ティグルヴルムド=ヴォルンの冒険   作:コーリッシュ

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冒険の始まり

 

 どこを見渡しても灯りの見えない森の中、一人の少年が息を切らせて走っている。その少年の格好は非常に不自然である。絹製の寝巻きを着て、左手の中には華美な装飾を施された一振りの細剣。そして少年の腰まで伸びた深紅の頭髪は中性的な顔立ちと相まって性別の判断をつけさせない。

 少年の名はデュノア=ティグル=シャルル。ブリューヌ王国ファーロン王が弟の息子、つまり国王の甥っ子だ。

 デュノアは先を急ぎながらふとなぜ自分がこのような状況にいるのかと記憶を巡らせる。

 

 

 

 

 一週間前だった、騒がしいと思って深夜に目が覚めたのは。目を覚ましたデュノアは枕元に置いていた父から貰った細剣を手に部屋を出た。今でもなぜこの時に細剣を持ち出したかは覚えていない。だがデュノアはこの気紛れに救われる。

 

 「父上、母上、いったい━━━」

 部屋を出たデュノアは父と母の寝室に入って息を呑む。すでに父と母はこの世の人ではなくなっていたのだ。すぐさま父と母の遺体に歩み寄ろうとするが、背後で急速に膨れ上がった殺気を感じて横に大きく跳ぶ。

 「・・・ガヌロンめ、仕留め損なったか」

 後ろから現れた大柄な男は恨めしげにデュノアを見て呟く。一方のデュノアは驚きを隠せないという顔をしている。

 「━━テ、テナルディエ公爵?!」

 「デュノア殿下、あなたには死んでいただく」

 テナルディエ公爵は言い終わると同時に腰の剣を抜き、デュノアに向かって力一杯に振りかざす。普通の10歳の少年ならここで足がすくんでおしまいだろう。だがデュノアは普通ではない。王族、しかも国王の甥っ子という危険な立場とういことを踏まえて英才教育を叩き込まれている。特に剣術には自信があった。その実力は黒騎士ロランにも引けを取らない。

 デュノアはテナルディエ公爵の剣を軽々とかわして自身の腰の細剣を抜く。そして距離を取って左拳を腰に当て、右手の細剣を自身の正中線に重ねるように構える。

 「ぬ・・・!」

 テナルディエ公爵が何とも取りがたい声を出す。公爵にはこの構えを知っていた。ブリューヌ流王宮剣術、ブリューヌ王家にのみ代々伝わる剣術だ。デュノアは歴代最年少でこれを習得していた。そして、デュノアのこの堂々とした構えは王たる威圧感を確かに放っていた。

 「テナルディエ公爵、これは一体どういうことですか」

 「・・・どうもこうも無い。我が野望のため、まずはあなた方に死んでいただくのだ!」

 公爵を見つめる中性的な顔は腰まで伸びた赤髪と相まってとても男には見えず、公爵は一瞬言葉が詰まったもののすぐに喋った。

 再び公爵は剣を翳しデュノアとの間合いを詰めながら斬りかかる。それに対してデュノアは軽く一歩二歩とステップを踏むように後退した後、一気に間合いを詰めながら左肩、右肩、鳩尾、頭部と凄まじい速度で突き掛かる。頭部のみは剣で防がれていまうがそれ以外の刺突はきれいに決まる。

 「おのれ・・・!」

 公爵は悔しげにデュノアを睨むが、その目は未だ生気が衰えていない。というのもデュノアの刺突が速度を重視した為に浅かったからである。

 「テナルディエ公爵、ご無事ですか!?」

 公爵の背後から公爵の部下らしき男がこちらに駆け寄って来る。デュノアは即座に撤退を決めて細剣を鞘に仕舞い、背後の窓から飛び降りる。

 「なっ・・・!」

 公爵が驚きのあまり声を小さくあげ、その場に座り込む。駆けつけた部下に応急処置を任せてデュノアの行動を心の中で思い巡らす。

 ━━━ここから地面までは15アルシンはある。いくら下が池とは言え助からぬであろう。

 そしてここでデュノアを事実上見逃したことが後々になってこの国をこの『皇太子一家暗殺事件』より更に大きな波乱となって襲いかかるのであった。

 

 

 

 

 時間軸は再び戻り、事件より一週間。デュノアは王宮、王都を脱出し、テリトアール領郊外を通過してブリューヌ王国とジスタート王国の間に連なるヴォージュ山脈を北上しており、現在はアルサス領に入ったところにいた。

 「なんだ、あれ・・・」

 デュノアは休憩するために丁度良い場所を探してすこし森の奥に入ると謎の建造物を目にした。その建造物の一角に光輝く扉を発見し、デュノアはそれに好奇心から触れてみる。すると急にその光はデュノアの体と荷物を飲み込み、建造物の中に引きずり込む。

 「うわあああああ!!!」

 デュノアの必死の叫び声も虚しく、デュノアはどんどん意識が遠ざかっていくのを感じながら光に飲まれていった。

 

 

 気が付いた。同時に、体にひんやりとした感覚を覚える。体を起こして自分が置かれている状況を確認する。今は亡き父から貰った細剣と、一日分の食糧があることを確認し、周囲に目を向ける。そこには輝く岩肌や見たこともない植物が生えていた。暫くするとゴゴゴゴゴ、という音が奥から聞こえてくる。

 「━━━行ってみよう!」

 

 通路を抜けると一つの巨大な空間に出た。見たことの無い地形、不思議な生物、湿った生暖かい空気。どれもこれもがデュノアにとっては初めてのものばかりだった。そしてデュノアはこの状況に聞き覚えがあった。今よりもずっと小さい頃に母から、かつて世界を統一しかけた『魔帝』という男の冒険譚を聞いたときのことだ。

 ━━━そういえば『魔帝』は『迷宮』というものを攻略し、魔神の如き力を得たとか・・・

 ━━━たしか冒険譚では「迷宮の門をくぐると、光に呑み込まれてスタート地点へ飛ばされた。正しい道を選び進むと、ゴールの宝物庫が待っている。そこには財宝と『ジンの金属器』が納めてある。」って言ってたよな・・・

 ここでデュノアは思考を打ち切る。『ジンの金属器』や財宝は正直どうでも良いが、とにかく外に出なければ食糧も一日で尽きるし、そしてなにより、こんな未知の場所ではおちおちと大好きな昼寝もできないからだ。とにかくこの『迷宮』をちゃっちゃと攻略しようと決めるのであった。

 

 

 大きな広場のような場所の真ん中には鱗の無い巨大な竜、そしてその回りには子竜が飛び交う。この広場の抜け場所と思われる大きな扉はデュノアからの場所では竜を迂回して行かなければならない。巨竜には鱗が無いのでおそらく剣のみでも殺せるだろう。しかし巨竜の周囲を飛び交う子竜が邪魔である。

 「!?」

 突然のことで、デュノアは驚きのあまりに声をあげそうになった。広場の一角で突如水が吹き上がって子竜を飲み込んだのだ。

 よく耳を澄ませるとゴゴゴゴゴ、という音が再び鳴って別の場所で水が吹き上がる。

 ━━━間欠泉か、厄介だな・・・

 デュノアが心の中で対策を考えていると、何重にも重なって間欠泉が吹き上がる。

 「そうか、そういうことなのか!」

 デュノアはそう呟くと、通路の両端にいる兵士の石像から盾を取って再び広場に戻る。するとデュノアの真下で間欠泉が吹き上がる。

 「うおっ・・・!」

 盾をサーフボード代わりにして様々な方向から吹き出る間欠泉に乗って、ついに竜の頭上に迫る。刹那、乗っていた盾から飛び降り、細剣を抜く。落下の勢いを上乗せしたデュノアの刺突が巨竜の頭を貫き、巨竜は絶命する。

 「ん?」

 巨竜が倒れこみ、座っていた場所が露になると、一つの隠し通路が現れた。目の前の大扉はダミーだったのだ。

 ━━━ここ作った奴は相当ひねくれ者だな・・・

 巨竜が倒れたためか子竜は散り散りになり、デュノアは隠し通路に入っていった。

 

 

細剣から何色かよくわからない色の血を滴らせながらデュノアはこの『迷宮』の最深部の宝物庫と思われる大扉の前に立っていた。すでに『迷宮』に入ってから一日が経過しており、手持ちの食糧も尽きた。顔には少々疲労の色が見られるが、ここまで来ればもう問題ない。目の前の大扉にはでかでかと八芒星が刻まれていた。

 「開け、ゴマッ!」

 昔母から聞いたお伽噺のとある台詞を叫びながら、大扉を開ける。

 扉の開いたその先には宝物庫と思われる部屋が控えていた。そしてその奥には八芒星の刻まれたランプの石像が置いてある。その周りにも様々な形の石像が乱雑に置かれている。

 奥に置かれているランプに触れると、凄まじい閃光とともに周囲におかれていた石像が宝物に姿を変え、ランプからは蒼い体の巨竜が現れる。

 「我が名はバアル。憤怒と英傑より作られしジン。王になるのはお前か?」

 「・・・そうだ」

 一人で攻略してしまっためそう答えるしかなかったわけだが、不機嫌そうな顔をしたジンは無言で続ける。

 「お主を我が主と認めよう。剣を取れデュノア」

 ジンに言われる通りに細剣を抜くと、刀身の付け根に八芒星が刻まれている。

 「これが・・・金属器」

 「試しに発動してみろ」

 「でも、どうやって?」

 「心に浮かぶ声に従うのだ」

 ━━━心に浮かぶ声・・・

 心を落ち着かせ、意識を細剣に集中させる。刹那、細剣の八芒星が輝きを増す。

 「・・・憤怒と英傑の精霊よ、汝と汝の眷属に命ず、我が魔力を糧として、我が意思に大いなる力を与えよ・・・!出でよ、バアル!!!」

 叫ぶと同時に剣を掲げると、巨大な雷が出現し、一気に弾け飛ぶ。

 「これが、俺の力・・・」

 少年デュノアと金属器のこの出会いは、これから始まる冒険のほんの序章に過ぎなかった。

 

 

 

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