バレンタインに書いたものの一つであり、数少ないダイヤちゃん視点でのお話になります
「うん、すごく美味しいよキタちゃん!」
「本当! やったぁ!」
「ふふっ」
ふたりきりの調理室に、親友の大きな声が響き渡る。
力強く右腕を天に突き立てるいつもの姿に、つい笑みがこぼれてしまった。
寒風吹きすさぶ二月の放課後。
私と親友のキタちゃんは、バレンタインの準備の真っ最中だ。
自分の分のチョコはすでに完成しているため、今の私はすっかり味見役となっている。
とはいえ、キタちゃんのチョコの腕前は一級品で、文句のつけようがない。味見の必要など、本当はないのだ。
それでもこうして役目を引き受けているのは、ただ彼女が喜ぶ姿を隣で見つめていたいから。……なんて、少し子供っぽい言い訳だろうか。
「よしっ! これならトレーナーさんにも喜んでもらえそう! ありがとう、ダイヤちゃん♪」
いや、子供っぽくてもいいよね。
だって、目の前にはキタちゃんの輝かんばかりの笑顔があるのだから。
「……ううん、気にしないでキタちゃん。私は力になれるだけで嬉しいから」
「そうは言ってられないよ! 受けた恩は必ず返す、それがあたしの流儀なんだから!」
まあ、キタちゃんならそう言うよね。
ここで遠慮したら、分かりやすくションボリしてしまうのが目に見えている。
だから、私が返す言葉は決まっていた
「それなら、当日はキタちゃんのチョコを期待してるね♪」
「うん、任せてよ! このキタサンブラック、ダイヤちゃんのためにとびきり美味しいのを作ってみせる!」
耳をパタパタさせながら、再度右腕を突き上げるキタちゃん。
私はその姿を見ながら、お皿のチョコをゆっくりと口へ運んだ。
…………うん。口の中に甘さがゆっくりと溶けていく……♪ 何度食べても本当に美味しい。
このチョコを貰うトレーナーさんが、少し羨ましい。
その味を噛み締めながら、ふと、あることに思い至る。
「そういえば……キタちゃんのトレーナーさんって、甘いものは大丈夫だったっけ?」
視線をチョコからキタちゃんへと移し、ふとした疑問を口にする。
私は平気だけれど、大人の男性であるトレーナーさんは、この甘さをどう感じるだろうか?
私のそんな内心の心配をよそに、キタちゃんは焦る様子もなく、むしろ自信に満ちた表情でこちらを見ていた。
「それなら大丈夫! トレーナーさんもあたしと同じで甘いもの好きだから!」
「そうなんだ。……ふふ、それなら安心だね」
キタちゃんの言葉に、私はホッと胸を撫で下ろして頷く。
考えてみれば、私のトレーナーさんも甘いものは平気だった。意外と大人でも、甘いものが苦手なヒトはそう多くないのかもしれない。
そんなことを思いながら、再びチョコへと手を伸ばし──
「うん! トレーナーさん、キャラメルに目がないから、キャラメルチョコにしたんだ♪」
口に運ぼうとした手をピタリと止め、指先から力が抜けたように、チョコがお皿の上へ静かに滑り落ちた。
キャラメル……。うん、確かにあの味はキャラメルの風味があった。チョコとも相性が良いし、それは別に問題ない。
…………問題ないよね?
何かが頭の中で引っかかっていて、だけどそれを思い出すことが出来なかった。
「ダイヤちゃん、どうかしたの?」
聞こえてきた声に、私はハッとする。
視線を上げると、キタちゃんが不思議そうにこちらを覗き込んでいた。
「う、ううん。なんでもない、なんでもないよ!」
「本当に? でもなんだか……」
……ううん。気の所為、気の所為よ。
私は自分自身に言い聞かせるように何度も頭を振ると、精一杯の笑顔をキタちゃんへ向けた。
だけど、キタちゃんの曇った表情は晴れないままだ。
「そ、そんなことより! キタちゃんもチョコ食べようよ、本当においしいから!」
「だ、ダイヤちゃん!? そ、そんなに引っ張らなくても大丈夫だよ!?」
私は急いで立ち上がり、困惑する彼女を椅子へと押し込める。そして、お皿の特製チョコを一つ手に取り、素早くその口へと放り込んだ。
「むぅ!? ……むぐむぐ〜♪」
驚いたように目を丸くしていたキタちゃんだったが、チョコを口に放り込まれると、すぐに耳をぺたんと寝かせる。ニコリと笑い、頬を緩めてチョコに身を委ねていた。
ふぅ……。誤魔化せた安堵と、少しの疲れに肩の力を抜く。私もチョコを貰おう。落としたチョコを手に取り、ゆっくりと口に運んだ。
……うん。やっぱり甘くて、美味しい。
その甘さが疲れた体へと染み渡り、頭の中の霧が晴れていく……と、同時に。
ふと、あることが頭の中に浮かんでいく。
『キタサンが好きな金平糖なら、貴方が好きですという意味になるわね』
それは、一週間ほど前。クラちゃんにバレンタインの相談をした時のこと。贈り物には意味があるのだと、彼女は教えてくれた。
金平糖は、好き。……じゃあ、チョコ以外なら? 彼女が挙げたリストの中に、確か……。
──キャラメル。
その瞬間、頭の片隅で引っかかっていたものが、パチンと弾けた。
私は焦るように、残ったキャラメルチョコを口へ放り込む。
口いっぱいに広がる風味。澄み渡っていく頭の中。
そして、紐解かれた答え。
『そうね、ちょっと危険なのはマロングラッセかしら。永遠の愛って意味は、まだ少し重たいかもしれないわ。キャラメルくらいなら、可愛らしくて丁度いいんじゃない? “一緒にいると安心”って、素敵な意味だもの。……バームクーヘンなんかも、悪くないかもしれないけれど』
────っ!
キャラメル……。『一緒にいると安心』……。
蘇ったクラちゃんの声に、私は息を呑む。
……あの日。贈り物には意味があるのだと、彼女は教えてくれた。
それなのに、私は……。
泳ぐ視線を、無邪気にチョコを食べるキタちゃんへと向ける。
意味を、知っているの……? いや、知らないはず。だって、私はこの話を彼女に……。
だけど、もし、もしも……。
「うん! これ、本当に甘くて美味しい♪」
キタちゃんは、太陽のような笑顔を私へと向ける。
……むぅ。私ばかりが考えすぎだわ。
そこまで深い意味はないし、彼女のトレーナーさんがキャラメルを好きなら、それで十分じゃないか。
「…………うん! そうだね!」
私もキタちゃんに笑顔を向け、その柔らかな頭をそっと撫でた。その柔らかな感触を、指先に感じながら。
「えへへ、なんだか安心するなぁ〜……」
……この安心は、撫でているからなんだよね? そう、きっとそう。
自分に言い聞かせるように、私はゆっくりとキタちゃんの頭を撫でていく。
キタちゃんは嬉しそうに耳をパタパタさせながら、無防備な笑顔で撫でられ続けていた。
バレンタインのネタを書く際はキャラメルを多用しています
理由は作中でクラちゃんが言った『一緒にいると安心する』という意味が個人的に好きだからです
ちなみにバームクーヘンは『幸せを重ねる』です