戦後世界のボーイミーツガール ~青春!探偵!ひとだすけ部!~ 作:北極鳥ユキ
春の訪れ
【国連管理都市・札幌──2052年5月】
国連警察からの事情聴取や、事後の調整が全て終わったころには、五月に入っていた。大型連休は全部それで潰れてしまって休む暇もなかった。
この一件は全て闇に葬られた。モエレ沼での一件は警察の訓練ということになり、無人トラックに飛ばされたパトカーは訓練中の事故として処理された。こんな工作ができたのは、死者が一人も出なかったからだ。負傷者十一名、重傷者三名を出したが全員が全治半年以内だったという。
アダム=ユリウスを名乗る青年は混乱に乗じて行方をくらませた。国連警察は『自称アダム=ユリウス』として、今も捜索を続けているが、どこかに潜伏しているのか、あるいはもう国外に逃亡したのか、それすらも分からない。
そもそも、どうやって札幌に入って来たのか? 協力者はいるのか? あの無人トラックによる攻撃はどうやったのか? 史家に送られたメールの正体は? 残された謎はまだ多い。
そのどれ一つとして、すぐに全容が明らかになるような規模でない。そして、全てが終わった今では、それらを急いで考える必要もない。
どの道、平凡な高校生は、事件の真相を全て知ることなどできないのだ。
しかし、確かに大切な物を守り抜いた。
今はそれ以上に何かを求める必要なんてない。
そうして、日常が戻ってくる。
***
「五月になった! さあ正多、もっと青春するぞ!」
「いやいや、俺たちこの一件でかなり青春しただろ。ロッテを助けに行くとか、だいぶ青春っぽい活動だったと思うけど」
「それなんだけどさ、なんていうか、今回の件は青春のレベルを外れてないか? 普通、高校生の青春っていったら、もっとミニマムな題材ですべきことだろう」
「はぁ……?」
「だってさ、アレはもう青春ってよりは、スペクタクルの類じゃん。学園物ってよりはアクション映画って感じ? 傭兵とか、テロ組織とか、国連とか、ノイマンとか、高校生には手が負えない題材だし、青春感が薄いっていうか、要素がオーバーフローしてるっていうか」
「何言ってるのか全然わかんないんだけど」
「だからさ、アレはノーカンで、もっとこう、青春部活物っぽいことがしたいワケよ!」
正多が呆れていると部室の扉がガガガと音を立てて開く。
姿を見せたのは、ロッテとミソラだ。
「これ建付け悪いわね。取り替えてもらったら?」
「まあまあ、みっちゃん。これもアジがあるってやつだよ」
「おっ来たな二人とも。アレは書いたか?」
史家の声に「もちろん」と、二人は書類を見せて答える。
それは入部届だった。同じように正多も鞄の中から入部届を取り出す。この一か月、史家と共に部活動をやってきたが、実は彼も書類上まだ部員ではなかったのだ。
四人の集合から少し遅れて、シュミットもやってきた。
「これで部員が四人に増えるのか。まったく、急に大所帯だ」
面倒くさそうに言うと、三人の入部届を確認し始めた。
用紙にはフルネームとサインが書かれている。一枚目、シャルロッテ・ノイマン・ブラウン。二枚目、千崎ミソラ。三枚目、波木正多。四枚目……ん、四枚目? シュミットは首をかしげる。よくよく見てみると、それは『部活動名変更届』なる物だった。
そういえば「ひとだすけ部」という名前は史家による勝手な自称だったな、とシュミットは思い出す。特に問題もないので、書類は全て受け取った。
「そういえば、伏見がキミたちに人助けの手伝いをして欲しいと言っていた。暇なら会いに行ってやってくれ。ついでに飯ぐらい奢ってもらうといい」
「奢り!? やったぁ!」
史家が真っ先に食いつく。
「俺さ、ファミレスに行きたかったんだ。二人、いや三人の入部記念パーティーもかねて、みんなで行こうぜ!」
「入部記念パーティーを奢らせるとか中々図太いわね」
新入部員のミソラはそう言いつつも、ファミレスで食事をすることについては同意する。
「いや……。その、別の場所じゃダメか?」
このままいくと場所がファミレスになりそうだったので、正多がやんわりと口を挟んだ。
彼はロッテが焼いた肉類の臭いを大の苦手としていることを、ちゃんと覚えていた。当然ながらファミレスにはそういう匂いが付き物だ。
せっかく楽しい場なのだから、ロッテに無理とか、辛い思いはさせたくない。
「ファミレス以外の……そうだな、例えばカフェとか……」
「セータ君」
いつの間にか隣に来ていたロッテが小さな声で囁いた。
「わたしは大丈夫だよ」
「でも……」
「わたしもファミレスに行きたいな!」
ロッテは微笑んでから、周りに聞こえるようわざとらしく大きな声量で言った。
本人にそう言われてしまっては仕方なく、正多も渋々といった感じで同意する。
「ようし、決まりだな。では『伏見さんに奢られ大作戦』の開始だ! ひとだすけ部、出動!」
史家は意気揚々と宣言すると部室から飛び出していく。
その勢いにすっかり置いていかれた三人は少し間を開けてから、慌ててその後を追った。
「ちょっと録達! 待ちなさいってば!」
学校を出ると、敷地沿いを進む史家の後ろ姿が見える。どのファミレスに行くかも、まして伏見との合流地点すらも決まっていないので、彼を止めるべくミソラがその後を追いかけている。
正多とロッテはそんな様子を眺めながら、ゆっくりと歩いていた。
「本当によかったの?」
「うん。いつか克服しなくちゃいけなかったのに、ずっと先延ばしにしてきた。きっと、今がその時なんだと思う。みんなが……セータ君が、隣に居てくれるから、わたしは大丈夫」
ロッテが体を寄せてきて肩が触れ合う。彼女は真っ直ぐ前を見ている。俯き加減の横顔は相変わらずとても綺麗だ。
指先が僅かに重なると微かに震えていることに気が付いて、小指を伝ってその手を取る。
握り返されて、繊細な指が絡まった。その指先からじんわりと体温が伝わってくる。
それは、大切な人を確かに守り抜いた証明だった。
これから先も、こういうことがあるのだろうか。
少しの不安がよぎる。
しかし、正多は彼女の手を握ることで決意を新たにした。
この手が離れてしまわぬよう、これからも大切な人の隣に居続ける……。
桃色の花びらが二人の下にひらりと落ちた。
始業式の日、敷地沿いに並んでいた冬枯れの木々たちは、今や色鮮やかに花を付け、眼前に満開の桜として広がっている。
遅まきの春が、北海道にやってきたのだ。
暖かい春風が吹き、二人の頬を撫でていった。