ウマ娘キタサンブラック短編集   作:大典74

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上着を着るシチュエーション好きなんですけど、自分で書いてみると中々難しいものですね


上着を温めておきました!

 ソファーに座り、パタパタと両足と尻尾を揺らす。

 湯呑みから立ちのぼる湯気をじっと見守って――よし、とそのままお茶を一気にグイッと呑み込んだ。

 

「……はふぅ」

 

 思わずこぼれるため息。

 やはりお茶は良い……。体全体がポカポカしてくるし、お茶の渋みと香りがこれでもかってくらい広がっていく……。

 ふにゃりとほっぺたが緩む。空になった湯呑みを机に置いて、いつもの癖でトレーナーさんがいる場所に目を向ける。

 

「……早く帰ってこないかな」

 

 いつもならいる場所に彼の姿は無く、机の端に積まれた書類だけが少し寂しそうに残されていた。

 

『ごめん、キタサン。ちょっと席を外すね』

 

 電話を取った後、そう言って部屋を出ていったのはほんの数分前。申し訳なさそうに小さく頭を下げていたのは、いかにもあの人らしかった。ふふ、思い出すだけでもニヤけちゃうな。

 ……なんて、思い返してはみるけれど。

 あたし以外誰もいないこの部屋はガランとして広く、風が窓を叩く音が寂しげに聞こえてしまう。

 

「友達に会いに行くっていうのもなぁ……」

 

 ここから出ていくのは簡単な話だ。

 だけど部屋の主がいないのに、勝手にいなくなるのは如何なものか? お助け大将としてそういう不義理はしちゃダメだよね、うん。

 書き置きをしたらいいのに。そんな言葉が頭の片隅に浮かんだけど、聞こえないふり。

 

「……よし!」

 

 そんな考えを打ち消すように、勢いよく頭を振って立ち上がる。

 もしかしたらもうすぐ帰ってくるかもしれない。そうだとしても、ほんの少しの時間で出来ることはあるはずだ。

 例えば机の上の整理整頓。ちょっとでも綺麗な方が仕事は捗る……と思う!

 よぉし、早速始めちゃうぞ! お助け大将、ここにあり!

 バタバタと尻尾を揺らしながら、こぶしをギュッと握りしめて彼の仕事机へと足を進めた。

 

「さぁて、どんな……もの……」

 

 張り切って腕まくりをしようとした手が、ピタリと止まる。

 視界が捉えたのは机の上——ではなく、その奥の椅子。もっと言うなら、背もたれに掛かっている上着から目が離れてくれない。

 

「……確かこれってトレーナーさんが着てたやつだよね」

 

 肌寒くなるとよく羽織っている上着だ。そういえば、ここを出ていく時は着ていなかった気がする。

 丈夫なあたしと違って、トレーナーさんは寒さにあまり強くないと言っていたっけ。

 でも、朝はともかく今の時間は暖かいもんね。脱いじゃうのも仕方ないか。

 それは分かるんだけど、こうも無造作に掛けておくのは良くないと思うな。シワになっちゃいますよ、うんうん。

 

「なのであたしが綺麗にかけますよ」

 

 キョロキョロと周りをうかがいながら、背もたれの上着をそっと手に取る。

 そうそう、これはトレーナーさんのため。お助け大将として張り切ってるだけ。他意なんてあるはずがない。

 

「えっと、ハンガーっと……」

 

 ごく自然な手つきで、右腕をゆっくりと袖に通していき。

 

「引っ掛けるところは……」

 

 手元を見ないまま、モゾモゾと左腕も袖に通す。

 

「……って、あれ!?」

 

 ウロウロとトレーナー室を歩き回り、ふと自分の姿に目を落とす。

 な、何故だか分からないけど、トレーナーさんの上着をあたしが着ているではないか! 本当に何故だか分からないけども!

 

「ぬ、脱がなきゃ! ……いや、でも、なんだか急に寒くなってきた気がするし、ちょっと借りるくらいなら大丈夫だよね!」

 

 口にすればするほどチクチクと痛む胸。だけど、そんな後ろめたさをかき消すように、首元からふわりと彼の匂いが広がっていく。包まれるように温かで、眠りを誘うように安らかだ。

 すると上着を脱ぐ気力はすっかり消えて、自分の体をギュッと抱きしめる。ポカポカしていた全身がさらに火照るみたいで、緩んだほっぺたがやけに熱い。

 

「二人分の温かさ……みたいな……。って、何言ってるんだろ、あたし!」

 

 沸騰しそうな頭をブンブンと振り、抱きしめていた腕を解いて、熱を逃がすようにパタパタと動かしてみる。それでも火照りは高まるばかりで、ちっとも冷めてくれそうにない。

 

「ぐぬぬ……体が熱い……」

 

 悶えるようにこぶしを握りしめると、手のひらに柔らかい布地が巻き込まれた。……って、布?

 頭に浮かぶハテナとともに、両手を目の前まで持っていく。

 

「…………あっ」

 

 視線の先には、こぶしの中にクシャッと握り込まれた袖口があった。

 そっか、トレーナーさんとあたしだと身長差があるからこうなっちゃうんだ。むむ、ちょっと不格好。

 そんな残念な気持ちとは裏腹に、ふとある考えが浮かぶ。

 そっと手を開いてみると、余った袖が指先まですっぽりと覆い隠した。

 

「……これを、こうして……」

 

 袖に包まれた手を、自分の頭の上にそっと乗せる。

 いつも撫でてもらう時みたいな温もりは微かだけど、確かにそこにある。

 それさえ感じられるなら……いける!

 

「……コホン!」

 

 一つ咳払いをして、喉の調子を整える。

 それから目を閉じて、トレーナーさんの姿を思い浮かべる。

 トレーニングで好タイムを出した時や、重賞に勝った時。あるいは、お助け活動を頑張った時。

 あたしに優しく微笑んで、大きな手をゆっくりと伸ばして——

 

「『よくやったね、キタサン』」

 

 頭を撫でてみる! みる……。……うん。

 一瞬、本当に一瞬だけは彼のような温かさがあったけど、すぐに消えてしまった。

 残っているのは、袖が髪をこする感覚だけ。いくら上着を借りたって、本人の代わりにはならないらしい。

 涙目になりながら、ダラリと手を下ろす。

 

「うぅ……せめてこの匂いだけでも……」

 

 それでも、この上着に残る温もりはもう少し味わっていたい。

 うるうると揺れる瞳で両手を見た後、重い腕をなんとか持ち上げて、袖口にそっと顔をうずめる。

 もう微かになっているけれど、彼の匂いが胸の奥までじんわりと染み込んでくる。

 ああ、これだけでもなんだか気持ちが和らいでいくみた——

 

「キタサン、待たせちゃってごめん!」

 

 パタリと扉が閉まる音とともに、不意に部屋へと響いた声。その意味が頭に届くまでにはほんの少し時間が掛かって、ビクンと耳と尻尾を伸ばした時にはもう遅かった。

 顔へ近づけていた両手が、スローモーションで落ちていく。

 思ったように動かない首を、なんとか入り口の方へと向ける。すると、視界は声の主をしっかりと捉えてしまった。

 

「……キタサン?」

 

 戸惑うように、もう一度名前を呼ばれる。

 置かれた状況を理解した瞬間、あんなにも温かかった体が、真冬に放り出されたみたいにスッと冷え切ってしまった。

 この上着の持ち主は目を丸くして、小さく口を開けたままこちらを見つめていた。

 

「あの……その……」

 

 もつれる舌でなんとか絞り出したのは、意味もなさない言葉。

 えっと、早く何か言い訳をしなきゃ! だけど、あたしがこれを着てるそれらしい理由って、どう説明すればいいんだろう!? ぐぬぬ……なるようになれ!

 泳ぐ視線と同じように頭の中がグルグルと回るけれど、このまま黙っているわけにもいかない。

 

「これは……そう! また肌寒くなってきましたので、上着を温めておこうと思って!」

「お、おう……」

「昔、そういう偉い人もいましたよね! だからこれは、断じておかしいことではないのです!」

「い、勢いが凄い……」

 

 言葉をまくし立てるたびに、じりじりと距離が縮まっていく。

 気圧されるように彼は体を引くけれど、すぐ後ろの扉とあたしに挟まれて、もう逃げ場はないみたいだ。

 

「というわけですので! この上着を着てください! さあ、さあさあさあ!」

「わ、分かった! 着る、着ますから!」

 

 もうどうにでもなれと、慌てて脱いだ上着を彼の胸元へとグイグイ押し付ける。

 さっきまで冷えていたはずなのに、今は血液が沸騰したみたいに全身が熱い。クラクラする視界の中で、手元と目の前から漂う二つの温かな匂いを感じながら、あたしはただ必死に詰め寄ることしか出来なかった。

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