戦後世界のボーイミーツガール ~青春!探偵!ひとだすけ部!~   作:北極鳥ユキ

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Part7 空っぽの部室にて

 朝こそ特別な日だったが、二日目の学校は代わり映えのしない、普通の平日だった。

 

 授業も今日からは平常運転だ。といっても、桜鳥の授業カリキュラムは道内の難関校と共通だったので、正多からすると平常運転のスピードがかなり速く感じる。

 特に『世界史C』のような内容が一年生から継続している授業は、前の高校よりもだいぶ進んでいたので追いつくだけでも一苦労。気が付けば放課後になっていた。

 

「美少女と一緒に登校できるラッキーモテ男くん。俺にはそんなチャンスが一生なさそうなのですごく嫉妬しているが、それはともかく今日は部室を案内しよう」

 

 史家は今朝からずっとこんな感じだった。まあ、逆の立場だったら同じことを思っていそうなので、口に出して文句を言える立場ではない。

 正多はとりあえず、「前置きが長いな」とそれだけ言っておく。

 

「ええいうるさい! とにかく部室にいくぞ!」

 

 史家は有無を言わさぬままに、正多を部室に連れて行った。部室は、二年生の教室からそのまま上がった西棟の四階にある。四階の廊下はしんと静まり返っていて、微かに聞こえてくるのは階段の下から響いてくる二年生の話声だけだった。

 

「えーっと、これが部室?」

 

 部室の中を覗いてみるが、その光景に呆然としてしまった。

 二年生が授業を受けている教室と同じ三、四十人程度が入れる大きさだが、室内に椅子や机は無く、電子黒板の代わりにホワイトボードが雑に置いてあるだけ。校内に沢山余っている他の空き教室たちと何ら変わらない空間だった。

 

 室内に入ってみるが、その足音は反響していた。音を遮る家具の類が一切ないので当たり前と言えば当たり前だ。

 

「設備が必要な部活でもないし。シンプルイズベストってわけだ」

 

 そう語る史家の声も室内で反響している。

 

「一応、使ってない椅子と机を借りられることにはなってる。あとは……まぁ、活動次第ってところだな。部活予算なんて無いに等しいし」

 

 正多が教室の真ん中で佇んでいると、トントンと部室の扉が軽く叩かれた。

 

「な、なんだ? もしや依頼人……!? こんなすぐ来るなんて、正多は幸運の招き猫か!」

 

 史家は機嫌よく言うと、意気揚々と扉を開く。

 

「はいはい! こちら、なんかする部(仮)ですよっ……と?」

 

 扉の前に立っていたのは、眼帯を右目にかけた女性、ヨハネス・シュミットだった。

 

 目の前に現れたシュミットの姿を見て、史家は少し鼻の下を伸ばしている。どうやら彼にとっては、可愛い系少女のロッテよりもクール系美人のシュミットの方が好みらしい。

 しかし、史家の悠長な態度も一瞬だった。目の前に立つシュミットの表情が、アンニュイとか、あるいはニヒルとでも言えそうな、なんとも底知れないものであることに気が付いたのだ。

 

 元々こんな感じの表情だったような気もするけど、近距離で見るとなんだか圧のようなものを感じる。灰色の瞳が浮かぶ左目に射抜かれた史家は、顔をじろじろ見すぎたかもと少し怖くなって、委縮したままに一歩だけ後ろに下がった。

 

「えっ、あー。ど、どうも……シュミット先生」

 

 現在のところ、ここ西棟の四階を使っているのは史家とシュミットだけだ。

 桜鳥高校の常任教師に与えられる教員待機室の内、彼女の部屋がこの近くにあるのだ。そのシュミットが部室に来たので、心当たりはないが、近所として何かしらの苦情に来たのでは……という結論に彼は脳内で至っていた。

 

「ここの部長、ロクタチを探しているんだが。どっちだい?」

 

 これはもう完全に怒られると思って、史家は身構える。

 

「あっはい、俺が部長です」

「今日はキミに挨拶をしに来たんだ。キミの部活……ええと、なんと言ったっけ。なんでも部?」

「はい、なんでもする部(仮)です」

「部活名変わってない?」と正多の指摘。

「まあ名前は何でもいいんだが、奈々先生に代わって僕が顧問になったんだ」

 

 予想外の展開についていけず、史家は口をぽかんと開ける。

 

「新人だけど、部員一人のここならと任せられてね。普段はすぐそこの待機室にいるから、何かあったら呼んでくれ。他に担当する部活はないから、気は使わなくていいよ」

 

 シュミットは右手を史家の方に差し出した。そこでふと、その手に焦茶色の革手袋をはいていることに気が付く。よくよく見れば、両手とも手袋だった。

 

 シュミットはその視線に気が付いたようで「右目と同じさ」と呟く。

 

「子供に見せられるほど、綺麗じゃなくってね」

 

 史家はそれに何と返して良いのか分からず、ぎこちなくその手を取って握手を交わした。

 

 軽い挨拶を終えるとシュミットは部室を後にする。

 それから少しの間、史家は口を開けたまま硬直したままの状態となり、しばらくしてやっと錆び付いた機械みたいにぎこちなく体を動かして正多の方に振り返る。

 

「まず、ブロンドの美少女と、部員になってくれそうな奴が転校してきただろ?」

 

 史家はまるで自分に自分で言い聞かせるような口調で言う。

 

「そんで次に、美人眼帯僕っこ女教師が俺の部活の顧問になっただろ?」

 

 メガネ越しに見える彼の瞳は、遠目でもわかるほどにキラキラと輝いていた。

 

「これってもしや、これはラノベの始まりなのでは!? もしかして、俺にもツキが回ってきたってことなのか!?」

 

 興奮している史家をよそに、正多は悩んでいた。『美人眼帯僕っこ女教師』という属性は──本人は素でやってそうだけど──流石にちょっと盛りすぎである、と指摘すべきかどうかを。

 

「奇跡……いや、運命だ、これは!」

 

 はしゃいでいる史家をよそに、正多はふと扉の方に立つ人影に気が付いた。

 

「ん? なあ、史家、扉のとこに誰か来てるぞ?」

「えっ?」

 

 史家が振り返ると、すぐ目の前にブロンドの美少女が立っていて思わず「うわっ!」と声を上げる。その声に驚いたロッテの方も「ひゃっ!」と声を上げた。

 

「わわわ、驚かせちゃった……?」

 

 ぴょんと跳ねて史家から距離を取った後、ロッテは申し訳なさそうに呟く。

 

「あっ、いや、すまん。こっちこそ大きな声だして驚かせた」

「えーっと、キミは……」

「俺は録達史家だ。史家でいい」

「シカ君だね。わたしはシャルロッテ。ロッテでいいよ!」

「よろしくな……えと、ロッテちゃん。それで、何か用か?」

「そういう訳じゃないんだけど、セータ君が上の階に行くところを見かけたから、どうしたのかなーって気になって」

 

 えへへ、と可愛らしい笑みを浮かべながら答える。

 史家は嫉妬心むき出しといった鬼の形相で、正多のことをギロっと睨む。すぐに元の顔に戻るとロッテに対しては優しい顔で『なんかする部(仮)』を紹介した。

 

「へー。マンガみたいな部活。それって……」

「ロッテちゃんが興味を持つような部活じゃなさそうだけど」

「ううん」ロッテは首を横にぶんぶんと振って、「すっごく面白そうだよ! あれだよね、猫とか犬を探してみたり、迷子を助けたり、お悩み相談を受けたりするアレだよね!」

「ま、まさか知っているのか⁉」

「もちろんだよ! わたしの一番好きなマンガがそういうストーリーなんだもん」

 

 二人はこの一瞬で意気投合したようだった。そういえば昨日ロッテが見せてきた漫画は部活動系の物語だったな、と思い出す。やっぱり二人は相性がよさそうだ。

 

「そうか、そうなのか! やっぱり──」

「あ、ロッテこんなとこに。って、正多に録達まで?」

 

 史家が嬉しそうに言おうとした矢先、更なる来客が遮るように声を上げた。

 

「あっ、サイリちゃん」

「げっ高野っ。何の用だ」

 

 史家はすごく嫌そうな顔で彩里の方に向き合うと、彼女が部室に入って来るのを阻止する。

 

「なにさ、そんなにツンケンしちゃって」

 

 彩里は肩をすくめつつ視線を転校生の二人組に向けて、いつも通りではあるんだけどね、と少し呆れたような顔を浮かべていた。

 

「用があるのはロッテだよ。サッカー部いかないの?」

「あっ、そうだった!」

 

 ロッテは自分がこれから彩里と一緒に男子サッカー部の体験に行くことを告げる。なんでもマネージャーの体験をするそうだ。

 

「サッカー部にはあたしも入ってるの。ごめんね、取っちゃうみたいになって」

 

 彩里は正多の方を向いて、ぱちりとウィンクしながら告げる。

 

「ところで、二人はここで何やってるの? なんか部活入ってたっけ」

 

 史家は嫌々な感じをにじみ出しつつ、彩里にも部活について話す。

 

「なんでもする部。それって何すんの」

「なんかする部(仮)な」

「史家だってさっき間違えてたよな」

「そこうるさい! 活動内容は……えっと、困ってる人を助けるとか」

 

 へぇ~っと、彩里は思ったよりも興味があるように返す。そして、何やら思考を巡らせた後に「いいこと思いついた!」という感じの表情を浮かべた。

 

「じゃあさ、あたし依頼していい?」

「高野が? なんか困ってるのか?」

「サッカー部の部員足りてなくて困ってるの。正多のこと貸してくれない?」

「断る! 出てけ! ほら!」

 

 史家は勢いよく彩里のことを追い散らす。

 その様子を見たロッテは彼女を追うように「またね~」と部室を後にした。

 

「ぐぬぬ。高野の奴め、ロッテちゃんどころか、正多まで奪おうとするなんて! あの流れなら、ラノベ的に考えてロッテちゃんを部員にできる展開だったのに……!」

「あの、そもそも俺、部員じゃないんだけど」

 

 正多の声を無視して、史家は筆箱からサインペンを取り出すと黙々とホワイトボードに文字を書き始める。

 

「いいか正多。これを当面、部活の活動目標とする」

 

『その2・部員を増やす!』

 

「もちろんロッテちゃんのことだ」

「あ、俺の話は聞かない感じですか……。って、その1は?」

 

 なんでコイツその2から書いたんだ? と正多は困惑。指摘を受け、キュキュっと『その1・青春をする』と『その3・(間違えられない)いい感じの名前を考える』が書き足された。

 

「ごほん。これが目標だ」

 

 言い直して、こつこつとペンの先で文字を叩く。

 

「ロッテちゃんを仲間にしつつ、部活グループとして大山や高野の連中に負けないぐらいの青春を、キラキラ輝くような高校生活を送ってやるんだ!」

「さっき言ってた人助けとかは目標に入れないの?」

「んなのは当たり前、大前提だ! 他にやることないんだもんよ」

「それもそうか」

 

 ごほん、と咳払いして史家は計画を話し出す。

 

「まずは二人で人助け活動をして、ロッテちゃんにこの部活に対する興味を持たせる。そんで”部員第一号”である正多がコネクションを活かして勧誘する」

「やっぱ部員にされてない?」

「さ、そういう訳だ。善は急げ、青春をしに行くぞ! なんかする部、出動だ!」

 

 史家は勢いで押し通した。

 

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