戦後世界のボーイミーツガール ~青春!探偵!ひとだすけ部!~   作:北極鳥ユキ

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Part26 暗い想い

 そんなこんなしている内に、帰路に就く頃には夕暮れ空も色を濃くして薄暗くなっていた。

 

 正多とロッテは、学校から家の方に続く道を歩き続ける。

 二人は最初学校近くのバス停に向かったものの、次の便が来るまで時間が空いていたので、バスに乗らずに歩いて帰ることに決めたのだ。

 

「少し気になることがあるんだよね」

「どうしたの」

「うーん。なんていうか難しいんだけど……。どうしてシュミット先生はペンダントがわたしの大事な物だって分かったのかなって」

 

 ロッテはそんな小さな違和感が引っかかっているようだった。

 当然、正多にその真相が分かるわけもないが、彼女を悩ませたままにするのも忍びなかったので精一杯の推理を披露することにした。

 

「あのペンダントって琥珀でしょ。琥珀って宝石だし、だから分かったんじゃないかな。あるいは……そうだ。俺たちが必死に探してる物だから分かったのかも」

「なるほど!」

 

 ロッテはポンと手を叩く。

 正多の出した答えは、推理なんて言葉では大げさな、やや子供じみたレベルの物だったが、どうやらロッテは納得してくれたようだった。

 

 二人とも疲れていたので、会話のテンポはゆったりとしたものだった。

 しかし、正多はこんな時間が永遠に続けばいいのにと思っていた。二人っきりの会話。二人だけの帰り道。二人だけの時間。正多にとってそれは特別な意味を持っているのだ。

 

 歩幅を合わせるこの瞬間だけは、隣を歩くロッテが自分のものになったような気がした。

 

「今日はセータ君にいっぱい助けられちゃったね」

「俺は何もしてないよ」

 

 むしろ何もできなかったと正多は自虐的に言ってみる。

 それに対してロッテはぶん、と大きくかぶりを振って否定した。

 

「ペンダント探し……きっと一人だったら途中で挫けてたと思う。セータ君がそばに居てくれたからだよ」

 

 歩道の向いから学生の集団が歩いてきて、それを避けるために二人の体が近づく。少しの間、ぴたりと肩が触れ合い続け、さらさらとした金色の髪が正多の頬を撫でる。正多はそれを妙に意識してしまって、思わず、隣を歩く少女を見つめた。

 

 ロッテはいつも通りの顔をしていた。いつも通り綺麗な横顔。その綺麗な顔に目が離せなくなる。

 

 じっと見つめていると、ロッテは「どうしたの?」ときょとんとした顔で首をかしげた。

 

「あっ、いや。史家にどう英語を教えようかなって考えてた。ロッテは英語が得意なんだよね」

「ゲナウ! 日本語より得意だよ! セータ君にも教えてあげよっか」

「試験の時は任せた」

「任された!」

 

 ぽんと胸を張る。思わず視線が顔から下に、その女性らしい曲線の方に行って……すぐに目を逸らした。ひどい罪悪感が心にモヤをかけている。

 

「そういえばね、わたし、セータ君とシカ君のためにお礼を考えてて──」

 

 ロッテはその視線に気が付いていないようだった。

 正多も正多で、彼女の言葉は耳に入っていない。

 代わりに聞こえてくるのはすれ違った学生の「今の子、すっげぇ可愛かった」という声。

 

 それで、自尊心が満たされるのを感じた。俺はそんな可愛い女の子の隣を歩けているんだ、と。

 

 そして、そんな風に考えていた自分の思考に吐き気を覚えた。

 

 ロッテは何者でもない平凡な自分に、優越感を与えてくれる。

 ロッテの隣を歩くと、自分までもが特別な何かになったような気がする。平凡な自分が嫌いで、ロッテを利用して優越感に浸っている。噂の時もそうだった。隣にいる自分が、自意識過剰な友人Aでしかないことを自覚させられたような気がして、胸が苦しくなって。

 

「セータ君……ねぇ、セータ君。大丈夫?」

 

 心配そうに顔をのぞき込まれて、正多は自分の足が止まっていたことに気が付いた。

 

「もしかして疲れちゃった? ごめんね、校舎を行ったり来たりさせちゃったし……」

「あ、いや。なんでもないよ。大丈夫」

 

 やがて、いつも待ち合わせ場所に使っているバス停に着き、二人は別れた。

 

 アパートに繋がる路地に入ると、そこで少しの寂しさが正多の胸を襲った。ロッテといる時間は、何もかも夢のようだ。バス停で話した夜も、二人で帰る夕暮れの道も。

 

 もう少しだけ、もう少しだけ、彼女の傍に居たいと思ってしまう。

 

 もしも、今から声を掛けに行ったら、ロッテは驚くだろうか。

 もう少しだけ一緒に居たいといったら、ロッテはどんな反応をするだろうか。

 

 拒絶されるのは怖い。今の距離感が崩れてしまうのが怖い。

 でも、あと少しだけ……例えば、そう。英語を教えて欲しいとか、そういう理由をでっち上げてカフェかどこかで、軽い食事にでも誘うのはどうだろうか。

 

 正多は駆け足で通りに戻ると、バス停の付近から辺りを見渡す。

 すると、長いブロンドの髪が通りから枝分かれした路地に吸い込まれていくのが見えた。

 

「ロッテ!」

 

 少し距離が離れていたので、呼びかけてみても反応は無い。

 仕方ないのでその路地を目指してまた駆け足で向かう。

 

「ロッテ──」

 

 角を曲がって、再び呼びかけようとするが、今度は路地に入って来たSUVのモーター音によってかき消された。黒塗りのSUVは路地を歩いていたロッテのすぐ隣で停車する。

 

「Nabend, Lotte. Tut mir leid, dass du warten musstest. Hattest du heute Spaß in der Schule?」

 

 路地に若い男性の声が通り抜けた。

 

「Ja, natürlich, das hat Spaß gemacht」

 

 続けて、ロッテの声が響いた。

 

 何故か分からなかったが、その場面を見てはいけない、そして自分の姿を見られてはいけないような気がして、とっさに電柱の裏に隠れた。路地に響くのは日本語ではなく、おそらくはドイツ語。ロッテと運転手の男性は何か会話しているようだ。

 

 こっそりと様子を伺う。

 

 背の高い茶髪の男が運転席から降りてきていて、ロッテの頭を撫でているのが見えた。

 傍から見ても、ロッテと男性が親しい関係であることが分かる。距離感を見ても、それは明らかに家族のそれではないとすぐに分かった。

 

 分かってしまった。

 

 まるで心臓を鷲掴みにされた上に、がんがんと拳を叩きつけれてた時のような気分だった。体の奥をぞわりとした何かが通っていくのを感じるのだ。

 

 男はSUVの後部ドアを開けると、ロッテの手を取ってエスコートするように乗せる。

 ロッテは少し照れくさそうにしながらも、とても嬉しそうだった。

 

 あの顔も、あの瞳も。向けられているのは、あの男だ。

 それ以上は直視できず、気が付くと駆け出していた。

 

 やっぱり、優しいだけじゃ足りない。

 

 アパートに着くと、勢いそのままに自分の部屋に駆け込み、力なく扉に寄りかかった。

 

 ロッテを独り占めにしたい。優越感に浸りたい。

 

 どうしようもないぐらい気持ちの悪い感情が、体の奥底から溢れ出てくる。

 

 どれだけこの想いを募らせても、ロッテとの関係はやっぱりただの友達で、それ以上になることは平凡な自分にはあり得なくて、波木正多なんていう男があの美少女と釣り合わないことなど初めから分かっていて──。

 

 今にも叫び出しそうなぐらい、ごちゃごちゃとした感情が沈殿している。

 

 この感情は、恋と勘違いしてしまいそうで、けれども似ても似つかない程に醜い独占欲。どうしようもなく胸が苦しかった。久しぶりに感じる自己嫌悪。いや、いつも以上にひどい。苦しい。つらい。何物でもない自分に対する憎しみだけが、ふつふつと湧き上がる。どうして俺は、史家みたいに秀才じゃないんだ? どうして俺は、大山君みたいにカッコよくないんだ? どうして俺は、あの男みたいに……。

 

 筆箱を開けて、カッターナイフを取り出した。

 

 黄色くて細い安物のカッター。カチカチと音を立てて刃を出すと、腕を切った。

 深く息を吸うと、思考が落ち着いてきた。

 

 ああ、やってしまった。最近は止めていたのに、結局またやってしまった。

 せっかく跡が消えたばかりなのに。また俺は……。

 

 無気力感に襲われつつテレビをつけると、天気予報をやっていた。制服を脱ぎながら画面を眺める。北海道は春の兆し。明日以降、だんだん暖かくなってくるそうだ。

 

 夏服は腕が見えるから、嫌いなんだけどな。

 

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