肩車の話を書きたい!って思い立ったので書いてみました
肩車……になってますかね?
夢を見た。
祭り囃子が鳴り響き、ソースやにんじんの焼ける香ばしい匂いが立ち込める人混みの奥から、弾けるような大人たちの声が聞こえてくる。
隣に立つ父さんを見上げ、浴衣の裾を小さく引っ張ると、ヒョイっと体が宙に浮いた。
どっしりとした広い肩の上。ぎゅっと閉じていた瞼をゆっくり開けると、人の頭越しに遮るもののない景色がパッと広がる。さっきから響いていた威勢のいい掛け声と、揺れるお神輿の姿が目に飛び込んできた。
弾む心と跳ねる尻尾を隠そうともせず、頭の上から覗き込むように父さんの方へ顔を向けると、父さんは目を細めてクシャリと笑っていた。
そんな幼い頃の夢を見た。
「……ふわぁ……」
あくびを手で隠しながら、ゆっくりと体を起こす。祭りの賑わいはすっかり消え、部屋の中には静かな朝の光だけが落ちていた。
胸の奥に残る温かさに、小さく苦笑いをこぼす。……いつまで経っても家が恋しいのかな。
ぼんやりと部屋を見渡し、机の方へ視線を向けると、綺麗に畳まれている浴衣が目に入る。
「これのせいでもあるのかな?」
今日、隣を歩くヒトこそ違えど目的は同じ。
パタリと揺れてしまう自分の尻尾を見ないふりをして、静かな寝息を立てている親友に倣い、体をゆっくりと倒す。
重くなっていく瞼に抗おうともせず、暗くなる視界と同時に、再び意識が遠のいていった。
◇◇◇
「トレーナーさん、早く早く!」
「は、はは……ち、ちょっと待ってくれ……」
提灯の明かりに照らされた人混みの中、カンカンと軽快に鳴らしていた自分の下駄を止め、後ろを歩く彼の方を振り返る。
着慣れない浴衣と下駄に手こずりながら、なんとか前へ進もうとする姿は少し微笑ましい。
なんて、そんな失礼なことを考えちゃうくらいには、あたしは浮かれまくっているみたい。
「……しょうがないですね。ほら、手を引いてあげますから!」
走り出した脚が止まらないみたいに、あたしのワクワクも収まってはくれない。
慣れた足取りで彼の元まで跳ぶように駆け戻ると、膝に置かれていた手をぎゅっと握りしめ、前へと引っ張り出す。
「わわっ! き、急に引っ張らないでくれ!」
彼は驚いてよろめきながらも、その顔にはどこか困ったような、優しい笑みが浮かんでいた。
「えへへ……。そんなこと言ったって、お祭りは待ってはくれないんですよ!」
ぐいっと手を引けば、彼は諦めたように下駄の音を早めて隣に並びかけてくる。
「急がば回れって言葉もあるんだから、そんなに焦らなくても……」
「善は急げって言葉もあるんですからね、へへ!」
「ああ言えばこう言う、だな。……ふふ」
二人で笑い合った声は、祭り囃子と人混みの歓声にあっさりと紛れていく。
ぎゅっと握り直された手の温もりと、耳元に残る彼の笑い声が心地よくて、あたしはまた一段と歩幅を弾ませた。
◇◇◇
「…………」
黙々と。ただ一心不乱に食べ進める。
祭りの喧騒もすっかり耳から抜け落ちて、視界には目の前のにんじん串しかない。
香ばしい匂い、かじる度に伝わる心地よい歯ごたえと、口いっぱいに広がるホクホクとした甘みが胸を満たしていく。
「はむ……」
一つ、また一つ。
かじる度に短くなっていく串から、最後の一欠片をパクリとくわえ取る。
よく噛んでごくりと飲み込めば、口いっぱいに残る甘みと香ばしさに、自然と息が漏れた。
「……ふぅ、やっぱりにんじん焼きは最高ですね!」
満足げに顔を上げると、遠のいていた祭りの喧騒と提灯の灯りが一気に押し戻ってくる。
手元に残った空っぽの竹串を眺め、小さく笑みをこぼした。
「本当に声が届かなくなるよな」
隣からポツリとこぼれた声に、ピクリと耳が反応して顔を向ける。
いつの間に買っていたのか、彼は大きな綿あめを手に、困り眉で笑っていた。
「あれ、もしかして何か言ってましたか?」
「いや、名前は呼んだけどそれだけだよ」
「ふむぅ……トレーナーさんがそう言うなら信じますけど……」
「本当に本当だって。まあ、そんなことより綿あめでも——って言うと、誤魔化したみたいになっちゃうか?」
「そんなこと——ちょびっとだけ思ったりして」
「はは、だよな」
ペロリと小さく舌を出してウインクを返し、彼から手渡された綿あめを受け取る。
ふわふわと揺れる白い雲に、そのまま口元を寄せてパクリとひとくち。
口に入ったはずのモコモコは一瞬で溶けて消え、舌の上には砂糖特有の甘さだけが残った。
くぅ~……これこれ! このわざとらしい甘さこそ綿あめだよね!
緩みっぱなしの顔のまま、夢中で次の一口へと顔を寄せていく。
「気持ちが良い食べっぷりだな」
「……っ。は、はしたないですかね?」
ピンと跳ね上がった尻尾を慌てて抑え、綿あめのついた口元を隠しながら恐る恐る彼を見上げる。
お祭り娘は細かいことなんて気にしないはずなのに、どうしてか急に恥ずかしくなってしまう。
彼は一瞬だけ目を丸くしたあと、ふっと吹き出すようにいつもの柔らかな笑顔を浮かべた。
「いやいや、キタサンらしくてむしろ良しだよ。……ってどうしたんだ、肩を落として」
「……いえ、なんでもないです。なんでも……」
首を横に振りながら、力なく垂れ下がった耳と一緒に顔を伏せる。
褒めてくれたはずなのに、ズシリと胸にのしかかるこの重みはいったい何だろう。『あたしらしい』って、やっぱり子ども扱いなのかな……もっと控えめな感じの方がそれっぽいのかな?
重たくなった手でなんとか綿あめを口元へ運び、小さな一口をかじる。
あんなに甘かったはずの綿あめが、なぜだか急に味気なく感じられた。
「はむ……」
「そ、そんな顔して食べても美味しくないんじゃないか? よ、よしよし……」
ポンと頭の上に大きな手のひらが置かれ、どこかぎこちなく撫でられる。
子ども扱いなんてされたって……なんて思っても、心も身体も正直なもの。くすぐったそうに倒れる耳も、忙しなく動く尻尾も嘘をつけない。
口の中に残る甘さがさっきよりもずっと濃くなっていくのを感じながら、心の中で小さくため息をつく。
胸の中でモクモクと膨らむこのもやもやは、どうやら綿あめみたいにすぐには溶けてくれないみたいだ。
「……あっ!」
人混みの喧騒を抜けて、遠くから力強い掛け声とシャンシャンと鳴る鈴の音が届く。
ピクリと跳ね上がった耳がその音を捉えた瞬間、遠くの歓声が一気に熱を帯びていく。
間違いない、お神輿だ!
「どうしたんだキタサン、そんなに耳をピンと立てて」
撫でる手を止め、きょとんと首を傾げる彼がおかしくて小さく笑みがこぼれる。
けれど離れた手が少し寂しくて、パタパタと耳先で彼の手のひらを押し上げた。
「あの人混みの奥! 多分お神輿が来たみたいなんですよ! うぅ~……早く見に行きたい!」
「なるほど、流石はお祭り娘。俺は全然分からなかったよ」
感心した声と一緒に、止まっていた手が頭をわしゃわしゃと撫でてくれる。
心地よさに目を細めそうになる頭をふいと揺らし、彼の服の裾をくいっと引っ張ると、つま先立ちで人混みの奥を見据えた。
「とはいえ、それを持ったままだと人混みの中には入れないんじゃないか?」
「うっ……まぁ、そうですね……」
チラリと手元の綿あめに視線を落とし、口をへの字に結ぶ。
半分ほどになったとはいえ、人混みに入れば誰かの服にくっつけてしまうかもしれない。
となれば、道は一つだけ。神輿へ飛び込む前に、この雲を全部お腹に収めてしまえばいいのだ。
フンッと気合いの鼻息を鳴らし、残った綿あめをぎゅっと構え直した。
「……キタサン」
パクリと綿あめにかぶりついたまま、もぐもぐと動いていた口がピタリと止まる。
見上げれば、トレーナーさんが何かを決めたような真っ直ぐな瞳でこちらを見つめていた。
なんだろう?
首を傾げた瞬間、ふっと今朝の夢の欠片が頭をかすめる。
指先に残る、彼の裾を引いた感触。あの夢でも、あたしはこうして父さんの裾を引っ張って、それで――。
「肩車、だったら見えるんじゃないか?」
そう言って、トレーナーさんは迷いなくあたしの前に背中を向け、ひょいと腰を落としてみせた。
夢の中の父さんは「もう大きくなったから」なんて困ったように苦笑いしていたのに、彼は肩越しに、なんでもないことみたいに笑っている。
担ぐのなんてきっと大変なのに、そう感じさせないみたいに。
「……ほら、これで良いかな?」
ダメですって言わなきゃいけないのに。
差し出された広い背中を見つめたまま、伏せた耳をぴくりと揺らし、あたしはこくりと小さく頷いてしまった。
「……よ、よっ……と……」
「だ、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫……。それよりもほら、前を見てごらん」
ぐらりと揺れた足元に、思わずぎゅっと瞑ってしまった瞳。
あの夢のときとは違う。太ももを支える彼の確かな手のひらに励まされるように、恐る恐る顔を上げた。
――次の瞬間、人混みの頭上を軽々と飛び越えて、まばゆい視界が一気にひらけた。
「わぁ……!」
人々の頭上を越えた先、提灯の明かりを浴びて金色のお神輿が大きく揺れていた。
揃いの法被を着た担ぎ手たちの熱気と、空気を震わせる威勢のいい掛け声。ピンと立った耳も、大きく揺れる尻尾も、もうじっとしていられない。
早くあの輪の中に入りたい!
前のめりになったあたしは、肩の上から勢いよく下を覗き込んだ。
「トレーナーさん、ありがとうございま――」
「どうだい、見えたかな?」
肩の上から覗き込んだ先、額に滲む汗も拭わずに、彼が下からくしゃりと笑いかけてくる。
顔立ちなんて全然似ていないはずなのに、夢の中の父さんと目の前の彼が、綺麗に一枚の絵みたいに重なっていく。
祭りの喧騒がふっと遠のいてしまうくらい、胸の奥がきゅうっと温かい熱でいっぱいになった。
「……キタサン?」
見下ろしたまま言葉を失っていたあたしを、彼が不思議そうに見上げて呼ぶ。
……あんな夢を見たから、きっと実家が恋しくなっただけ。
そう自分に言い聞かせて、胸のざわめきを誤魔化すように綿あめを小さくかじり取った。
口の中でふわりと儚く溶けていく。あんなにも甘かったはずなのに、舌の上にはもう何の味も残らなかった。