ウマ娘キタサンブラック短編集   作:大典74

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pixivにある同名の作品を手直ししております


夜空に照らされた小さな不安

 キラリと輝く星空の下。あたしはひとり、浜辺に座り海を眺める。

 お祭りみたいに騒がしい場所のほうが性に合ってるけど、こうやって静かな場所にいるのも嫌いじゃない。

 合宿ももう折り返し。これが終われば、すぐに秋のレースがやってくる。

 ……その時、あたしは皆の期待に応えられるのだろうか。

 ふと過ぎった小さな不安を誤魔化すように、あたしは膝を抱え直した。

 

「…………」

 

 ボンヤリしながら流れる波を目で追いかける。こちらに来てはまた海に還っていく波。

 繰り返される静かな音が、今のあたしを優しく包んでくれる。

 だけど……なんでだろう。

 ずっとここに居たいはずなのに、潮風に撫でられる体の芯が、少しずつ冷えていく気がした。

――ザク、ザク、と。

 そんな時だった。波音に混じって、背後から砂を踏む足音が近づいてきたのは。

 

「キタサン……?」

 

 その声に、ゆっくりと振り返る。そこに居たのはトレーナーさんだった。

 あたしを心配そうに見下ろす姿を、どこか遠くの景色のように思いながら見つめ返す。

 

「トレーナーさんでしたか。……こんばんはです」

「ああ、こんばんは。こんな時間にひとりでどうしたんだ。……何かあったのか?」

「えへへ……。まぁ、少しだけ」

「そうか。……近くに座っても大丈夫か?」

「はい、大丈夫ですよ」

 

 ヒトひとり分空けて、ゆっくりと腰を掛けるトレーナーさん。手を伸ばせば重なりそうな、そんな距離。

 膝を抱えるあたしと、楽な姿勢で海を見ているトレーナーさん。

 包み込むような海の広さも、耳に残る波の音も、さっきまでとは何一つ変わらない。……変わっていないはずなのに。

 隣から伝わってくる微かな熱が、冷えていた心の奥をじんわりと溶かしていく気がした。

 沈黙が、少しも怖くなかった。

 だから――。

 

「トレーナーさん……」

「うん。どうしたんだ、キタサン?」

 

 隣を見ると、トレーナーさんも同じようにこちらを見てくれていた。

 夜の暗さの中でもわかる、いつもの優しい眼差し。

 だから、伝えることができる。ずっと心の奥に刺さり続けている、この不安を。

 他ならぬ、目の前のあなたになら。

 

「あたし……秋になるのが少し……本当に少しだけ、不安なんです」

「……どうしてだ?」

「合宿ももう折り返しになって、自分が強くなっているのは感じます。でも、それは他の皆も同じで……。そう思うと、本当に勝てるのか、皆の期待に応えられるのかって……。ずっと、胸の奥に残り続けてるんです」

「そうか……。それが君の抱えていた不安なんだな」

 

 言い終わると同時に、ずっと力が入っていた肩から、ふぅっと息が抜けた。

 海の広さと、寄せては返す波の音。そして、静かに隣にいてくれるトレーナーさん。そのすべてが、あたしの背中をそっと押してくれた気がする。

 けれど、いざ全部吐き出してしまうと……なんだか急に、顔が熱くなってきた。

 いたたまれなくなって、あたしは誤魔化すようにうつむいた。

 

「話してくれてありがとう、キタサン。……不安だったよな」

「はい……。自分でも思っていたより、ずっと」

 波の音に紛れさせるように、小さく返事をする。

「……なんだか、こういう本音を話すのって、結構恥ずかしいですね……」

 

 恥ずかしくて、どうしても振り向くことができない。

 それでも、トレーナーさんの穏やかな声は、うつむくあたしに向かって静かに降り注いでくる。

 

「キタサン。君の抱えるその不安は、きっとこれからもずっと消えないと思う」

「……はい。期待を背負い続ける限り、きっとまた出てきますよね」

「それでも、君は逃げないんだろ?」

「もちろんです。あたしは、皆を笑顔にするために走ってますから。期待や想いから逃げ出したりしません!」

「大丈夫だよ。そんな君の真っ直ぐな走りを見てきたからこそ、皆は君を愛してくれているんだ。君がそれを裏切るはずないって、俺が一番よく分かってる」

「愛されるウマ娘……ですか?」

 

 ゆっくりと顔を上げる。

 そこには、誤魔化しなど一切ない真っ直ぐな瞳でこちらを見つめる、トレーナーさんの姿があった。言葉よりも確かなその熱が、胸の奥へとじんわり広がっていく。

 

「ああ。その力強くて粘り強い走りが、皆の心を打ったんだ。そのままの君でいるなら、皆はずっと君のことを大好きでいてくれる」

「今のあたしのまま……」

「そうだよ。俺が知っているキタサンブラックなら大丈夫だ。一番近くで走る姿を見てきた俺が言うんだから、間違いない」

「トレーナーさん……」

 

 力強くそう言い切ってくれたトレーナーさん。

 途端に、冷えていた胸の奥に、熱いなにかが迸るのを感じた。

 そうだよ……! あたしはキタサンブラック! 皆のために走るウマ娘! この想いがある限り、あたしは絶対に諦めない!

 真っ直ぐに顔を上げて見つめ返すと、トレーナーさんはふっと、安堵したように目元を和らげた。

 

「もう大丈夫みたいだね」

「はい! おかげさまで! キタサンブラック、完全復活です!」

「良かった。やっぱりキタサンには、その笑顔が一番似合ってるよ」

「えへへ……ありがとうございます!」

 

 トレーナーさんの前で、力いっぱいガッツポーズをして見せる。つられたように笑ってくれたその顔を見たら、胸の奥がじんわりと温かくなった。

 この人となら、きっと。

 そう思えたから、あたしはどうしても、一つだけお願いしたいことができた。

 

「トレーナーさん」

「うん? どうしたんだ、キタサン」

 

 きょとんとするトレーナーさんへ、あたしはガッツポーズを作っていた拳をそっとほどき、ゆっくりと手を伸ばした。

 

「あたしと、握手して下さい」

「ああ。……でも、どうして急に?」

「あたしなりの決意です! これからも期待を背負って走り続けるって、他でもないトレーナーさんに誓いたいので!」

「……そういうことか。分かったよ」

 

 トレーナーさんは迷うことなく手を伸ばし、あたしの手をギュッと握ってくれた。

 温かくて、大きな手。

 優しく包み込まれるようなその感触に、不思議と肩の力が抜け、残っていた最後の不安までがスッと溶けていくのがわかった。

 

「……伝わりましたか?」

「ああ。しっかり受け取ったよ」

「それなら良かったです!」

 

 その言葉とともに、お互いの手を力強く握りしめ合う。

 ふたりで見つめ合い、自然と笑いがこぼれた。

 見上げた夜空では、星たちがいつまでも綺麗に輝いている。

 さっきまでと同じ、何も変わらない景色。だけど今は、どこまでも優しく、あたし達のこれからを見守ってくれている気がした。

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