深夜二時。月明かりの照らす石畳の道をクレアとカミトは歩いている。
寝床を失ったカミトをクレアが誘い、女子寮の彼女の部屋に住まわせてもらうことになった。
部屋では少しショックも薄れて、カミトに対し自分の背負ったもの、強い精霊が必要な理由を話した。
しかし、決闘時間近くになるとお互い口数も少なくなり門に繋がる道を進む時には重苦しい空気だけが漂う。
明らかな異形の暗殺者。かつての自分、最強の剣舞姫、レン・アッシュベルの技量なら五秒は持たせるだろう。
しかしそれを上回る圧倒的な暴力。地獄から呼び出したかのようなあの劫火。そして態度。
いったい彼は何者なのか、なぜグレイワースに呼ばれたのか。
終わらない思考を続けているうちに目的の場所につく。
ふとクレアを見ると微かに震えていた。
「あれ、現実だったのよね……悪い夢じゃないのよね?」
「……どれだけそうなら良かったか」
人の顔の穴から無数に生え、蠢く触手。未だ思い出すだけで恐怖が全身を巡り、その場で崩れ落ち、泣きだしたくなる。そして――
「もしかしたら……優一とも戦わなきゃならないの?」
転移先の元素精霊界、目的の場所を目指して闇夜を歩く。クレアが灯した火球を明かりに細い道を進む。
普段は精霊たちの騒ぐ物音や気配がするはずなのに、今夜はやけに静かだ。まるで何かに怯えるように。
森の中を進むと巨大な劇場の遺跡が現れ、ここが決闘の舞台になるのだろう。
先に集まっていたエリス率いる風王騎士団とリンスレット。皆浮かない表情をしていた。
そして視線の先、崩れかかった門柱の先端に座るその元凶。月明かりに照らされた御神苗・優一がそこにいた。
先程とは違い、腕と脚に籠手と具足が装備されている。赤と黒のツートンカラーで彩られ
輪郭が少し歪んで見えるのは放出する神威の影響か。あれが彼の精霊魔装、十香の姿なのだろう。
「皆集まったようだね。それじゃあ始めようか」
その言葉に一斉に身体を跳ねさせる姫巫女たち。あの実力で襲われた際、抵抗できるのだろうか……。
不安と恐怖に彩られた彼女らに相変わらずの軽い雰囲気で話し始める優一。
「あー、どうやら俺が参加すると勝負にならなそうだしさ、俺は観戦に回るよ」
門柱の上からひらひらと手を振る優一。あっさりと参戦を辞退することに呆気にとられるが
彼さえ居なければ、普段の授業と変わらない。萎えかけていたやる気が両陣営に満ち始める。
「ふ、ふん。ずいぶん情けない姿を晒したものだなレイヴン教室。そのまま敗北の味を教えてやる!」
「そっちだって、優一が戦わないからって急にやる気出してんじゃないわよ! 土下座させて
侮辱してしまってごめんなさいと言わせてやる!」
クレアとエリス。二人の前口上が終わった瞬間に両者はぶつかり合い、決闘は始まった。
巨大な大鷲<シムルグ>が現れ、風を纏わせた槍を構えるエリス。
スカーレットにフェンリルを呼び出し身構える、クレアとリンスレット。
ただ、うまく回路が繋がらないのか何度も詠唱をし、ようやくナイフほどの剣を持つカミト。
戦場では弱いものから狙うのが常識。風王騎士団はカミトに集中砲火を向け、逃げ回る彼を
フォローするように行動するレイヴン教室メンバー。そして高みから戦況を見渡す優一。
――どう? 彼らの戦い方は。
「なかなかうまくやれてると思うよ。”訓練兵”としてなら」
――意外な高評価にびっくり。もっとこき下ろすと思ってたのに。
「俺らを基準に考えちゃだめだよ。それに……何か来てる」
夜空に視線を移すと雷鳴のような音と共に空間が裂け、巨大な顎を姿を現す。
頭も胴も尻尾もない、ズラリと並んだ顎だけが、ガチガチと鋭い歯をかみ合わせていた。
「魔精霊!? 何でこんなところに!」
大気を震わせるほどの咆哮。すさまじい威圧感に少女たちは身をすくませる。
魔人級の神威の威圧に当てられ、今にも腰を抜かしてもおかしくはない。
「皆、避難するぞ。慌てず、しかし、できるだけ急いでだ」
「分かった。クレアもリンスレットもいいな……クレア?」
一人だけ返事をしない赤毛の少女にカミトは視線を移す。
少女の瞳は現れた暴威の権化のような精霊に魅入られた色をしていた。
最悪の事態になりつつあることに気づいたカミトは声を荒げる。
「お前っ! あれを契約精霊にするつもりか!?」
「そうよ、あれだけの精霊を手に入れられれば……それに魔精霊と契約した精霊使いも居たじゃない」
「グレイワースのことか? 馬鹿なことを言うな。お前に同じことができると思ってるのか!?」
「うるさいっ! あたしが強い精霊を求める理由、聞いたでしょ! 引っ込んでてよ!」
「おま……『動くな』っ!?」
一瞬、身体中の血が凍りついたかとここに居る者たちは思った。
指先が硬直し、微かな震えが止まらない。
目に見えるほどに朱く染まった霧のようなものを纏って、ゆっくりと歩いてくる人影。
人間が目に見えるほどの神威を放出していることの異様さにカミトは一歩足が下がってしまう。
今まで黒かった目が、クレアと同じ、だが透き通ったルビーのような彼女の目とは違う
深淵を煮詰めて流し込んだらこういう物になるのだろうと感じる、闇色の朱い瞳。
「あれは俺が相手する。狂ってまで会いに来てくれたんだ。お礼はきちんとしないとな」
「相手って……いくらなんでも……」
「二度は言わない」
狂気に染まった笑みで頬を引き上げ
コツコツと靴音を鳴らして異形の魔精霊に近付く優一。
「――アアァァァアアアアァァァッ!!」
声にならない叫びをあげ、顎の化物が迫る。
それを見つめつつ、悠然と右腕を高く、背負うように後ろに回し、迎撃態勢を取り開戦の祝詞を告げる。
「布都流・紅蓮戦闘術・禍津――」
ガントレットが膨大な神威を噴き上げる。手首から肘の向こうにかけ、何重もの魔法陣が展開、回転を始める。
籠手が輝き、赤熱化し、朱き神威が竜巻となり、渦を巻く。
巨大な顎が優一を飲み込まんとした時、最後の引き金が、落とされる。
「――”箒星”!!」
突き出された拳が空気を割き、圧倒的な暴威が目の前に突き進む。
魔法陣により、回転、圧縮された神威は朱く発光し、迎撃槍となり、連なる顎を難なく砕き
余波で周りの遺跡群をも瓦礫と化していく。
紅い彗星は天の雲を大きく吹き飛ばし、もし行く手の先に大地があったなら、巨大なクレーターを作り上げただろう。
今までそこに狂った魔精霊が居た……そう言われても誰も信じはしないだろう。
それほどまでに跡形もなく、綺麗に、”地形”すら抉り取り去られていた……。
●
何者、いや、あれは”何”なのだろう。
カミトはかつて孤児院にいた。だがそこは地図にも載らない街の<教導院>という異質の場。
精霊使いの才能を持つ少女を集め、特殊な訓練を受けさせ、優秀な暗殺者を仕立てあげる訓練場。
そこで男の精霊使い、魔王の再来として大切に育て上げられた。
が、そこで経験したもの、自分のしてきたこと全て児戯に等しいと感じる存在が現れた。
――御神苗・優一。今までのどんな人物より、異常……そして、あの強さ。
もし、あの暴威・殺気を向けられたとしたら、自分は何ができるのだろう……
耳に聞こえる鳥のさえずりにカミトはゆっくりと身体を起こす。
全身に汗をかき寝間着は、霧吹きで水でもかけたかのようだ。
「あれから、いったいどうなったんだっけ……?」
あの朱き暴力の権化の力を見せられて、吹き荒れる神威の嵐の中、あてられたのか倒れ込んだまでは覚えている。
ふと右手に痛みが走り、シーツの中にもぞもぞと動くなにかが居た。
「なっ、何だっ!?」
シーツを跳ね飛ばすと、そこには銀色の髪をしたニーソックスを履いた少女が。
……十香より胸はないなーと、この少女に聞かれたら、はたかれてもおかしくないことを考えつつ疑問を口にする。
「……誰だ?」
「エスト。あなたの契約精霊です」
「……ってことは、あの森での<魔王殺しの聖剣>か。しかしいきなり何で姿を現しているんだ?」
「……分かりません。ただ、何か……とてつもない恐ろしいものを感じて、気が付いたら」
「……何となく分かった」
間違いなく昨日の”あれ”の影響だろう。しかし疑問は尽きない。まず何故裸で自分のベットの中に居るかとか。
それを問おうとした時、がちゃりと音を立てて部屋のドアが開かれる。
あっけに取られた顔のキャロルとリンスレット。自分の目の前にはのしかかるような姿の裸の少女。
これ以上ない最悪の状況。冷たい汗が背中をつたう。
「ふ、ふふふ……人が心配して看病してあげていたのに、貴方は女の子を連れ込んでいちゃいちゃと……。
これはお仕置きが必要ですね!」
「ま、待てこれは誤解だ!」
「問答無用!」
その後フェンリルに追い回されて、ヘロヘロになったカミトにトドメを刺そうとした精霊を制したエストに
上位精霊の力の一端を感じたカミト。その後アレイシア学園の制服に身を包んだ彼女と中庭を歩く。
「ねえ、あれが噂の男の精霊使いってやつ?」「もう他の女の子を手籠めにしているわ」
「もしかしてこの学園でハーレムでも作る気かしら?」「淫獣よ」「淫獣ね」「女の敵!」
思い切り悪意のこもった噂話で心が折れそうになる。よしよしと頭を撫でてくれるエストだけがカミトの癒しだ。
だが、急に頭を撫でる手を止めたエストは、油断ない瞳で後ろを振り返る。
そこにはエリスと優一、十香が並んでこちらに向かって来ていた。
エストの姿を見て、また学園の女子を誑かしたと邪推し顔を赤らめ剣を抜こうとするエリスを手で制す優一。
「待て待て、彼女は精霊だよ」
「えっ!? そんな、人の姿をとれる精霊なんて……」
「おやおや、ここにいる私は精霊じゃないのかな?」
にこにこと自分を指さして笑う十香。その十香と優一に対し、敵意を隠さぬままエストはカミトを守るようにし話しかける。
「貴方がたは一体何者……、いえ、本当に”人間”と”精霊”なのですか?」
「へえ……。まぁ人間と精霊っていうなら、一応そうだね。でも何でそんなことを聞くのかな?」
「……分かりません。ただ、どうしても違和感が拭えなかったのです。まるで、魔王のような、いえそれ以上の何かを」
にこやかにほほ笑む優一の目、それが一瞬深淵を覗かせるがそれに気づいた者は居なかった。
「っと、そうだ。エリス、それに優一、十香。クレアを見なかったか? 部屋にも居ないんだアイツ」
「居ないのか? ……もしやすると、今回の契約式典に出ているのかもしれない」
「どういうことだ?」
「簡単に言えば志願者が精霊剣舞で競い、その中で優秀な者に軍用精霊と契約させるものだ」
「っ! アイツ、まだ諦めていないのか! エリス、その会場はどこだ?」
「確か学園都市のオリビエ通りをまっすぐに行った――カミト!?」
「分かった。ありがとなエリス……ってうわぁっ!?」
駈け出そうとしたカミトの襟首を掴んで学園の屋根まで跳躍する優一。それに続くようにエストを抱きかかえた十香が追う。
「な、何すんだ!?」
「急ぐんだろ? なら上を突っ走った方が速いぞ。ただナビはそっちに任せた。飛ばすぞ」
軽々と屋根を飛び移りながら4人は会場を目指す。
●
クレアはふらふらと路地裏を歩いていた。悄然とした表情で歩く姿は幽鬼のよう。
あの恐ろしい魔精霊の前に立ちすくんでしまった自分。それを塵芥のように消し去った優一。
自分の姉を彷彿とさせ、だが明らかに何か違う朱い炎の鬼神。それが彼の力か、精霊の力かの区別する気はもはや抜け落ちていた。
――力が欲しい。全てを薙ぎ払う、圧倒的な暴威を。
「そんなに、力が欲しいの? ならあげましょうか?」
ふいに聞こえたその声に振り向いたクレアは、何かに魅了されたかのように動きを止める。
漆黒のドレスを纏う、人間離れした美貌を持つ少女。差し出した手のひらに黒い霧のようなものを浮かべて近づいてくる。
「これを受け入れるなら、あなたはもっと力を手に入れられるはずよ。そう、あの長衣の彼らより」
「優一を……超える力を……」
その甘美な言葉に誘われて、クレアは差し出された精霊を受け入れてしまう。
紅い魔法陣を塗りつぶすように、禍々しく上書きされていく精霊刻印。
「狂精霊<ゲシュペンスト>――気に入ってもられるといいけど」
闇色の少女は微笑む。残酷な童女のように。無垢な悪魔のように。――そして彼らに対する憎悪を奥に秘めて。
闘技場では今まさに精霊剣舞の最中だった。
中央の祭壇に祭られた石柱には帝都から搬入された魔人級の軍用精霊<グラシャラボラス>が封印されている。
(あれさえ、手に入れれば、あたしはもっと強くなれる! ――姉様を救うことができる!)
じくじくと刻印から血が滴り落ちるのも、気に留めずクレアは<ゲシュペンスト>に指示を出す。
「喰らいなさいっ! 全てをっ!」
その宣言の通りに現れた黒い獣。スカーレットとは程遠い狂気を含んだ闇の焔を纏う精霊は周りの精霊を手当たり次第に喰らう。
呼応するかのように狂気が散漫し、力のまま暴力を振るい始める精霊たち。
狂乱の宴の中、憔悴しつつ、仄暗い笑みを浮かべたまま立ち尽くすクレア。
「何なんだよ、あれ……どうして誰も止めようとしないんだよ!」
上空から闘技場に落下しているカミトは周りの騎士を見渡すが、どれも焦点の合わない目で虚空を見つめている。
「あれは狂精霊です、カミト」
「狂精霊?」
「精霊に狂化属性を付与する憑依型の精霊です。それほど格の高い精霊ではないですが
憑依された精霊は理性を失い、自身の存在が消滅するまで戦い続ける」
「ってことは、あれはスカーレットなのか!? でもどうして!?」
「契約者に対し、何等かの弱みを付け込んだのでしょう。でなければあれほどの精霊が容易く憑依されるなどありえません」
<スカーレット>――気高い焔を纏う火猫の姿の精霊。それはクレア・ルージュという少女そのものの顕現だ。
あんな黒く、悍ましい魔獣は、決してクレアの望む力ではない。
「……見てらんないなぁ」
あまりに気安く、軽い言葉を発して掴んでいたカミトを十香に放り投げる優一。
姿勢を崩すことなくカミトを受け取り、エストと一緒に両脇に抱える十香。
「うわぁっ!? な、何すんだっ!」
「お嬢様のケアは任せた。俺はアレを何とかしてくる」
落下する速さを上げ、着地の際、巨大な土煙をあげステージに
大きくクレーターを作り着地する優一。その隙を狙い、漆黒の獣が牙を剥いて襲いかかろうとする。
それをミリ単位の移動でかわし、返す刀で首根っこを掴み、引きずるようにしつつクレアに近付く。
地面に膝をついて、肩で息をしているクレア。左手の刻印からは血がとめどなく零れて足元の砂を赤く染める。
「な、なによ……」
「力を求めるのは悪いとは言わない。ただ身を超えた力は自身を滅ぼすだけだ。それが嫌なら――仲間を頼れ」
「ッ!? あたしはっ!」
「まだ、クレアは戻れるだろう? カミトだって居るしリンスレットとかもな。
頼ることは恥じゃない――お前はまだ、一線は越えていない。
それが幸せなこともある。俺は、もう戻れはしないしな」
「ど、どういうことよ?」
クレアの問いに答えず、左手を握る。優一が発した劫火が彼女の手を包むが、彼女の肉を焼くことなく
狂精霊の刻印だけを薙いでいく。火が治まった時には元の精霊刻印に戻り、憑依していた狂精霊も<門>を断たれ
消滅し、気を失っている火猫<スカーレット>が首の皮を捕まれてぶらんとしているだけだ。
その傍に着地した十香は、カミトとエストを離し、二人はクレアに駆け寄り、何やら話を始める。
赤い少女と黒髪の少年、そのやりとりをほのぼのと見つめ、ゆっくりと背後を振り返る。
「さて、そちらの隠し種は今消えた。次の催しは何かなレディ?」
「――貴方」
その声を聞いてカミトは凍りついた表情で突如現れた少女を見つめる。
「レス……ティア、なのか?」
「ずいぶん久しぶりね、カミト。でも今は再会を喜ぶことも無理なの。……そこのイレギュラーのせいで」
その視線にカミトは違和感を感じる。彼女はあんな表情を浮かべただろうか。
――何故、優一と十香に隠さぬ殺気と憎悪をぶつけているのか。
そして、あの憎悪をまともに受けて尚嬉しげに笑う”こいつら”は何だ――?
「あなたたちが何をしようと私には関係ない。けど、こちらの邪魔はしないでもらいたいものね」
「はは、こっちだって向こうの出方に振り回されているだけなんだがねぇ」
「……いいわ。私が何かする前に貴方たちの敵の方が種を蒔いておいたらしいし。ここで消えてくれるならいいわ。じゃあね」
「待ってくれ、レスティア!」
呼びとめたカミトに微笑みを返し、霧となり虚空に消えた次の瞬間石柱が割れて中から巨人が飛び出す。
が、その様子がおかしい。苦しげな叫びを繰り返すだけで動く気配がないのに、優一の中で警鐘が鳴り響く。
そして巨人の身体の中心から縦に<門>が現れ、身体が二つに裂けた時、思い切りカミトとクレアを突き飛ばす。
いきなりの行動に文句を言おうとするが、目の前にどさりと落ちた肩口から切り落とされた腕――。
優一の腕が目の前に落下したことに、クレアは悲鳴をあげた。
「い、いやあああぁぁぁ――ッ!!」
「お、おいっ! 優一、お前、腕がっ!!」
二人をかばうように仁王立ちを続ける朱い外套を纏う青年。右腕が無くなった肩からは噴水のようにとめどなく血が流れる。
眼前には、<グラシャラボラス>を生贄にした異形の巨人が。
大きさは十メートル行くか行かないか、しかし四つの腕に握られた巨大な刀剣。
蜘蛛を思わせる大量の複眼が辺りを見回し、次なる獲物を探しているかのよう。
その刀剣が霞んだかと思うと、観客席が粘土のように容易く輪切りにされる。
その目で追うことすら出来ぬ太刀筋にこの場全ての人は抵抗など無意味。あっさり殺されるしかないとそう悟ってしまう。
会場に響き渡る悲鳴。観客と街の人々は我先に逃げようと押しのけあい、まさに混乱の坩堝と化す。
「――く、くく、あは、ははははハハははははハハハッ!
そうか、やはりお前の差し金か! なら始めようか! 俺らの、闘いを!! 殺し合いを!! 十香ぁ!」
「了解っ! 出し惜しみなしで、存分に振舞おうじゃないのさぁ!」
その絶望の中、彼らは歓喜と狂気を含んだ凶相で笑う。肩口から燃え盛る炎が輪郭を象り
失った腕を寸分たがわず再生する。優一の髪が一瞬で純白に染まり、目は紅蓮の双眸に変化。
精霊魔装化した十香は優一に装着され両籠手、具足ともに赤熱化し
排出口から暴威の焔を噴き上げ、その火炎の嵐はこの闘技場を暴れ回る。
クレアの気高い焔やさきほどの魔獣の焔とも違う、ただただ全てを黒く燃やし尽くすための殺意に満ちた劫火――
悠然と拳を構え、巨人を前に名乗りをあげる。それが開戦の合図となる。
「”御神苗・優一”、布都流・紅蓮戦闘術・禍津、推して参る――!」
ぐにゃりと空間が歪んで、まばたきする間には自分が輪切りにされているであろう神速の太刀を
振られた刀に片手を添えるだけで、身体の脇に数ミリだけの距離に押し留めるだけのあまりにも無謀な防御。
しかし、武器同士が擦れる火花を散らしつつ突き進み、巨人の懐に潜り込んだ優一は
脚部の排出口から膨大な神威を噴き上げて、それを推進剤に焔に包まれた足を振り上げ
サマーソルトで腕のひとつを根本から吹き飛ばす。
声にならない叫びをあげる異形の巨人。
蹴り飛ばされた腕は蛇のように纏わりついた焔で、黒焦げになり灰になる暇もなく消失した。
力では押し切れないと悟った巨人は、残された三本の腕を縦横無尽に振り回す。
目で追えぬ速度で振るう剣の乱舞。剣風が舞うたびに、会場はバラバラに切り裂かれ崩壊していく。
そのはずなのに、刀剣を捌く剣劇の音、空を切る音が決して止まない。
十香が、彼の意思に応じ排出口から爆発するかのような神威を放ち
それをブースター替わりに地を、空中を自在に駆け回る。
「……凄い」
それはどちらが漏らした言葉であろう。人の立ち入れぬ領域で繰り広げられる武闘。
朱い粒子のような神威を纏い、劫火を用い暴れまわる拳士と恐ろしい容貌の巨人の争い。
まるで神代の戦いが再現されているかのような、壮絶な精霊剣舞に知れずため息が漏れていた。
が、それも終わりを告げる。優一が不敵な笑みを浮かべ、口端を釣り上げた。
「なかなか楽しめたが、もう”そちらの太刀筋は見えたし覚えた”悪いが終わりにするぜ?」
一瞬で巨人の視界から姿を消す優一。頭部の複眼をぎょろぎょろと周囲全体を見回すが、一向に姿が捉えられない。
が、その全身が赤く染め上げられ、ようやく死角になっていた自分の上空を見つめる。
空にはまるでその場に巨大な月が出来たかのように、優一の背後に紅蓮に輝く神威で出来た火球が浮かんでいる。
準備の完了した魔法陣は、高速で旋回をし、主の撃鉄の言葉を待つ。
「これで最後だ。布都流・紅蓮戦闘術・禍津――”破界鎚”!!」
背面から、翼のような神威を放出し、隕石のごとく巨人に落下する。
追随する巨大な真紅の月。防御した三つの刀ごと優一の拳に真上からこなごなに粉砕され
ミンチのようになった状態でもまだ息のある巨人は遅れて落ちてきた焔の塊に飲み込まれる。
吹き飛ばされそうな暴風にクレアを抑え込むようにカミトは地面に平伏せ
吹き荒れる風が収まったと感じた二人が目を開けると、そこの見えない巨大な穴と、その淵に立つ優一の姿が映った。
茫然とするカミトとクレア。暴威の名残りの朱い霧がまだ漂う中、パチパチとあまりにも場違いな拍手の音。
3人がそちらに視線を移すと、全身をタキシードに包みシルクハットを被った
笑顔にも泣き顔にも見える仮面をつけた男が立っていた。
「素晴らしい。相変わらず君のその劫火はこの身を震わせてくれる」
「はっ、その劫火を喰らっても未だしぶとく生き続けているお前に言われたくねぇ」
「いやいや、実際君の火炎は僕の急所を見事に捉えて焼き尽くした。今こうして生きながらえているのも
見苦しく残りの生命力を大きく消耗させながら行動しているから、死が近づいているのを感じているんだよ」
大げさなしぐさで話を進める黒衣の男。服装は違えど、まるで道化師のように、舞台役者のように振舞う。
相変わらずの凶相の笑みを浮かべてはいるが、先ほどより、何が起きようともすぐさま対処できるよう
優一は獲物を狙う豹のように、覚られないよう四肢に力を込める。
「今日、君宛てに使者を出したのは、ようやくそっちに大きな道筋がついたからなんだ。
残念なことにこっちからの一方通行だけどね。ふ、ふふ……いやぁ、嬉しいなぁ。
また君たちと殺し合いができるなんて。今までも細々と手を回して遊んでいたけど
ようやくもっと凄い、いろいろなモノを送り込める。
は、はは、はははハハははハ――。さぁ、また一緒に全てを滅茶苦茶にしよ――ガッ!?」
男が言い終わる前に優一の拳は胸のど真ん中を貫いていた。
その使者の男もいきなりの行為に驚いていたようだが、すぐに狂ったように大声で笑いだす。
「いいぜ。そっちがやってきてくれるって言うなら手間が省ける。お望み通り、あの世界での続きを
お互い、この身が終わるその日まで、殺りあおうじゃないか、ああァ!!」
「ク、ヒヒ――そう、それでこそ、君たちだ。お互い、どうしようもないイカれた者どもだ。ヒ、ヒヒ、アハははハハ――!!
……ああ、それと、”カミト”、”クレア”、”リンスレット”、”エリス”、”フィアナ”
今言えるのはこれくらいか。ふ、ふふ……彼と、彼女らも、これからどうなるのかな? ……ひヒ、それじゃあ、またね」
最後に優一たちが会った人たちの名をつぶやくとその男は黒い粉となって
地面に山となり風に吹かれてあっという間に消えていった。
●
今回の契約式典は軍精霊の暴走。そういった形で収めることになったらしい。
闘技場は一から立て直した方が早いくらいにボロボロになり、優一の空けた大穴を埋めるのにかなりの補修費がかかったそうだ。
幸い死者が出なかったので、そう大きな話にはならなかったそうだが、現場に居合わせた人たちが呟くように言い
知らず知らずに人づてに広まる畏怖の噂話。――”人の姿をした人ならざるモノ”、”怪物を狩るもう一人のバケモノ”
”魔王の再来”、”いやそれよりも恐ろしいモノだ”、”嗤う朱い死神”……など。
だが当の本人たちはどこ吹く風と言わんばかりに、学園内の中庭の一角でのんびりお茶を飲んでいた。
BLTサンドイッチを頬張る優一に、スコーンにベリージャムをたっぷり乗せて、口の中に広がる甘味に頬が緩む十香。
そんな彼らの向かい席に座る二人。真剣な表情でこちらを見つめてくるカミトにクレアに笑みを返す。
「まぁ、来るとは思ってたけど、ずいぶん早いね」
「……今回の精霊剣舞祭は、始まる前からおかしすぎる。偶然というには異変が立て続けに起こりすぎているし、何より」
「――アンタたち、一体何者なの? 普通の人間が腕をもがれて平気なわけないし
何より……即座に再生するなんてそれこそ異常よ。そしてあの男が最後に私たちの名前をつぶやいて言ったのは?
洗いざらい話してもらうわ」
飲んでいた紅茶のカップを置いて二人を見つめた優一。一瞬で場の空気が重いものと変わった。
「アイツも、これからいろいろやってくるだろうからね。できればいつか全員に話す機会があればいいけど。
それじゃ、話を始めようか。俺と十香が何者で、これから何が起こるのかを――」
その言葉でこことは違う世界での凄惨で残酷な、救われぬ物語の幕が上がった。