ありえないモノを見た。
月光の下で、美しく輝く白い華を。
夜は嫌いだった。
赤い線がよく見えるから。
くらい、長い時間を過ごすのが嫌だった。
夢を見ないのに、地獄のように苦しむ悪夢を見た。
「痛ッ……!」
ひどく激しい頭痛が襲う。
ここは、ドコだろう。
深く沈みこんだ意識が目を覚ます。
それでも、意識にはまだ靄がかかっている。
こういうのは経験があった。
たしか、────はじめて屋敷に戻った時も、──こんな感じだったっけ。
何故だか、記憶がひどく曖昧だ。
……ん?
「ここ、ドコだ!?」
思わず声を張り上げる。
あまりの勢いで張り上げたせいか、喉はヒリヒリと悲鳴を上げている。
しかし、そんなことを意識することもなく、目を回らせるくらいにあたり一帯を観察する。
本当に、本当に、意味がわからなかった。
少なくとも、建物の看板や標識からここが日本であることは理解できる。
だけど、こんな建物は見たことがない。
こんな知らない場所へ、歩いてきた記憶はない。
水槽に迷い込んだ金魚みたいに、なれない土地を歩いている。
「あらら。こんなところで止まっちゃって。また貧血ですかー?」
ふと、聞き覚えのある声が耳に届いた。
……なんだか、嬉しいような嬉しくないようなそんな親友の声だ。
「なんだよ、有彦……」
声をかけると、目の前の男は露骨に眉をひそめた。
「いや、なんだよ、じゃなくてさ。お前のほうがどうしたんだよ。顔色、想像以上にやばいぞ」
そうではなくて、
遠野志貴という男は有彦の恰好に驚いている。
有彦の制服は着崩してこそいるものの、総耶高校のものではなかった。
「…お前、その制服」
「いつものうちの制服だろ。何言ってんだ?」
「いや、違うだろ。総耶のじゃない」
「……は?あのさ、遠野。寝ぼけるにしても、もっとこうなんかあるだろ。第一、総耶って、なんだよ。どこかの地名か?」
「────、はぁ?」
自然と口に出していた。
唖然とする俺をおいて、有彦はそれがさも当然である、と云わんばかりに神妙な顔をしている。
「ああ……、ちょっと、な。寝不足でさ。頭回ってないみたいだ」
「あー……なんだよ、マジで大丈夫か?」
「ああ。悪い、少し外の空気吸ってくる」
そう言って、有彦の横をすり抜ける。
有彦からは止められる気配がないどころか、
「何があったか知らないけどよ。サボるのも手だぞ」
なんて言って賛同している。
おそらくは総耶高校のときと同様、遅刻・欠席の常習犯なのだろう。
「あのな、お前もそろそろ欠席日数が危ないんじゃないか」
「そりゃまだ大丈夫ってことで!じゃあな、遠野。体調悪いなら休めよー」
と言って走り去ってしまった。
あいつ。ほんとに大丈夫なんだろうか?
…って、なんであいつの欠席日数がわかるんだ?
いやまあ、性格は総耶の頃の有彦と変わりがなさそうというのも大きいが、先ほどの自身の発言には妙に確信があったのだ。
何か手がかりになるものはないか、と手元を見る。
あるのは学生鞄に入った学生証と────
「これは、ナイフ、か?」
七夜と銘が打たれた折り畳みのナイフだった。
待て。
「待て待て待て!なんで俺、こんなモノを…!?そもそも、なんで折り畳みって……ッ!」
頭痛がはしる。
鋭くより鋭利にナイフで脳髄を掻き回したような感覚が迸る。
「ッ……!」
思わず、その場でしゃがみ込む。
手にしたナイフを取り落としそうになって、慌てて握り直す。
冷たいナイフが、やけに手に馴染む。
「あ、頭がッ……」
痛い。
頭が割れるように、脳天から二つに分けて無理矢理くっつけているみたいだ。
吐き気を催す。
胃の中が逆流する。
貧血のときと似ていて、それでいて、また別の何か。
「──……あぁ゛…がっ」
知っている。
このナイフを、この苦しみを、遠野志貴は知っている。
魔法使いを名乗る恩人も。
よく似た眼をもった吸血鬼も。
嘘のようで、怪物のようで。
愛した、あの白い女のことも。
すべてが曖昧で、壊れそうなモノだけど、知っている。
でも。
それでも、確かめたくて。
逃げるように眼鏡を外す。
その瞬間、視界が揺らいだ。
壁にも地面にも、通りすぎていく人間にだってその線は現れる。
あの赤い、死の線だ。
「──────」
…でも、それはわかっていたことだ。
遠野志貴は一度死んで故障した。
それは、遠野志貴が遠野志貴である限り変わらない事実。
ここがどこかわからなくとも、変わりがない原則であり、真実だ。
だから、驚くことよりも先に気持ちに整理をつけて。
頭の痛みを堪えながら眼鏡をかける。
その時、ポケットのなかで何かが震えた。
「携帯、電話…」
見なれた、俺が知っているよりもさらに小型化した携帯端末。
そこには、────
『2030年』、と文字が見えた。
力尽きてしもうた…。誰かー、続き書いておくれー!
というわけで見切り発車ですので完結するかもわからない。続きもいつでるかわからない代物ですけどよろしくお願いします。