ウマ娘キタサンブラック短編集   作:大典74

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まだ季節は追いついてはいませんが書いてみました


マフラーの奥に隠した言葉

 秋を告げる風が吹いたのはほんの数週間前。そのはずなのに、街路樹の落ち葉を揺らす空気はもうキンと冷え切っている。隣を見上げると、トレーナーさんの首元には温かそうなマフラーがグルリと巻かれていた。

 ふむぅ……なんだか春と秋が短くなったみたい……。

 秋祭りの余韻もそこそこに冬が来てしまうなんて、お祭り娘としてはちょっぴり悲しい

 

「……キタサン、俺の顔に何か付いてる?」

 

 頭上から降ってきた声に、ピョコンと耳が跳ねる。ハッと我に返ると、不思議そうに首を傾げるトレーナーさんと目が合った。

 あっ、考え事をしながらジッと見すぎちゃったかも。いくら一緒にお出かけしているからって、これじゃ心配させちゃうよね。

 

「いえいえ! マフラーを巻いてましたから、気になっちゃって、つい!」

「あはは、最近首元が冷えるから、風邪を引く前にと思ってさ。俺、喉が弱いんだよね」

 

 ほっぺたを指でかきながら恥ずかしそうに笑うトレーナーさん。

 なるほど、だから寒くなり始めの今から、特に首元を暖かくしてるんだ。

 ほんの少し場違いかもだけど、彼の新しい一面を知れた温かさが胸いっぱいに広がっていき、尻尾も自然とゆらゆらと揺れてしまう。

 

「それなら手も温めましょうか! あたし、温かさには自信があるので!」

「えっ……と……」

 

 とはいえ、マフラーに温める役割を取られるのはなんとなく看過出来ない。……お助け大将として、多分。

 ぷくりと膨らみそうなほっぺたをなんとか萎ませながら、両手を差し出して——戸惑う彼の視線の先で、ようやく気がつく。

 彼の手が、すでに手袋で覆われていることに。

 

「……そ、そうでした。手袋、してましたよね」

「その……脱ごうか?」

「い、いえいえ! わざわざ外してもらうなんて……!」

「そ、そうか? なんかごめんな」

 

 申し訳なさそうな彼の表情に、チクリと胸が痛む。

 あんなこと言わなきゃ良かった……。

 自分でも分からない感情に振り回されて、慣れないことを言うもんじゃない。

 ストンと落とした肩は重く、無防備な首元を撫でる風がやけにヒンヤリとしていた。

 

「はぁ……冷たい……」

 

 ポツリと呟きながら首筋に添えた両手は、こんなにもポカポカと温かいのに、それがなんだか寂しい。

 

「何か言った、キタサン?」

「いいえ、何も!」

 

 誤魔化すように早足で歩き出すけど、トレーナーさんは小走りで追いかけてくれた。その足音が心地良くて、つい歩調を緩めてもう一度隣に並ぶ。

 首に添えていた片手を離し、彼の手へそっと伸ばしかけて——すぐに引っ込めた。

 手袋さえなければ、手を繋いであなたの体温を感じられるのに。

 

 なんて。

 

 チラリと目に入る彼のマフラーと手袋に苦笑いしていると、耳と尻尾に当たる風がさっきよりも冷たかった。

 

◇◇◇

 

「キタサン?」

 

 あれから何を話すでもなく、ただぼんやりと歩いていると、掛けられた声にピンと耳が立つ。

 恐る恐る隣を見上げれば、彼が不思議そうな顔でこちらを覗き込んでいた。

 

「えっと……トレーナーさん、どうかしましたか?」

「いや、どうかしたも何も、さっきから首元を押さえてるから気になってさ」

「えっ、あっ……」

 

 言われて視線を落とすと、首筋に添えていた自分の手が目に入った。

 た、確かに押さえてる……。うわぁ……全然気づかなかった……。

 慌てて手を引っ込めてみるけれど、かえって怪しまれたのか、彼の瞳は鋭くなるばかりだった。

 

「い、いやぁ……別に何も無いですよ?」

「…………それは無理があるんじゃないか?」

「ぐっ……そ、そんなことない、はずです……きっと……」

 

 苦し紛れに紡いだ言葉は、薄氷のように脆い。誤魔化そうと目を泳がせても、彼の視線はもうこちらを捉えて離さなかった。

 分かってる。自分で言ってても苦しい言い訳なくらい。だけど、寂しくて触っていたなんて口にするのは……うう……。

 

「……キタサン、もしかしてだけど」

「うっ……はい……」

 

 ピタリと足を止め、いつもより低く真剣な声が投げかけられる。

 風の冷たさとは違うヒヤリとした響きに、思わず耳がペタンと倒れた。

 こ、怖い!

 ギュッと両目を閉じ、自分を守るように——さっき引っ込めたばかりの両手を、また首元に添えてしまった。

 

「ほら、やっぱり首元押さえてる」

「……うう」

 

 ここまできたら、もう観念するしかなさそうだ……。

 怖いものを見るようにゆっくりとまぶたを上げると、そこにあったのは、吊り上がった眉や強く結ばれた口なんかじゃなくて。今の空模様みたいに、どこか心配そうにかげった彼の表情だった。

 

「キタサン、ちゃんと言わないとダメだよ」

「は、はい……そうですよね……」

 

 なんだか話が噛み合わないような違和感があるけれど、彼の真剣な声色は変わらないままだ。

 シュン……と肩を落とし、まるで罪人のような気持ちで次の言葉を待った。

 

「首元、寒かったんだね」

「そうです……首が——えっ?」

 

 聞こえてきた言葉をなぞるように口にして、ハッと言葉を飲み込んだ。

 あれ、なんか思っていることと違うような……?

 ポカンと首を傾げながらも、なんとなくこのまま手を添えておくことにした。

 

「一気に気温も下がってきたからね。流石の君でも体調を崩して仕方ないよ。だけど、ちゃんと言ってほしかったな」

「そ、そうですよね。ごめんなさい……」

 

 窘めるような言葉だけど、それはあたしの体を心配してくれているからこそ。さっきのちょっと怖い声もそのせいで、恥ずかしい考えがバレたわけじゃなかったんだ。

 小さく頭を下げながら、彼に気づかれないように『ふぅ……』と息をこぼした。

 

「そ、その……。お出かけが楽しみでしたので、あはは……。で、でも今も全然元気ですよ! お祭り娘は回復も早いんです!」

 

 く、苦しいかな? でも、元気なのは事実だし、嘘をつく時は本当のことを混ぜたほうが良い……らしいし? ど、どうにかなって!

 優しい彼を騙しているみたいで、胸がズキズキと痛む。緊張で口の中まで乾いていくし、キョロキョロと泳ぐ目と、落ち着きなく揺れる尻尾を止める余裕もなかった。

 

「そっか」

「わ、分かってくれましたか?」

「やっぱり嘘をついてるってことは間違いないね」

「な、なんで!?」

 

 必死に取り繕った言葉は、無惨にも打ち砕かれてしまった。

 くぅ……流石の観察眼……。いつもあたしを見てくれている彼には、いとも簡単に見破られちゃうみたい。

 結局、残ったのは嘘をついた心の痛みだけだった。

 

「……よし」

「と、トレーナーさん!?」

 

 何かを決意したような表情になったかと思うと、彼は自分の首に巻いていたマフラーをスルスルと外し始めた。

 

「ちょっとごめんな」

「えぇっ!?」

 

 そしてマフラーをそのままあたしの方に向けて。

 くるり、くるりと。丁寧に、丁寧に。

 時が止まったみたいに動けないまま、首元に彼のマフラーを巻かれてしまった。

 さっきまで添えていたあたしの手よりもずっと温かくて、安心する匂いにすっぽりと包み込まれる。

 

「それとほら、背中に乗って」

「あ、あの……その……」

「大丈夫、なるべく揺らさないように頑張るから」

 

 そう言って、彼はくるりと後ろを向き、少しだけ屈み込んだ。

 そうじゃなくて、あたしは本当に元気なんです!

 たった一言だ。それで全てが笑い話になる。

 分かっている。分かっているはずなのに——差し出された彼の背中から、どうしても目を逸らせなかった。

 

「……ごめんなさい」

 

 首元の温かさが。

 安心する匂いが。

 あたしを見つめてくれるその眼差しが、ただもっと欲しくて。

 マフラーに顔を埋めたまま一歩を踏み出し、後ろから抱きしめるように彼の背中へと身を預けた。

 

「気にしないでよ。いつもはお助け活動を頑張ってるんだから、こういう時こそ俺を頼って欲しいな」

 

 ふわりと体が浮き上がるけれど、支えてくれる腕が頼もしくて、驚くほど安心感がある。

 『ごめんなさい』の意味を、彼は優しく勘違いしてくれている。そのことに胸が痛んで、だけど同時に、心の奥がじんわりと温かかった。

 

「……トレーナーさん」

「うん……っ、どうしたの?」

 

 今にも息が切れてしまいそうなのに、なんでもないふりで返事をしてくれる。

 チラリと見える彼の首元はやっぱり寒そうで、ほんの少しだけ赤く染まっていた。

 

「……マフラー、ありがとうございます」

「どういたしまして……っ。少しは温まったかな……?」

 

 自分のことよりあたしを気遣う言葉は、きっと彼の本心だ。

 それがたまらなく嬉しくて、同時に自分ばかり甘えていることがほんの少しだけ苦しかった。

 だからこそ。

 

「き、キタサン?」

 

 片腕をそっと動かし、マフラーに手をかける。ふんわりと巻いてくれていたおかげで、簡単に緩めることができた。

 驚いた彼が足を止め、揺れていた視界がピタリと止まる。その隙に体重を預け、伸ばしたマフラーの端を、両手で目の前の冷えた首元へと巻き直した。

 彼の首元とあたしの首元が、一つに繋がるように。

 

「……トレーナーさんも、首を冷やしちゃダメですからね」

「はは、ありがとう」

 

 そんなのは建前だ。あなたにもあたしの体温が移ってくれますようにって、ワガママな願いを込めただけ。

 嘘をついてごめんなさい。こんなに幸せになってごめんなさい。

 浮かんだ言葉を胸にしまったまま、彼の背中にギュッと身を寄せる。

 

「……あれっ、何か言った?」

「いいえ、何も?」

「そっか、気の所為かな」

 

 あたしは幸せです。

 その一言だけを、マフラーの奥で風に溶かすようにそっと呟いた。




マフラーを一緒に巻くの憧れますね
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