野暮天って野暮の上位みたいな意味があるんですね。言葉を知るのは楽しいです
「……っ♪ 美味しい!」
香ばしい匂いと、噛めば噛むほどに馴染むもっちりとした感触。それに甘じょっぱいタレが絡んでいき、まさにほっぺたも落ちてしまいそうだ。気づけば、パタパタと足と尻尾を揺らしてしまう。
思わず両手でほっぺたを押さえようとするけれど、手にしていた串がチクリと刺さる痛みでハッとして、それをそっと皿に戻した。
「……本当だな」
ポツリと呟かれた一言。
チラリと隣に視線を合わせると、声の主であるトレーナーさんが、驚いたように手元の串をジッと見つめていた。
それを見て、あたしのほっぺたはゆっくりと緩んでいく。だけど、それを両手でグッと持ち上げる。
「だから言ったじゃないですか! お助けキタちゃんの情報に嘘はないって!」
「……途中で暑さに負けそうになって、不安そうにしてたのは誰だっけ?」
「そ、そういうのは言いっこなしですよ! 細かいことは気にしない! それがお祭り娘なんですから!」
「……まあ、そうだな」
ジッ……と目を細めながらこちらを見るトレーナーさん。
そ、そんなに穴が空くほど見ないでもいいじゃないですか……。
確かにこんなに山の奥の方だって知らなかったし、こんな時に限ってジリジリと肌を焼く日差しでしたけども! しっかりと辿り着いたんですから、言いっこなしですよね!
……でも、困らせたのは確かなのかな? もしもそうなら……。
揺れていた足と尻尾はゆっくりと力をなくしていった。
「……お、お団子一個あげますから、許してくれませんか……?」
「お、怒ってはないよ。……ちょっと意地悪だったな、ごめん」
うるうるとした瞳で彼を上目遣いに見つめながら、おずおずとお団子を差し出す。すると、彼はいたたまれなくなったように視線をそらして、小さく頭を下げてしまう。
「あ、謝らないでください! そもそもあたしが——」
「よし、この話は終わり! せっかくのお団子が不味くなっちゃうぞ! ほら、一緒に食べよう!」
「わ、わわ! あたしの分はありますから! トレーナーさんは自分の分を食べてください!」
徐々に近づいてくるお団子を持った彼の腕を片手で防ぎながら、彼に渡そうとしていたお団子を乱暴に引き戻す。
その拍子に、ほっぺたになにかが付いたような気がしたけど気にすることなく、口に放り入れると、耳と尻尾がピンと立ち上がった。
「う~ん、やっぱり美味しいです!」
「ははっ、だよな」
小さく息をついた後、トレーナーさんはほっぺたにタレをつけてしまっていることにも気づかず、ゆっくりとお団子を口に入れていた。
噛みしめるたびに彼の表情が緩んでいき、あたしまで心が温かくなる。
……とはいえ、ほっぺたのあれ。まだ気づいてはないのかな?
「トレーナーさん、ちょっとごめんなさいね」
「キタサン?」
顔を傾けるトレーナーさんに向かって、人差し指でヒョイっとタレを拭う。
あたしはその指と彼を何回か見た後、無意識のままペロリと指を舐めた。
なんとなくだけど、指先が熱い……気がする。
パタパタと手を振って指先に風を送っていると、目を丸くしていた彼は納得したような顔になっていた。
「ああ、タレがついちゃってたのか。取ってくれてありがとうな」
「い、いえいえ! せっかくのお顔が台無しでしたので!」
「はは、嬉しいこと言ってくれるね」
あれ、なんでこんなこと言っちゃったんだろう?
ジンジンと痺れる指先だけを見つめても、その熱は強くなっていく一方だった。
「……あっ、キタサンも付いてる」
「へっ?」
不意に耳に入ってきた声に、体が固まってしまう。
指先から視線を外し、なんとか自分のほっぺたを見ようと目を白黒させるけれど、当然見えるはずもない。
カァーっとほっぺたまで熱くなっていく。
「ど、どこに付いてますか?」
「ほっぺたの……いや、俺が取ってみるよ」
「うえ!? ち、ちょっとま——」
咄嗟に差し出した手は虚しくも避けられてしまい、スッと指が肌を滑っていくのを見届けるしかなかった。
撫でられた場所がポカポカに温かい。手を添えると、そこからじんわりと優しさが広がっていく。
だけど、トレーナーさんは指についたタレを、何の気もない動作で拭き取った。
プクリと一つ、ほっぺたの風船が膨らんだ。
「……ほら、これでもう大丈夫だよ——って、キタサン、なんで怒ってるんだ?」
「……別に怒ってないです」
「でも、君の顔——」
「そんなに! 乙女の顔をジッと見るもんじゃないです! このすっとこどっこい!」
「え、えぇ……?」
空に飛び立ってしまいそうなくらいに膨らんだほっぺ。ガァーッと両手を上げてみても、トレーナーさんは困ったように首を傾げるだけだった。
まったく、失礼しちゃうよ、トレーナーさんには、もう! もう……。
はぁ……と息をこぼして、両手を下げる。
ふと顔を上げると、トレーナーさんの視線はずっとあたしを捉えたままだった。そらすこともなく、射抜くように真っ直ぐ見ていた。
「……というか、いつまで見てるんですか」
「あっ……ごめん。失礼だったよね」
そうですよ、なんて言えないあたり、あたしは負けているのかもしれない。
ほっぺた風船が萎んでいくと同時に、肩の力は抜けていく。
眉はひそめるようにしているのに、口角はどうしても吊り上がってしまう。
「まあ、トレーナーさんがあたしを惑わすなんて、今に始まったことじゃないですもんね」
「そんなこと一度もしてないけど……」
「それで、なんであたしの方を見てるんですか?」
「……俺の否定は聞いてくれないんだな」
なんて、小さくボヤいて困り顔をしていたけど、コホンと一つ咳ばらいをこぼすと、表情はスッと元の真面目なものに戻っていた。
「まあ、いいか。それで君を見ていたことなんだけど」
コクリ……。
自分でも気づかない内にツバを飲み込んでしまったらしい。
ピコリと耳が立ってしまい、首をぶんぶんと強く振る。
「キタサン?」
「い、いえいえ! なんでもないので、続きをどうぞ!」
「そ、そうか?」
首を傾げてはいるけど、彼はそれ以上は何も言ってはこなかった。
トレーナーさんが野暮天で良かった……。
ホッと安堵の息を吐き出すけれど、その息は妙に冷たくて、涙が出そうだった。
「改めて、君って色白さんだなって」
「なっ!」
野暮野暮の野暮天!
ポッポと湯気が出そうなほどに全身が熱くなっていく。
パクパクと開く口を止めることもできない。尻尾と耳はしびれたようにピリピリしてきた。
「ど、どうしてそんなことを突然!」
「いやぁ、今日って結構な暑さだし、それがずっと続いてるだろ? なのに、日焼けしてる様子もないからさ」
「……」
くっ……そんなことであたしの純情を弄んだって言うの。トレーナーさんめぇ……!
なんて、思うところなんて山程あるけれど今は置いておこう。
パタリと尻尾を揺らし風を送ってみるけど、熱風しか返ってこない。だけど、そのおかげか、頭はほんの少しだけ落ち着いた。
「……それで、そんな色白なあたしになにが聞きたいんですか」
「……やっぱり野暮なこと言ってる?」
「自分の胸に聞いたらどうですか?」
「う、うぅ……やっぱりそうだよな……」
トレーナーさんはガクリと項垂れるように顔を下げた。
心の内でもっと困らせたいイタズラ心が顔をのぞかせる。だけど、すぐにいつものあたしが、そんな心をエイヤと外に追い出してくれた。
「……ふふ、今日はこのくらいで勘弁してあげます!」
「何度もすまない、キタサン」
「これに懲りたら、簡単にヒトの心を乱さないでくださいね!」
「……ああ、分かったよ」
ほんの少しだけ傾けている彼の首が目に映り、困ったように笑うしかなかった。
多分、これからも同じことは続くんだろうな。
それがどうしても胸が痛くて。だけど同じくらいに胸の奥まで温めてくれた。
「友達みんなも言うんですけど、そんなにあたしって肌が白いですか?」
「それは勿論なんだけど、君はお助け活動でよく外を飛び回ってるだろ? だから、尚更そんな風に思っちゃうんじゃないかな? 俺もそうだし」
「……なるほど」
確かに、そういうことなら話は分かる。
外にも出ないような箱入り娘ならともかく、あたしはそうじゃない。
たとえ火の中、水の中、雨が降ろうと槍が降ろうとも。それこそ炎天下の中でも、あたしはお助けキタちゃんだ。
そんなあたしの肌は焼けに焼けていてもおかしくない。いや、むしろ焼けてる方が自然なのかも。
「もちろん、それには理由がありますよ!」
「そうなのか? なんとなく理由はなさそうな気もするけど」
腰に手を当てて、フフンと鼻を鳴らしながら、あたしはキリリと彼を見つめる。
パチクリと瞬きをしている姿がどこか愛おしかった。
「実はですね、しっかりと日焼け止めを塗ってるんですよ!」
「わ、割と普通な理由だな……。だけど、君くらいの白さなら結構大変そうだな……」
「小さい頃からやってるのでもう慣れました!」
「それってやっぱり親御さんから言われてたのか?」
「……というよりはダイヤちゃんからですね。色白で綺麗なんだから気にした方が良いって」
「ああ、なるほど。だからか」
トレーナーさんは深く頷きながら、納得したように表情を緩める。
その視線が本当に優しくて、包まれそうなものだったから。あたしは視線をそらしてほっぺたをかくことしかできない。
かけばかくほどに、肌がチリチリと熱くなっていく。その熱が名残惜しいような気もするけど、今はその熱を止めたくて、ゆっくりと手を離した。
「……まあ、そんな感じですよ。野暮なトレーナーさんにも理解出来ましたか?」
「ぐっ……そのことは本当に申し訳なく……」
「えへへ、流石に意地悪が過ぎましたね。もう気にしてないので大丈夫ですよ!」
「そ、そうか……」
深くため息をこぼす彼と口元を隠しながら笑うあたし。
これで話を終わりにしてもいい。いいはずなんだけど。
ゆらゆらと揺れる尻尾と視線は、それを許してはくれないみたいだ。
「……ときにトレーナーさん。野暮なことを聞いちゃいますけどいいですか?」
「……野暮な俺で良ければどうぞ」
コホンと小さく咳払い。
スゥ、ハァと小さくも深い呼吸をしながら、キュッと目を閉じて、すぐに開いた。
「……あの時の色白さんって褒め言葉でいいんですよね?」
「——それはもちろん、そうだよ」
本当に、何のためらいもなく。まるで当たり前のように。
彼は呆気なく、そう口にした。
「……そうですか」
ああ、やっぱりあなたが野暮なヒトで良かった。
ムッとすることはあっても、いつだって胸を温かくしてくれる。そういうヒトだからあたしは——
「やっぱり、あなたは野暮なヒトなんですね!」
「や、やっぱり怒ってる?」
「いいえ、全然!」
オロオロとする彼と、笑っているあたしの間に熱風が吹く。
その風の暖かさが、今は妙に心地良かった。