ウマ娘キタサンブラック短編集   作:大典74

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この時期になると熱中症に注意しないといけないので大変ですね
pixivにも同名の作品を投稿しております


熱視線に負けても貫きたいから

 蒸し暑さを超えた先にあったのは、焼き付くような暑さだった。

 大きな木を背もたれにして空を仰げば、たくさんの葉が刺すような光から守ってくれている。

 けれど、それはただ濃く暗い影で、木漏れ日にはなってくれなくて。

 思わず舌を出してしまいそうになるのをなんとか我慢して、首元に当てている冷やしたタオルを強く押し付けた。

 

「キタサン、これ飲んで」

 

 不意に目の前に『なにか』が差し出される。

 何度か揺れた視線がようやく重なり、その『なにか』がペットボトルだと認識できた。

 ゆっくりと手を伸ばしそれを掴む。手のひらに当たる冷たい水滴たち。小さく喉が鳴った。

 

「……ありがとうございます、トレーナーさん」

 

 彼に小さく頭を下げて、グイッと飲み込む。心地よい冷たさが、火照った体の隅々にまで染み渡っていく。

 パチリと開く瞳は、もう揺れてはいなかった。

 

「……ぷはぁ! うん、ちょっとはマシになったかも」

「良かった。調子が戻ってきたみたいだね」

「あはは……ご心配をおかけしました……」

「いやいや、頑張りすぎだよ。仕方ないって」

 

 頭をかきながら笑ってみるけど、温かくも申し訳のなさそうな視線に合わせられそうもない。

 せっかくのお出かけなのに、お助け活動をしちゃったあたし。彼に良いところを見せたくて、お手伝いの声掛けをバツ印で断ったツケはすぐに回ってきた。

 体の丈夫さには自信しかなかったけれど、今日ばかりはあの刺すような日差しの前では形無しみたいで。トレーナーさんの肩を借りてようやくここまで辿り着き、あたしは今、ここにいる。

 

「ごめんな、もっと早く動けてたら君をこんなことには——」

「いえいえ! トレーナーさんは悪くないですよ!」

 

 手伝おうとしてくれた彼を遮るように、あたしが前に立ってパパッと動いた記憶がずっと頭にこびりついている。

 親切はしっかりと受け取るべし! 熱に浮かされた頭では、そんな大切なことすら思い浮かばなかった。

 

「そうは言うけどな——」

「てい!」

「うぉ!?」

 

 油断大敵!

 彼の無防備な首すじに向かって、手元にあるペットボトルを押しつける。

 だけど、渾身の力で立ち上がった反動か。彼の丸くなった瞳を見つめながら、ゆっくりと地面に尻もちをついてしまった。

 尻尾で支えることもできなかったけど、草木たちがクッションになってくれたらしい。ペタンと音を立てることもなく、ヒリヒリと痛むこともない。

 小さく息をついた後、ほんの少し力を込めて首を持ち上げる。その先に見えた景色は、困り眉で微笑む彼の顔だった。

 

「キタサン、こんなことしちゃあ、またふらふらになるぞ」

「えへへ、こうでもしないと話を聞いてもらえそうになかったので!」

「……まったく」

 

 ニッと笑って彼を見つめると、彼は諦めたように息をはきだした。

 首すじを撫でながら、あたしの隣にゆっくりと腰を下ろす。

 ほっぺたに触れる熱風が、今は心地良い。

 

「俺だって、君の役に立ちたいんだよ」

「立ってますよ。いつだって、どこでだって」

「そういう割に、今日のお助けは遠ざけたよね?」

「うっ……まあ……その……」

 

 日光なんて目じゃないくらいに、激しく刺さる視線。

 ああ、今だけはあの日差しが恋しいなんて……。

 揺れる葉っぱだけを見つめながら、ピクピクと尻尾を震わせるしかなかった。

 

「——なんて、意地悪だよな」

「!」

 

 フッ……とその視線が緩んだ後、温かな声が耳に入る。

 ホッと小さく息がこぼれてしまったけど、誤魔化すように咳払い。

 何でもないように振る舞おうとしたけれど、思いのほか勢いよく振り向いてしまった。

 

「ごめんよ。君がそんなになる前に、もっと自分から動くべきだよね」

「そ、そんなこと——!」

「……くっ、お助け活動は本当に難しい……!」

「と、トレーナーさん……?」

 

 トレーナーさんは拳を握りしめ、眉間にシワを寄せて本気で悔しがっている。

 そ、そういえばトレーナーさんって、結構あたしのお手伝いにノリノリなんだよね……。忘れてたよ……。

 溢れんばかりの彼の情熱に、あたしは思わずスッと上体を後ろに引いてしまった。

 

「まあ、それは置いておくとして」

「そ、そうですか……」

「やっぱり頼ってほしいよ。こんなに暑いなら、よけいに」

「うっ……」

 

 シュン……と小さくなってしまうトレーナーさん。

 さっきみたいに意地悪を言われる方がよっぽどマシだ。自分のせいだって落ち込んでしまう方が胸が痛い。ましてや、その理由があたしにあるならなおさらだ。

 パタリと倒れる耳。だけどすぐに耳を上げる。

 こんな時になって、カッコつけたって意味はないんじゃないか、キタサンブラック。

 ただ真っ直ぐに堂々と。それがあたしのはずなんだから。

 

「と、トレーナーさん!」

 

 グッと歯を食いしばって、彼の方に顔を向ける。

 うっ……嘘のない瞳であたしを見ないで……。

 チラリと視線を外す。だけど、それは一瞬だ。誤魔化すように景色を見るのはやめた。ただ真っ直ぐに、彼の瞳だけをこの目に映した。

 

「その……今日のことなんですけど、あれはあなたを信頼してないから遠ざけたわけじゃないんです!」

「それってどういう……?」

 

 唸りながら首を傾けつつも、彼がこちらから視線を外すことはない。突き刺さるようなそれを、あたしは真っ直ぐに受け止める。

 コクリと喉が鳴る。息が止まりそうだ。ほんの少しだけ唇を開き、息を吸って吐き出す。それだけで、息苦しさは消えてくれた。

 熱風が耳をくすぐっていく。それでもあたしはためらうことなく、そのまま言葉を紡いだ。

 

「ただ、あなたに……」

「俺に?」

「カッコ、つけたかっただけなんです」

「カッコ……って、え?」

 

 目を白黒しているトレーナーさんの姿が、胸にズキリと刺さる。

 きっと今のあたしはカッコよくなんてない。だけど、隠したことで誰かが——大切な相棒が悲しむ。そんなの何よりも嫌だから。

 絶対に彼から目をそらさない。

 

「だって、いつもはトレーナーさんに頼ってばかりだから! お助け活動の時くらい、あたしを頼ってほしくて! ……ただ、カッコいいあたしを見ててほしかったんです」

「……キタサン」

「まあ、結果はこのざまなんですけどね」

 

 あははと笑ってみたけれど、声に出せば出すほど、耳の奥だけがキュッと冷えていく。

 いっそ、このまま体まで冷えてくれたらいいのに。

 そんな願いも虚しく、首すじに当てたペットボトルはもうぬるかった。周りに浮かんだ水滴だけが、やけに煩わしい。

 

「——いつだって」

「……えっ?」

「いつだって、君はカッコいいよ」

 

 彼の瞳は太陽にも負けないくらいに輝いていて、包み込まれるように温かかったから。

 抗いきれず、ゆらりと尻尾が揺れてしまう。

 

「走る姿はもちろんだけど、お助け活動をしている君は輝いていて。カッコいいなって思ってる」

「そ、そんな風に……」

 

 思ってくれてるなんて。

 暑さにも負けないくらいのほっぺたの熱に浮かされて、言葉はふいに途切れてしまう。

 

「だから、君のお手伝いが出来ることが誇らしいんだ。心から」

「トレーナーさん……」

「そんな君が俺にカッコつけてくれるなんて、嬉しいよ」

 

 ポツリと落ちた水滴が、手のひらに当たる。

 やっぱり冷たくなんてないけれど、もうあの煩わしさを感じることはなかった。

 

「だけど、こんな風にふらふらな君を見るのは悲しいし、何もできなかった自分が、腹立たしい」

「うっ……ごめん、なさい……」

 

 改めて、自分の空回りで彼を傷つけてしまった事実が、心に深く突き刺さる。

 強くつぶった瞳が、焼けるように痛い。

——不意に、頭になにかが触れた。

 

「トレーナー、さん」

 

 開かれた世界の先。目の前にあったのは、温かな笑顔だった。

 

「だから、もっと俺を頼ってほしいな。たとえそれが君の得意なことであっても」

「……はい!」

 

 ゆっくりと、そして優しく撫でてくれる彼の手のひら。

 頭の先から感じるその熱を、ただずっと受け止めていたい。

 あたしは、そっと耳を彼の手にすり寄せた。

 

「それに、これ以上カッコつけられたら君の魅力にやられて立っていられないからね」

「と、トレーナーさん!? それってどういう……!」

「はは、言葉通りだよ」

 

 なんでもないように笑って、ゆっくりと彼は立ち上がった。

 離れていく手のひら。ほんの少しだけ、ポッカリと空いてしまった心。

 

「トレーナーさん、どこへ?」

「冷たい飲み物、買ってくるよ」

「あたしも!」

「ううん、今はゆっくり休んでて。こんな時くらいは俺を頼って、待っててほしいな」

 

 笑いながらも決意に満ちた彼の瞳に、あたしは口をつぐんで下を向く。

 ……そうだよね、頼るってそういうものだ。

 グッと歯を噛みしめた後、もう一度顔を上げる。

 見つめ返す彼の視線はもう、痛くも何ともなかった。

 

「……分かりました。それではお願いします!」

「うん、行ってくる。すぐに戻るから、待ってて」

 

 一瞬だけ手を振ると、彼はいつもより少しだけ急いだ足取りで、あっという間に見えなくなった。

 

「ふふ、あんなに急いだらきっと疲れちゃうのに」

 

 パタパタと揺れる尻尾を見ないふりして、小さく手を振って彼を見送る。

 そして、手のひらに残っているペットボトルを一気に飲み干した。

 冷たくなんてもうないけれど、こんな暑さすら感じないくらいの温かさが、胸の奥に広がっていった。

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