ウマ娘キタサンブラック短編集   作:大典74

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ゆらりと揺れるワンピース

 さんさんと照りつける太陽の下。天に向かって伸びる時計台を背にして、立ちぼうけ。

 風にワンピースの裾が揺れ、ふわりと尻尾を撫でていく。少しだけずれた大きめの麦わら帽子を直しながら、胸の奥で弾むリズムに合わせて、靴のつま先でトントンと地面をつついた。

 

「まだかなぁ」

 

 スマホのスケジュールアプリを眺めながらポツリ。

 とはいえ、本来の待ち合わせ時間までは三十分も開きがある。まだ来ていないのが当たり前だ。

 それなのにソワソワと動いてしまう耳につい苦笑いして、少し熱を持ったスマホの背面を指でなぞった。

――ふと、周りの音が遠のいた気がした。

 背後にそびえる時計台から、カチ……コチ……と、等間隔に落ちてくる音だけが静かに響く。

 

「あっ」

 

 遠くから微かに聞こえてきた声に、耳がピンと立つ。

 同時にタタタッ、と駆けてくる足音が聞こえ始め、徐々にその音は大きくなっていく。

 ピコリピコリと揺れる耳。足音と耳の動きは重なり合い、そして――

 

「す、すまないっ……」

 

 肩で息をしながら目の前に立ったのは、言うまでもなく、あたしの待ち人である担当トレーナーさんだ。

 彼は乱れた息をなんとか整え、ゆっくりと顔を上げて申し訳なさそうにあたしを見た。

 

「待たせちゃったよな」

「いえいえ! あたしもいま来たところなので!」

「……本当に?」

「……はい!」

 

 トレーナーさんから視線を逸らしつつ、笑顔を作って頷く。

 スケジュールに書かれている『一時間前!』の文字が、今更ながら胸を刺してくる。

 ジッ……とこちらを見つめ続ける彼。その額を、じっとりと汗がつたっていく。

 だけど、不意に雰囲気が柔らかくなり、彼は困り眉で微笑みかけた。

 

「……なんて、遅刻した俺が言ってもカッコ悪いだけだな。ごめんな、キタサン」

「い、いえいえ! 早く来たのはお互い様なので!」

「ありがとう、やっぱりキタサンは優しいね」

「あ、あはは……そんなこと……」

 

 汗を拭いながら、トレーナーさんはいつも通りの笑顔に戻っていた。

 はぁ~……もっと気の利いた言葉が言えたら、こんなことになってないのに……。

 ドキリと跳ねる胸を抑えながら、ほんの少しだけ視線をずらし、ほうっと息をこぼした。

 

「それにしてもキタサン、その格好は……」

「へっ? あ、これですか」

 

 トレーナーさんの言葉につられるように、あたしは裾を掴んでみた。

 不思議そうに見るのも仕方ない。だって今のあたしが着ているのは、普段ならあまり選ばない服だから。

 

「その……みんながこういうの、着てみるのはどうかって言ってくれて……」

 

 左右に体を動かすとヒラリとなびく、白のワンピース。

 普段は動きやすい服ばかり着ているあたしには似つかわしくない、おしとやかな女の子のための服。

 

『絶対に似合うから!』

 

 ギュッと拳を握りしめながら力強く言ってくれたのはダイヤちゃんだったけれど。

 クラちゃんもシュヴァルちゃんも、友達みんなが大丈夫って言ってくれたから。

 昨日も何度も着ては脱いで、今日だって違う服にしようか迷ったけど、勇気を出して着てきたんだ。

 

「似合って……ますか……?」

 

 それでも尻尾と体は震えているし、耳だって伏せてしまう。固く結んだ口の中で、痛くなるくらいに歯を噛みしめている。

 照りつける太陽の光が肌を刺すのに、背中はすっと冷えていく。

 チクタクと動く時計の音が、やけに大きく聞こえた。

 

「そうだなぁ」

 

 妙にゆっくりと聞こえてくる声が、あたしの心臓を激しく揺らす。

 コクンと小さくつばを飲み込む音すらも響いていく。

 似合って――ううん、『悪くない』でもいい。だから、ダメとは言わないで。

 ギュッと固く目を瞑り、ワンピースの裾を強く握りしめる。

 

「……うん、よく似合ってるね」

「!」

 

 ドクンと心臓が跳ねる。次第に熱が生まれ、あれだけ寒かったのが嘘みたいに全身が熱くなっていく。

 ビビッと痺れるような感覚に、尻尾を動かすこともできない。

 恐る恐る目を開く。顔をしっかりと上げることはできなかったけど、彼の口元が微笑んでいるのだけはハッキリと分かった。

 

「えっと、あんまり気の利いたことが言えなくてごめんな」

「い、いえ! その……嬉しいです、とても……」

 

 ポツリと途切れる声。

 上から降り注ぐチクタク音が広がり、空に溶けていく。

 それでもあたしの内から鳴り響く胸の鼓動だけは、絶え間なく、体の外に飛び出してしまいそうなほどうるさかった。

 

「そ、それじゃあ行きましょうか!」

「き、キタサン?」

 

 だからあたしは、彼の手を無理矢理掴んで、引っ張るように歩き出した。

 いつものあたしなら、きっとこうするはず。

 

「……あっ!?」

 

 突然、目の前が沈み込んだ。

 そのまま、ゆっくりと周りがスローモーションになったかのように、あたしの体は前に倒れ――

 

「――キタサンっ!!」

 

――る直前。強く腕を引き寄せられ、あたしはなんとか倒れずにすんだ。

 ピタリと止まる体。いつもより、ほんの少しだけ近い距離。

 心臓が早鐘を打つように煩い。

 

「…………よかった」

 

 安心したような声が耳に入り、うまく動かせない首を向けた。

 そこに映っていたのは、声色と同じような表情でこちらを見ているトレーナーさん。

 彼の顔を見ただけなのに、ふっ……と肩から全身の力が抜けていく。

 

「と、トレーナー……さん……」

「……って、ごめん。手、強く握りしめてた」

「えっ?」

 

 言われてから、掴まれている手を見た。さっきまでは何ともなかったのに、徐々に痛みが湧き上がってくる。

 そ、そっか……それを気にする余裕もなかったってことなんだよね。手もだけど、足も……足も?

 

「いたっ!」

「キタサン!?」

 

 ピリッと痺れるような感覚が足首に走り、思わずしゃがみ込んでしまう。

 熱を持ち始めた右の足首に触れてみると、ビクッと激痛が全身を駆け抜けた。

 あう……こけちゃいそうになったのも、くじいたせいかな?

 ドクンドクンと脈打つそこを押さえると、ズキリと芯に響くように痛む。

 

「足を捻っちゃったのか?」

「はい……みたい、です……」

 

 トレーナーさんはしゃがみ込んであたしと同じ目線になってくれたけど、その視線に合わせることができない。

 せっかくオシャレしたのにこんなことになって……トレーナーさんにまで心配をかけちゃうなんて……。

 しゅん、と耳と顔を伏せて、尻尾も力なく揺らすしかない。

 

「……よし」

「……トレーナーさん?」

「キタサン、ちょっとごめんな」

「えっ、なにがです――わぁっ!?」

 

 突然体がフワッと浮き、咄嗟に何かに抱きついた。

 瞬きも忘れて下を向いてみると、確かに宙に浮いている。

 ど、どういうこと? 一体なにが……っていうか、姿勢もちょっとおかしいような?

 まるで寝かされているような姿勢で、膝の裏と背中を、力強い腕が支えている。

 

「とりあえず足を冷やせる場所まで連れて行くけど、いいかな?」

 

 ビクリと震える耳。トレーナーさんの声なのは分かるけど、どうしてか耳元で響いている。

 ドクリと跳ねる心臓。それとは裏腹に、全身は硬直してしまう。

 声が届いた方へと、無理矢理に首を動かしてみた。

 

「キタサン?」

「……っ」

 

 視界いっぱいに、心配そうにこちらを見るトレーナーさんがいた。

 じゃあ、今あたしって……!

 全身が燃えるように熱くなっていく。バタリと揺れる尻尾を抑えることができない。

 

「き、キタサン! あんまり動くと危ないから!」

「あっ……」

 

 背中と膝の裏に回されている腕の力が強くなり、トレーナーさんとの距離はより近づいていく。歯を食いしばりながら、それでも優しい口調であたしに向けて声を掛けてくれる。

 

 ドク、ドク、ドク。

 

 張り裂けそうな程の胸の鼓動。それを抑え込むように、体を彼に密着させる。

 恥ずかしさから逃れるように彼の胸元へ顔をうずめると、ドクドクと、ほんの少しだけ速く脈を打つ音が聞こえてきた。

 

「うん、そのままの姿勢でお願い」

「……はい」

「じゃあ、ちょっと揺れるかもだけど我慢してくれ」

「…………はい」

 

 体がゆらり、ゆらりと揺れる。耳元に届く音はかわらずに脈を打っている。

 ああ、落ち着くな……。

 なんて、バチ当たりなことを思い浮かべ、彼に身を委ねる。

 照りつける太陽の熱と彼の体温を受け止めながら、あたしは目を瞑った。

 

「せっかくのオシャレを台無しにしてしまったな」

「……ううん。あたし、今とても幸せです」

「そうなのか?」

「はい」

 

 まるでお姫様みたい。

 口を突いて出そうになった言葉を飲み込んだ。

 耳元に届く音だけに集中する。まるで、あたしを優しく包み込んでくれるみたいだ。

 彼の体温と心音を近くに感じられて、それだけで今日一日が良い日だって言える。

 だけど、まだ始まったばかり。きっと、まだまだ良いことが続くと信じられた。




色白だからワンピース似合うと思うんですよね
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