冬の寒さも落ち着き、少しずつ暖かくなって春の訪れを感じる今日この頃。そんなうららかな日に、俺はトレーナー室で一人、頭を抱えていた。机に突っ伏しては顔を上げるのを繰り返す姿は、端から見れば滑稽なことこの上ないだろう。
――担当ウマ娘へのホワイトデーのプレゼントが、全然決まっていないのだ。
卓上カレンダーへと逃がした視線が、残酷な事実を突きつけてくる。ちょうど一週間後がホワイトデーか……。見るんじゃなかったな……。いや、現実逃避はやめだ、真剣になれ俺! まずは考えをまとめよう。
「手作りチョコは……どうかな……?」
手作りチョコで返す……。ありなのか……? きっと彼女――キタサンブラックなら、俺が作ったというだけで喜んでくれるはずだ。でも……うーん……。これには小さな問題がある。
「……やるからには、半端なものは渡せないよな」
彼女がくれたものは、大きなチョコにキタサン型のチョコ、かりんとう饅頭と、どれも凝ったものばかりだった。それに比べると……どうしても、自分の不器用さが恨めしい。
かといって、市販の高級品や露骨なプレゼントでは、彼女は遠慮してしまうに決まっている。
埒が明かない。贈るべき正解が全く見えず、再び深く息を吐き出したとき――ふと、ある記憶が脳裏を掠めた。
「そういえばキタサン、砂糖菓子を食べると止まらなくなるって言ってたな……」
そんなことを、少し恥ずかしそうな顔で教えてくれたような……。その姿を想像して少し頬が緩むが、今はプレゼント選びが先だ。
砂糖菓子となれば、飴やキャラメル、金平糖あたりか? よし、悪くない。これ以上迷っている時間もないし、もうこの3つに絞り込もう。
「もうこの3つに絞ろう」
せっかくなら、見た目も華やかなものがいい。キャラメルも捨てがたいが、どうしても似たような色合いになってしまうので今回は外そう。
残るは飴と金平糖の2択。こうなったら、最後は直感だ。
――よし、金平糖にしよう。星のように小さく輝く姿が、ふと、彼女の眩しい笑顔と重なって見えたから。
「……よし、そうと決まれば善は急げだ」
本当なら店で直接選びたかったが、悩んだせいで時間がない。今回は通販サイトを頼ることにした。
早速サイトを開き、色々な種類の金平糖を見繕って注文を済ませる。発送も十分に間に合いそうだ。
無事に手配を終えると、自然と椅子の背もたれに深く沈み込んでいた。……思った以上に肩に力が入っていたらしい。何はともあれ、これで準備は万端だ。
そして迎えた、一週間後のホワイトデー当日。
トレーナー室で一日の予定確認を終え、いよいよプレゼントを渡す時がきた。……わかってはいたけれど、やっぱりこの瞬間が一番緊張するな。
「キタサン、バレンタインは本当にありがとう。喜んでもらえるといいんだけど……」
鞄の中で厳重に保管していたプレゼントを取り出す。
中身が崩れないようそっと両手で持ち、キタサンへゆっくりと差し出した。
「気持ちがこもっていれば、何だって嬉しいですよ! こちらこそありがとうございます!」
彼女はプレゼントを受け取ると、耳をピョコピョコと揺らしながら眩しい笑顔を見せてくれた。この顔を見るだけで、本当に贈って良かったと思える。
「えへへ……嬉しいな……。トレーナーさん、これって中身は何なんですか?」
「色んな種類の金平糖だよ」
「え?」
俺がそう言った直後。キタサンは手元のプレゼントと俺の顔を何度か交互に見比べた後、みるみるうちに顔を真っ赤にしてこちらを見つめてきた。
「えっと……あの。ど、どうして金平糖を……?」
視線はキョロキョロと泳ぎ、尻尾も忙しなくパタパタと動いている。
どうして金平糖を選んだのか……。改めて問われると結構難しいな。悩みに悩んだ末の決断だったし……そうだなぁ。
「うーん……。君が好きだと思ったからかな?」
「す……好き!?!!?」
……そんなに変なことを言っただろうか?
でもそうだよな。いくら何でも、俺が勝手に「金平糖が好きだ」と思い込んでいただけだしな……。
「もしかして、金平糖嫌いだったか?」
「そうじゃないです! そうじゃないですけど……。ど、どんなところが好きだと思ったんですか……?」
ワタワタと慌てるキタサンに、どこか面白さを感じてしまう。
好きだと思った理由か……そうだなぁ。少し目を閉じて考えてみると、いくつか思い浮かんできた。
「まずは、見た目が綺麗だからかな」
「綺麗!?!?」
「キラキラ光ってて星みたいでいいよな」
「お星様みたい……」
少し視線が遠くなっているようだが、顔の赤みはますます濃くなっている。
「小さくて少しコロコロしてるのも可愛らしいよな」
「可愛い?!!?」
「ああ、見てて飽きないというか」
「えへへ……見てて飽きないですか……」
なぜかキタサンが照れている。金平糖の良さを語っているだけなのだが……まぁ、今は気にしなくてもいいか。
「あとはそうだなぁ……」
「は、はい……」
「甘くて食べやすいからだな」
「甘くて……食べやすい……?」
俺がそう言うと、キタサンは口を少しだけ開けたまま、時間が止まったかのように微動だにしなくなった。
そのまま数秒の沈黙が落ち――ようやく、彼女はハッと我に返ったように動き出した。
「トレーナーさん……それが好きな理由ですか?」
「ああ、好きだと思った理由だよ」
「えっと……。あたしって甘くて食べやすいんですか?」
「? 金平糖の話だろ?」
頭にハテナが浮かんでいる様子のキタサンだが、それはこっちも同じだった。……俺は何か、そんなにおかしなことを言っただろうか?
お互いがポカンと見つめ合う中――ふと、キタサンの耳と尻尾がピクッと跳ねた。何かに思い至ったらしい。
「もしかして……いや、でも……」
「どうしたんだキタサン?」
何かが分かってしまったようだが、俺には全く見当がつかない。キタサンは口を開いては閉じるのを繰り返し、なかなか言葉にできないようだった。
待つこと数秒。ついに、彼女が口を開いた
「トレーナーさん……金平糖を贈るのに意味があるの、知ってますか?」
……………………えっ? 金平糖に何か意味があったのか? えっ?
俺が激しく視線を泳がせていると、それを見たキタサンは、すべてを察したように少しだけ肩を下ろした。
ま、不味い……。金平糖ってどんな意味なんだ!?
「ち、ちなみに、どんな意味なんだ……?」
キタサンが、ビクッと体を震わせた。
……や、やっぱり何か不味い意味だったのか!?
「え、えっと……そのぉ……。うぅぅ……」
何度も顔を上げたり下げたりしているキタサンと、何もできずにただ待つことしかできない俺。
そんな奇妙な沈黙が続いた後――やがてキタサンが、ギュッと目を瞑って口を開いた。
「す、……き……って……み……す……」
「す、すまない……。よく聞こえなかった……」
キタサンにしては珍しいほど小さな声は、そのまま室内に溶けて消えてしまったのだ。
恐る恐る聞き返す俺を、彼女は口をムッと尖らせてジロリと睨んだ。
「だから! 好きって意味なんです!」
「そうか……好きって意味なのか……」
室内に響いた大きな声は、今度はしっかりと俺に届いた。
……………………いや、待ってほしい。すき? 隙じゃなくて? 好きってあの好き!?
「えっ!? 好きって意味なのか!?!」
「はい……。場合によっては、あ……愛してる……みたいな意味にも……なるらしいです……」
「あい……してる……」
な、なんて物を渡してしまったんだ俺は……!
全身から力が抜け、俺はその場に崩れ落ちた。慌てて覗き込んでくるキタサンに向かって、ただ平謝りすることしかできなかった。
「すまなかった……! 意味を知らなかったせいで、こんなに重いものを贈ってしまうなんて……」
「あ、頭を上げてください! ほら! 意味を調べて渡す人って、そんなに多くないですし!」
ゆっくりと顔を上げると、両手をあわあわと振って必死にフォローしてくれるキタサンの姿があった。
「それに、想いがこもっていれば何でも嬉しいって言ったじゃないですか! あたしは、すっごく嬉しかったですよ!」
「キタサン……」
「あ、愛してると言われたのかと思って、ビックリはしましたけど……」
キタサンはそう言って、照れ隠しのようにスッと目を逸らした。
……そうだよな。本当に、悪いことをしてしまった。
「本当に申し訳ない……!」
「ああ! 違うんです、違うんです! 責めてるわけじゃないんです! ど、どうすればいいかな……」
ひたすら平謝りする俺と、どうしていいか分からず頭を抱えるキタサン。
部室には暫くの間、二人の奇妙なカオス空間だけが広がっていた。
「うーん……うーん……。はっ! そうだ!」
パチン、と弾けるように手を叩く音がした。
顔を上げると、いかにも悪そうな顔を作ったつもりのキタサンがこちらを見下ろしていた。
「トレーナーさんに罰を与えます! 覚悟してくださいね……!」
「何でも言ってくれ……!」
少しだけニヤリと笑うキタサン。普段ワガママを言わない彼女だからこそ、こういう時くらいはどんな要求でも聞いてやりたかった。
「まずは立ち上がってください!」
「分かった……」
ゆっくりと立ち上がり、身構える。
するとキタサンは、じわりじわりと距離を詰めてきたかと思うと――そのまま真っ直ぐ、俺にギュッと抱きついてきた。
「き、キタサン……!?」
どうにかそう声を絞り出す俺を、腕の中のキタサンが上目遣いで見上げて、ニッコリと笑った。
「暫くこれで動けなくします! これがあたしからの罰です!」
「……確かにこれは困ったな。……ちなみに、どのくらい動けないんだ?」
「そうですね……。あんまり長くするのは迷惑になっちゃうから……うーん……」
ほんの少し力を込めれば抜け出せるのに、その優しすぎる腕の中から離れる気なんて全く起きなかった。
罰を与えながらも一生懸命に俺を気遣ってくれる彼女が愛おしくて、思わず小さく笑みをこぼす。
「十分……は長いよね……。うーん……五分……。そうですね、五分はこのままです!」
「重い罰だな」
「そうですよね! だからこれに懲りたら、今度はしっかりと調べてから渡してくださいね!」
「ああ、次からはしっかり気を付けるよ」
怒っているとは到底思えないその暖かな声は、彼女の優しさそのものだった。
貰ってばかりではいられない。今度は絶対に、俺からちゃんと返さなくては。
そんな静かな誓いを胸に抱きながら、俺は暫くの間、彼女が与えてくれた穏やかな罰を甘んじて受け入れていた。
おまけ
「ホワイトデーのお返しって、こんなに色々な意味があるんだな……」
「マシュマロとか美味しくて好きなのに、『嫌い』なんて意味があるのは可哀想ですよね……。……トレーナーさん。ちなみにですけど、意味を分かった上で渡すとしたら……何を渡しますか?」
「そうだなぁ……。キャラメルかな……」
「……そうですか。……そっか。嬉しいな……」