戦後世界のボーイミーツガール ~青春!探偵!ひとだすけ部!~   作:北極鳥ユキ

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Part16 散々な日

 部室に戻ってみるが、史家はまだ補習中のようだった。

 

 ひとりぼっちの部屋で、正多は史家のことを考えていた。

 史家……天才だか秀才だか、どっちでもいいが、只者ではないみたい。

 

 それは勝手な思い込み──というよりは期待だったが、史家は『持たざる者』だと思い込んでいた。

 

 だから、恵まれたあのグループのことを嫌っていたし、平凡同士の二人で青春をしようだとか言っていたのだと思っていた。でも、ぜんぜん違うじゃないか。

 

 なんだか裏切られたような気分になった。才能に恵まれていて、平凡とはぜんぜん違う。ふと、あの仁という男子生徒の言葉が思い返される。『アイツは見下してんだ』と。

 

 もしかして、俺のことも見下していたのか?

 

 ぶんぶんと大きく首をふった。もちろん史家がそんな奴じゃないことは知っている。

 ……いや、何を知っているんだ? まだ一か月にも満たない関係で、史家のことなんて何も知らないじゃないか。

 

 こういう時に一人でいると、どんどん考えてしまう。ああ、どうにもだめだ。黒い何かが背中から迫ってくるような感覚に陥る。

 

 正多は鞄を探って筆箱を出す。その直後、扉がバァンと勢いよく開いた。

 

「戻ったぞ!」

 

 室内に響いた史家の声にびっくりして、筆箱を投げ捨ててしまった。

 かちゃかちゃ、と軽い音を立てながら中身の文房具が床に散らかる。

 

「ん? なんだ正多。勉強か?」

「そ、そんなとこ」

 

 中身をばらまいた筆箱を慌てて拾い集めると、ぎこちない顔で答える。

 

「補習終わったのか。あんがい早かったな」

「いんや逃げてきた!」

 

 堂々と言ってのける史家の背中に、一つの影がすうっと現れる。

 その端麗な顔の右半部はいつも通り眼帯で隠れているのだが、その表情はいつもよりずっと分かりやすいものだった。

 

 めちゃくちゃ怒ってる。

 

「ここに居たかロクタチ……」

「ひっ!」

 

 脱走から一分と経たずに史家は連行されていった。

 

 一体今のは何だったんだ……と困惑しながら正多はその様子を見届ける。

 

 そうして正多はまた部室に一人になった。史家のことを考えるとなんだか気分が落ち込むので、今はロッテのことに集中しようと思考を切り替える。

 

 聞いた話をどう伝えるべきか。そして、ロッテと千崎ミソラという少女をどうやって接触させるか。普通にやったら彩里などから妨害されしまいそうだし何か考えておかないと……。

 

 思考を巡らせていると、ロッテからメッセージが届く。まだ学校にいるそうで、生徒会室で聞いた話を共有するためにも合流することにした。

 

 聞いた内容をどこまで話すべきかはまだ迷っているが、それでも探している女子の名前は分かったわけだし、そこはだけは伝えるべきだろう。

 

 考えながら階段を降りて、二階に差し掛かると廊下の奥に少女の後ろ姿が見えた。

 

 見間違えようもないぐらいに目立つ白い髪。あの実夜というギャルだ。

 

 特段気にするようなことでもないと思っていたが、実夜の隣にもう一人女子生徒が歩いていることに気が付いた。小柄な黒髪ショートボブの女の子……間違いなく、昼休みに二階で見かけたあの少女であり、おそらくは千崎ミソラだった。

 嫌な予感がして足を止める。西棟二階は放課後も人の寄り付かない場所だ。実夜はあの子を嫌っているらしいし、どう考えてもこのシチュエーションは良くない。

 

 階段の影に隠れて様子を伺っていると、二人して空き教室に入っていくのが見えた。

 実夜も、千崎とかいう少女のことも大して知らないし、クラス内の見えない空気感や、関係などもさっぱり分からない。だから、厄介ごとにかかわる必要なんてない。

 

 そう思っていたはずなのに、気が付くと足音を消しながら廊下を進んでいた。

 その動機は、ロッテの為にもっと情報を集めてやろうという下心からなのか。あるいは少女を窮地から救おうとする正義の心からなのか。

 

 多分前者だろうな、と正多は自嘲気味に思った。

 

「……どういうつもり?」

 

 聞き耳を立ててみると、まずは実夜の声がする。

 

「は? 急に呼び出しといてなに? 話が見えてこないんだけど」

 

 続けてもう一人の声。

 

「千崎、もしかしてロッテと仲良くなりたいわけ? そうじゃないなら、関わって来るのやめてくんない? 迷惑なんだけど」

「何様のつもり? なんで交友関係をアンタに握られないといけないの。私が誰と関わろうと関係ないし、そもそも私は水を買ってあげただけなんだけど?」

「あんね、ロッテは”ウチらの”友達なの。悪い噂の絶えない千崎と関わると、ロッテまで変な噂が立つかもしれないでしょ」

「はいはい、そうですか。だからなに?」

「だから何って……あんまりナメてると──」

 

 がたん、と強い音がする。音だけでは詳細こそ分からないが、一触即発の状態だった。

 

「はぁ、アンタ、成績はいいけどバカなのね」

「は?」

「脅すんなら、もっと人気無いとこですべきじゃない? この話、全部聞かれてる……かもね。そうだったら、一緒に居て立場を悪くするのは、むしろアンタの方じゃない? いじめっ子の友達なんて、今日人気無いでしょうに」

 

 バレた──教室内からはドタドタと足音がする。正多は姿を見られる前に走って逃げようとしたが、焦り過ぎてその場でずっこけてしまった。

 起き上がるよりも先にがららっと空き教室の扉が開き、実夜が飛び出してくる。

 

 そして、目が合った。

 

「あ、転校生」

「いやその、これは……」

 

 見事に間抜けな姿を見られつつ、なんて言い訳しようかと考えていた。しかし、正多の口よりも先に、実夜の腕が動き、胸倉を力強く掴まれた。

 

「これが誰にも話しちゃいけないことぐらい、理解してるよね?」

「は、はい……」

 

 正多はコクコクと首を縦に振る。

 

 恫喝してくる実夜の背後では、音もなく立ち去る千崎ミソラの姿が見えた。

 目が合うと、彼女は申し訳なそうな顔を浮かべつつ「あとはよろしく」と言わんばかりに手を振って、静かに廊下を進んで行った。

 

「それと、くれぐれもロッテと千崎を近づけるようなマネしないで。ほんとはアンタと録達にだって近寄ってほしくないんだけど。まあ、今は許したげる。分かった?」

 

 それから何度か念押しされて、やっと解放された。

 

 間抜けな姿は見られるし──盗み聞きしたのは悪かったけど──恫喝もされるし、おまけに合流したロッテには「成果なし」と報告するしかなく、落胆させてしまった。

 

 まったく散々な日だった……。

 正多は肩を落としながら家に帰った。

 

 ***

 

 翌日、ひとだすけ部の部室には、大山と彩里の姿があった。

 

「実はひとだすけ部に用事があってね、今も大丈夫かな」

 

 大山はいつも通りの柔和な笑みを浮かべながら告げる。

 ひとたすけ部の部長であるはずの史家といえば相変わらず補習中なので、部室に居る正多が一人で対応することになった。

 

「彩里から聞いたよ。ひとだすけ部が迷子の猫を探し出したって。これってあれだよね、お悩み相談とか、困りごととかを依頼すると解決してくれるシステム」

「そういう感じでやってるかな。まだ探り探りって感じだけど」

「じゃあ早速だけど、依頼を一ついいかな。千崎ミソラさんについてなんだ」

 

 依頼の内容は例の『悪い噂』について、真偽を確かめてほしいという物だった。

 

「俺たちは一期生で、しかも人数だって多くないから、やっぱりみんな仲良くして欲しいんだ。そのうえで、あの噂は放っては置けない。それが誤解ならば、正さなければならない。もし仮に本当であるならば、それは止めなくてはならない。そうだろう?」

「生徒会は何もしないの?」

「本当ならそうしたいんだけどね、生徒会二人しかいないし、漫画みたいに強い権限は持ってないのに、仕事は有ると来た。一応、できることとして先生方に報告はしたんだけどね、プライバシーとか、個人情報を盾にそっちから情報が下りて来ることは無くって」

「それで、動きやすいひとだすけ部に真偽を確かめてもらおうと」

「そういうこと。頼めるかい?」

「史家に相談してみるけど、たぶん大丈夫だと思う」

「それは良かった」

 

 安心した顔で言うと、大山は彩里を連れ立って部室を後にする。

 二人の姿を見送っていると、僅かに話し声が聞こえてきた。

 

「界人がそういうことするの珍しいじゃん。丸一年も放っておいたのに」

「タイミングが無かっただけだよ」

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