「雨、中々止まないな……」
「そうですね……」
ふたりして肩を落としながら空を見上げる。
お散歩帰りに降り出した雨はザァーザァーと音を立てていて、中々止みそうにない。
たまたま見つけた、雨を凌げそうな場所。ここで暫く雨宿りしようと言い出したのはどっちだったか。
ポツポツと、あたし達の髪や服から落ちる雫。それらはいつの間にか、足元の地面を濃く染め上げていた。
せめてタオルでもあれば良かったな……。それなら、トレーナーさんの髪だけでも拭けるのに。
待てども待てども止まない雨が、容赦なく体温を奪っていく。あたしはまだ平気だけど、隣のトレーナーさんは大丈夫だろうか。
横目で見上げると、その肩は少しだけ寒そうに震えていた。
「トレーナーさん……大丈夫ですか?」
「うーん、大丈夫って言いたいところだけど……このままじゃ風邪引くかもな。なんて」
ははは……と笑っているけれど、震える体は隠しきれていない。
まだまだ止まない雨。このままじゃ、トレーナーさんの体温が奪われてしまう。
考えろ、あたし。どうすれば寒さが紛れる? どうすれば風邪を引かない?
あたしはお助けキタちゃん。どんなことでもお助けするのが、あたしのはずだ!
ふたりして温まる方法……温まる……はっ!
一つ浮かんだ、冴えた手段。あたしの身一つで出来ること。
「トレーナーさん!」
「キタサン?」
ズイッと、トレーナーさんの正面に向き直る。
心配させないように笑ってくれているけれど、さっきよりも寒そうに震えているのは明らかだ。
トレーナーさん……そんな顔で笑っちゃ駄目ですよ……。辛いのを隠しちゃ駄目なんです……。そんな顔は見たくない……。
だから、あたしは!
「今からあなたを抱きしめます!」
「えっ……? 抱き……? え、なんで?」
ばっと両手を広げてみせると、彼は目を丸くしてこちらを見ていた。
突然の一言で、ちょっと混乱させてしまったかな……。でも、間違いなくこれが、今出来る一番冴えたやり方のはずだ!
「寒い時に抱きしめると温まります! そしてあたしの体は温かいです! だからトレーナーさんは風邪を引きません!」
「落ち着くんだキタサン! 何を言っているのか分かっているのか!?」
「雨のせい……いや、おかげかな?頭は凄く冷えてますよ! バッチリです!」
「何でそこまで澄んだ目をしてるんだ君は……」
呆れたような彼の声に、あたしはちょっとだけ悲しくなった。
……でも、無理もない。
確かにあたしの体も濡れているから、このまま抱きしめてもあんまり温かくならないかもしれない。それは分かっている。でも……。
「何より……」
「えっ?」
「これ以上寒そうにしているトレーナーさんを見るの……あたし、辛いです……」
「キタサン……」
広げていた両手を胸の前で握りしめる。一番の気持ちが溢れてしまって、それ以上何も言えなくて、あたしは下を向く。
あたしのその一言で、トレーナーさんも何も言わなくなってしまった。
ふたりの間に落ちた、少しだけ気まずい沈黙。そんな中でも、雨は変わらず降り続いている。
もしかしたら、この雨が止むまで、ずっとこの空気が続くのだろうか。
「……分かったよ」
降伏したようなその声に、あたしは弾かれたように顔を上げた。
「お願いするよキタサン……」
あたしの方を見ずにそう言ったトレーナーさん。ちらりと覗いた横顔は、何故だか少し赤くなっている気がした。
だけど、そんなことはどうでもいい。
トレーナーさんにお願いしてもらえた……! これで温められる……!
「トレーナーさんっ!任せてください!あたしの熱で温めてみせます!」
よ~し! 心もどんどん燃えてきた!
ズイッと正面に立ち、彼を見上げてみる。
相変わらずこっちを見てくれないのは少し悲しい……。ううん!そんなこと考えたら駄目! 今出来ることを精一杯やるんだ、あたし!
両手を伸ばし、トレーナーさんの腰にぐるりと手を回した。
少し湿った感触があるけれど……うん。そんなものであたしは止まらない!
痛くないようにキュッ……と抱きしめて、彼が温かくなるよう祈る。
「どうですか……? 寒くないですか?」
「うん、まぁ……はい」
要領を得ない返答に首を傾げつつも、彼の体はどんどん温かくなってきている。
よし!これなら今すぐに風邪を引くことはないはず!もっともっと温めてあげよう!
さらにギュッと体を密着させる。
こうして抱きしめてみて改めて思うけど、トレーナーさんってあたしよりも大きいんだな……。
さっきよりも温かくなったせいか、あたしの方までなんだかポカポカしてきたような……?
それに……えへへ、なんだかすごく安心する。
心地よさに身を委ねるように、ピトッ……と彼の胸に耳を当てた。
ドクドクドクドクドクドクドクドク
えっ……? 心臓の音、速い……? 何で……?
思わずトレーナーさんの顔を見上げる。相変わらずこっちは見てくれない。
「トレーナーさん……心臓の音、速いですよ? 大丈夫ですか?」
「まぁ……大丈夫。はい」
疑わしく思って、もう一度ピトッと胸に耳を当ててみる。
ドクドクドクドクドクドクドクドク
やっぱり速いよ!
「絶対大丈夫じゃないですって! ど、どうしよう!びょ、病院行かないと!」
「待ってくれ! 病院だけは待ってくれ!」
「でも、明らかに速すぎますよ! と、トレーナーさんにもしものことがあったら……!」
「いや大丈夫だから! 多分……きっと……?大丈夫だから!」
「自信を持って大丈夫って言ってくださいよ!」
「大丈夫だから! 本当に! ……って、あれ? 雨が……」
「誤魔化したってそうは……あっ」
彼に釣られて外に目をやると、あんなにうるさかった雨音が、嘘のように小さくなっていた。
空も少し明るくなってきている。この調子なら、もう少しで完全に止むかもしれない。
「これなら帰れそうだな……」
「そうですね……」
ホッとしている彼の様子は少し気になるけれど……まぁいっか!
あたしがしっかり温めたし、急いで帰れば風邪は引かないはず! そうと決まれば!
ちょっと名残惜しいけれど。腰に回していた両手をゆっくりと離し、今度は彼の手をギュッと掴む。
突然のことに、トレーナーさんはビクッと肩を揺らして目を丸くしていた。
「キタサン?」
「早く帰りましょう、トレーナーさん!あたしもですけど、トレーナーさんも体を拭かなきゃです!」
「そう、だな。うん……! 早く帰ろうか」
彼はゆっくりと、その手を握り返してくれた。
前へ前へと進むあたしに、何とか付いてきてくれるトレーナーさん。
振り返ってとびっきりの笑顔を向けると、彼も照れくさそうに笑い返してくれた。
帰るまでがお散歩だ。
帰る場所は別だから最後までとはいかないけれど、あたしが隣にいる間は絶対に風邪なんて引かせない。
あたしが、あなたを守ります。
そんな思いを込めて、繋いだ手をもう一度、ギュッと強く握りしめた。
雨宿りで新しいの含めると3回書いてたんだなって思いました