「う~ん……! ヒンヤリしていて美味しいです!」
「やっぱり夏はかき氷だよな」
「ですね!」
祭りの喧騒から離れたベンチ。
シャリシャリと涼しげな音を立てて、ふたりで氷をすくう。俺の手元には赤色のいちご、隣のキタサンの手元には鮮やかなブルーハワイがこんもりと盛られていた。
「何となく、キタサンはいちごを頼む気がしたんだけどな」
「えっ? ……えへへ、今日は青の気分だっただけです!」
一瞬の間。注文の時も何か閃いたような顔をしていたし、きっと何か企んでいるのだろう。まあ、後で聞けばいっか。
そう結論づけて、かき氷を口に運ぶ。
シロップの甘さとともに、氷特有の刺さるような冷たさが広がった。キーンとくる痛みを警戒して、軽くこめかみを押さえる。……なんとかやり過ごせたようだ。
ふうっと息を吐いて隣を見ると、キタサンは満面の笑みで、勢いよく氷を頬張っていた。
「あむあむ……♪」
あまりに美味しそうな食べっぷりに、自然と頬が緩んでしまう。
……だけど、そんなに勢いよく食べたら。
そう心配した、直後のことだった。
「うっ…………!」
小さな悲鳴とともに、キタサンが頭を押さえだした。トントンとこめかみを叩いているが、さっきの俺よりもずっと苦しそうだ。
俺はゆっくりと背中をさすりながら、彼女の様子を窺った。
「大丈夫かキタサン?」
「とれーなーさん、ありがとうです。あたしはだいじょーぶです……ううっ、けど、あたまがきんきんしますぇ……」
「ふふ、あんなに勢いよく食べてたら、そうなるのは仕方ないよ」
「うう……そうなんですけど……」
「落ち着くまで背中をさすってあげるから」
「……あたまがいいです」
「分かった分かった。よしよし」
そっと頭に手を乗せて撫でる。
すると、しょんぼりと伏せられていたキタサンの耳が、みるみるうちに嬉しそうにピンと立ち上がった。
「ありがとうございます、トレーナーさん! キタサンブラック、もう大丈夫です!」
「それなら良かったよ。頭を撫でるのはもういいかな?」
「あっ! それはもう少しだけ……」
「はいはい」
現金な子だなと思いながら頭を撫で続ける。すると、キタサンはまた幸せそうな顔でかき氷を食べ始めた。
まぁ、この表情が見られるなら別にいいかな。俺は存外チョロいのかもしれない。
「えへへ、幸せです!」
「それなら良かったよ」
「はい! ありがとうございます、トレーナーさん!」
頬を緩ませて、キタサンは再びスプーンを手に取った。
シャク……シャク……シャク……。遠くの喧騒とかき氷を食べる音だけが、ふたりの間に流れていく。
半分くらい食べ終わった頃。ふと視線を感じて隣を向くと、キタサンが手を止めてこちらをじっと見つめていた。
「どうしたんだキタサン?」
「トレーナーさんに見せたいものがあります!」
見せたいもの? 何だろうか。
キタサンの手元には、かき氷とスプーンしかない。服装に不自然な膨らみもないし、そもそも今日はカバンすら持っていないはずだが……。
不思議そうに首を傾げる俺を見て、キタサンは頬を掻きながら照れくさそうに笑った。
「あはは、物ではないんですよね」
「違うのか。じゃあ何を……?」
「これを見て下さい!」
そう言って、勢いよくキタサンは舌を出した。そのままドヤ顔でこちらを見ている。
……見せたかったものって、真っ青に染まった舌? そりゃあかき氷を食べたのだから当然……。
いや、待てよ。確かキタサンは……。
『えっ? ……えへへ、今日は青の気分だっただけです!』
買う時も、何かを思いついた顔をしていたな……。
えっ? ということは……まさか本当に……?
あまりにトンチキで可愛らしい理由に行き当たり、俺は思わず口を開いていた。
「もしかして……それを見せたかったのか……?」
コクコクと力強く頷き、キタサンは舌を引っ込める。
「はい!どうでしたか?キレイな青色でしたか!」
曇ることのない真っ直ぐな瞳で、トンチキなことを言っている。
そうか……これをしたかったのか……そうか……。
彼女のあまりにも無邪気な企みに、俺はたまらず口元を手で覆った。
「ふ……ふふふ……」
「トレーナーさん?」
不思議そうな顔でこちらを見るキタサン。
ごめんキタサン……でも……ふふふ……っ。
「ふふっ……だって、買う時に何か閃いた顔してたから。やりたかったことがそれかと思うと、微笑ましくて……」
「え!? かき氷を食べたらやりませんか、これ!?」
「やるけど……ふふっ、もっと凄いこと考えてると思ったんだよ」
「むぅ~……そんなに笑わなくてもいいのに」
「あっ……」
頬を膨らませてこっちを見つめるキタサン。
やってしまった。慌てて頭を回すが、都合の良いフォローなんて浮かばない。
……うん。やっぱりこれしかないよな。
「ごめんごめん! ほら、俺も舌が変わってるから……っ」
「トレーナーさん、いちごだから赤いだけじゃないですか」
「ぐっ……」
あまりに正論すぎるツッコミに、ぐうの音も出ない。
(ど、どうすればいいんだ……!?)
必死に頭を回すが、上手い返しが何一つ思い浮かばなかった。
「ふふふ……」
突然の笑い声にハッとして顔を上げると、キタサンが肩を震わせていた。
「キタサン……?」
「ごめんなさいっ。必死なトレーナーさんがなんだかおかしくて、つい……。今、トレーナーさんの気持ちが分かりました。こんな感じだったんですね、ふふふっ」
俺の必死な様子がツボに入ったのか、彼女はクスクスと笑い続けている。
なるほど、確かに自分がやられるとムッとするかもしれない。
先ほどの自分の態度を省みて、俺は素直に頭を下げた。
「本当に悪かったよ」
「あたしも、本当にごめんなさいっ」
「仲直り……いや、喧嘩ってほどでもないか。でも、これで仲直りだな」
「はい! ……それでその、仲直りのついでにお願いがあるんですけど」
何故か照れくさそうに笑うキタサン。
「出来る範囲なら何でも大丈夫だよ」
「そうですか……それなら……トレーナーさんのかき氷、少しだけもらってもいいですか?」
俺の?
一瞬だけ首を傾げたが、何がしたいのかすぐに思い至る。
断る理由なんて何一つ無かった。
「ああ、いいよ」
「ありがとうございます!」
少しだけ溶け始めた器を渡すと、キタサンは嬉しそうにそれを受け取った。
俺が使っていたスプーンで氷を掬い、小さく口を開いて、パクリと運ぶ。
「見て下さいトレーナーさん!」
そう言って、彼女はもう一度ペロッと舌を出した。
そこには、俺の赤と彼女の青が混ざり合った、鮮やかな紫色があった。
「綺麗に混ざったな」
「えへへ……やりました!」
ペロッと舌を引っ込めて浮かべたのは、いつもの満開のひまわりのような笑顔だった。