戦後世界のボーイミーツガール ~青春!探偵!ひとだすけ部!~   作:北極鳥ユキ

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Part21 ことのはじまり

 琴似駅に着いた三人はそこで伏見と別れ、琴似循環バスに乗って帰路についた。

 

「ところでさ、この件って依頼人にはなんて話せばいいんだ? まさかミソラの正体を伝えるわけにはいかないよな」

「あーっ……。どうしよう、それ考えてなかったな……」

「そもそも依頼人って誰なんだ? ロッテちゃんじゃないんだろ?」

「えと、大山界人……」

「ああクソっ、それを早く言え‼ 上手いように使われた!」

 

 史家はそれからすぐにバスを降りたが、最後まで大山に対して散々文句を言っていた。

 残された二人はいつも登校に使っているバス停まで、少しの間一緒に揺られた。

 

「セータ君、少しお話してもいいかな」

 

 バスを降りるとロッテにそう引き留められる。

 二人はそのままバス停にあるベンチに腰を下ろした。

 人通りは少なく、辺りは夜の夜闇と静けさに包まれている。まばらなに並ぶ電灯の一つがバス停の上に灯っていて、二人のことを周辺よりも少しだけ明るく照らしていた。

 

「わたし……その、キミに色々隠し事してたんだ」

 

 ロッテは俯き加減で呟く。

 思い返せば、この一件は色々と分からないことだらけ、というのが正多の内心だった。

 唐突に少女を探して欲しいというロッテに言われ、少しするといつの間にかにロッテとミソラは仲良しになっていた。その間に何があったのか、さっぱり分からないままだ。

 始まりは、確かロッテが昼休み中に教室を飛び出したあの日だ。

 その疑問に答えるように、ロッテはあの日のことを話し始めた。

 

 ***

 

 昼休み、気が付くと教室を飛び出していた。

 こんな姿は誰にも見られたくなかったので、人のいない二階の女子トイレに入った。

 

「うぇ……」

 

 洗面台に顔を突っ込んでえずく。吐きそうなほどに気分が悪いのに、胃の中からは何も出ない。目元に溜まった涙が落ちて、滴り落ちる唾液と混じり合う。

 

「ぅう……」

 

 こうなってしまった原因は高野彩里のお弁当に入っていたハンバーグだった。

 彼女は優しいから、それを分けようとしてくれたのだ。

 けれど、その臭いがダメだった。

 わたしはローストした肉類を食べることができない。その臭いを嗅ぐと、ひどい吐き気に襲われるのだ。

 お箸を近づけられて、思わず手ではらってしまった。

 食べ物を粗末にして、いまごろ怒っているに違いない。

 

 突っ伏しながら、自己嫌悪に陥る。

 

 こんなことなら、始めに菜食主義とでも言っておけばよかった。ランチボックスの中にハムサンドなんで入れておくんじゃなかった。ファミレスで臭いを我慢すべきじゃなかった。

 

 いや、そもそも初めに言っておくべきだったのに隠したりするから……。

 

 ちかちかとあの日の記憶が巡る。

 フラッシュバック。

 

 銃声と怒号。立ち上る煙。黒い塊。血だまり。

 硝煙の臭い。肉と髪、人間の焼ける嫌な臭い。

 固まった黒い炭のようなものが、赤い炎の中から飛び出している。

 

 それが人体と認識しなければ一体どれだけ幸福だっただろうか。

 

 幼少に感じた恐怖が臭いとして鼻の奥にこびりついている。

 気分が悪くなる。唾液が嫌にしょっぱくて、胃の中がひっくり返りそうになる。

 さっさと楽になりたいのに、昼食を口に入れる前だったので何も出なかった。

 

「Hilf mir, ......meine Held」

「ねえ……大丈夫?」

 

 声を掛けられて顔を上げた。

 たぶん余程ひどい顔だったのだろう。入口のところに立っていた少女は信じられないといった感じの表情を浮かべると、弁解する間もなく早足で出ていってしまう。

 終わった……と思った。こんな子はきっと気味悪がられるに違いない。日本に来てから、友達を作りたい一心で色々と無理して取り繕ってきたけど、これまでかもしれない。

 そう落ち込んでいると、再び足音がして先ほどの少女が近づいて来た。

 

「これ、お水のんで。少しは楽になるから」

「へ……?」

 

 少女はペットボトルの蓋を開けて、差し出してくる。

 水を飲むと言われた通り少し楽になった。深呼吸をすると、だんだん臭いが抜けていくような気がする。おなかの奥にあった重い物がすっと軽くなっていく。

 

「つわり……じゃ、流石にないよね。生理?」

 

 少女は気まずそうに問いかけてくる。

 生理みたいに薬が効いてくれれば、まだ楽なのに。

 技術が進歩しても、人類は未だPTSDを克服はできていないのだ。

 

 わたしはぎこちない顔で首を横に振った。

 

 ***

 

「それでね、みっちゃん……ミソラちゃんと出会ったの」

 

 話を聞いて、ロッテの過去に触れた。

 それは余りにも唐突で、突飛で、突然で。なんと声をかけてよいのかもわからず、正多はただ呆然とすることしかできなかった。

 

「その後に偶然再会して、お礼も言えて、恩返しもできたの。そこから仲良くなって、今日はこうしてライブにも誘ってくれたんだ」

「じゃあ、あの件は解決したんだ」

「依頼しちゃってセータ君には迷惑かけたよね。ごめんなさい」

「いいや、俺なんて何にもできなかったし」

「……みっちゃんから聞いたよ。あの日、ミヨちゃんから口止めされてたって。本当はちゃんと依頼をこなしてくれてたんだよね」

 

 車のライトが二人を照らして、ロッテの顔に一瞬だけ影をかけた。

 

「黙っててごめん……」

「ううん。色々考えた末に黙っていたんだよね。みっちゃんも申し訳ないことしたって言っていたよ。『まさか本当に人がいるなんて思わなかった』って」

「あれブラフだったのか……」

「あとはその、嫌な気持ちになったかもしれないけど、ミヨちゃんのことは嫌いにならないで欲しいな。ちょっと強引な所はあるけど、いい子だから……」

「そのぐらいで嫌いになったりしないよ」

 

 その実、彼女のことは苦手になったので嘘だったが、正多はロッテに合わせるようにそう呟く。

 

「むしろさ、ロッテが実夜って子とか彩里とかに不審感を持たないかどうかの方が心配だった。二人とも──やり方は間違いだと思うけど──ロッテのことを想って行動してたから」

「セータ君は優しいよね」

 

 正多はロッテの言葉を素直に受け取ることが出来なかった。

 周りはみんな特別な何かを持っているのに、自分が持っているのは「優しい」だけだから。

 

 優しい、なんて誰にでもできることだ。

 ロッテがそういう感想を持つのは、偶然その役回りが回って来ただけの話。

 これが別の人間だって成立するのだ。

 

 本当はロッテみたいに。史家みたいに。千崎ミソラみたいに。

 代わりのない特別になりたいのに。

 

「まあ、俺にはそれぐらいしかできないから」

「『それぐらい』じゃないと思うな」

 

 自嘲気味に言うと、ロッテは短く、そして鋭く反論した。

 顔を上げるとその碧い瞳に射抜かれる。

 

「わたしは、セータ君の優しいところが好きだよ」

 

 平然とそういうことを言ってしまうのは、ずるい。

 

 それからしばらくの間、正多はロッテの顔を直視できなかった。

 目を合わせることも到底できそうにない。もしも、またあの綺麗な瞳に射抜かれたら、跳ねるような心臓のせいで感情が変になってしまうから。

 もちろん、その言葉に他意が無いのは分かっている。

 でも、その言葉は鋭く心に突き刺さった。簡単には抜けない程に深く心の奥に。

 

 平凡な日の夜が、正多の中では特別な思い出として永遠のものになったのだ。

 

「セータ君! また明日ね!」

 

 迎えが来るらしく、ロッテとは最寄りのコンビニで別れた。大きく手を振る姿を、煌々と灯る光が照らしている。この二人っきりの夜がずっと続けばいいのにと正多は思う。

 

「時よ止まれ」とはシェイクスピアの一節だっただろうか。

 

 いや、たぶんゲーテの方だったかもしれないが、どちらにせよ、今なら小難しい古典文学に込められた気持ちが少しだけ分かる気がする。

 

 夜道を歩きながら、正多はそんなことを考えていた。

 

 時よ止まれ……そして、その続きも。

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