戦後世界のボーイミーツガール ~青春!探偵!ひとだすけ部!~   作:北極鳥ユキ

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第Ⅱ話「ひとだすけの始まり」
Part8 初めての依頼


 そんなことがあった翌日。

 放課後の部室には、空き教室から持ってきた三つの椅子が並んでいた。

 座っているのは、とっても機嫌の悪そうな顔の史家。勝手に仮部員にされていた正多。そして依頼人として再び部室に顔を出した高野彩里の三人。

 

「ねね、録達さ、そんな顔しなくてもいいじゃん。あたし、依頼人だよ? しかも一人目でしょ? もっと愛想を良くしなよ」

「俺たちに依頼したいなら、まずはロッテちゃんを連れてくるんだな」

「んなこと言ったって、今日はバスケ部に行ってるよ」

 

 彩里が顔を出してから、この二人はずっとこんな様子だった。

 このままでは話が進まないので、正多は仕方なく割って入ることにした。

 

「……それで、どんな依頼なの?」

「やっと本題を聞いてくれた。もう部長を正多に譲ったら?」

「またサッカー部の名前を出したら追い出すからな!」

「出さないって」

 

 彩里は軽くあしらうと、依頼の内容について話し始めた。

 

「依頼っていうのはね、知り合いが飼ってる猫が迷子になっちゃって、その子を探す手伝いをして欲しいの」

 

 そう言うと、二人にポスターを見せる。黒い毛並みに茶色の混じった猫の写真と共に『迷い猫探しています』という文言。ポスターによれば迷子になっているのは『チョコちゃん』というオス猫で、鈴が付いた首輪が特徴だという。

 

「あたしもポスターを貼ったりして協力してるんだけど、まだ見つかってなくて。失踪してから、もう二日ぐらいかな。家猫だから、早く見つけたいんだけど……」

 

 彩里はさっぱり手がかりが掴めていないと、少し落ち込んだように言った。

 

 ***

 

 桜鳥高校や正多の住んでいるアパートがある琴似(コトニ)区は超高層ビルの立ち並ぶ中央区のすぐ隣ながら、大戦前の街並みを色濃く残す閑静な住宅街が大半を占めている。そんな琴似区は南北に長い形をしていて、ちょうど真ん中に琴似駅がある。

 学校やアパートがあるのは駅を挟んで南側のエリア。そして、今回チョコちゃんが失踪したというのは北側のエリアだった。 

 

「と、いう訳で探しに来たわけだが」

 

 市営バス琴似循環線から降りた史家は仕切り直すように言って「これからどうする?」と両手を上げ、さっぱり分からんという感じのジェスチャーをした。

 初めての依頼ということで意気揚々と学校を出たまでは良かったが、当たり前ながら二人とも都合よく猫探しのノウハウなど持っていなかった。

 

「とりあえず、例の公園から地道に探してみよう」

 

 正多の提案に史家は頷いて返す。

 二人はチョコちゃんが最後に目撃された勝樺(カチカバ)公園に向かって歩き出した。

 

 彩里から教えられた情報によれば、迷子猫のチョコちゃんはアウトドア派で、家から勝樺公園にかけてのエリアを歩き回ることが多いのだという。普段であれば夜には必ず家に帰って来るのだが、二日前にそれが途絶えたのだ。

 

 市立小学校に面している勝樺公園は住宅地の中にしてはやけに面積の広い公園だった。充実した遊具と運動場(グラウンド)、休憩所に広場まである。放課後という時間帯もあり、公園内では小さな子供を連れた親子に加えて、多くの小学生たちが遊んでいた。

 

「あれはなんだ?」

 

 正多が指をさしたのは公園の中心部に位置している銅像だった。台座にブロンズ板が取り付けられていたので、表記を覗こうとすると史家に止められる。

 

「んなの見るだけ時間の無駄だ」

 

 史家は見向きもせずに吐き捨てるように言って、銅像の横を通り過ぎる。

 銅像に近づくと、それが銃を持つ兵士の像であると分かった。正多には粘土で作ったような粗削りの体が、足元の『何か』を踏みつけているように見えた。どうしても気になったので覗き込んでみると、碑文には「対露戦争勝利・樺太制圧記念碑」とだけ書かれていた。

 

「ほら、いくぞ、正多……」

 

 再び史家の声がして、慌てて彼を追いかけた。

 

 チョコちゃんの捜索を始めた二人は、手分けして公園の茂みや公衆トイレの裏、穴の開いたドーム型の遊具などなど、隠れられそうな場所をしらみつぶしに探していく。

 

「チョコちゃーん」

「おいおい正多よ、名前を呼んだって猫は返事をくれんだろ」

「じゃあどうしろと」

 

 はぁ、とため息をつきながら自販機の裏を覗き込む。

 

「ねえねえ、お兄ちゃんたち、何してんの?」

 

 ふと、そんな子供の声が聞こえてくる。

 振り返ってみれば、いつの間にか周りには小学生たちがぞろぞろと集まっていた。勝樺公園に居るのはほとんどが小学生なので、高校生は物珍しいのだろう。

 

「迷子の猫を探してるんだ。黒色で鈴の付いた首輪の猫、誰か見てない?」

「みてなーい」

「わたしもー」

「そっか。ありがと。もし見かけたらお兄ちゃんたちに教えて……」

「そこの子供たち! 兄ちゃんたちに手を貸してくれないか!」

 

 正多が話を終えようとすると、史家が割り込んできた。

 

「迷子の猫『チョコちゃん』はお腹を空かせて困っているんだ。だから早く見つけないといけない。でも公園は広くって二人じゃ大変だから、みんなにも手伝ってほしいんだ」

「迷子の猫を探せばいいの?」

「そうだ。一番に見つけた子には、俺がおかしを買ってやろう。さあ、どうだ?」

「やる!」「ぼくも!」「わたしも!」

 

 史家の提案に、子供たちは次々と乗っかった。

 

「よぅし、猫はこの公園の周りにいるはずだから、近くを探してくれ。でも、危ないところに入ったらダメだぞ? 人の家にもだ。それと車にも気を付けろよ?」

 

「「わかった!」」

 

 史家の明瞭な指示の下で子供たちは散り散りになって猫を探し始める。

 

「子供の扱い方が上手だな」

「まあな。それに、こういう地道なのは『効率良く』やらないと」

 

 公園にいた小学生たちはたちまち猫探しに熱中し始めた。それは間もなく公園内で軽いブームになって、遊んでいた子供たちのほとんどが参加していた。

 

 捜索を続けていると日が落ち、小学校の鐘が鳴って帰宅時間を知らせる。

 

「ぼくたち帰るね」

「おう、今日はありがとな」

 

 子供たちは鐘の音に合わせて帰宅して、夕暮れの公園には二人だけが残される。

 あれだけの人数が参加したが、手掛かりなどの収穫はゼロ。

 黒い毛並みであることを考えると夜間の捜索は困難を極めそうなので、今日のところは二人も引き上げることにした。

 

 ***

 

 翌朝。ロッテと共に校舎に入ると、上の階から何やら言い争う男女の声が聞こえてきた。

 

 随分と白熱しているようで、声は一階のアトリウム全体に響き渡っている。その声には──男の方も女の方にも──か~なり聞き覚えがあったので、正多とロッテは駆け足で階段を上る。

 

 飛び込んできたのは、廊下の真ん中で言い合いを続ける史家と彩里だった。

 

「と、に、か、く! やり方を変えて! 迷惑が掛からないようなやつに!」

「んなこと言われたって、効率的なんだ!」

「二人とも一体どうしたんだ?」

 

 割って入ると、二人の視線が正多に向いた。

 

「あぁ、正多……。昨日ね、猫探しのことであたしの家に苦情が来たの。ポスターの猫探しに協力させてくる不審な高校生がいるって」

「別にいいじゃんか。ポスターで協力を求めるのも、子供に声をかけるのもおんなじだ」

 

 史家が割り込むと、彩里は渋い顔をして、

 

「苦情の内訳は、子供が怪我したらどうするんだってのが三件。お菓子をあげるのは不適切だと二件。たぶん誘拐犯だっていうのが一件よ」

「過保護だな。公園で遊んだって怪我はするだろ」

「不審者情報まで出たってさ。『猫を探してくれたらお菓子をくれる、と男が声をかけた不審者事案』って。一体だれのことだろうね?」

「誰が不審者だ! こちとら堂々と制服着てるんだぞ! 高校生なんだぞ!」

「子供を使うのは無し! あたしはともかく、飼い主のおじいさんたちの立場まで悪くさせないでよ。土曜になればあたしも参加するから、それまでは別の方法で頑張って。お願いだから」

 

 彩里は子供に言い聞かせるような声音で語り掛ける。

 対する史家は不満げに口を開いた。

 

「悠長なこと言ってられるのか? 何日目だ、チョコちゃんがいなくなってから」

 

 その反撃に彩里は明らかに動揺していたが、「と、とにかく、だめだから!」と言い残すと逃げるように教室に入っていった。

 

「文句ばっかいいやがって! 行動してるのは俺らなのに!」

「まあまあ、落ち着けって。実際、お菓子は少しまずかったかもな。不審者の常套句だ」

「でも子供たちのやる気が出ないだろ」

 

 はぁと深いため息をつく。史家は口では平然と文句を述べていたが、実際のところ彩里の抗議はかなり堪えたようで、目に見えて落ち込んでいた。

 

「シカ君大丈夫?」

 

 ロッテは三人の詳しい事情こそ分からなかったが、とりあえず落ち込んでいる史家に対して心配するように声をかける。

 

「ありがとう。大丈夫だ。ところでロッテちゃん、今日はどこの部活体験に行くんだ?」

「今日はね、ブンカ部だよ」

 

 それだけ聞くと、史家は肩を落としたまま教室に向かった。正多も教室の入り口でロッテと別れて自分の席に座る。ふと、隣の史家から呟き声が微かに聞こえてきた。

 

「ロッテちゃんの力を借りたかったんだが、流石にそう上手くはいかんよな……」

 

 確かに子供たちの力を借りられないとなると人手不足は深刻だ。

 明後日になれば彩里が来てくれるそうだが、史家の言った通り時間が経てば経つほど、チョコちゃんの身に何か起きるかもしれないのも確かなこと。

 

「史家、どうする?」

「手法を変えるにしたって、地道に探す以外に手がねぇ。とはいえ、あんだけ子供がいても見つからなかった猫だ。二人だけじゃきついぞ」

「分かってるよ。でも俺らが協力を求められる人もいないし……」

「ん、いや、まてよ! 一人いるじゃん! 俺たちの顧問だよ!」

 

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