秋らしい話を書いてみたいです
ほっぺたを撫でる風が冷たくなってきた秋の夕暮れ。
澄んだ空気を吸い込んで、ふっと息を吐き出すと、熱を帯びた白い息が空に溶けていった。
迫りくる秋のG1に向けて、気持ちを高めていく。
「ほくほく、ほくほく♪」
——でも、本番前の気力回復も大切だよね。
両手の上で熱々の焼き芋を転がしながらベンチに座っていると、バタバタと勝手に両足が動いてしまう。
ふふ、早く食べたいけど、今は我慢、我慢……。
足音や声が遠くから聞こえるたびに、ピクッと耳を立ててそっちの道を振り返ってしまう。
早く来ないかな。冷めちゃう前に、一緒にかじりつきたいな。
ペロリと出てしまっていた舌をしまいつつ、誤魔化すように空を見上げてみる。さっきまでは天上に輝いていた太陽は茜色に変わり、ゆっくりと西の空へ沈みかけていた。
秋の日暮れは本当に早いよね……。
少しだけ冷たくなった風に首をすくめ、しみじみと感慨に耽っていると。
タッ、タッ、タッ。
遠くから、ずっと待っていた足音が耳に飛び込んできた。
ピクッと耳を揺らしてそちらへ視線を向けると、茜色の空を背にして、こちらに向かって一生懸命に走ってくる影が目に入る。
「……あっ!」
両手を上げ——ようとしたけれど、両手が焼き芋で塞がっていることに気づいて、代わりに立ち上がってピョンピョンと跳ねてみた。
落とさないように大事に抱えた焼き芋の熱が、制服越しにじんわりと伝わってくる。
徐々に近づいてくるそのヒトは、あたしの担当トレーナーさんだ。
手には自販機で買った飲み物を抱えて、少し息を切らしながらこちらへ急いでくれている。
くぅ~……じゃんけんに勝ってなかったら、あたしが反対の立場だったのになぁ……。これじゃあ、お助けキタちゃんの名が泣いちゃうよね。
「ふぅ……遅くなっちゃったね、お待たせ」
「いえいえ、むしろごめんなさいですよ。トレーナーさんに買いに行かせるなんて」
「まあまあ、じゃんけんは公平だからね」
負けたという割にはニコニコ笑顔なのが気になるんだよね……。よし、今度は彼が何か言う前に走り出そう。それなら何も出来ないはず。ふふふ……次が楽しみだよ……。
頭の中で完璧な作戦を思いつき、思わず口角がにんまりと吊り上がってしまう。
「……ふふ、それもそうですね!」
「……なんか悪い顔してない? あんまり似合ってないよ?」
おっと、まずいまずい……。顔に出すぎてたみたい。
ほっぺたを触——ろうと思ったけど、今のままじゃ両手が空いてないんだった。くぅ……トレーナーさんめ、ここまで考えて……やっぱり侮れない!
ジトッと彼の方を睨んでみるけど、当の本人は『なんで睨まれてるんだろう?』とでも言いたげに、困り眉で首を傾けるだけだった。
「……それよりもキタサン。お茶は隣に置いておくね」
「あっ、はい。ありがとうございます!」
トスンと音を立てて、あたしの隣に置かれるお茶のペットボトル。
オレンジ色のキャップがついた小さなボトルから、ほんのりと温かい空気が伝わってくる。
ふふん、自販機のお茶も侮れないんだよね。まさに企業努力……って、やつだ!
「俺も座っていいかな?」
「もちろんですよ! どうぞどうぞ!」
まるで自分の特等席に招き入れるみたいに呼び込む。
トレーナーさんはペットボトルを避けるように、ほんの少しだけ距離を置いてから隣に座った。
たった数センチの距離。だけど、その分だけ彼と離れてしまったみたいで、胸の奥がちょっぴり冷たくなる。
ブンブンと頭を振り、横を向いて彼の方を見上げると、プシュッという音とともにほろ苦いコーヒーの香りが秋の冷たい風に乗ってふわりと漂ってきた。
「やっぱりトレーナーさんはコーヒーを買ったんですね」
「うん。そろそろ温かいコーヒーが美味しくなる季節だしね」
微笑みながら缶コーヒーを傾ける彼。
そういえばトレーナーさん、さっきから寒そうに手をこすり合わせてたよね。手を握って温めてあげたいけど、今のあたしの両手は焼き芋で塞がってるし……あっ、そうだ!
「トレーナーさん、いいものをプレゼントしてあげますよ!」
「うん、良いもの……って、まさか——」
ハッとした顔のトレーナーさんが言葉を続ける前に、あたしは両手に抱えていた焼き芋を半分に割って彼に渡した。
「はい、焼き芋です! 一緒に食べましょう!」
「いや、それは元々君に——」
「——買ってきてくれたんですよね? だったら、あたしが誰と食べるかも自由ですよね?」
小さく舌を出しながらあたしはウインクを返す。
諭そうとしていたトレーナーさんも、押し付けられた熱々の焼き芋を持て余したまま、何も言えずに口をつぐんでしまう。
視線を左右に泳がせて、呟くように『むむむ……』と唸り声を出していたけれど。
「…………そうだね、君の言う通りだよ」
諦めたように大きなため息をこぼしながら、彼は困り眉のまま焼き芋を口元へ運んでくれた。
パタパタとご機嫌に揺れる尻尾と、嬉しさでバタバタと動いてしまう両足。
念願だった二人一緒のひとくち。その勢いのまま熱々の焼き芋にかぶり付くと、ほっぺたが落ちそうなくらいに美味しかった。
「えへへ、やっぱり美味しいものは一緒に食べてこそ、ですよね!」
「……はは、君には敵わないな」
緩んでしまった表情で彼に振り向くと、目尻を下げた顔で彼もあたしを見つめ返してくれた。
そのまま彼も焼き芋を口に運ぶと、ほうっと小さく息をつき、まるで鏡合わせのように、あたしと同じとろけた笑顔に変わる。
「うん、この時期の焼き芋はより美味しく感じるな」
「へへ、ですよね!」
彼にニッコリ笑顔を返して、あたしも焼き芋をもうひとくち。
ほくほくで、蜜みたいに甘くて、満点だ!
側に置かれているペットボトルを手に取り、キャップを外してグイッと一杯。……くぅ、これが最高なんだよね! このまま一気に……いきたいところだけど。
そう、そのまま食べ続けていけばいいはずなのに。
静かに缶コーヒーを傾ける彼の大人びた横顔が何故か妙に気になってしまい、チラチラと視線を向けてしまう。
「……キタサン、どうかした?」
「えっ!? えっ、と、その……」
何度も見ていたからかな。
ついに視線と視線がぶつかってしまい、トレーナーさんは不思議そうな表情でこちらを覗き込んでいた。
冷たい風にあたっているはずなのに顔が熱くて、なんでか胸がドキドキして、なんだか落ち着かない。
とはいえ、このまま黙っているのは不自然すぎるよね。でもどうすれば……。
必死に視線を泳がせる。不思議そうな彼の顔、結構減ってる焼き芋、それと手に持っているコーヒー……これだ!
「や、焼き芋とコーヒー、美味しそうだなぁ……って思って、あはは……」
「ああ、結構合うみたいだな。苦いものと甘いものだし」
「そ、それならあたしも試してみていいですかね!」
「えっ、俺のコーヒーで?」
さ、流石に不自然すぎたかな……。
口の中がカラカラに乾いていく。手に持っているお茶をグイッと飲んでも、その嫌な乾きは消えそうもない。
永遠にも感じるような気まずい数秒間。彼は何度か手元のコーヒーと、あたしの顔を交互に見ていた。
「……俺のでいいの? 新しく買ってきても——」
「い、いえいえ! そんなこと流石にさせられませんよ!」
「そ、そうか……」
鼻と鼻がぶつかりそうなくらいに顔を近づけると、彼の方が少しだけ引いてしまう。
彼は何度か唸っていたけれど、申し訳なさそうな表情でコーヒーを差し出してくれた。
受け取った小さな缶は、今のあたしの顔と同じくらい、熱く温まっていた。
「…………君がいいなら、どうぞ」
「は、はい! ありがとうございます!」
バッと彼から貰い受けたコーヒーをジッと見つめる。
……とりあえずは助かったけど、あたしコーヒーはそこまで得意じゃないんだよね……。だ、だけどここまで来たら押し通るしかない! お祭り大将キタサンブラック、いきます!
ゴクリと唾を飲み込んだ後、勢いよく傾け——るのはちょっと怖いから、ほんの少しだけ傾けて流し込むと、飲み口に残る彼の微かな温もりと、舌先が痺れるような大人びた苦味が同時に押し寄せてきた。
「……うっ!」
喉元を過ぎていく、鋭くて大人びた苦味。さっきまでの焼き芋の蜜の甘さを一瞬で塗り替えていく強烈な刺激に、全身がピンと伸びてしまう。
この舌が痺れるような感じ、やっぱりあんまり好きじゃないんだよね……。
思わず舌を出して「苦い!」と叫びそうになるのを、キュッと唇を嚙んで必死に堪え——
「……?」
ピリッと舌先が、なぜか甘く痺れた。
苦味の奥からじんわりと広がったのは、彼が口をつけていた場所から移った微かな熱。
そっと舌をしまっても、その熱を帯びた痺れは消えてくれない。だけど、全然嫌じゃなくて。
ドクン、ドクンとうるさい自分の心音を聞きながら、あたしは手に残る缶コーヒーをぼんやりと眺めることしかできなかった。
「……キタサン?」
不意に耳元で聞こえた声に、驚いて耳と尻尾がピンと立ち上がる。
熱くなりきった顔のまま、あたしは壊れかけの機械みたいにギギギ……と不自然に首を彼の方へと向けた。
するとそこには、心配そうにこちらを覗き込むトレーナーさんの顔がすぐ近くにあって——
「と、トレーナーさん? な、何かありました?」
「いや、それはこっちのセリフだよ。やっぱりコーヒーダメだった?」
「……えっと。そ、そうですね! やっぱりコーヒーは得意じゃないみたいです! 背伸びしちゃったなぁ!」
誤魔化すように笑いながら、残っている焼き芋を口に放り込む。
あれほど甘くて美味しかったはずなのに、もう味を感じることは出来ない。
そのはずなのに。
舌先の痺れだけは、いつまでも残り続けていた。
秋といえば焼き芋……と思っていますが、アクセント程度でメインではなかったかもです