしてあたしは、こんなに怖いんだろう。

 分からない。さっきまでの温かい気持ちはどこかへ消え、足元がすーっと冷えていくような感覚だけが広がっていた。さっきまでと違って、不安だけが大きくなっていた。

 

「そ、それで……トレーナーさんには相手がいるんですか?」

「えっ? 結婚する相手……というか恋人か」

 

 ど、どっちなの……? いたら……いなかったら……?

 ダメだ、頭がぐちゃぐちゃで何も分からないよぉ……。うぅ……助けて、ダイヤちゃん……。

 返事を待つ間の沈黙が、永遠のように感じられる。早く答えが聞きたい。でも、怖い。

 お願い……トレーナーさん、教えて……!

 

「いないよ」

 

 そっか……! いないんだ……! やった……!

 いや、やった……? これを喜んじゃダメでしょ……?

 本当にあたし、どうしちゃったんだろう。ぐちゃぐちゃに回る思考を持て余して、熱くなった両頬をギュッと押さえた。

 

「そ、それなら結婚したいとかはあるんですか……?」

「一応はあるかな」

 

 ある……んだ……。そっか……そっかそっか……。

 相手はいない。でも、いつかは……。それなら、あたしだって……。この写真みたいに……。

 うるさかった心臓の音が、ふっと遠のいていく。

 グチャグチャだった気持ちの霧が晴れて、たった一つの答えが確かな形になった。

 

「それなら……」

「ん?」

 

 すぅ……、ふぅ……。

 言わなきゃ。言わなきゃいけない。

 

「トレーナーさん……」

「キタサン? どうしたんだ、雰囲気がおかしいぞ……?」

 

 よし……! こういうのは勢いだ……!

 ギュッと両拳に力を込めて、前を向く。

 いけ、あたし……っ!

 

「あたしが! りっこーほしますっ!」

 

 胸の鼓動は、思ったよりもずっと静かだ。自分でも驚くほど、冷静でいられる。

 あはは……意外と、何とかなるもんなんだね。

 

「き、キタサン? 自分が何言ったか分かってるのか……?」

 

 トレーナーさんは、酷く焦っている。

 あはは……あんなにアワアワした姿、初めて見た。その顔、なんだか……すごくいいかも。

 

「わかってますよっ! りっこーほです! けっこんです!」

 

 顔は限界まで真っ赤に染まり、泳ぎすぎた視線は今にも目を回しそうだ。

 

「……絶対、正気じゃないな」

 

 トレーナーさんが何を言っているか、あんまりよく分からない。でも、その声だけでなんだか嬉しい。 

 気づけば、トレーナーさんがゆっくりと近づいてきていた。 

 ……あ。そっか。

 こたえが、かえってくるんだ。それって、どんなこたえ……?

 沸騰していた頭から、スッと血の気が引いていく。

 だ、大丈夫! 大丈夫……。どんな答えでもあたしは……あたしは……っ。

 

「さぁ、こいです……」

「見たことないくらい震えてるな。……でも、言わなきゃだよな」

 

 真剣な顔のトレーナーさん。ずっと待っていたはずなのに、どうしてこんなに怖いんだろう。

 違う……その答えなわけない……! 違う……違う……!

 

「結婚の話は……今は、受け取れないよ」

 

 トレーナーさんは、酷く真剣な瞳であたしを真っ直ぐに見つめ返した。

「今の君は混乱して、自分の気持ちが分からなくなってる。……それで君に、後悔だけはしてほしくないんだ」

「そ、そんな……」

 

 その言葉を聞いた瞬間、頭の中が急速に冷えていく。

 分かってた。望み通りの答えなんて、返ってくるわけないって。

 分かってたはずなのに、熱に浮かされて、見ないふりをしてただけなんだ。

 

 直視なんて、できない。

 あたしは逃げるように、ギュッと俯いた。

 

「だけどね」

「えっ……?」

 

 その声に、弾かれたように顔を上げる。

 そこには、いつもと変わらない優しい瞳が、あたしを見つめていた。

 

「その時もまだ、同じ気持ちでいてくれたなら……もう一度言ってほしい。今度はちゃんと、答えを出すから」

「やくそくですよ……」

「ああ。約束だ」

 

 お互いに、そっと小指を絡め合う。

 深く……深く。今のこの気持ちが、嘘ではありませんように。祈るように、ギュッと力を込めた。

 本当は、離したくない。

 でも、離さなきゃ。大人になるために。もう一度、答えを見つけるために。

 あたしは、熱を帯びた小指をゆっくりとほどいた。

 

「約束……破っちゃダメですからね」

「大丈夫。破ったら後が怖いからな」

 

 照れ隠しのように笑うトレーナーさん。でも、その瞳はひどく真剣だった。 

 大丈夫。あなたは絶対に約束を破らない。あたしには分かってる。

 今は、それでいい。だから……。

 

「そうですよ、あたしは怒ったら怖いんですからね!」

 

 えへへ、とわざと胸を張って笑ってみせる。

 トレーナーさんは、いつものように優しく笑ってくれた。

 

「ずいぶん暗くなってきたな。……そろそろ帰ろうか」

「そうですね。……帰りましょう、トレーナーさん」

 

 いつの間にか夕陽が落ちて、辺りはオレンジ色に染まっている。

 そうだね……帰らなきゃいけないよね……。

 頭を垂れたひまわりの間を抜けていく足取りが、どうしても重くなる。

 

 だから……。

 

「トレーナーさん……」

「どうしたんだ?」

「あたしも、この写真のヒトみたいな白無垢……似合うと思いますか?」

 

 誤魔化さずに、真っ直ぐにトレーナーさんの瞳を見つめ返す。

 どんな答えが返ってきたとしても、ちゃんと受け止める。不思議と、今のあたしの心は深く落ち着いていた。

 

「似合うよ」

 

 トレーナーさんは少しだけ目を細めて、優しく微笑んだ。

 

「大人になった君なら、もっと綺麗だろうな」

 

 ……そっか。うん。

 今はただ、それだけで十分だ。たったそれだけの言葉で……胸の奥が、温かくてたまらない。

 

「えへへ……。ありがとうございます、トレーナーさん。」

 

 自然と、あたしの口元からも笑みがこぼれていた。

 ゆっくりと歩き出すトレーナーさんを追いかける前に、もう一度だけ、あの写真を振り返る。

 そこに写る白無垢姿は、やっぱり幸せそうに輝いていて、綺麗だった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

ライスシャワーはお義兄さまと結婚したい(作者:雅媛)(原作:ウマ娘プリティーダービー)

ライスシャワーの義理の兄に転生したお兄様トレーナーとお兄様と結婚したいライスシャワーのラブコメ。▼ひとまず一区切り▼2026/1/27 日間ランキング一般総合7位▼2026/1/28 日間ランキング一般総合6位▼ありがとうございます。


総合評価:3250/評価:8.03/完結:23話/更新日時:2026年02月01日(日) 18:00 小説情報

思春期男子にキヴォトスは刺激が強い(作者:作刀)(原作:ブルーアーカイブ)

キヴォトスにはとある男子生徒がいる。しかしその男子生徒は絶賛思春期中であり、自分と同年代の顔のいい女子達がなぜか積極的に関わってくる状況に悩んでいる。思春期男子にとってあまりにも刺激が強すぎるキヴォトスで思春期真っ只中の青年は悶々としながら日常を送っていく


総合評価:2386/評価:6.94/連載:15話/更新日時:2026年05月09日(土) 06:44 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>