戦後世界のボーイミーツガール ~青春!探偵!ひとだすけ部!~ 作:北極鳥ユキ
それから時間が経って放課後。二人が向かった先はシュミットの待機室だった。
扉の横に設置されている固定端末のパネルを操作して『呼出』のタブに触れる。
「シュミット先生。録達史家です。部活のことで相談があるんですけど」
そう声を掛けると、端末から声が響いた。
「あぁ、キミか。……いま先客がいるんだけど、一緒でも大丈夫かい?」
返事を返すと、共に扉がすーっと滑らかに開く。
どうやら教員待機室の扉は他の教室の扉と違って、最新式の自動ドアらしい。
待機室の内部は物が少なく、とても質素な印象を受けた。
特徴的な所と言えば、どこから持ってきたのか簡易的なシンクがあることぐらい。奥にはデスクに腰かけるシュミットと、ソファーに座っているロッテの姿があった。
「セータ君とシカ君だ! やっほー」
「先客ってロッテだったんだ」
「うん。いまね、シュミット先生からラテン語を教わってたの」
ロッテは二人に自分の隣に座るよう促す。三人で並んで座ると、長机の上に置かれた筆記用具とノート、そして古びた本が目に入った。
「へぇ、すごいなロッテちゃん。ラテン語って難しいんだろ?」
「すごく難しいってわけでは無くって、うーん、古文とか漢文とか、そういう感じかな?」
そう言って、二人に古びた本を見せる。
「これが読みたくて、教わってるんだ~」
その本には『Commentarii de Bello Gallico』というタイトルが書かれていた。
「ほう、ガリア戦記か。俺も日本語版なら読んだことあるよ」
「あっ、シカ君わかるの?」とロッテは目を丸くする。
「もっちろん。男の子はカッコいい物は何でも知ってるんだぜ?」
「ガリア戦記ってかっこいいのか?」
カエサルの書いた古い本のことなど、その有名なタイトルしか知らなかったので困惑する。どうにも史家は謎の知識をもっているようだった。
シュミットはデスクから立ち上がるとシンクの前に立って、二人分の紅茶を慣れた手つきで入れ始める。机の上には既にロッテの分であろうティーカップが置かれていた。
「見ての通り既に英語の採点と、シャルロッテのラテン語を同時並行でやっているんだ」
そう言いながら、シュミットは机の上に湯気の立つティーカップを二つ置いた。
正多と史家は感謝しつつ紅茶を受け取ると、さっそく事情を話し始めた。
しゅっ、しゅ、しゅっ。まる、ばつ、まる。
室内にはペン先の擦れる音が小気味よく響いている。
「……という訳でして。何かありませんかね。猫を探し出す方法とか」
やんわりと一緒に探して欲しいというニュアンスを込めながら、史家が訊ねる。
「ロクタチ」
「なんです!」
「キミこれ0点だったから、次同じ点だったら補習ね」
「わかりました。帰ります」
史家がすっと立ち上がったので、慌てて抑えた。
「まてまて史家、帰るな。先生も先生で、お仕事で忙しいのは分かるんですけど、片手間でもいいので、もう少し猫探しに関係のある話をしてくれませんか……」
「別に意地悪してるわけじゃないよ。こう見えても、なんとアイデアを出したらいいか悩んでるんだ。あ、そうだ、ナミキ」
「なんです?」
「キミ、ロクタチの部活に入るんだったら、入部届を出してね」
「帰ります」
今度は正多が立ち上がったので、隣の史家とロッテが必死に制止する。
「まて正多! 落ち着け! あれは天然でやってる!」
「そうそう、シュミット先生はずっとあんな感じだから、本当に意地悪してるわけじゃないよ!」
ロッテも苦笑いという感じの表情で正多を落ち着かせると、彼を再びソファーに座らせた。
「でもでも、ネコ探しなんてマンガみたいだね!」
「漫画みたいに上手くいかなくて困ってるんだ。ロッテは何かアイデアない?」
「うーん……公園にネコちゃんの餌を置いておくとか?」
「それありかも。探しに行く前にコンビニで買っておこうか」
「いい案だけど金がかかるのはなぁ。高野が出してくれるなら文句はないんだが」
「あとは人手を何とかするところだな。ロッテは……あ、そうか、今日はダメなんだっけ」
「うん、ごめんね。この後はブンカ部の見学に行くの」
ロッテは申し訳なさそうにしゅんとする。
「いやいや、ロッテちゃんが謝る事じゃないぜ。先生の方はどうですか? 俺らと一緒に猫を探してくれません?」
シュミットは採点の手を止めると椅子をくるりと回して体を向けた。
「僕は見ての通り仕事がね。でも、代わりに手を貸してくれそうな人なら紹介できるよ。……まぁ、役に立つかは保証できないけど。どうする?」
今はそれこそ猫の手も借りたい状況だったので、二人は提案を受け入れてシュミットが紹介してくれるという人物と会うことになった。
平日の午後という部活を行う時間帯はすごく暇らしく──その点だけですこぶる不安だったが──今日、すぐにでも会えるとのこと。
こうして猫探し二日目が始まり、二人は助っ人と合流すべく公園に向かった。
***
勝樺公園に入ろうとした矢先、小学生が飛び出してくる。少年は二人に気が付くと、助けを求めてきた。
「昨日のお兄ちゃんたち! たいへんだよ! 公園にふしんしゃがいるんだ!」
「え⁉」
「なんだと!」
こんな昼間の公園に出没するなど、とんでもない奴がいたものだ。
いつでも警察に通報できるようにデバイスを手にして公園に駆け込むと、公園内を見渡して不審者を探す。すると、隅にある茂みのところに奇妙な光景が広がっていることに気が付いた。
「な、なにあれ?」
「何ってケツだろ……」
二人は声を潜めたまま、ささやき合う。
茂みに上半身を突っ込んで、ガサゴソ動くお尻があった。
おそらくは女性。黒いスラックスを履いているので──ヒップラインが丸分かりな点を除いて──健全ではあるが、子供の遊ぶ公園の中にいては普通に不審者だ。
危険性はなさそうだが、それはそれとして警察は呼んでおくか、と史家が呟く。
「猫が隠れるならこういう場所かなぁ。いや、もっと影の方かもなぁ」
ふと、そんな声が聞こえてくる。声の主はあの不審者だ。ガサガサっと音を立てながら茂みから頭が引っこ抜かれ、不審者が若い女性であることが分かった。
服装はフォーマルな黒いパンツスーツなのに、足を見てみると動きやすそうなスニーカー。髪は黒髪のポニーテールで、前髪に黄色のメッシュが入っている。まるで、OLとヤンキーを足して二で割ったようなチグハグな格好。
やっぱり変な人みたいだ。
(なぁ史家、いやーな予感がするんだが……)
(言いたいことは分かるが、まさかな?)
こそこそと話していると、女性と目が合った。
「あっ、そこの君たち、ちょうどいいトコに。この辺で猫を見てないですか? 首輪に鈴が付いている黒と茶色の毛並みをした子なんですけど」
見てないです、と二人は並んで首を振った。
それは全くもって事実だ。だって、これからその猫を探すのだから。
「そっか~。やっぱりこの辺ではない……って、あれ? あれれ?」
女性は悩ましそうに俯いた後、何かに気が付いてたように凝視してくる。
「むむむ。そのブレザーは桜鳥の。もしかしてシュミットさんが言っていた二人組ですか?」
「「やっぱり」」
二人して同じセリフが出る。この不審者が待ち合わせの相手だった。
「いやぁ、いるなら声をかけてくださいよ。ドタキャンされたのかと思って一人で探し始めちゃいましたよ。私は伏見志信(ふしみしのぶ)と言います。気軽に伏見さんとでも呼んでください」
伏見と名乗った女性はヘラヘラとした笑みを浮かべながら近づいてくる。
すらっとした背の高い女性で、どことなくその顔にはいたずらっぽい猫か、あるいは狐を思わせる雰囲気があった。
「小柄で中学生みたいな方が波木正多くん。メガネをかけているのにインテリっぽくない方が録達史家くんですね。話はシュミットさんから聞いていますよ」
「そんな風に評されてたんだ」
「お互いに間違いではないだろ」
正多と史家はお互いに姿を見合うが、実際にシュミットの表現通りだった。
「いやぁ、君たちは人助けをしてるんですよね。世のため人のために活動しているなんて、私もう感心しちゃって。話を聞いて、すぐに協力してあげようと思ったんですよ!」
「あ、ありがとうございます」
やけに熱心な様子だったので、正多は少し引き気味に答える。
「それで、その、伏見さん? 猫探しを手伝ってくれるんですよね」
続けて史家が訊ねた。
「もちろん。さぁ、さっそく探しますよ。私が居れば百人力です!」
「それは心強いですけど、何か方法とかを知ってたりするんですか?」
「あれ、シュミットさんから聞いてないんですか? 探し物は本職ですよ」
キョトンとしている二人を見て、伏見は頭の後ろを掻くようなしぐさを取った。
「あっれ、聞いてないんですか? 私、探偵なんです」
「たんてい?」
「タンテイ……って、探偵⁉ 本物⁉」
「偽物の探偵なんていますかね。あ、でも私、まだ殺人事件とか、そういうのは解決したことないですね。うーん、探偵は何をして本物と呼べるのでしょうか……。大変です、解決すべき謎が増えてしまいました。ネットで調べてみましょうか」
「探偵……探偵!」
探偵の定義をデバイスで検索している伏見を無視して噛みしめるように呟く。史家は探偵に少しだけ憧れた時期があった。
そして、いま目の前にはミステリや、アクション、ハードボイルド物に出てきそうな〝いかにも〟な探偵そのままの人物が立っている。
そんなわけですっかり興奮していたのだ。
「あー伏見さん? シュミット先生とはどういうご関係なんですか?」
ふと気になって正多が訊ねる。偽物の探偵うんたらよりも、日本人の探偵とドイツ人の教師の関係性の方がよっぽど謎に思えた。
「私はシュミットさんの家に居候をしている身でして。探偵業を個人でやってるのですが仕事はボランティアみたいなのが多くて、伏見さん貧乏なんです。いやはや、お恥ずかしい」
伏見はてへへ、と苦笑い。
そんな様子を見て「すごい!」と史家が声を上げる。
正多が困惑していると、史家は「伏見さんのすごさが分からないのか」と聞いても居ないのに説明を始めた。
個人で小さく仕事をして、町の雑用をこなし、そして常に金欠。ホームズとかポアロは無理そうだけど、ライトノベルだったら十二分に出られそうな設定の数々だろうが……と史家は熱弁する。
「それって褒めてるの?」
「正多! つべこべ言ってないで動くぞ! なんでもやる部with探偵、出動だ!」
すっかり乗り気な史家に対して、相変わらず正多は困惑したままだった。
ともあれいざ猫探し……というタイミングで、今度は遠くから響いてくるサイレンの音に注意が向いた。音はだんだん大きくなって、公園の入り口で止まったのが分かる。
視線を向けてみれば、そこにはセダン車が一台停車していた。白を基調とした車体に側面には青紫、白、橙色、白、青紫、五本のカラーライン。橙色の上には白地の文字で『IPAS』と刻まれている。国連警察のパトカーだった。
ドアが開いて、中から二人組の制服警官が降りてくるのが見える。
正多と史家は厄介なことになったと顔を見合わせた。どう考えたって、この伏見という探偵が不審者として通報されたに違いない。
昨日、不審者扱いされた身からすると都合の悪い展開だった。
巻き沿いで注意されて、公園から追い出されてしまうかもしれない。そうなればチョコちゃん探しに大打撃だし、なんならまた彩里に怒られてしまう。
「どうする?」
「ここで逃げたら余計に怪しいよな……」
こそこそと会話していると、伏見は二人の肩をポンと叩いて、
「ま、ここは私に任せてください」
そう言うと、一人でパトカーの方に向かっていった。
伏見は警官たちと何やら会話を始める。揉め事でも起こさないだろうか、と二人がヒヤヒヤしながら見守っていると、一体どういうことやら、警官たちはおとなしくパトカーに戻っていくと、サイレンはおろか赤色灯まで消して去って行った。
「い、いったい、何したんです?」
恐る恐る正多が訊ねる。
「仕事柄、警察とは仲良くしているんです。コネですよ、コーネ」
戻ってきた伏見はにっこり笑顔で「これで万事解決ですね」とウィンク。
こうして警察に謎のコネを持つ探偵を仲間に加え、三人となった捜索隊。昨日のように子供たちの助力は得られないので、ここからの捜索には伏見さんの探偵パワーに期待するしかない。
とはいえ探偵だし、猫探しぐらい何度も経験があるのだろう。こうなれば余裕だな、なんて正多が軽口を言ってみると、あっさり「ないですよ」と返された。
「へ?」
「私、猫アレルギーなんですよね~。お仕事としても探し物はしますけど、生き物は探したことありません」
「えぇ……」
そこでシュミットの言っていた「役に立つかは保証できない」の意味に気が付いた。これでは探偵が一人増えても、総合戦力はあまり変わらなそうだった。