貴方は何度でも優先順位の確認を怠らない。
そうしなければ生き残ることが出来ないからだ。
貴方は常人より強く、彼女に与えられた恩恵により死の気配を感じることが出来る。
しかし貴方は所謂“チート転生者”とは違う。与えられた神秘を行使するためには対価を支払わなければならない。貴方は自分が◯◯無双という言葉とは無縁であることを自覚していた。
だから、頭を使う。
考えなければならないことは多い。特に、タイムリープの起点が更新された事実は貴方にとって絶対に無視できないことだ。
先ほどの警察官、恐らくは貴方と同じように上位存在から恩恵を与えられているであろう男が関与しているのは確実だろう。
アレを排除すればタイムリープが止まる可能性もある。だが最初の接触を思い出す限り、貴方は先制して警察官を見つけ出すことは困難であると割り切った。背後から声を掛けられる直前まで全く気配を感じなかったことから、何らかの神秘を行使しているかもしれない。
後先考えずに人間には過ぎたる力を使い過ぎれば、必ず何処かで取り返しのつかないことになる。旧き混沌の神と名乗った彼女が語ったそれを貴方は疑っていない。自己顕示欲の塊を炙り出すために余計なリスクを背負う必要は無いと判断したのだ。
いま、最も優先しなければならないのは“本当にターゲットはこの近辺にいないのか”の確認だろう。
取り戻したいモノがあるから貴方は神の下僕になることを選んだ。
殺したいモノがいるから貴方は狂信者として生きることを選んだ。
タイムリープの条件を貴方は未だ把握していない。今回のように自身の死亡によって巻き戻ることが多いが、夜に寝て朝に起きたら“今日”に戻っていたことも少なくない。しかも数日で発生することもあれば、再構築を繰り返しながら来年の夏まで続いたこともある。
限られた情報のなかで貴方は、タイムリープが発生したタイミングのズレが次の世界線に誤差という形の影響を与えていると仮定していた。強盗犯の位置が一定ではない理由もそれで説明できるだろう。
だが、前回の世界線のように“完全な置き換え”に遭遇したことは1度も無い。もちろん、今回の出来事が初めての例外かもしれない。だからこそ、それを確かめる意味でも貴方は最優先でターゲットを探す必要があるのだ。
「少し、強く探ってみるしかない……か。背に腹は代えられない、ちょっとした体調不良と引き換えに安心が買えると思えば安いもの。死ななきゃ安いって、こういうときに使うんだろうなぁ」
貴方は邪なる神の狂信者となり死亡と再誕を重ねることで死の気配を嗅ぎ取ることが可能となった。それは貴方に向かってくる危険を予測するだけでなく、限定的ではあるがレーダーやソナーのように利用することも出来る。
ゆっくりと、慌てず騒がず意識の海を広げるように。前回は表面的な気配を拾ってしまったので失敗しているが、今回は状況が変化しているという前提でターゲットを探す。喉の奥で苦味が広がり、鼻の奥で微かな出血を感じた。
貴方の信じる神が授けてくれた知識によれば、穢れた魂とは単に罪人であることが条件ではないのだと言う。本能と欲望のまま行動し続けることで魂の純度は下がり薄汚れてしまうらしい。
本能のまま、という部分に貴方は少しだけ引っ掛かりを覚えた。それは野生動物のような純粋さとも解釈できるのではないか、という疑問である。その解釈に耳を傾け愉快そうにしていた彼女は「人間は知性という武器を手にした悪魔の猿だから野生の理屈は適応されない」と笑っていた。
あの警察官が用意した“エサ”がそれに該当するかは定かではない。だが貴方がターゲットとして定めている強盗犯たちが該当するのはこれまで周回した世界線で確認を終えていた。証拠隠滅と贄の確保、まさに一石二鳥というものだろう。
「変化は何処まで侵蝕してくるのか……あの警察官が自慢げに話していた内容、まだ整理しきれていないけど、確かにあったんだ。違和感は、あった。確実に。僕のループの中でも誤差は発生していた……それなら、大きく流れが変わったのなら、アイツらの位置も────アハッ、やっぱりね」
自分自身の内側が黒いモノに塗り潰される感覚を楽しみながら、貴方は発見したターゲットに向けてゆっくりと歩き出す。それはあの男女が仕掛けられている方向とは大きく外れていた。
あの警察官が状況再現とやらを過信しているなら途中で邪魔をされることなく処理が出来るかもしれない。ぼんやりと深い霧のように感じている死の気配だけが不安要素だが、警戒が過ぎて時間を無駄にすれば状況は不利に傾くばかりだ。
ゆっくりと。
ゆっくりと。
考える。拳銃を実体化しておくべきか。警察官の介入を警戒するのであれば、頭痛や目眩と引き換えにしてでも即座に撃てるよう備えておくのも悪くないのかもしれないが。
「落ち着け。落ち着くんだ、僕。まだ慌てるような時間じゃない。あの警察官がリープ起点の更新に関係している可能性は高いけれど、まず最優先で僕が始末するべき相手は違う。僕自身の復讐は、家族の復讐が終わってからでいい……」
ゆっくりと。
ゆっくりと。
見える。これまでのループで狂おしいほどに目に焼き付けてきたシルエット。今度こそ、今度も、これからも何度でも絶対に生存する世界線など貴方は決して許さない。
近付く。
距離、残り数歩。
強盗犯たちの目的を考慮すれば、接近する人間の存在には気付いているだろう。視界はお世辞にも良いとは言えないが、ミラー越しに何者かが見えているのに仕事を始めるほど間抜けではないハズだ。
意識して演技する必要は無かった。慣れた動作で、自然な動作で、貴方は車の下を覗き込んでから小走りで接近する。
「どうも。なにか俺たちの車を覗き込んでいたみたいだけど、なにかあったのかな?」
「あ、スミマセン。なにか挟まっているというか、野良猫なのかわかりませんが、モゾモゾと動いているように見えたもので」
「そうかい? 悪いね、わざわざ教えてくれて。一応……ちょっと」
「ん? あぁ……野良猫、まぁあるか。住宅街だし、車のエンジン音ぐらいじゃビビらないかもな」
「首輪をしてないのに飼い猫だったら、可哀想なことになるし。どれ」
それは実に好青年らしい態度であった。
忌々しいが、罠に誘い込むという意味では好都合でもある。
貴方はコートの中で隠すようにナイフを実体化させた。ひとりが車の外に出てきたパターンであれば、拳銃を使うよりもナイフのほうが安定する。
なにより実体化に必要な対価が少ない。拳銃という男子高校生にとって理外の暴力装置を手に入れたことで、相対的に貴方の中で価値が下がったからだ。
男が車の下を覗き込む。
貴方は男の髪の毛を鷲掴みにした。
男が何事かと振り向こうとする。
貴方は顎の下から刃先を滑り込ませた。
悲鳴はもちろん、うめき声を封じるために最も効果的な処理方法がコレだった。死体は贄として捧げることで簡単に消すことが出来るのだが、さすがに声を第三者に聞かれてしまった事実までは簡単には消せない。
「あっ、大丈夫ですか?」
「うん? なにが────」
車内に残っていた男が、貴方の心配する素振りに釣られて動く。顔の向き、体の傾き、弾丸を回避できるほどの瞬発力を持つ貴方であれば前髪を掴むまで1秒も必要としない。
処理方法は一人目と全く同じだ。多少、姿勢の都合で力が入り難いという部分もあったが、相手が神秘をなにひとつ持っていないのであれば関係ないことだ。常人が相手なら貴方は素手でも充分に強い。
復讐は完遂された。貴方は対価を支払う必要がある。復讐に必要な恩恵を与えてくれた彼女のために祈りを捧げ、自らの手で殺害した贄を捧げるのだ。
同じ人間を何度も贄として捧げる行為が許されているのは気持ちの面でどうにも……手抜きをしているような気分であり、貴方としては申し訳無さも感じているようだが。
「さて……これからどうしようか? 僕はいま、復讐を終えて気持ちが前のめりになっているかもしれない。流れに乗っているのか? それとも調子に乗っているのか? 判断を間違えればただ単に殺されに行くようなものだ。僕が引返すための理由はきっとある」
ループ起点の更新にあの警察官はきっと関わっている。それだけではない、アレが余計なことをしたから貴方の家族は殺されてしまった可能性もあるのだ。ならば、アレも復讐対象であるが────。
「ループの起点……そうだよ、ループの起点が更新されたってことを共有しないと。僕は彼女の信者なんだから、神様にはちゃんと報告しないと。うん、これは優先順位が高いぞ。だったら警察官のことは後回しにしないとダメだよね。アレの始末については後で考えよう」
神秘まで使い罠を用意したのなら、狩人気取りのアレは簡単に持ち場を離れられない。下手に刺激をするよりも放置して、まずは彼女と情報を共有するべきだ。少なくとも狂信者である貴方にとっては、神との対話を優先とするのは正しい選択だろう。