戦後世界のボーイミーツガール ~青春!探偵!ひとだすけ部!~   作:北極鳥ユキ

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第Ⅵ話「Sein oder Nichtsein」
Part35 モエレ沼へ


 晴天の空の下、二人の青年が住宅地を駆け抜ける。

 

 ミソラが空港という移動手段を漏らしたことで、目的地だけは決まっていた。

 この状況でわざわざ国連都市から出るとは思えない。そして、市内にある空港は一つだけ。丘珠地区にある札幌国際空港だ。

 

「で、史家はどうやって空港まで行くか考えてる? 確か……遠いんだろ?」

「空港は……まあ、遠いな。徒歩じゃ無理だ。とりあえず通りに出てタクシーを捕まえよう。バスよりずっと早い」

「そこまで行ける金あるのか? 空港までいくらかかるかな……」

「先に言っとくが、俺は貧乏だ」

 

 とりあえず大きな道路に出るために全速力で走った。早くしないと、飛行機が出てしまうかもしれない。何時の便かは知らないけど、とにかく早いに越したことは無い。

 

「ちょっと! 待ちなさいって!」

 

 あと、追いかけてくる怖い人(ミソラ)から逃げるためにも急がないと。

 琴似区の南側を横に貫くように通っている道道124号はこの辺りでは一番大きな幹線道路だ。そこまで出れば、アプリを使ってタクシーを拾う。お金は……行けるところまで行って、あとはバスと徒歩になるかも。と考えながら走っていると信号に捕まる。

 

 早くしてくれ、なんて焦っていると二人の肩ががっちりと掴まれた。

 

「さっきから待てって言ってるでしょうが!」

 

 ミソラは予想以上に足が速く、そのうえスタミナもあった。

 二人ともミソラは運動とかは苦手なタイプだと勝手に思い込んでいたが、よくよく考えたら歌って踊れるアイドルとかいう、体力をめちゃくちゃ使う職種をこなしている人間だった。

 

「クソっ捕まった!」

「ぜー、はー、とにかく話を聞きなさい!」

 

 息を絶え絶えにしているミソラは二人の肩にぎりりと力が込めて静止させる。

 

「あてててててっ」

「わ、わかった! わかったから! 聞くから! 痛くしないで!」

 

 正多と史家はそれぞれ弱音を上げて降伏した。

 

「いい、聞いて。もう止めたりしない。でも、条件がある」

「「え?」」

「私も連れてって」

 

 やっとの思いで有人のタクシーを拾うと、三人で乗り込んだ。

 

「札幌国際空港までお願いします」

 

 ミソラが運転手に声をかける。正多が前に座り、残り二人は後ろに座った。

 

「いいのか、俺らそこまでの運賃は……」

 

 琴似地区から空港のある丘珠地区まではかなり距離がある。軽く片道五、六千円以上はかかりそうだ。当然、そんな手持ちのない史家が不安がって言うと、ミソラが一蹴する。

 

「私が出すから。アイドルの財力舐めないで」

 

 タクシーは空港を目指して出発した。

 

 ***

 

 琴似駅を北に超えた頃、正多のデバイスが震えだした。

 同時に、史家のデバイスも震えだす。

 

「伏見さんからだ」と史家。

「俺はシュミット先生だ……」

 

 どうする、と顔を見合わせる。

 

 十中八九怒っているだろうけど、もしかしたらロッテに関するいい情報かもしれない。その可能性を捨てきれない以上は、着拒するわけにはいかなかった。

 少し話し合って、二人して電話をふさがれるのはまずいという考えに至ったので、伏見の着信には出ず、正多がシュミットの方にだけ出ることにした。

 

「も、もしもし……」

 

 正多は恐る恐るデバイスに耳を傾けた。

 

《どこにいる!》

 

 それは、あの落ち着いた雰囲気のシュミットとは到底信じられないような、気迫のある声だった。感情を露わにした声を初めて聞いて、本能的に体がビクっと震える。

 

「え、えーと」

《キミたちがロッテに会いに行こうとしていることぐらい分かっている。よすんだ、やめろ。怒らないから早く帰ってきなさい》

「な、なんでですか?」

《別れの挨拶がしたいなら、あとで電話でもすればいいじゃないか。遅くても明日にはヨーロッパについてるはずだ》

「そ、そうじゃないんです。直接会って話したいんです」

《もう出発するころだ。どのみち間に合わない。飛行機は止められないだろう》

《……ねえ! なんで私の方には出てくれないんですか! 史家くん着拒してるんですけど!》

《割り込むな伏見。今は僕が話してるんだ》

 

 電話の向こうからは伏見の声も聞こえてくる。どうやら、向こうの二人は一緒にいるようだ。

 

「あー、なんか、電波がー、わーるーいー」

 

 正多はわざとらしく言うと、通話を切って電源も切った。

 

「特に新しい情報はないみたいだ」

「そのようね」とミソラが呆れたようにつぶやく。「って、録達?」

 

 ふと、ミソラは隣に座っている史家がデバイスの画面を食い入るように見ていることに気が付く。その声で正多も体を捻らせ後部座席を覗いた。

 

「何してるんだ?」

「あ、いや……その、メールが届いてたんだが……」

 

 史家は驚いているのか困惑しているのか、なんとも微妙な表情を浮かべながら、デバイスの画面を二人に見せた。

 

 ***

 

 差出人:不明 アドレス: [email protected]

 件名:【シャルロッテは空港には居ない】

 君たちが追いかけているシャルロッテ・ブラウンは既に誘拐された。

 アダム=ユリウスは、少女を連れて逃亡している。

 現在、その身柄を巡って、アダム=ユリウスとノイマン社の間で戦闘が起きている。

 国連警察は被害を拡大させないために、空港までの主要な道を封鎖した。

 すぐに進路を変えモエレ沼公園に向え。そこに彼女がいる。

 いま助け出せるのは君たちだけだ。

 添付ファイルに、防犯カメラの画像と、シャルロッテの正確な座標を送る。

 

 ***

 

 それはまるで、史家──と一緒にいる二人──に対してヒントを与えるようなメールだった。しかし、意味が分からない。なぜ、史家がロッテを追いかけていることを知っているのか。そして、後援者などいない孤立無援の三人になぜこんなメールが送られてくるのか。

 

「……なんだ、これ。いったい誰から?」

 

 正多の疑問に、史家はわからん、と首を振る。

 差出人のアドレスは彼の全く知らないものだった。正体不明のメールは妖しさ満点で、もはや不気味さすら感じるが、すがるような思いで史家は添付ファイルを開くことに決めた。なにせ、メールの内容が本当なら、ロッテの危機なのだ。

 

 一つ目の添付ファイルを開くと、自動的に地図アプリが起動し、北緯43度07分、東経141度25分の位置にピンを指した。そこはモエレ沼公園の存在する場所だった。

 

 メールの内容によれば、そこにロッテが居るというが……。

 

「これ、本当なの? アダム=ユリウス? 何がどういうこと?」

 

 ミソラの言葉に、史家がわかんないって、と答えながら二つ目の添付ファイルを開く。

 中身は画像ファイルだった。どこかの防犯カメラの映像を切り取ったスクリーンショットのような感じで、少し遠いところに二人の男女が見える。画像の解像度は高く、雰囲気から一人がロッテらしき人相であることが分かる。もう一人の方は、見知らぬ青年だった。

 

 画像の中で示されている記録用の日付と時刻はほんの数分前を指している。

 

「ロッテの言うテロリストっていうのが、アダム=ユリウス……なのか?」

「四年前に死んだはずよ。そのぐらい知ってるでしょ?」

 

 歴史上の人物の名前が突然に出てきたので、なんとも現実感が無い。

 男女二人の背景にはモエレ沼の有名な建造物であるガラスのピラミッドが見えた。その画像を見る限りでは、確かにロッテが本当にモエレ沼公園にいるように見える。

 

「まあ、たしかに、それっぽいけど……」

 

 画像を凝視しながらミソラが呟く。

 まだ加工された偽物(フェイク)画像と言う可能性も捨てきれないが、その場合だとわざわざ送り付けてモエレ沼に誘導しようとする意図が分からない。仮に本物だったとして、今度は画像の入手経路に疑問が生まれる。

 

 とにかく、答えの分からない疑問ばかりが生まれるメールだった。

 

「なんで急に俺だけにこんなメールが?」

「もしかして、先生や伏見さんの妨害工作かも。空港に活かせないようにするための」

「いや、でもメールが届いたのは正多が電話してる時だったし、わざわざこんな回りくどい手を使うか?」

 

 メールの真偽について話し合っていると「ちょっといいですか」と運転手が口を開いた。

 

「この先のインターチェンジが使えないようだ」

「交通規制ですか?」

「どうも事故が起こったみたいでね」

 

 タクシーは新川インターチェンジから、札幌自動車道に乗るというところだった。

 ICに近づくにつれて、渋滞がひどくなっている。運転手はハンドルを切ると細道に入った。

 

「少し先の札幌北ICを目指すよ」

「待ってください……そっちもダメ見たいです」

 

 ミソラがデバイスで交通情報を見ながら運転手に告げる。

 運転手は備え付けのパネルで交通情報を確認する。最新の情報によれば琴似区に近い新川IC、札幌北IC、そして空港に近い伏古ICまでの区間が全て通行不可になってた。

 

「メールに、国連警察が空港までの道を封鎖してるってあったよな」

 

 閃いたように史家が呟く。

 

「じゃあ、あんたはメールに信憑性があると言いたいの?」

「可能性は捨てきれないってことだ。進路を空港からモエレ沼に変えるか?」

「でもモエレ沼公園なんて観光地よ?」

「いや、そういう訳でもないらしい」

 

 正多が後部座席のミソラにデバイスの画面を見せる。モエレ沼公園のホームページによれば、モエレ沼公園は改装工事中につき現在は営業していないのだという。

 

「メールの真偽はともかくとして、空港とモエレ沼はそれなりに距離があるわ。もしも間違った方に向かったら、ロッテには会えないかも」

「運転手さん、ここから近いのはどっちですか?」と正多。

「モエレ沼の方だよ」

「じゃあ、そっちを目指してください」

「ちょと、なに独断で決めてるの?」

 

 ミソラから抗議の声が飛んできた。

 

「空港にロッテが居れば、メールは嘘で安全ってことだ。帰国してしまっても……それならいい。でも、もしも、万が一にも、モエレ沼の方に居たら?」

 

 それはつまり、アダム=ユリウスと一緒にいるということになる。

 ロッテは今まさにテロリストに誘拐されていることになる。

 

「何よりも大事なのは、ロッテか安全かどうかを確かめることだ。そうだろ? もしそれで会えなくなったとしても、安全なら、俺はそれでいい……」

 

 正多の言葉に、二人は黙ったまま頷いて同意を示した。

 

「でもよ、もしもだぜ。もしも、モエレ沼にアダム=ユリウスが居るとする。俺らが、ロッテちゃんを助けに向かうとする。勝ち目あるのか?」

 

 それは全くもって正しい指摘だった。

 

 アダム=ユリウスが本物だったとすれば、欧州連邦の特殊部隊や、国連軍と渡り合ってきた伝説の傭兵と対峙することになる。偽物だったとしても、ノイマンや警察を出し抜いてロッテを誘拐できるような相手と戦うことになる。

 どちらにせよ、高校生では三人がかりでも勝ち目がないのは明白だった。

 

「警察に通報するのはどうだ?」と史家。

「この封鎖が警察の物だとしたら、警察はもう知っているじゃない?」

「でもモエレ沼にいるってことは知らないかも」

「通報しても信じてもらえるかどうか」

 

 正多は少し悩んで、

 

「そうだ。伏見さん。伏見さんに頼ろう」

 

 史家は首をかしげた。

 あの人は頼りがいで言えば、下から数えた方が早そうな人なのに。

 

「あの人、前に警察にコネがあるって言ってただろ? だから伏見さん経由で情報を警察に流すんだよ」

「ああ、なるほど。連絡とってみる」

 

 史家はデバイスを起動して、伏見にかけ直す。

 着信履歴のところには、とんでもない数の着信の跡が残されていた。

 

《史家くん! 無事ですか⁉》

「無事です。着拒してただけです」

《ちょっとぉ! 君も正多くんも連絡が取れないから心配したんですよ!》

「そんなことより伏見さん、今から大事な情報を伝えます。モエレ沼公園です。ロッテちゃんはそこにいる可能性が高いんです!」

《そんなことって……え、モエレ沼? なんで? 一体どういうことです?》

「匿名のメールが届いたんです。あとで画像も送ります。とにかく、警察に知り合いがいるんですよね? その人に伝えて、モエレ沼に警察を呼んでください。ロッテちゃんと、それと、アダム=ユリウスが居るんです!」

《は、はぁ? 今なんて言いました? アダムユリウス? いったい何を言って……》

「とにかく、俺たちもそこに向かいます。心配なら早く警察をよこしてください!」

 

 困惑する伏見をよそに、史家は一方的に通話を切った。

 

「これで後は警察が来てくれることを願うばかりだ。しっかし……あぁ。こんなことなら、もっと学校にテロリストが攻めてくるタイプの妄想をしておくべきだったな」

 

 史家はそうぼやきながら、自分の鞄を漁り出す。

 

「誰か、武器になりそうなもの持ってないか?」

「武器? 持ってるわけないでしょ」

「別に銃なんて言わないからさ、ハサミとかそういうのだよ」

「カッターなら持ってる」

 

 正多はカバンをガサゴソ漁って、筆入れの中から安物の細いカッターを取り出した。護身用ぐらいになら使えるかもしれないが、武器としては心もとない。

 

「私は……武器になりそうなのは、鍵とヘアスプレーぐらい」

「俺はこれだ。金属製のシャーペン。突き刺すだけなら、十分威力があるはずだ」

「頼りなさそうね」

「うるさいっ、鍵だって似たようなもんだ! ガラス瓶とガソリンがあれば、この場で火炎瓶ぐらい作ってやるんだけどな。このタクシー電動車だし……」

「さらっとすごいこと言うわね」

「……あ、そうだ。ミソラ、お前そのタイツの替えって持ってないか?」

 

 そう言って史家は穿いている厚手のタイツを引っ張る。

 ミソラは反射的に彼に掴みかかった。

 

「何すんの!」

「いでで。変な意味じゃないよ。で、替えは持ってないのか?」

「持ってない。これ厚手で破れにくいし」

「分かった。じゃあ脱いでくれ」

「はぁ⁉」

「そのタイツで武器を作るんだ! スリング、投石紐だよ!」

 

 ミソラは掴みかかったままに、どういうことなのと訊ねる。

 

「ダビデとゴリアテの話ぐらい知ってるだろ? あのスリングだよ。ほら紐を使って石を飛ばす奴。本当は麻紐を編み込むと簡単にできるんだが……流石に都合よく持ってないだろ」

「代わりにタイツを使うってわけ?」

「そうだ。両足分で長さがあるし、編み込めば強度も十分。弾になる石ころは、どこでも手に入る。簡易的な武器の中じゃ、お手軽かつ最強クラスだ」

「チャチャっと作るから早く脱いでくれ」

「ふざっけんな!」

「ふざけてない! ロッテちゃんのピンチにアイドルのプライドなんて関係あるか。分かったら、おとなしく脱いでくれ!」

「プライドの話なんてしてない! 正多も何とか言ってよ!」

「ミソラ……今は武器が必要なんだ。ロッテの為だと思って諦めてくれ」

 

 二人に頼み込まれたミソラは顔をしかめたが、最後には嫌々ながらに頷いた。

 

「見たら殺すからね」

 

 二人が目を背けると、ミソラは大きくため息をつきながらタイツを脱ぎ始めた。

 

「ほら、これでいい? 変なことに使ったら殺すからね」

「スリングに使うって言ってるだろ……。うわ、まだあったかい」

 

 ミソラは史家の持っていたシャーペンを奪い取ると、彼の首筋に突き付けた。

 

「死にたいみたいね」

「ひぃ! 冗談だって!」

「落ち着いて! 史家もふざけてないで早く作ってくれ!」

「分かってる分かってる。少し切るからカッター貸してくれ」

 

 数分後、後部座席では、ミソラのタイツが細切りにされ、編み込まれ、スリングが完成しつつあった。

 

「あー、えっと。もうすぐモエレ沼だよ」

 

 何が何だか分からず困惑していた運転手は、三人に気まずそうに声をかけた。

 もしも、ここにアダム=ユリウスとロッテが居れば、無事では帰れないだろう。

 そんな時、サイレンを鳴らすパトカーが速度を出して迫ってきた。

 

《こちらは、国連警察です。緊急走行中につき、中央車線を開けてください。中央車線を走行中の車両は、左車線に合流してください。繰り返します……》

 

 拡声器越しの大きな声が聞こえてくる。

 

「すごい速度だな。まったく、無茶しやがる」

 

 運転手はそう呟きながらウィンカーを出すと、車線を一つ左側に移す。

 四車線道路は空いていたので、三人が乗るタクシーを含めて走行中の全車両がスムーズに車線を移動できた。

 

 いささか早すぎるような気もするが、伏見が連絡を取ってくれたのだろうか。なんでもいいが、これで警察の助力を得ることができる。

 安堵の息が車内に漏れた。これで三人で傭兵に挑むという危険なシナリオは回避できたのだ。

 

 パトカーはタクシーを追い抜いて交差点に差し掛かる。その直後──右側の交差道路から二台の無人運搬トラックが突っ込んできた。

 

「うわっ!」

 

 目の前にトラックが現れて、正多と運転手が同時に叫ぶ。

 

 急ブレーキがかかって、体にシートベルトがめり込んだ。息ができなくなる。一瞬だけ死を覚悟したが、三人の乗るタクシーは十分すぎる余裕を持った距離で止まっていた。

 

 しかし、速度を出していたパトカーはそうではなかった。

 眼を開けると、すぐ前にはボンネットが潰れたパトカーが煙を吹きながらトラックの長い車体に突き刺さっている。

 三人が状況を整理する間もなく、後ろから新しいサイレンの音が響いて来る。またパトカーだ。二台目のパトカーは交差点に差し掛かるにつれて、襲撃を恐れたのかゆっくり速度を落とす。

 

 そして、次の瞬間、今度はパトカーの横っ腹に無人トラックが突っ込んだ。

 

 勢いよく衝突したパトカーは弾き飛ばされ、車体が宙を舞っていた。ぐるぐる回転した車体は火花を散らしながら地面を擦り、少し行ったところで上下逆さまの状態で止まった。

 

 呆然とした後、はっとして正多が声を上げた。

 

「……も、モエレ沼、モエレ沼だ。運転手さん、モエレ沼はどこです?」

「え、す、すぐそこだよ」

 

 無人トラックが信号を無視するなんて、普通はあり得ないことだった。仮に、一台なら暴走事故と言う可能性もあるが、パトカーだけが二台連続でトラックに突っ込まれるなど事故なら天文学的確率だ。

 

 これは明らかにパトカーを狙った「攻撃」だった。

 

 辺りの車は全て停車して、中からは次々と人が降りてくる。家や店からも人が集まって、消火器を使ったり、バールを使ったりして、警官の救出活動が始まろうとしていた。

 

「やっぱりモエレ沼だ! 伏見さんにもう一回電話を……」

 

 史家はデバイスを取り出す。

 

「って、なんだこりゃ。回線が途切れてる?」

 

 史家の声に反応して、正多、ミソラもデバイスを見る。

 

 デバイスの通信状況を示すアンテナマークには×が描かれ、電波が届かない状態であることを示していた。タクシーに備え付けられたパネルも同じように、自車の位置情報が掴めない状態。

 電話、ネット、地上位置サービス、そしてワイヤレス給電まで、無線を使う機器は全滅状態だった。

 

 正多はふと、カルロス・アヴリルの出演していたテレビ番組を思い出した。

 確か、ラティスボナで反乱を起こした傭兵は、電子妨害(ジャミング)戦術を巧妙に使って規模で勝る国連軍と戦ったはず。レーダーや無線なんかを使用不能にして敵を混乱させたのだ。

 

「モエレ沼に向かった警察が攻撃されて、このエリアに電波妨害か何かまでされている。やっぱりロッテはあそこにいるんだ。二人とも、ここからは歩いて行こう」

「おう、合点!」

「ちょ、ちょっと待って! またトラックが突っ込んでくるかも」

「だとしても、目の前にロッテがいるかもしれないんだ」

 

 正多はその可能性がもちろん怖かったが、ドアを開けて外に出た。

 

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