合コン狂騒曲   作:突貫工事の下働きマン

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第六話:ハグレ者とハグレ者は惹かれ合う

 あの頃の高田は、ほとんど死んでいたようだった。

 

 机の上には、開きっぱなしの漫画と、電源も入れていないスマホ。カーテンは閉め切ったままで、昼か夜かも分からない。PCディスプレイの光だけが部屋を照らす。

 

 もう学校に行かなくなって何日経っただろう。指折り数える途中で高田は諦めて手を止める。

 

 別に特別な意味は無かった。ただ毎日がツマラなくて、かと言って自分から動くような気力も無く、いつの間にか学校に行かなくなった。それだけの理由だった。

 

 そんな中で、高田の唯一の逃げ場所はパソコンの中だった。ずっとネットの海の中を無意味に揺蕩い、動画サイトで面白くも無い映像を見続ける。

 

 そんな中で──つだけ妙に浮いた動画が、閲覧履歴のオススメ欄に表示された。

 

「Poppin'Party……?」

 

 聞いた事も無いバンドだった。明らかに有名なバンドじゃないし、サムネもやけに素人っぽい。

 

 どうせ、どっかの馬鹿がノリで投稿した動画だろう。そう思いながら、高田は何となく、その動画の再生ボタンを押した。

 

 そしてヘッドフォンの奥で、先ずはギターが弾けた。続いてベースやドラム、キーボードの音が弾ける。

 

 最初は何も思わなかった。音楽素人の高田からすれば、どの音楽も同じように聞こえていた。

 

 だけど。

 

「……」

 

 何故か、無言で見入ってしまう。

 

 曲が上手いとかそう言うのじゃない。ただ、最高の笑顔で楽しそうに演奏するメンバー達の姿に、青白い光を放つディスプレイから眼を離せなかった。

 

 どうして、そんな顔が出来る?

 

 こっちはこんなにもツマラなくて、逃げ出したいと思っているのに。人生なんてそんなモンだって割り切っているのに。

 

 なんで、そんな楽しそうなんだよ。

 

 ……気づけば、動画は最後まで再生されていた。

 

 気に入らなくて、閉じようとしたが、指が止まる。何でなのか自分でも分からない。

 

 でも、もう一回だけ聞いてみたくなった。

 

 そんな気持ちが不意に過り、高田はもう一度再生ボタンを押した。

 

 ──―その一回が、高田の全てを変えるキッカケになった。


 そして、何処かで四人も同じ曲を聴いていた。

 

 それはとある不良少年へ、誰も居ない路地裏の闇に、微かに聞こえた表通りの音楽に舌打ちしながら。

 

「……んだよ。この甘ったりぃ音楽は」

 

 それはとある塾の優等生へ、誰も話しかけてこない空間で、女子達の会話の中で流れたスマホの音源に、机に突っ伏したまま。

 

「聞いた事も無い音楽だな……」

 

 それはとあるいじめられっ子へ、自分の現状から逃げる為に、押し込んだイヤホンに集中しながら。

 

「何だ……この曲」

 

 それはとあるネグレクトの少年へ、両親の汚い罵り合いから耳を塞ぐために付けたヘッドフォンの音量を上げな空。

 

「……もうちょっと、大きな音で聴こうかな」

 

 誰も知りもしなかった。同じ歳、同じ学校でありながら、四人誰もが違う場所で、違う環境の中で、あの音楽を聴いていた事に。

 

 そして。

 

 その音が、五人の人生を繋ぐ事になるなんて、誰も知る由もなかった。


 それから、少し経ったある日の事だった。

 

 久しぶりに、高田は外の世界へと出ていた。

 

 理由なんて特には無い。

 

 ただ、あの時に出会った曲を何度も聴く内に、唯一の居場所だった部屋の中が、少しだけ息苦しくなった。それだけだ。

 

 イヤホンから流れるのは、あの音楽。出会ったその日から何度も聴いたPoppin'Partyの曲だ。

 

 ふと──ー街の中を練り歩く最中、偶然にも通りの楽器店へと目が映った。

 

「……」

 

 店の前で、高田は立ち止まる。見上げた看板には『江戸川楽器店』と書かれている。

 

 入る理由なんてない。楽器なんて触った事もないし、音楽の知識だってゼロだ。

 

 でも、もし今も耳に流れるこの曲に近づけるなら。そう思った瞬間には、楽器店の重厚な扉を開けて中に入っていた。

 

 店内は音楽用品で溢れ返っていた。一目でギターやベースと分かる物もあれば、変わった形をした楽器。ピックや教本、良く分からない装置までショーケースや商品棚に並んでいた。

 

 そんな中、取り分け目を引いたのが、刺々しい形をした赤いギターだった。

 

「ボーカルの子と同じギターだ」

 

 確か、『ランダムスター』と言うのだろうか。あの特徴的な形が気になって調べたのを高田は思い出した。

 

「その楽器、気になりますか?」

「はひっ⁉」

 

 その時、通りがかった栗色髪の女店員に声を掛けられ、思わず高田が引き篭もりの生涯が出てしまった。

 

「えっ、いや、そのぉ……俺、全然、楽器とか弾けなくて……」

「それなら一度引いてみたらどうですか? 私で良ければ教えますよ!」

「ふへっ、お、教えるって。だから……」

「良いから、一度弾いてみてくださいよ!」

 

 少し押しの強い店員に当てられ、ランダムスターを持たされる。思ったよりもギターの質量は重くて、危うく落としそうになってしまう。

 

 

 そして、そのまま試奏スペースにまで、高田は女店員に引っ張られる形でやって来てしまっていた。

 

「何か弾いてみたい曲とかありますか?」

「え、えっと、それならこの曲とか……」

 

 高田はイヤホンのブルートゥースを外し、聞いていたPoppin'Partyの曲を直に流す。すると、その女店員は嬉しそうにポニーテールを揺らした。

 

「お兄さん、Poppin'Partyのファンなんですか⁉」

「い、いや……ファンっていう訳じゃ……ただ、好きで聞いていて」

「サビだけなら、少し練習すれば弾けますよ? 私が教えてあげますね‼」

「っ!お願いします‼」

 

 ほとんど条件反射で応えた。少しでも、あの音楽に近づけるならと思えば、それだけで勝手に口から答えが出た。

 

「分かりました! じゃあ教えますね」

 

 そうして店員に教えられながら、ぎこちなく弦を弾く。ジャッ──と、濁った音が鳴る。

 

「……っ」

 

 思っていたよりも、ずっと硬くて、ずっと難しい。一回弾いただけで指は痛いし、音はまともに鳴らない。それでも──

 

「もう一回、やってみます」

 

 気づけば、そう口にしていた。

 

 店員は嬉しそうに頷く。

 

「いいですね!じゃあ、今のところ、もう一回だけ!」

 

 もう一度、弦に指を置く。

 

 今度は少しだけ慎重に、さっき教えられた通りに、

 

 ジャラン──ー

 

 さっきより、少しだけ『音』に近づいた。

 

「……あ」

 

 その瞬間だった。イヤホンで何度も聴いたあの音と、ほんの少しだけ重なった気がした。

 

 下手くそで、全然違うはずなのに。でも確かに、どこかで何かが繋がった。

 

「いいじゃないですか!今の音!」

 

 店員が笑う。どうやら自分の感覚は間違っていなかったらしい。

 

「……すみません、このまま暫く練習させてもらっても良いですか?」

 

 まだ上手くは弾けなくても、一度掴んだこの感触を覚えておきたい。高田が深く頭を下げた。

 

 すると、女店員は何かを察したのか、ニッコリと笑顔で。

 

「良いですよ。好きなだけ弾いちゃって良いですよ。それと……学割、あるよ」

 

 妙に商魂たくましいと言うべきあ、ひとまず許可は得られた。そのまま高田は習いたての弾き方を何度も繰り返す。

 

 そうして数回、数十回──―いや、回数なんかじゃ測り切れない程に、何度も弾き続けている最中──―いつの間にか同じ楽器店に居た、四人の客の視線を集めていた。

 

「それ……ポピパの曲だよな」

「お、おう……」

 

 恐る恐ると言ったように、極めて平凡そうな青年が、高田に声を掛けて来る。店員を入れて二度目の会話に、高田は少しどもってしまう。

 

「もしかして弾けるの?」

「いや、サビだけ」

 

 今度は優男風のイケメンが話しかけて来た。高田は首を横に振るう。

 

「んだよ。弾けねぇのかよ……‼」

 

 如何にも柄の悪い不良が舌打ちをする。初対面だが、高田の印象としては最悪を更新していた。

 

「と言うか、そもそも君達は誰だ?」

 

 眼鏡を掛けた頭の良さそうな優等生が、自分以外の四人を見渡す。しかし、誰も応えようとしなかった。

 

「あの……俺達、初対面ですよね」

 

 高田がおずおずと尋ねる。誰もかれも見覚えのない顔だ、それなのにどうして集まったのかと率直に疑問に思った。

 

「──―メェが」

「えっ」

「オメェが、あの曲を弾いてたからに、決まってんだろ……‼」

 

 不良が何故かキレ気味に言った。

 

「な、なんだよそれ……」

「うるせぇ‼ 最近その曲が頭からずっと離れねぇんだよ‼」

「僕は好きだけどね。その曲」

「「えっ?」」

 

 初対面なのに高田は不良と揃って、イケメンの発言に口をポカンと開けた。

 

「あの、実は俺も……」

 それに合わせて、青年も控えめに手を挙げる。

 

「そ、その、そこの眼鏡掛けた人は……?」

「……同類だと思われたくないが……その通りだ」

 

 高田は言葉を失った。

 

 顔も名前も知らない四人が、Popping Partyの歌に引き寄せられた。その事実に対して、何かしらの魔法でも掛かったのかと思うくらいだ。

 

「……」

 

 気まずい空気が周囲に流れる。どうしたら良いのか誰も分からない様子で、全員が口を閉じている。

 

 ジャラン──

 

 だが、高田が沈黙を切り捨てた。覚えたばかりのフレーズを、四人の目の前で掻き鳴らした。

 

 そして、四人に高田は尋ねる。

 

「なぁ」

 

 高田は何となく予感めいたものを感じていた。それは勘とも呼ぶべき曖昧な何かかも知れない。

 

 自分が外に出る理由をくれたあの曲は、きっと一人じゃ届かないという事。

 

 そして。

 

「俺と一緒に、バンドしないか? 少しでも……あの曲に近づきたいんだ」

 

 同じ曲に引き寄せられたこの四人でなら、もしかしたら遠くの星(Poppin'Party)へ手が届くかもしれないとい事。

 

「君、本気で言ってんのか?」

 

 優等生が正気を疑うように訝しむ。

 

 当たり前だろう、出会ったばかりの四人といきなりバンドを組むなんて馬鹿げている。

 

「分かってる」

 

 それでも。

 

「やりたい……ずっと無駄な人生を過ごしてきた。退屈だとか言って、何もしないでのうのうと生きて来た」

 

 そうだ、退屈だと言うくせに何もせず、ただ暗い部屋の中で閉じ籠るだけの人生だった。

 

 でも、あの曲に出会ってから、ほんの少しだけ人生が変わった。

 

 あの曲を何度も繰り返して聞いている内に、変わりたいと願えるようになった。こうして、あの少女達の笑顔に、手を伸ばしたいとおもえてしまった。

 

「此処で逃げたら、またあの暗い部屋に戻ってしまう……これは神様が俺にくれたラストチャンスかもしれねぇんだ」

 

 もうあんな薄暗い居場所(部屋)なんか要らない。退屈だなんて二度と言いたくない。

 

 だから。

 

 

「頼む……俺と一緒に、星に手を伸ばしてくれ」

 

 

 ──―そうして、少しの間。沈黙が続いた。

 

「お前、名前は?」

「えっ」

 

 最初に口を開いたのは、不良だった。

 

「高田 東……」

「俺は有栖川 来須だ」

 

 不良──―有栖川が、ギリギリと歯を鳴らす。

 

「俺も同じだ……此処で逃げ出しちまえば、またあんなクソみたいな生活に戻っちまう」

「……僕も同意見だね」

 

 次にイケメンが口を開いた。

 

「僕の名前は丘村 優里。君の言葉を聞いて、僕も手を伸ばしてみたいと思ったよ」

 

 イケメン──丘村は、ふっと呆れたように笑う。それは自虐しているとも、新たな希望を見つけたとも

 

「宜しくね二人とも。それで残りは?」

「俺も……俺もやる」

 

 残った二人の内、平凡な顔した青年が、必死な形相で手を挙げた。

 

「遠山 裕だ。どうせ此処で逃げたって、俺には居場所も無いんだったら……賭けてみたい」

 

 青年──―遠山の目には、覚悟を決めた光が宿っている。それは言わずとも高田には分かった。

 

「それで、オメェはどうすんだ?」

「お前とは何だ! 僕には馬本 幸一という立派な名前が」

「そう言うの良いからさ、本音言ってみなよ」

 

 優等生──―馬本は、丘村から諭すように促されると、一度口を閉じた。

 

「……僕も、同じだ」

 

 そして、また開く。

 

「君達と同じで居場所なんてない……だから、居場所が欲しい。彼女たちのように」

「……なら、やろうぜ」

 

 高田が四人の前へ手を差し伸べる。

 

「『Poppin'Party』のようになれるまで──ー星に手が届くまで、一緒にバンドやろうぜ‼」

 

 いつの日か、この五人で『Poppin'Party』のようになれるまで。彼女達が見せた最高の笑顔を作れる居場所が出来るのを目指して。

 

 ──―そして、四人の手がその上に重なる。

 

「言っとくが、逃げんじゃねぇぞ。逃げたら果てまでぶっ飛ばしてやらぁ‼」

「ふっ、元より僕には居場所などないさ。ならば逃げる必要もないだろう?」

「俺もだよ……どうせ逃げるなら、偶々でも集まったコイツらとが良い」

「知り合ったばかりだけどね僕達……でも、それで良いのかもね」

 

 四人分の熱が、掌の上に集まるのを感じる。それぞれが互い違いの思いを抱えており、相手の事は何も知らないのは理解している。それでも一つ確かな物があった。

 

「それじゃあ宜しくな──―一緒に星を掴もうぜ」

 

 みんなそれぞれが、同じ星を目指すハグレ者という事だ。

 




ギターを指で引くと最初は血豆だらけになるので、初心者の方は気を付けてくださいね。
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