ウマ娘キタサンブラック短編集   作:大典74

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pixivにある同名の作品を手直ししております



ある秋の日の一コマ

 日差しの温もりより、風の涼しさが心地よい。そんな季節の移ろいを感じながら、俺は書店の通路を歩いていた。

 休日にまでトレーニングの専門書を探しに来ているのだから、我ながら仕事人間だと思う。とはいえ、大舞台を控えた今、少しでも彼女の力になりたかった。

 特設コーナーに並ぶ小説たちに後ろ髪を引かれつつ、目的の棚へ進もうとしたその時。

 ふと、視界の端に見慣れた姿が飛び込んできて、俺は足を止めた。

 

「あれ、あそこにいるのって?」

 

 不意に視界の端をよぎった、赤と黄色のジャケット。

 間違いない、キタサンだ。今日は買い物に出かけると聞いていたが、まさか本屋にいるとは。

 てっきり体を動かすような場所へ行っているとばかり思っていたので、静かに棚を見つめる姿がひどく新鮮に映る。

 彼女の新しい一面を知れたようで少し嬉しくなったが、これ以上見ているのはただの覗き見だ。

 俺は小さく息を吐いて視線を外し、歩みを再開した。

 

「あっ、トレーナーさんだ!」

 

 ……そのまま進もうと思ったんだけどな。

 弾むような声に、思わず緩みそうになる頬を慌てて引き締め、振り返る。

 小走りで駆け寄ってきたキタサンは俺の前でピタリと止まると、左手を背中に隠しながら、花が咲いたような眩しい笑顔を向けてきた。

 

「奇遇だな、キタサン」

「はい! あたしもここで会えるなんてびっくりです。トレーナーさんも本探しですか?」

「ああ、ちょっとトレーニング関係の資料をな」

「お休みの日なのに……流石トレーナーさん! あたし、そういう熱心なところ尊敬しちゃいます!」

 

 そう言って右手を顎に当て、深く感心しているキタサン。その真っ直ぐな眼差しに、俺はたまらず頬を掻いた。

 

 『真っ直ぐな言葉を全力で伝えられる、そんなキタサンの方が俺は尊敬できるよ』

 

 ……なんて、流石に照れ臭くて口には出せない。

 

「……それじゃあ、キタサンは何を買おうとしていたんだ?」

「えっ?えっと……その……」

 

 俺の言葉に、キタサンは大きく目を見開き、尻尾が頭に届くほど勢いよく跳ね上がった。

 健康的な白い肌は彼女の瞳と同じくらい真っ赤に染まり、普段の真っ直ぐな視線は嘘のように激しく泳いでいる。

 大丈夫だろうか。あまりの狼狽えぶりに心配になり、俺は戸惑いながらも声をかけた。

 

「ごめんキタサン、変なこと聞いた。忘れてくれ」

「いえ、大丈夫です! 変な本じゃないので!」

 

 俺の的外れな気遣いは、かえってキタサンを慌てさせてしまったようだ。

 彼女は左手を背中に隠したまま、首と右腕をぶんぶんと大きく振って全力で否定している。

 ……あんな言い方をしたら、そりゃあそんな反応にもなるよな。

 自分の不器用な気遣いに、俺は内心で呆れを含んだため息をついた。

 

「今のは俺の言い方が悪かった、ごめんな」

「い、いえ、あたしもちょっと大げさすぎました……。その、あたしが買おうとしてたのは……これです」

 

 気まずい沈黙の中、俺たちは示し合わせたように一緒になって頬を掻く。

 やがてキタサンは頬を火照らせたまま、背中に隠していた左手を俺の前に差し出した。

 握られていたのは一冊の本。あれ、これって……。

 

「最近流行っている少女漫画……だよな?」

「はい。ダイヤちゃんが面白いって言ってて……それで、その」

 

 それは最近、学園の生徒たちの間でもよく耳にする話題のタイトルだった。

 俺自身は詳しくないが、たしか恋愛ものだったはずだ。

 普段の活発な彼女からは意外なチョイスだが、サトノダイヤモンドの勧めとあれば話は別らしい。

 目に浮かぶようなふたりのやり取りに、想像するだけで微笑ましくなる。

 

「うう……ガラじゃないのは分かってます。あたしのイメージとは違うと言いますか……」

「俺はいいと思うけどな」

 

 偽りない本心だった。

 勝手なイメージを抱いていた俺が言うのもなんだが、本人が楽しいのならそれが一番だ。

 真っ直ぐに伝えた言葉に、やがてキタサンの頬の赤みは引き、尻尾もゆっくりと左右に動きだした。

 

「そうですかね……?」

「うん、それに君を夢中にさせる本だ。きっと本当に面白いんだろうな」

「!」

 

これも一応本心だ。学園内で流行っていて、なおかつキタサンも夢中になっているもの。面白いのは確実だろう。

 まぁ、自ら手を伸ばすのは少し勇気がいるけどな。読むかどうかはさておき……。

 そんなふうに、心の中で予防線を張ったのが間違いだった。

「読まない」と付け加えるより早く、キタサンの瞳が一段と強く輝きだした。

 

「トレーナーさん!」

「えっ?」

 

 ヒュッ……! と風を切る音がしたかと思うと、瞬く間に両手を掴まれていた。

 あまりの速度に、一切の反応ができない。

 痛くはないが、絶対に離さないという強い力。それと同時に、目の前にある満面の「笑顔の圧」に気圧され、身動き一つとれなくなってしまう。

 やっちゃったかな。そんな後悔の言葉が頭をよぎった。

 

「興味を持ってもらえて嬉しいです! 本当に面白いんですよ!」

「いや――」

「えへへ〜! トレーナーさんともお話できるの楽しみだな〜!」

「待ってくれ――」

「あっ! でも買うとなると中々大変ですよね……。そうだ!本を貸せばいいんだ!」

「その――」

「一巻は……ダイヤちゃんが持ってるけど、流石にそれを借りるのはダメだよね……」

「話を――」

「そうだ! せっかくだから一巻も買っちゃおう♪ そうと決まれば早速取りに行かなきゃ また後で!」

「…………」

 

 握られていた手を小さく上下に振られたかと思うと、彼女はぱっと手を離し、さっきいた場所へと小走りで駆け出していった。

 俺の声など、もはや耳に入っていないだろう。だけど、背を向ける直前に見えたのは、いつも通りの満開の笑顔だった。

 たまに発動する、キタサンの暴走モード。

 嵐のように去っていく背中を見送りながらも、不思議と呆れる気にはなれなかった。

 あんな風に、相手を喜ばせようと真っ直ぐに突っ走ってしまう不器用なところも含めて、俺は彼女をどうしようもなく好ましく思っているのだ。

 

 さてと、それなら今日の予定を少し変更だ。

 目的のものを買ったら、彼女が意気揚々と持ってくるであろう本とやらを読んでみないとな。

 遠目にもウキウキしているのが分かる小さな背中を見送って、俺は自然と頬を緩ませた。

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