まだ季節は追いついてはいませんが書いてみました
秋を告げる風が吹いたのはほんの数週間前。そのはずなのに、街路樹の落ち葉を揺らす空気はもうキンと冷え切っている。隣を見上げると、トレーナーさんの首元には温かそうなマフラーがグルリと巻かれていた。
ふむぅ……なんだか春と秋が短くなったみたい……。
秋祭りの余韻もそこそこに冬が来てしまうなんて、お祭り娘としてはちょっぴり悲しい
「……キタサン、俺の顔に何か付いてる?」
頭上から降ってきた声に、ピョコンと耳が跳ねる。ハッと我に返ると、不思議そうに首を傾げるトレーナーさんと目が合った。
あっ、考え事をしながらジッと見すぎちゃったかも。いくら一緒にお出かけしているからって、これじゃ心配させちゃうよね。
「いえいえ! マフラーを巻いてましたから、気になっちゃって、つい!」
「あはは、最近首元が冷えるから、風邪を引く前にと思ってさ。俺、喉が弱いんだよね」
ほっぺたを指でかきながら恥ずかしそうに笑うトレーナーさん。
なるほど、だから寒くなり始めの今から、特に首元を暖かくしてるんだ。
ほんの少し場違いかもだけど、彼の新しい一面を知れた温かさが胸いっぱいに広がっていき、尻尾も自然とゆらゆらと揺れてしまう。
「それなら手も温めましょうか! あたし、温かさには自信があるので!」
「えっ……と……」
とはいえ、マフラーに温める役割を取られるのはなんとなく看過出来ない。……お助け大将として、多分。
ぷくりと膨らみそうなほっぺたをなんとか萎ませながら、両手を差し出して——戸惑う彼の視線の先で、ようやく気がつく。
彼の手が、すでに手袋で覆われていることに。
「……そ、そうでした。手袋、してましたよね」
「その……脱ごうか?」
「い、いえいえ! わざわざ外してもらうなんて……!」
「そ、そうか? なんかごめんな」
申し訳なさそうな彼の表情に、チクリと胸が痛む。
あんなこと言わなきゃ良かった……。
自分でも分からない感情に振り回されて、慣れないことを言うもんじゃない。
ストンと落とした肩は重く、無防備な首元を撫でる風がやけにヒンヤリとしていた。
「はぁ……冷たい……」
ポツリと呟きながら首筋に添えた両手は、こんなにもポカポカと温かいのに、それがなんだか寂しい。
「何か言った、キタサン?」
「いいえ、何も!」
誤魔化すように早足で歩き出すけど、トレーナーさんは小走りで追いかけてくれた。その足音が心地良くて、つい歩調を緩めてもう一度隣に並ぶ。
首に添えていた片手を離し、彼の手へそっと伸ばしかけて——すぐに引っ込めた。
手袋さえなければ、手を繋いであなたの体温を感じられるのに。
なんて。
チラリと目に入る彼のマフラーと手袋に苦笑いしていると、耳と尻尾に当たる風がさっきよりも冷たかった。
◇◇◇
「キタサン?」
あれから何を話すでもなく、ただぼんやりと歩いていると、掛けられた声にピンと耳が立つ。
恐る恐る隣を見上げれば、彼が不思議そうな顔でこちらを覗き込んでいた。
「えっと……トレーナーさん、どうかしましたか?」
「いや、どうかしたも何も、さっきから首元を押さえてるから気になってさ」
「えっ、あっ……」
言われて視線を落とすと、首筋に添えていた自分の手が目に入った。
た、確かに押さえてる……。うわぁ……全然気づかなかった……。
慌てて手を引っ込めてみるけれど、かえって怪しまれたのか、彼の瞳は鋭くなるばかりだった。
「い、いやぁ……別に何も無いですよ?」
「…………それは無理があるんじゃないか?」
「ぐっ……そ、そんなことない、はずです……きっと……」
苦し紛れに紡いだ言葉は、薄氷のように脆い。誤魔化そうと目を泳がせても、彼の視線はもうこちらを捉えて離さなかった。
分かってる。自分で言ってても苦しい言い訳なくらい。だけど、寂しくて触っていたなんて口にするのは……うう……。
「……キタサン、もしかしてだけど」
「うっ……はい……」
ピタリと足を止め、いつもより低く真剣な声が投げかけられる。
風の冷たさとは違うヒヤリとした響きに、思わず耳がペタンと倒れた。
こ、怖い!
ギュッと両目を閉じ、自分を守るように——さっき引っ込めたばかりの両手を、また首元に添えてしまった。
「ほら、やっぱり首元押さえてる」
「……うう」
ここまできたら、もう観念するしかなさそうだ……。
怖いものを見るようにゆっくりとまぶたを上げると、そこにあったのは、吊り上がった眉や強く結ばれた口なんかじゃなくて。今の空模様みたいに、どこか心配そうにかげった彼の表情だった。
「キタサン、ちゃんと言わないとダメだよ」
「は、はい……そうですよね……」
なんだか話が噛み合わないような違和感があるけれど、彼の真剣な声色は変わらないままだ。
シュン……と肩を落とし、まるで罪人のような気持ちで次の言葉を待った。
「首元、寒かったんだね」
「そうです……首が——えっ?」
聞こえてきた言葉をなぞるように口にして、ハッと言葉を飲み込んだ。
あれ、なんか思っていることと違うような……?
ポカンと首を傾げながらも、なんとなくこのまま手を添えておくことにした。
「一気に気温も下がってきたからね。流石の君でも体調を崩して仕方ないよ。だけど、ちゃんと言ってほしかったな」
「そ、そうですよね。ごめんなさい……」
窘めるような言葉だけど、それはあたしの体を心配してくれているからこそ。さっきのちょっと怖い声もそのせいで、恥ずかしい考えがバレたわけじゃなかったんだ。
小さく頭を下げながら、彼に気づかれないように『ふぅ……』と息をこぼした。
「そ、その……。お出かけが楽しみでしたので、あはは……。で、でも今も全然元気ですよ! お祭り娘は回復も早いんです!」
く、苦しいかな? でも、元気なのは事実だし、嘘をつく時は本当のことを混ぜたほうが良い……らしいし? ど、どうにかなって!
優しい彼を騙しているみたいで、胸がズキズキと痛む。緊張で口の中まで乾いていくし、キョロキョロと泳ぐ目と、落ち着きなく揺れる尻尾を止める余裕もなかった。
「そっか」
「わ、分かってくれましたか?」
「やっぱり嘘をついてるってことは間違いないね」
「な、なんで!?」
必死に取り繕った言葉は、無惨にも打ち砕かれてしまった。
くぅ……流石の観察眼……。いつもあたしを見てくれている彼には、いとも簡単に見破られちゃうみたい。
結局、残ったのは嘘をついた心の痛みだけだった。
「……よし」
「と、トレーナーさん!?」
何かを決意したような表情になったかと思うと、彼は自分の首に巻いていたマフラーをスルスルと外し始めた。
「ちょっとごめんな」
「えぇっ!?」
そしてマフラーをそのままあたしの方に向けて。
くるり、くるりと。丁寧に、丁寧に。
時が止まったみたいに動けないまま、首元に彼のマフラーを巻かれてしまった。
さっきまで添えていたあたしの手よりもずっと温かくて、安心する匂いにすっぽりと包み込まれる。
「それとほら、背中に乗って」
「あ、あの……その……」
「大丈夫、なるべく揺らさないように頑張るから」
そう言って、彼はくるりと後ろを向き、少しだけ屈み込んだ。
そうじゃなくて、あたしは本当に元気なんです!
たった一言だ。それで全てが笑い話になる。
分かっている。分かっているはずなのに——差し出された彼の背中から、どうしても目を逸らせなかった。
「……ごめんなさい」
首元の温かさが。
安心する匂いが。
あたしを見つめてくれるその眼差しが、ただもっと欲しくて。
マフラーに顔を埋めたまま一歩を踏み出し、後ろから抱きしめるように彼の背中へと身を預けた。
「気にしないでよ。いつもはお助け活動を頑張ってるんだから、こういう時こそ俺を頼って欲しいな」
ふわりと体が浮き上がるけれど、支えてくれる腕が頼もしくて、驚くほど安心感がある。
『ごめんなさい』の意味を、彼は優しく勘違いしてくれている。そのことに胸が痛んで、だけど同時に、心の奥がじんわりと温かかった。
「……トレーナーさん」
「うん……っ、どうしたの?」
今にも息が切れてしまいそうなのに、なんでもないふりで返事をしてくれる。
チラリと見える彼の首元はやっぱり寒そうで、ほんの少しだけ赤く染まっていた。
「……マフラー、ありがとうございます」
「どういたしまして……っ。少しは温まったかな……?」
自分のことよりあたしを気遣う言葉は、きっと彼の本心だ。
それがたまらなく嬉しくて、同時に自分ばかり甘えていることがほんの少しだけ苦しかった。
だからこそ。
「き、キタサン?」
片腕をそっと動かし、マフラーに手をかける。ふんわりと巻いてくれていたおかげで、簡単に緩めることができた。
驚いた彼が足を止め、揺れていた視界がピタリと止まる。その隙に体重を預け、伸ばしたマフラーの端を、両手で目の前の冷えた首元へと巻き直した。
彼の首元とあたしの首元が、一つに繋がるように。
「……トレーナーさんも、首を冷やしちゃダメですからね」
「はは、ありがとう」
そんなのは建前だ。あなたにもあたしの体温が移ってくれますようにって、ワガママな願いを込めただけ。
嘘をついてごめんなさい。こんなに幸せになってごめんなさい。
浮かんだ言葉を胸にしまったまま、彼の背中にギュッと身を寄せる。
「……あれっ、何か言った?」
「いいえ、何も?」
「そっか、気の所為かな」
あたしは幸せです。
その一言だけを、マフラーの奥で風に溶かすようにそっと呟いた。
マフラーを一緒に巻くの憧れますね