戦後世界のボーイミーツガール ~青春!探偵!ひとだすけ部!~   作:北極鳥ユキ

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第Ⅳ話「邂逅」
Part27 邂逅Ⅰ


「おーきーてー。ね~起きてよ〜!」

 

 少女が、ベッドに横たわっているブロンド髪の男をその小さな両手で必死に揺する。体をぐわんぐわん揺さぶられた男は、眠気眼をこすりながら起き上がった。

 

「ん、おはよう……」

「お花畑行こ! やくそくしたでしょ?」

「あ、あぁ、そうだったな」

 

 男はベッドから起き上がるとクローゼットを開けて簡単に着替え始めた。

 

「ロゼとクルトも付いてくるか?」

「今日はおべんきょーの日なんだって」

「そうか。姉さん……エリザおばさんは?」

「ダイジなお話があるって、クラウスおじいちゃんのとこにいっちゃった」

 

 話を一通り聞き終わると、男はふわぁ……と大きなあくびをする。

 それを見た少女はふざけて、おなじようにふわぁと声を上げてみる。

 男はくすっと笑い、同じ髪色をした少女の頭を撫でた。

 

 男は着替え終えると、枕の下に置いてあった拳銃を取る。マガジンを差し込むとカシャリという音がした。前に銃を持っているときは近づいちゃダメ、と怒られたことがあったので、少女はそんな様子を少し離れて眺める。

 

 拳銃が腰のホルスターに入ると、満を持して両腕を伸ばす。

 

「はーやーくー」

 

 ぴょんぴょん飛び跳ねながら急かす。

 

「はいはい」

 

 男は少女を両手で優しく抱き上げた。

 

「よし、行こうかロッテ」

 

 ロッテは、男の、父と呼べる人の、その腕の中が暖かくって大好きだった。

 花畑は街外れにある古城の跡地にあった。

 その真ん中には大樹が一本あって、彼はいつもその下で見守っていた。あの日々がいつまでも続けばよかったのに……。

 

 暖かな朝の日差しが差し込む。まどろみに光が降りそそいで、記憶が真っ白に塗りつぶされる。

 花畑の奥にその姿が隠されてしまう。

 

 涙をぬぐって、瞼を開いた。

 

 ***

 

 放課後、帰路に就いたロッテは考え事をしながら一人で道を歩いていた。

 

 波木正多に『依頼』を出したのは二日前のことだ。偶然の出会いをしたあの少女の名前を調べて欲しいと頼んだのだ。

 

 当日中に、彼からは「成果なし」という結論を伝えられた。

 それは、あまりにも早すぎる回答だった。

 

 同じことは、高野彩里を頼った時にも起きていた。

 同じクラスにいる少女の名前を尋ねたのに、はぐらかされたのだ。一年も一緒にいて、まさか名前を知らないはずもないだろうに。

 

 自分とあの少女を繋げたくない思惑がある──ロッテはそういう結論に至っていた。

 だからこそ、しがらみの少ない転校生である波木正多を頼ったのだが、ダメだったらしい。彼は優しい人だからあえて嘘はつかないはずだ。だとすれば、外的な要因があったとしか思えない。例えば、誰かから口止めをされたとか……。

 

 そんなことを考えながら、ロッテは人通りの少ない路地に入った。

 迎えの車と合流するの際は、こういう人目に付かない場所をいつも選んでいるのだ。連絡を入れてから少しの間待っていると、黒塗りのSUVが路地に入ってくる。

 

 運転席のドアウィンドがすっと下がり、フェリクス・イェシュケが顔を出す。

 イェシュケは二十代後半の男で、もしも平和な時代に生まれていたらモデルか俳優になっていたであろう、甘い顔立ちをしていた。

 

 ロッテは常々、彼は軍人にしておくにはもったいないぐらいハンサムな伊達男だと思っていた。

 護衛なんてやらせず、車のコマーシャルにでも出したら女性向けの売り上げが相当上がるだろうに。まったくもったいないことをしている。

 

「やあロッテ、今日の学校はどうだった?」

「うん! 楽しかったよ」

 

 イェシュケは運転席から降りると、ぽんぽんと軽く頭を撫でる。そして、「どうぞ、お姫様」なんて冗談めかしく言いながら、イェシュケはリムジンの運転手みたいに後部座席のドアを開けると、手を差し出してきた。

 

 彼は毎回こうやってエスコートしてくれる。仕事はあくまでも送迎と警護なので別にそこまでしなくてもいいのに……なんて思ってしまうけど、満更でもないので指摘はしなかった。

 

「失礼。シャルロッテさん、ですね」

 

 足をかけて車に乗り込もうとした矢先、背中から声がする。

 ドイツ語の知らない声だった。

 

 ロッテが振り返ると、そこには一人の青年が立っていた。三つ編みにした後ろ髪が特徴的な栗毛のヨーロッパ人で、年齢は自分と大して変わらないぐらい若く見える。

 

「どちら様ですか」

 

 イェシュケが切り出し、警戒した面持ちでロッテと青年の間に入った。

 

「あなたには関係ない」

 

 青年はまるで名刺でも取り出すみたいに、すっと、ごく自然な動作で懐から消音機の付いた拳銃を取り出して銃口を向けた。そして、ぱしゅん、と鈍い音がして、イェシュケの体が崩れる。

 

 その動作は余りにも早く、滑らかで、予想外で。一瞬の後れを取ったイェシュケは腰のホルスターに指をかけたまま、ずるりと車体に倒れ込んでいた。

 

 ロッテが身をこわばらせていると、青年は淡々と名乗り出した。

 

「俺は『欧州解放戦線』の指導者アダム=ユリウス。非礼を許して欲しい。だが、貴女に話があるんだ。ノイマンの令嬢、シャルロッテ・ノイマン」

 

 ***

 

 夕暮れの住宅地。平穏な日常を、サイレンが切り裂いた。

 

 救急車とパトカーの赤い蛍光灯が周囲をまばゆく照らす。

 ガチャリと担架の音がして、寝かされたイェシュケが運ばれる。彼が自分で言うには撃たれたのは脚で、致命傷になる位置では無いそうだった。

 

「俺は大丈夫だ」

 

 救急車の中に消える前、そんな声が聞こえた。

 

 警官に囲まれていたロッテは迎えの車が着次第、この場を離れることになった。それまでは、急行してきたIPAS警備部の警官隊が自動小銃(アサルトライフル)を構えながら、周囲を厳重に守っている。

 

 少しして、黒いワゴン車とセダン車がホログラムの非常線を抜けた。停車したワゴン車の中から降りてきたのは、武装した覆面姿(バラクラバ)の男たち。ノイマン・アジア警備部の職員たちだ。

 

 民間企業の警備員にしては明らかに重武装すぎるが、その実のところ警備部は戦後に解体されたミュンヘン共和国軍の後継組織である。

 そんなわけで、彼らは全員が元共和国軍人だし、装備する軍用ベスト、自動小銃、そして全身型(フル・ボディ)の軍用強化外骨格(エクソスケルトン)に至るまで、なにもかも共和国軍時代と同じ製品だった。

 

 ノイマンは一般的に自動車メーカーとして知られているが、実際には軍事産業で成長を遂げてきた会社だ。強化外骨格は元より自動小銃からミサイル、電子兵器まで、大戦末期には南ドイツで供給されている武器の三分の一はノイマン製だった。

 

 ノイマン警備部が共和国軍の後継組織であるように、IPAS警備部もまた欧州連邦軍の軽歩兵部隊を母体にしていた。戦後の軍縮期という世情の中で敵対組織は似たような再編を遂げていたのだ。

 

 ミュンヘン共和国と欧州連邦はさんざん戦争をしていた仲である。そんな両者が揃っているわけで、周囲の空気はより一層と重く、緊張したものになった。

 

「お嬢様。社長がお待ちです」

 

 警官たちを強引に押しのけた警備員たちは、警戒体制のままロッテを囲み、セダンの後部座席に乗り込ませた。

 

「災難だったな。しかし、白昼堂々とはELFの連中も大胆なことをするものだ」

 

 ロッテが乗り込むなり、後部座席に座っていたノエル・ラサ―ルが口を開いた。

 

 ノエル・ラサール……ノイマン・アジア社の最高経営責任者にして、ノイマン重工会長ミヒャエルの一人娘であるシャルロッテ・ノイマン=ブラウンの後見人。

 

 彼はいつも通りの、神経質そうな面持ちだった。

 

 セダンは加速して現場を離れる。周囲には野次馬が集まりつつあったが、スモークガラスに隠された少女の存在に気が付く者はいなかった。

 

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