ウマ娘キタサンブラック短編集   作:大典74

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野暮天って野暮の上位みたいな意味があるんですね。言葉を知るのは楽しいです


野暮天なあなただから言えること

「……っ♪ 美味しい!」

 

 香ばしい匂いと、噛めば噛むほどに馴染むもっちりとした感触。それに甘じょっぱいタレが絡んでいき、まさにほっぺたも落ちてしまいそうだ。気づけば、パタパタと足と尻尾を揺らしてしまう。

 思わず両手でほっぺたを押さえようとするけれど、手にしていた串がチクリと刺さる痛みでハッとして、それをそっと皿に戻した。

 

「……本当だな」

 

 ポツリと呟かれた一言。

 チラリと隣に視線を合わせると、声の主であるトレーナーさんが、驚いたように手元の串をジッと見つめていた。

 それを見て、あたしのほっぺたはゆっくりと緩んでいく。だけど、それを両手でグッと持ち上げる。

 

「だから言ったじゃないですか! お助けキタちゃんの情報に嘘はないって!」

「……途中で暑さに負けそうになって、不安そうにしてたのは誰だっけ?」

「そ、そういうのは言いっこなしですよ! 細かいことは気にしない! それがお祭り娘なんですから!」

「……まあ、そうだな」

 

 ジッ……と目を細めながらこちらを見るトレーナーさん。

 そ、そんなに穴が空くほど見ないでもいいじゃないですか……。

 確かにこんなに山の奥の方だって知らなかったし、こんな時に限ってジリジリと肌を焼く日差しでしたけども! しっかりと辿り着いたんですから、言いっこなしですよね!

 ……でも、困らせたのは確かなのかな? もしもそうなら……。

 揺れていた足と尻尾はゆっくりと力をなくしていった。

 

「……お、お団子一個あげますから、許してくれませんか……?」

「お、怒ってはないよ。……ちょっと意地悪だったな、ごめん」

 

 うるうるとした瞳で彼を上目遣いに見つめながら、おずおずとお団子を差し出す。すると、彼はいたたまれなくなったように視線をそらして、小さく頭を下げてしまう。

 

「あ、謝らないでください! そもそもあたしが——」

「よし、この話は終わり! せっかくのお団子が不味くなっちゃうぞ! ほら、一緒に食べよう!」

「わ、わわ! あたしの分はありますから! トレーナーさんは自分の分を食べてください!」

 

 徐々に近づいてくるお団子を持った彼の腕を片手で防ぎながら、彼に渡そうとしていたお団子を乱暴に引き戻す。

 その拍子に、ほっぺたになにかが付いたような気がしたけど気にすることなく、口に放り入れると、耳と尻尾がピンと立ち上がった。

 

「う~ん、やっぱり美味しいです!」

「ははっ、だよな」

 

 小さく息をついた後、トレーナーさんはほっぺたにタレをつけてしまっていることにも気づかず、ゆっくりとお団子を口に入れていた。

 噛みしめるたびに彼の表情が緩んでいき、あたしまで心が温かくなる。

 ……とはいえ、ほっぺたのあれ。まだ気づいてはないのかな?

 

「トレーナーさん、ちょっとごめんなさいね」

「キタサン?」

 

 顔を傾けるトレーナーさんに向かって、人差し指でヒョイっとタレを拭う。

 あたしはその指と彼を何回か見た後、無意識のままペロリと指を舐めた。

 なんとなくだけど、指先が熱い……気がする。

 パタパタと手を振って指先に風を送っていると、目を丸くしていた彼は納得したような顔になっていた。

 

「ああ、タレがついちゃってたのか。取ってくれてありがとうな」

「い、いえいえ! せっかくのお顔が台無しでしたので!」

「はは、嬉しいこと言ってくれるね」

 

 あれ、なんでこんなこと言っちゃったんだろう?

 ジンジンと痺れる指先だけを見つめても、その熱は強くなっていく一方だった。

 

「……あっ、キタサンも付いてる」

「へっ?」

 

 不意に耳に入ってきた声に、体が固まってしまう。

 指先から視線を外し、なんとか自分のほっぺたを見ようと目を白黒させるけれど、当然見えるはずもない。

 カァーっとほっぺたまで熱くなっていく。

 

「ど、どこに付いてますか?」

「ほっぺたの……いや、俺が取ってみるよ」

「うえ!? ち、ちょっとま——」

 

 咄嗟に差し出した手は虚しくも避けられてしまい、スッと指が肌を滑っていくのを見届けるしかなかった。

 撫でられた場所がポカポカに温かい。手を添えると、そこからじんわりと優しさが広がっていく。

 だけど、トレーナーさんは指についたタレを、何の気もない動作で拭き取った。

 プクリと一つ、ほっぺたの風船が膨らんだ。

 

「……ほら、これでもう大丈夫だよ——って、キタサン、なんで怒ってるんだ?」

「……別に怒ってないです」

「でも、君の顔——」

「そんなに! 乙女の顔をジッと見るもんじゃないです! このすっとこどっこい!」

「え、えぇ……?」

 

 空に飛び立ってしまいそうなくらいに膨らんだほっぺ。ガァーッと両手を上げてみても、トレーナーさんは困ったように首を傾げるだけだった。

 まったく、失礼しちゃうよ、トレーナーさんには、もう! もう……。

 はぁ……と息をこぼして、両手を下げる。

 ふと顔を上げると、トレーナーさんの視線はずっとあたしを捉えたままだった。そらすこともなく、射抜くように真っ直ぐ見ていた。

 

「……というか、いつまで見てるんですか」

「あっ……ごめん。失礼だったよね」

 

 そうですよ、なんて言えないあたり、あたしは負けているのかもしれない。

 ほっぺた風船が萎んでいくと同時に、肩の力は抜けていく。

 眉はひそめるようにしているのに、口角はどうしても吊り上がってしまう。

 

「まあ、トレーナーさんがあたしを惑わすなんて、今に始まったことじゃないですもんね」

「そんなこと一度もしてないけど……」

「それで、なんであたしの方を見てるんですか?」

「……俺の否定は聞いてくれないんだな」

 

  なんて、小さくボヤいて困り顔をしていたけど、コホンと一つ咳ばらいをこぼすと、表情はスッと元の真面目なものに戻っていた。

 

「まあ、いいか。それで君を見ていたことなんだけど」

 

 コクリ……。

 

 自分でも気づかない内にツバを飲み込んでしまったらしい。

 ピコリと耳が立ってしまい、首をぶんぶんと強く振る。

 

「キタサン?」

「い、いえいえ! なんでもないので、続きをどうぞ!」

「そ、そうか?」

 

 首を傾げてはいるけど、彼はそれ以上は何も言ってはこなかった。

 トレーナーさんが野暮天で良かった……。

 ホッと安堵の息を吐き出すけれど、その息は妙に冷たくて、涙が出そうだった。

 

「改めて、君って色白さんだなって」

「なっ!」

 

 野暮野暮の野暮天!

 ポッポと湯気が出そうなほどに全身が熱くなっていく。

 パクパクと開く口を止めることもできない。尻尾と耳はしびれたようにピリピリしてきた。

 

「ど、どうしてそんなことを突然!」

「いやぁ、今日って結構な暑さだし、それがずっと続いてるだろ? なのに、日焼けしてる様子もないからさ」

「……」

 

 くっ……そんなことであたしの純情を弄んだって言うの。トレーナーさんめぇ……!

 なんて、思うところなんて山程あるけれど今は置いておこう。

 パタリと尻尾を揺らし風を送ってみるけど、熱風しか返ってこない。だけど、そのおかげか、頭はほんの少しだけ落ち着いた。

 

「……それで、そんな色白なあたしになにが聞きたいんですか」

「……やっぱり野暮なこと言ってる?」

「自分の胸に聞いたらどうですか?」

「う、うぅ……やっぱりそうだよな……」

 

 トレーナーさんはガクリと項垂れるように顔を下げた。

 心の内でもっと困らせたいイタズラ心が顔をのぞかせる。だけど、すぐにいつものあたしが、そんな心をエイヤと外に追い出してくれた。

 

「……ふふ、今日はこのくらいで勘弁してあげます!」

「何度もすまない、キタサン」

「これに懲りたら、簡単にヒトの心を乱さないでくださいね!」

「……ああ、分かったよ」

 

 ほんの少しだけ傾けている彼の首が目に映り、困ったように笑うしかなかった。

 多分、これからも同じことは続くんだろうな。

 それがどうしても胸が痛くて。だけど同じくらいに胸の奥まで温めてくれた。

 

「友達みんなも言うんですけど、そんなにあたしって肌が白いですか?」

「それは勿論なんだけど、君はお助け活動でよく外を飛び回ってるだろ? だから、尚更そんな風に思っちゃうんじゃないかな? 俺もそうだし」

「……なるほど」

 

 確かに、そういうことなら話は分かる。

 外にも出ないような箱入り娘ならともかく、あたしはそうじゃない。

 たとえ火の中、水の中、雨が降ろうと槍が降ろうとも。それこそ炎天下の中でも、あたしはお助けキタちゃんだ。

 そんなあたしの肌は焼けに焼けていてもおかしくない。いや、むしろ焼けてる方が自然なのかも。

 

「もちろん、それには理由がありますよ!」

「そうなのか? なんとなく理由はなさそうな気もするけど」

 

 腰に手を当てて、フフンと鼻を鳴らしながら、あたしはキリリと彼を見つめる。

 パチクリと瞬きをしている姿がどこか愛おしかった。

 

「実はですね、しっかりと日焼け止めを塗ってるんですよ!」

「わ、割と普通な理由だな……。だけど、君くらいの白さなら結構大変そうだな……」

「小さい頃からやってるのでもう慣れました!」

「それってやっぱり親御さんから言われてたのか?」

「……というよりはダイヤちゃんからですね。色白で綺麗なんだから気にした方が良いって」

「ああ、なるほど。だからか」

 

 トレーナーさんは深く頷きながら、納得したように表情を緩める。

 その視線が本当に優しくて、包まれそうなものだったから。あたしは視線をそらしてほっぺたをかくことしかできない。

 かけばかくほどに、肌がチリチリと熱くなっていく。その熱が名残惜しいような気もするけど、今はその熱を止めたくて、ゆっくりと手を離した。

 

「……まあ、そんな感じですよ。野暮なトレーナーさんにも理解出来ましたか?」

「ぐっ……そのことは本当に申し訳なく……」

「えへへ、流石に意地悪が過ぎましたね。もう気にしてないので大丈夫ですよ!」

「そ、そうか……」

 

 深くため息をこぼす彼と口元を隠しながら笑うあたし。

 これで話を終わりにしてもいい。いいはずなんだけど。

 ゆらゆらと揺れる尻尾と視線は、それを許してはくれないみたいだ。

 

「……ときにトレーナーさん。野暮なことを聞いちゃいますけどいいですか?」

「……野暮な俺で良ければどうぞ」

 

 コホンと小さく咳払い。

 スゥ、ハァと小さくも深い呼吸をしながら、キュッと目を閉じて、すぐに開いた。

 

「……あの時の色白さんって褒め言葉でいいんですよね?」

「——それはもちろん、そうだよ」

 

 本当に、何のためらいもなく。まるで当たり前のように。

 彼は呆気なく、そう口にした。

 

「……そうですか」

 

 ああ、やっぱりあなたが野暮なヒトで良かった。

 ムッとすることはあっても、いつだって胸を温かくしてくれる。そういうヒトだからあたしは——

 

「やっぱり、あなたは野暮なヒトなんですね!」

「や、やっぱり怒ってる?」

「いいえ、全然!」

 

 オロオロとする彼と、笑っているあたしの間に熱風が吹く。

 その風の暖かさが、今は妙に心地良かった。

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