とんでもない季節違いですがよろしければ読んでいただければ嬉しいです
一面の雪景色とは、まさにこのことを言うんだろうな。
昨夜からの雪に覆われたトレセン学園は、今日のトレーニングもあえなくお休み。せっかくなら誰かと遊びたかったけれど、あいにく今日に限って捕まる友達は誰もいなかった。
ぽっかりと空いてしまった時間。
私はトレーナー室の窓際で、ぼんやりと真っ白な外の景色を眺めていた。
「はぁ……」
「さっきからため息ばっかりだな、キタサン。……まぁ、気持ちは分かるけど」
「雪自体は嫌いじゃないんですけどね。トレーニング出来ないなら……誰かと遊びたかったなって」
肩を落として、窓の向こうの白い景色を見つめ続ける。
うう……せっかくの雪なのに……。
「それなら、俺と外に出てみるか?」
不意に降ってきた言葉に、ピクリと耳を動かす。
ゆっくりと振り返ると、トレーナーさんが仕事の手を止めてこちらを見ていた。
「えっと……凄く嬉しいんですけど、トレーナーさんはいいんですか? お仕事とか……」
「大丈夫、何とかなるよ。キタサンが元気じゃないと、俺も悲しいからね」
「トレーナーさん……!」
胸の奥がじんわりと温かくなる。
今はただ、早くあの真っ白な雪景色に飛び込みたい気持ちでいっぱいだった。
「ありがとうございます! 行きます! あたし、外で雪だるま作ります!」
「あはは、良かった。やっといつものキタサンだ」
トレーナーさんの笑顔を見て、あたしは机の手袋をサッとつけ、扉の前まで駆け出した。
少し後ろから付いてきてくれる足音が、なんだか無性に嬉しい。
扉の前でくるりと振り返り、ふとトレーナーさんの手元に目を落とす。
「えへへ……あっ! トレーナーさん、手袋! そのままだと手が霜焼けになっちゃいますよ?」
「外に出る前からつけるのはどうなんだ? ……まぁいいか、つけるよ。これで……よし!」
なんだかんだ言いながらも、トレーナーさんはしっかりと手袋をつけてくれた。
よし! これでバッチリだよね♪ あたしは弾む足取りで、外へと駆け出した。
…………………
…………
……
「うわぁっ……! 一面真っ白だー!」
玄関を抜けて、一目散に雪に飛び込む。
ギシッと足元が沈み込む感触が、何とも不思議で気持ちいい。
ぴょんぴょんと跳ねるように進んでから振り返ると、真っ白な雪の上に、あたしの足跡だけが点々と続いていた。
えへへ、なんだか誇らしいな。ほっぺたを緩ませていると、ずっと遠くにトレーナーさんの姿が見えた。
あっ……トレーナーさん、置いてきちゃってた……。
「はぁ、はぁ……キタサン、待ってくれ……速い、速すぎるぞ……」
あはは……はしゃぎすぎたみたい……。
少し身を縮めながら待っていると、あたしの足跡を辿って、ようやくトレーナーさんが追いついてきた。
「ごめんなさいトレーナーさん……はしゃぎすぎて、つい」
「はぁ……気にしなくていいよ。それより、雪だるまを作るんだったよな?」
「はい! 出来れば大きいの!」
「君が言うと、俺の身長より大きなものを作りそうだな……」
思いきり手を広げてみせたけれど、トレーナーさんは苦笑いするばかり。
むむ……そんなに大きいの作らないのに。あたしの身長より、ちょっと小さいくらいにするだけだもん……。
ほっぺたを膨らませてしゃがみ込み、ゆっくりと雪玉を転がし始めた。
「そ、そんなに頬を膨らませなくても……。よし! 俺も負けじと大きな雪だるまを作るぞ!」
慌ててしゃがみ込み、雪玉を大きくし始めるトレーナーさん。
ふふ……本当に怒っていたわけじゃないのに。いや、少しだけ怒っていたようなものだったかも……?
そんな自分がおかしくてクスリと笑うと、いつの間にか膨らんだほっぺたは萎んでいた。
コロコロ……コロコロ……
出来上がった胴体部分は、あたしの腰くらいの高さ。ふぅ……これくらいでいいかな?
視線を移すと、トレーナーさんはあたしのより一回り小さな胴体を完成させて、すでに頭の部分に取り掛かっていた。
「早いですねトレーナーさん!」
「そうでもな……いや、デカいな君の!?」
「えっ? さっき『大きいのを作る』って言ったじゃないですか!」
「そ、そうだけど、限度ってものが……」
不思議そうな顔で見つめてくるトレーナーさんは放っておいて、次は頭!
コロ……コロ……
胴体よりずっと小さいから、すぐに完成した。
そーっと上に乗せ、木の棒を挿して、石をちょんちょんと……よし!
「出来た!」
「よし、こっちも完成だ」
どれどれ、どんな雪だるまだろう?
覗き込んでみると、トレーナーさんの作った雪だるまは、あたしのより小さくて可愛らしいサイズだった。
「ふふ……トレーナーさんの雪だるま、凄く可愛いですね♪」
「君のは……やっぱり大きいな……」
「?」
あたしの雪だるまを見て、少し遠い目をしているトレーナーさん。そんなに変かな? あたしの雪だるま。
それはともかく、二つの雪だるまの距離がどことなく遠い気がする。
う〜ん……何となくだけど、それはちょっと嫌だな……。
そう思ったあたしは、自分の雪だるまの前にしゃがみ込んだ。
「キタサン、何をしてるんだ? 雪だるまの前にしゃがみ込んで……」
「ちょっと、やりたいことがありまして。……よーしっ、わっしょい!」
「キタサン!?」
掛け声に合わせて雪だるまを持ち上げる。
呆気にとられて固まるトレーナーさんを横目に、えっさえっさ……と雪道を歩いていく。
ここに……これを……よいしょっと……!
よし! これでバッチリだ!
「なるほどな。……ありがとう、キタサン。俺の雪だるまが寂しそうだったから、並べてくれたんだろ?」
「えっ? あ、えっと……はい!」
優しげに笑うトレーナーさんに、あたしは曖昧にコクリと頷いた。
そうだよね、あたしらしいのはきっとそっちの理由だ。
本当の理由は、頭の隅にそっと追いやることにした。
「これで雪だるまは完成だけど……次は何をしようか」
「そうですね……」
ふむ……雪だるまは作ったし、次はどうしよう。
雪といえば、やっぱりあれだよね!
ぱぁっと顔を輝かせて、あたしはトレーナーさんを振り返った。
「よし、決めました! 雪合戦をします!」
「雪合戦か。よし、いいだろう。やるからには容赦しないぞ!」
予想以上にやる気満々な返事に、あたしは思わず目を丸くした。
ふふっ……もしかして、雪で遊びだすとテンションが上がるのは、大人も子供も変わりないのかな?
「ふふっ、トレーナーさん相手でも手加減しませんからね!」
「望むところだ!」
「「勝負!」」
声が重なった瞬間、あたしは雪だまりへ手を突っ込んだ。
まずは先手必勝! 一気に雪を丸め、まだ準備中のトレーナーさんの胸めがけて……投げる!
「当たれ!」
「うおっ! ぐっ!」
見事にトレーナーさんにジャストヒット!
胸元を真っ白にして、無念そうな顔をしている。
よし! 先ずはあたしの先制! 思わず、思い切りガッツポーズを突き上げた。
「えへへ、雪まみれですね!」
「油断した! だが次は当てさせないぞ!」
その声とともに顔の雪を払い、トレーナーさんはすぐさましゃがみ込んで雪玉を作り始めた。
一瞬だけ見えたその顔は、いつもの優しげなものではなく、イタズラを企むような無邪気な笑顔だった。
「くらえ!」
「えへへ! そんな玉、当たりませんよ!」
トレーナーさんの投げた雪玉はふわりと遅く、しゃがんだあたしの頭上をあっさりと通り過ぎていく。
このくらいなら、目を瞑っていても避けられそうだ。
「ふふっ! 甘いですね、トレーナーさん! ――うぷっ!?」
「甘いのはキタサンの方だ! 玉は一つとは限らないだろ!」
いつの間にか、あたしの視界はひんやりとした真っ白な雪に覆われていた。
むむむっ、完全に油断した! でも、もう負けない!
顔についた雪をパパッと払い落とすと、あたしはサササッと雪玉を大量に作り出す。
両手いっぱいに雪玉を抱え込んで……よし、これで反撃だ!
「トレーナーさん! 覚悟!」
「速っ!? ――うわっ、くっ!」
「そりゃあ! とりゃあ! わっしょい!」
怒涛の連射! だけどトレーナーさんは、見たこともない俊敏な動きでことごとく雪玉を躱しきってみせた。
とはいえ、あちらも限界だ。ゼェゼェと呼吸を荒げ、何とか立っている状態。今投げれば確実に当たる!
――だけど、あたしの両手にはもう、雪玉は一つも残っていなかった。
「はぁ……キタサン、はぁ……。もう、雪玉は……ないだろ……」
「そうですね……手にはもう無いです。手には、ですけどね!」
ニヤリと笑うと同時、あたしはくるりと背を向けて、尻尾をトレーナーさんへと突き出した。
毛並みの間に隠していた『最後のひと玉』が、しなやかな動きで放たれる。
「何っ――うぷっ!?」
見事、少し溶けかかった雪玉が顔面に直撃した。
こんな使い道のために尻尾トレーニングをしてるわけじゃないけど……それはそれ、これはこれ。
雪まみれになってふるふると震えるトレーナーさん。だけど、ゆっくりと落ちていく雪の向こうのその顔は、びっくりするくらい爽やかな笑顔だった。
「あたしの勝ちですね!」
「あははっ! ああ、俺の負けだ」
そう言いながら、トレーナーさんは力尽きたように雪の上へと倒れ込む。
あたしも吸い寄せられるように、その隣へどさりと背中から落ちた。
服や尻尾に雪が染み込んで、じわじわと冷たさが広がる。それでもあたし達は、並んで寝転がったまま動こうとはしなかった。
「君を励ますためだったのにな。途中からは、俺の方も楽しくなっちゃったよ」
「えへへっ! それでいいじゃないですか! 楽しんでこそですよ!」
「それもそうか。ありがとう、キタサ――っ、クシュン!」
「あははっ、さすがに雪の上は寒いですもんね」
「……だな」
鼻をこすりながら立ち上がったトレーナーさんは、そのまま、あたしへ向けて手を伸ばしてくれた。
差し出されたその手をぎゅっと握り返し、あたしも一緒に立ち上がる。
「さ、戻って温かいものでも飲もう。俺はコーヒーを淹れるけど、キタサンは?」
「あたしはお茶がいいです!」
「はいはい。確か、とっておきの茶葉があったはずだ」
隣に並びながら、トレーナー室への帰路につく。
ふと振り返ると、仲良く並んだ二つの雪だるまが、まるで手を繋いでいるように見えた。
えへへ……今のあたし達みたいだ。
胸いっぱいの満足感を抱えたまま、あたしは再び歩き出す。
最初に来た時のあの寂しさは、もうどこにもなかった。