ウマ娘キタサンブラック短編集   作:大典74

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pixivにある同名の作品を手直ししております


兄弟?みたいな交流を

 太陽が徐々に沈み、辺り一面が茜色に染まっている。あたし、キタサンブラックとトレーナーさんは、それぞれ片手に買い物袋を提げて歩いていた。

 目的地はトレセン学園。――要するに、帰り道というわけだ。

 

「悪いな、キタサン。買い物に付き合わせたうえに、荷物まで持たせちゃって」

「気にしないでください、トレーナーさん! 困っている時はあたしにお任せあれです!」

 

 申し訳なさそうにするトレーナーさんに、あたしは何でもないように笑ってみせた。

 とはいえ、気にしてしまう気持ちも分かる。

 今日は元々オフで、商店街をあてもなく歩いていたら、たまたま買い出し中のトレーナーさんを見かけた。だから、思わず声を掛けて手伝ってしまった――本当にただ、それだけなのだ。

 

「それでもだよ。何も返さないのは性に合わないからさ……今度、甘いものでも奢るよ」

「ふふっ……本当に気にしなくていいのに。でも――お言葉に甘えちゃいますね♪」

 

 こういう時の好意は、遠慮なく受け取るのがマナー。受け取らないほうが、かえって相手を傷つけちゃうこともあるし。……なんて、ちょっと大人ぶる理由をつけてみたりして。

 本当はただ、甘いものの誘惑に勝てないだけなのだ。こういうところが、あたしの幼さなのかもしれない。

 

 それはそれとして。

 

 甘いものが大好きなあたしとしては、楽しみで仕方ない。

 何をご馳走してもらおうかな。たい焼き、シュークリーム、それともプリン……♪

 

――と、そんなふうに幸せな悩みに気を取られていた時だ。

 

 ふたつの小さな風が、あたしたちの横を通り過ぎていった。

 タタタッと駆け抜けていった風の正体――それは。

 

「おっと……ふぅ。袋が当たらなくて良かったです」

「そうだな。あんな元気な子たちに、怪我なんかさせたくないしな」

 

 ふたりして笑いながら、遠ざかっていく風――小さなウマ娘と、少しだけ背の高い男の子の後ろ姿を見送った。

 一瞬だけ見えたその子たちの手は、しっかりと握られていた。

 

「ふふっ、今の子たち見てると、小さい頃を思い出します」

「小さい頃? ……そういえば、確か弟さんがいるんだったな。キタサンが引っ張ってる姿が目に浮かぶよ」

 

 さっきよりもゆっくりと歩きながら、チラリと横顔を盗み見る。トレーナーさんは、小さく笑っていた。

 小さい頃を想像されるのはちょっと気恥ずかしいけれど……それ以上に、今の言葉の中に一つ、どうしても引っかかるものがあった。

 

「むぅ……確かにあたしは弟を引っ張ることも多かったですけどっ。引っ張られる側の可能性もあるじゃないですか!」

「いや、それだけは想像できないかな」

「むぅ! あたしだって引っ張ってもらうことくらい、できますもん! スイープさんとかダイヤちゃんとか!」

「……それは怒りながら言うことなのか?」

 

 失礼な物言いに、思わず袋を持っていない方の手を軽く振り上げてみせる。

 トレーナーさんは、少し困った顔をしながらも笑い続けていた。

 

「それに! あたし、父さんのお弟子さんたちにも凄く可愛がってもらってたんですよ! だから、小さい頃だって引っ張ってもらってますもん!」

「可愛がられることと、引っ張られるのは同じなのかな。……そういえば、キタサンはお弟子さんに『お嬢』って呼ばれてたっけ

「はい! 昔からそう呼ばれてました。父さんの娘だからだとは思うんですけどね」

 

 あははと笑いながら、そう返した。

 そうなのだ。父さんのお弟子さんたちも家族みたいなもので、あたしにとっては三十人の大家族も同然だった。

 みんな、あたしのことをよく見てくれていて、いっぱい褒めてくれたし、内緒でお菓子をくれたりもした。

 

「なるほどな。キタサンにとっては、お弟子さんたちがお兄さん代わりだったんだね」

「えっ……? 確かに、そうなるのかな」

 

 お兄さん、か。

 確かにお弟子さんたちはあたしよりも年上で、いっぱい可愛がってくれた。間違いなく、あたしにとっての『お兄さん』だったんだ。

 

「……うん、トレーナーさんの言う通りかも。あたしにとっては、お弟子さんたちがお兄さん代わりだったんですね」

「兄弟がたくさんいるのって、なんだか羨ましいな」

 

 そう言ってトレーナーさんは、何でもない顔で少しだけ遠くを見た。その横顔は、どこか寂しげに見えた。

 あれ? この表情は、もしかして。

 

――すぐにピンときた。

 

「トレーナーさんには、兄弟はいないんですか?」

「まぁ……そうだな。ひとりっ子だったよ。だから、子供の頃は寂しかったな。……今はもう、そんなことないけど」

 

 はははと笑いながら、トレーナーさんは優しくあたしを見てくれた。

 多分、それは本当のことだろう。目の前の嘘のない笑顔が、何よりの証拠だから。だからこの話は、これでおしまい。

 

――それを聞いたのが、あたしじゃなければ。

 

 ある考えが、頭の中をぐるぐると駆け巡っている。言葉にするのはちょっと勇気がいるけれど……。

 うん、何とかなる。あたしはキタサンブラック。やってやれないことはない!

 

「トレーナーさん!」

「どうしたんだ、キタサン?」

「トレーナーさんのこと、お兄さんって呼んでいいですか?」

「……本当にどうしたんだ、キタサン?」

 

 トレーナーさんは、まじまじとあたしの顔を何度も見返している。

 あたしの考えを、ちゃんと伝えなきゃ。――力強く、トレーナーさんに向き直った。

 

「さっきのトレーナーさんの顔、何だか寂しそうでした」

「そっか……そんなつもりじゃなかったけど、やっぱり思うところがあったのかな。気を遣わせてゴメンな」

「謝らないでください! その気持ちを解決するための『お兄さん呼び』なんですから!」

「やっぱり意味が分からない……」

 

 頭の上にハテナを浮かべたままのトレーナーさん。

 しまった、全然伝わってない……! えっと……うーん……。

 

「ご、ごめんなさいっ、これじゃダメですよね……。その、トレーナーさんがあたしを妹みたいに接してくれたら、兄弟がいる気持ちが味わえるかなって……」

「あ、あー……なるほど。兄妹みたいに接したいってことか」

 

 トレーナーさんのその言葉に、あたしはピタリと足を止めた。

 驚いたからじゃない。嬉しくて――。

 だって……あたしの言いたいことがちゃんと伝わったのだから!

 その勢いのまま、ぐるっとトレーナーさんに向き直る。何故かトレーナーさんは、ビクッとして後ずさった。

 

「そう! それです、流石トレーナーさん! では……どうぞ!」

「いや、どうぞと言われても……」

「あたしを妹だと思って……さぁさぁ!」

「勢い! 勢いが凄いから! 分かった、分かったから!」

 

 じりじりとトレーナーさんへと近づいていく。

 そんなあたしを、片手で何とか止めようとするトレーナーさん。

 その制止でハッとした。気づけば、鼻と鼻がぶつかりそうなくらい顔が近い。……いや、近すぎだよあたし!

 いけないいけない! 落ち着かなきゃ。とりあえず深呼吸!

 すぅ……はぁ……よし! オッケー!

 

「ごめんなさい、トレーナーさん。つい、嬉しくて……」

「気にしないで。キタサンにそういうところがあるのは知ってたから、大丈夫だ」

「良かったぁ……って、えっ? トレーナーさん、それって一体どういう意味ですか!?」

 

 あたしって普段どう思われてるんだろう……。ちょっとだけ怖くなってきた。

 いやいや! 今はそんなことよりもお兄さんだ。

 両頬をパンッと叩いて、気合を入れ直す。

 

「いきますよっ!」

「よし、どんとこい」

「――お兄さん!」

 

 口にするまではあんなに緊張していたのに、言ってみると案外、すんなりと音になった。

 普段から使い慣れている言葉のはずなのに、なんだか少しだけ、くすぐったい。

 

「どうですか、お兄さん! 結構いい感じですよね、お兄さん!」

「……」

「お兄さん! ……お兄さん?」

 

 あれ? 反応がない。もしかして照れてるとか?

 ……ううん、ほっぺたは赤くない。というか……これ、ちょっと困ってる顔?

 

「……思ったんだけどさ」

「……はい?」

「これ、言い方が違うだけでいつものキタサンと何が違うんだろう?」

「……確かに」

 

――ぐうの音も出ない。

 

 うん、その通りだ。呼び方を変えただけで、態度はいつものあたしのまま。『妹』になりきれていなかったのだ。

 そうだよ、やるなら徹底的に……だよね!

 ギュッと両拳を握り込む。ふつふつと、持ち前の負けん気が湧き上がってきた。

 

「ごめんなさい、トレ……お兄さん! あたし、心構えが足りませんでした!」

「……心構え?」

「次はちゃんとするよっ! だから、トレ……お兄さんも、あたしを妹として見てほしいの!」

「なるほど……なるほど?」

 

 困惑顔のトレーナーさんだけど、とりあえず納得はしてくれた……みたい?

 うん、細かいことは気にしない! いざ、実践あるのみ!

 

「お兄さん、いつもありがとう! これもお兄さんのお陰だよ!」

「あ、ああ……ありがとう……キタサン」

「むぅ……もっとあたしに気安く話してほしいな」

「難しいなこれ……。俺の方は、『君』じゃなくて……『お前』への接し方に急に変わるわけじゃないからな」

「あっ、それだよそれ! そんな感じだよ、お兄さん!」

「な、なるほど。こんな感じか……!」

 

 うん、いい感じ! よーしっ、このまま突き進もう!

 

「その感じのまま、あたしの頭、撫でてみて!」

「……よし、任せろ!」

 

 あたしはそのまま、頭をトレーナーさんの方へ突き出した。

 ……別に下心があるわけじゃない。兄妹って多分こういうことするよね? ……よく知らないけど!

 トレーナーさんもその勢いのまま、あたしの頭へと手を伸ばしてくれた。

 

「えっと……こんな感じかな?」

「あっ……えへへ♪」

 

 トレーナーさんは、少しだけガシガシと乱暴な感じであたしを撫でてくれた。

 うん……これ、いいな……。

 ぴょこぴょこと耳が動き、ブンブンと尻尾が揺れてしまう。

 少し乱暴なのに、全然痛くない。不器用な気遣いが伝わってきて、何だか心がふわふわする……。もっと、もっと欲しい……。

 

「お兄さん、お願い……。もう少し、ちょうだい……?」

「――いくらでもやってやるからな」

 

 本当は「お兄さんらしくないですよ」なんて憎まれ口を叩きたかったのに、とろけた思考のせいで言葉にならない。

 

――不意に、頭を撫でる手が止まった。

 

 さっきまでのふわふわとした熱がスッと消えて、頭の上がやけに涼しい。なんだか、急に心細くなってしまった。

 

「あっ……なんで、やめるの……?」

「ごめんな。これ以上やってると、帰りが遅くなる」

「えっ?」

 

 トレーナーさんの言葉で、ふっと意識が引き戻される。

 頭に置かれた手をそっと押さえたまま空を見上げると、茜色だった空は、いつの間にか深い闇に染まり始めていた。

 心地よさに夢中で、すっかり時間を忘れてしまっていた。

 そっか……。それじゃあ、帰らなきゃだよね。

 

「ご、ごめんなさい、お兄……っ、トレーナーさん! あたし、なりきり過ぎてました……っ」

「……いや、俺もやり過ぎた。お互い様だな」

 

 ふふっ、と少しだけ気まずい笑いが落ちて、ふたたび静かな時間が戻る。

 

――だけど、一つだけ。どうしても聞いておきたいことがあった。

 

 ふるふると首を振って照れを追い出し、まっすぐにトレーナーさんを見上げる。

 

「トレーナーさん。……その、分かりましたか?」

「えっ?」

「その……『妹』のこと、とか」

「あ、ああ……。そういえば、それがきっかけだったな」

 

 トレーナーさんはあたしの頭に手を置いたまま、目を瞑って考え込んでいる。

 

――だけど、その結論は、何となく分かっていた。

 

 やがて、ゆっくりとその目が開かれる。

 

「……ごめん。よく分からなかったよ」

「そうですか……」

 

 だよね……。あんな短い時間で分かることなんて、あんまりないよね……。

 内心で小さく肩を落とす。

 けれど、トレーナーさんはなぜか、どこか晴れ晴れとした表情をしていた。

 

「だけど、楽しかったよ。本当にありがとう、キタサン」

「あっ……ふふっ♪」

「君のような妹がいたら、きっと甘やかすんだろうな」

「この感じだと、そうだと思いますよ♪ ふふ……また妹キタちゃんやりますね、お兄さん」

「あはは……その時はよろしくな、妹さん!」

「うわわっ! やめてよ、お兄さんっ!」

 

 髪が乱れるくらいに強くなる、トレーナーさんの手。言葉遣いは元に戻ったけれど、その撫で方は、少しだけぶっきらぼうなまま。

 口ではそんな文句を言いながらも、無意識のうちに、あたしはぐりぐりと頭を押し付けてしまっていた。

 

――今のあたしにとって、それが一番欲しいもの。

 

 今日はもうあんまり時間がないけれど、また今度やってもらおっと。

 今はただ、この温かい心地よさに流されていたいから。

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