インフィニット・ストラトス 白熱の翼   作:スイカ上乗せ

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第二話 Run to Jump

「……一夏」

 

 箒はカバンに教科書をしまいながら、ぽつりと少年の名前を呟いた。

 窓から差し込んだ夕光が、虚しくなった彼の席をオレンジに染める。

 

(これから練習は千冬さんとすると急に言い出して、何事かと思ったら……私には目もくれず走って出て行って……)

 

 たちまち頭を満たすのは、先輩にかけられた昨晩の言葉。

 一睡も出来なかった。事実だと思ったから。だけれども、そんな訳ないと思い込みたかったから。

 けど、駄目だったようだ。

 本人に見捨てられたとなれば、それはもう、覆しようがない。

 

(やっぱり、私では駄目だったのか? 一夏を教えるのも、隣にいるのも……私では……)

 

 ◇

 

「はっはっはっはっは!」

「2分54秒。話にならんな」

 

 グラウンドで千冬がタイマーを切る。

 と、800mを全速力で駆け抜け、ただいま絶賛バテバテの一夏に言い放つ。

 

「おい、さっさと次の準備をしろ」

「はぁ、はぁ……はぁ……」

「新入生はみんな楽々とこなせるんだがな。お前の意地というのはその程度のものか?」

「っ、クソッたれぇ! あと7本!」

 

 一夏は一息つく間もなく、再びグラウンドを走り出す。

 

 800mダッシュを掛けること10回。瞬発力とスタミナの底上げを目的とした特訓メニューだ。

 これまで弛んだ生活をしてきた一夏が、プロ競技者のセシリアに追い付こうと言うのだ。これくらいは朝飯前と言えるようにならなければ話にならない。

 

「新入り〜。あんたにはあれ楽々出来るって本当?」

「無理ですねぇ! 無理です無理です!」

 

 以上。馬車馬のように走る一夏を眺めていた、とあるサッカー部員の会話である。

 

 走り終えた一夏はしばしの休憩の後、体育館の2階の隅っこへ。

 まずは筋トレ。手軽なうえ効率も悪くない、と言う千冬の判断で自重によるトレーニングが選ばれた。

 腕立て伏せ。プランク。背筋。スクワット。

 上半身に重きを置いたメニューを、それぞれ数十回数セット。

 

「どうした、もう腕を起こせんのか?」

「まだやれがふっ!?」

「私が乗っても軽々やれるくらいにはならんとな?」

 

 3セット目の腕立て伏せにとんでもない負荷が加わってしまった。

 が、一夏は両腕にありったけの力を注いで、煽りながら背中に乗ってきた千冬ごと全身を持ち上げる。

 

「がぁ、あ! 二週間でちふ、織斑先生を持ち上げられる訳ねぇだろ!」

「それくらいの気合いでやれと言うことだ。それとも何か、私が重いとでも言いたいのか?」

 

 ここで何かを言い返したら多分洒落にならない。と言うか言い返す体力がない。

 一夏は無言で腕立て伏せを続けようとすると、

 

「……本当に重いか?」

「まるで……羽毛! 俺のッ、力不足なだけ!」

「当然だな」

 

 何が当然だよクソッタレ。

 一夏は歯の裏まで来ていた悪態を、どうにか飲み込んでやった。

 

 血の匂いが混じった唾と一緒に。

 

(こうなったら何だってやり切ってやらぁ!)

 

 筋トレから僅かな休憩を挟むと、次に始まるは剣道。

 ISによる実戦を想定したメニューだ。

 世界最強によって軽く振るわれる戦慄の竹刀を、一夏が血眼になって捌く。

 

 竹刀から伝わる衝撃はまるで高圧電流。弾かれた腕の筋肉が痺れ、繊維がビキリと軋む。

 ソニックブームみたいな風切音に血の気が引く。一発も貰っちゃいけないと直感が爆音の警鐘を鳴らしている。

 

「実戦においては防御が最優先と知れ! 攻撃は最大の防御────それは基礎ができた者だけの領域だ!」

「フンッ、は、はっ!」

「知識技術直感読み、全てを動員しろ! そして今この瞬間に全てをアップデートさせるんだ!」

 

 それまで頭部に集められていた切先が途端、一夏の腹部を突き飛ばす。

 リズムを崩すような突きに文字通り不意をつかれた。一夏はたまらず膝を崩し、口から酸素を吐き出す。

 

「かは、げは!」

「オルコットの試合は一通り見たのだろう? なら分かってるはずだ、BT兵器の脅威を。あいつはもっと不規則に、あらゆる角度から襲いくるぞ」

「はぁ、はぁ」

 

 千冬が氷結の視線で見下ろしてくる。

 

 このまま座ってしまいたい。早く苦痛から解放されたい。

 やっぱり戦うなんて無理だ。逃げた方が良いんじゃね?

 思わず込み上げてくる弱音。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 言っちまえ。やめますって。

 一時は恥をかくだろう。でも今後はきっと楽になる。

 楽になろう。

 言っちゃうか。

 頭の隅でそう決めて、

 

「〜っ、まだまだァッ!」

「その心意気や良し! ()くぞ!」

 

 空に向かって腹から吠え、一夏はがむしゃらに喰らいつく。

 弱音を喰らい、斬撃を喰らい。全部全部を糧にする。

 顔を弾き飛ばされても。

 

(見とけよ上級生(あいつら)。見とけよセシリア)

 

 竹刀を吹き飛ばされても。

 

(見せてやるからな、箒!)

 

 すぐに体勢を直し、すぐに拾い上げて。

 織斑一夏はたった一つの、しかし何が何でも譲れぬ熱を胸に、喰らいつく。

 

(俺の、俺の意地ってやつを!)

 

 ◇

 

 剣道を終えると二人は訓練用のアリーナへと足を運ぶ────いよいよISの操縦である。

 はっきり言ってヘトヘトだ。しかし泣き言なんざ言ってられない。

 ここからが本番なのだから。

 

 更衣室に入る。と、やるぞやるぞ、と。

 一夏は暗示のように己に言い聞かせ、くたびれていた肉体に鞭を打つ。

 

(そういや久々だな、ISに触るの)

 

 ISに触るのは入学試験以来だ。

 あの時は嫌々だったけど、今は嫌悪感がない。それどころか今すぐにでも沢山の技術を覚えなくては、と気づけば一夏はそう思っていた。

 そう思うことが出来る程度には、ISや決闘に対して前向きになれていた。

 

(汗でびしょびしょだったのに着た瞬間めっちゃスースーし出したぞ。ほんとにこれで合ってるか?)

 

 鏡でIS操縦用スーツが正しく装着できているか確かめて、一夏は更衣室を出る。

 そのまま一本道を通って向かう先は出撃用のハッチだ。

 一人でハッチに向かい、ISを実際に纏い。整備課か教員に機体の最終確認をしてもらい、アリーナへと入場する。それが学園でのやり方らしい。

 

 訓練も試合も同様に。

 機体の種類も、人種も階級も問わず全て等しく。

 

(決闘まであと二週間、か。二週間詰めて詰めて詰めまくって……本番、俺はどんな気持ちでここを歩くのかな……?)

 

 ウィーン、と。

 若干の緊張を覚えつつ一夏がハッチの扉を開けた。

 

 目の前。

 

 静寂な世界の中心にて。

 鎮座するは、純白の鎧。

 片膝を着いて主人の訪れを待つその姿は騎士の如く。

 

 不思議な質感だった。鋼鉄で構成されているであろうその体は、ところが漆器のような艶やかな光沢を帯びている。

 背中には左右一対の巨大な翼。一体どこまで飛んで行こうと言うのだろうか。

 物音ひとつ発していない。だけどこいつは生きている。そう思わせるだけの確かな迫力が、表面からじわりじわりと滲み出ている。

 

(あい、えす?)

 

 一目見た、それだけなのに。

 その物体への興味は留まることを知らない。

 

「……あ」

 

 数瞬遅れて、一夏はハッチを見渡す。

 想像よりも奥行きがある。広さも、数人で横に並んでもまだ余裕がある。

 整備用品も片付けられているのか、どこにも見当たらない。

 およそ戦場へ飛び立つための空間とは思えないほど綺麗だった。

 

「ほえ〜……」

「何を呆けてるんだお前は」

 

 白い物体の背後から顔を覗かせたのは千冬だ。

 

「こちらで起動の準備はやった。次は初期化(フォーマット)だな」

「そ、そうですか。ありがとうございます」

「あぁ。だからさっさと乗れ」

「あ、はい」

 

 やはりISだったか。と思いつつ、言われたままに一夏は鎧へ背中を預ける。

 白い装甲にガッチリと肩を、腕を、足を掴まれ、ISと一体と化した。

 その瞬間だった。

 

 視界が一気にクリアになった。宙を舞う微細な埃が突然視野いっぱいに瞬き出したと思うと、今度は側にいる千冬の小さな呼吸音を拾う。吸う空気にはいきなり鉄の臭いが混じり出した。肌が換気扇へと吸い込まれる空気の流れを感じ取る。

 

 五感が、凄まじく研ぎ澄まされていく。

 

「────」

 

 極限まで情報処理能力を高められた脳に、次にぶちこまれたのは機体のデータだ。

 絶え間なく頭を駆け巡る数値と文字。その中でも無意識に重要そうだと感じたものを、一夏は呟いていた。

 

「このISの名前は白式(びゃくしき)……武器は雪片弐型(ゆきひらにがた)、刀か……零落白夜(れいらくびゃくや)って呼べば良いのか、こいつはワンオフアビリティっていうの? 必殺技的な立ち位置か? 仕様は……そうなんだ、俺好みじゃねぇな……」

「今頭に流れてるデータは可能な限り覚えろ。これからお前が一生使う専用機だからな」

「うん……一生……あ、え、専用機? この白式が、俺の?」

「そうだ」

 

 一夏は無数のデータを処理しつつ、入学前に言われていた話を思い出した。

 

 専用機────世界でわずか467個しかないISの必須パーツ『コア』のうちひとつを使い、たった一人の操縦者のために作られたIS。

 IS乗りの夢。特権。国家戦力の象徴。

 こと白式に関して言えば、世界で初めて生まれた男性IS操縦者のデータ採取用マシン。

 

(世界中が俺のデータを狙って、機体を押し付けてきた。そんな中で専用機(こいつ)は、俺のためだけに日本政府に超突貫で作られたんだっけか。

 そんで競技用でも宇宙開発用でもなんでもなく、ただ俺のデータ取りのためだけにここに来たって訳か)

 

 自分と白式は似ている。

 不意に、一夏はそう感じた。

 

(お前も……そう言う目で見られてんのか)

 

 勝手に期待や価値を背負わされた自分。

 勝手な利権のためだけに作られた白式。

 希少だからって、人間として見られていないような自分。ISじゃなくてデータ採取機としてしか見られてないであろう白式。

 

 一夏はふと視線を落とす。

 白式と一つになって、大きくなった手のひらに。

 

 胸が、少し、燻った。

 

(どいつもこいつも……! 度肝抜いてやろうぜ、白式!)

 

 『準備完了』。

 

 白式から一夏へ、小さな投影ウィンドウに合図が示される。

 意思通りに動けるか確かめるように手を握り、腕を上げ、膝を曲げ、その場でジャンプする一夏に、千冬が訊ねる。

 

「どうだ?」

「思い通りに動く、って言えば良いのかな。多分行けるぜ」

「ほう……なら良い。今日は機体の最適化(フィッティング)一次移行(ファースト・シフト)、基礎的な操縦をしてもらおう」

「了解。お願いします!」

 

 千冬は量産機打鉄(うちがね)を纏い、コンソールを操作した。

 するとアリーナへの入り口が開き、ハッチの地面が割れてカタパルトが出てきた。

 

「私が先に出る。後に続け、織斑」

「了解!」

 

 出撃の手本を見せた千冬に倣い、一夏もカタパルトに乗って空へ。

 

(さぁ行くぜ、白式!)

 

 高速で射出され、視界が一気に明けたかと思ったら。

 一夏は見る。

 藍色の空で輝く、幾つもの星々を。

 

「ぁ」

 

 間の抜けた声が漏れ出たことにはとうとう気づかぬまま。

 上空で羽を広げ、一夏は思わず手を伸ばした。そして伸ばした手で掴もうとした。

 向こうの向こうで、目の奥が焼けるほど眩く輝くあの星々を。

 

 砂つぶみたいにちっぽけなのに。

 何光年も離れてる、それくらい知ってるはずなのに。

 

(すげぇ)

 

 ふわりとした、不思議な浮遊感の中で。

 一夏は陳腐で、だけどこれ以上ないほど強烈な感動を覚える。

 

 いつもはまるで見えないのに。ISに乗った今なら、はっきりとあの星々を捉えられる。

 試験でもこんなことやらなかった。生まれて初めてだ。空を飛ぶなんて経験は。

 脈がうるさい。胸の高鳴りが止まらない。

 

「星が。星が、近い……」

「お前は本当に呆けてばかりだな」

 

 姉の声に、一夏は思い出したかのように慌てて体を反転させた。

 

「ごめん、つい」

「まぁ良い。それより浮遊は上手くできてるようだな」

「そういや……なんも操作してないのに安定して浮けてる」

「ISがお前の意志を正しく汲み取れている証拠だ。ただし今だけだがな」

 

 言うと、千冬はISの武装をその手に呼び出した。青白い粒子によってサブマシンガンが形どられ、実体化する。

 

「よし、俺も」

 

 千冬に言われるより先に一夏もやってみる。

 見よう見まねで手を広げて、白式に武器を出してくれと念じる。

 ────出ない。

 

「クソッ」

「武器の形、名前、重さ、色、素材……ついさっきお前の頭にはデータとして叩き込まれたはずだ。

 イメージしてみろ。お前が持つ全てで出力するんだ」

「俺の持つ、全てで……」

 

 一夏は目を閉じて、イメージをし直す。

 形、名前、重さ、色、素材。大きさ、丸み、凹凸、手触り……論理(データ)想像(イメージ)を補完していく。

 イメージという枠に、データを当てはめる感覚。押し込み、整え、隙間にまた押し込み……当てはめていく。

 

「っ、あ……で、出た!」

「初めてにしては上出来だ。その感覚も忘れるなよ」

 

 隙間が作れなくなった頃。

 一夏の『イメージ』に質量が宿る。

 雪片弐型。白式が持つ唯一無二の武器。

 

「……武器これだけなんだよな……ちと玄人向けすぎない?」

 

 一夏が刀を握ると、千冬がサブマシンガンに弾倉を装填した。

 

「近づいてぶった斬る。やるべきことは単純だろう?」

「そうは言っても……いや、目標が明確な分、覚悟は決めやすいか」

「そういう訳だ。これから二週間は接近技術を中心にお前を鍛え上げる。

 目標は二週間で私の懐に潜り込めるようになることだ。良いな?」

「おっしゃ! お願いします!」

「操縦の基本も練習の中で教える。だからまずは」

 

 カシャン、と。

 サブマシンガンの銃口が一夏に向けられた。

 

「こいつを避けてみろ」

「!?!?」

 

 白式がアラートを響かせると同時、マズルフラッシュが激しく瞬く。

 一夏は咄嗟に横へ飛んだ。ただしISを動かしたと言うより、ISに動かされたと言ったほうが正しいか。

 なにせ一夏は強張って1ミリも動けなかったのだから。

 

「うわぁあぁぁあぁ!?!?」

 

 回避機能に従って弾丸を避ける白式に、操縦者であるはずの一夏が翻弄される。

 千冬は縦横無尽に飛行する、否、飛行させられている弟にも容赦なく引き金を引き続ける。

 

「ISで最も重要なこと、それはイメージだ。操縦者の実現させたい強い願い────意志の力(イメージ)にISは必ず応えてくれる! とにかく今は動きを想像しろ!」

「イメージイメージって言われてもわかんねぇって!」

「その機体は何をどう使って飛ぶ、お前は何のためにどうやって飛ぶ? 考えろ、たった今雪片を出したように!」

「んな、もう!」

 

 目を瞑ってイメージ、ではなく。

 揺さぶられながらも一夏はどうにか目をこじ開けて、必死に情報をかき集めつつ想像力を働かせる。

 

(白式は翼と脚部のスラスター、あとISみんなに備わってるPICとか言うやつで飛行してんだよな!? PICはよくわかんねぇけど、まずは自分で動けるようになるんだ!)

 

 白式のデータを、想像の動き(イメージ)に当てはめた。

 数秒もせぬうちに飛行が安定した。白式に振り回されるのではなく、一夏の操縦で飛べるようになったのである。

 

(出来────っ、()ぇ!?)

 

 しかしまだだ、まだ到底足りない。

 

 操縦権が白式から素人の一夏に移ったことで、今度は回避がお粗末な動きと化す。

 IS実戦経験皆無の一夏が、音速を超える弾丸の嵐を避けられるはずもなく。着弾音が耳をつんざくたびに、白式の体力『シールドエネルギー』がジリジリと削れていく。

 骨の芯をも貫くような衝撃が怒涛の勢いで一夏を襲う。

 

「くぁ!? ぁ、ぎぃ!?」

「思考を止めるな、痛みに飲まれるな! 自ら活路を切り拓かねばオルコットのBT網に捕まって終わりだぞ!?」

「いきなり言われて出来るならやってるよ!」

 

 一夏が腰を引くのに連動して、白式が回避を選択する。

 一夏には刀しかないと言うのに、間合いは広まるばかりだった。

 

「逃げてもどうにもならんぞ」

「逃げるしかねぇじゃんこんなの! 初心者にどうしろってんだよ!」

「戦ってみせろ」

「だから言われて出来るならやってるっての!」

「出来るからやる、出来ないからやらないじゃない」

 

 体を丸めて弾幕から逃れようとするだけの一夏に、千冬が試すように訊ねた。

 

「実戦になればいつだって無理難題ばかりだぞ。お前は決闘でも分からない、できないと言って諦めるのか?」

「────ッ」

「今一度決闘への覚悟を決めたきっかけを思い出すんだな」

 

 問いは痛烈。掘り返された記憶(きっかけ)は鮮明。

 一夏は黙り込んで、それからやっと理解に至る。

 

 この不条理さ、理不尽さも含めて実戦。

 

 今は試されているのだ。

 そんな理不尽極まりない実戦に対する意志を、向き合い方を。

 降りかかる無理難題程度をぶった斬ろうとせずして、超絶の強敵(セシリア・オルコット)を相手に意地など見せられるものか。

 

 金属音が絶え間なく響く最中、彼は奥歯を噛み締める。

 

(甘ったれるな織斑一夏、やれることを必死にやるっきゃねぇんだよ!)

 

 状況を打破する画期的アイデア。そんなものを思いつくほどのひらめきなんざ持ってないし、思いついたとて実践出来る技術もない。

 当然ISの知識もないし経験もない。

 

 それがどうした?

 

(無知で結構下手で上等、今ある手札で勝負ッ!)

 

 彼は刀をしかと握りしめる。白い両翼を僅かに広げる。ギラリと(まなこ)を研ぎ澄ませる。

 それから、両腕のガードの隙間から千冬との距離を測定。マズルフラッシュがさんざめく視界に、接近ルートを構築(イメージ)する。

 

 それはただ千冬へ近づくためだけのルートじゃない。

 セシリア戦を想定した、BT網をも掻い潜るぶち抜きルート。あえて例えるなら予測不可能な稲妻の如きジグザグ軌道!

 

「む!」

 

 白式の翼部スラスターの動作を見て、元世界最強(ちふゆ)が警戒心を引き上げた。片手でサブマシンガンを撃ちながら、片手に即座に鉄刀を呼び出す。

 

 元世界最強に、鋭利な刃を向けられた。

 斬られると考えただけで心臓がヒュッと縮こまる。その苦痛を想像しただけで、体が小刻みに震えて拒絶を示す。

 

 だからなんだ?

 少年は躊躇いなんざ遠に捨てていた。

 

 織斑一夏の灼熱は雄叫びと共に、白式の翼部スラスターから蒼白の炎となって今、轟く。

 

「行くぜ白式ィ!!!」

 

 20XX年4月7日。19時41分32秒。

 IS学園第3アリーナ。

 星々が煌めく藍色の空にて。

 

 バンッッ!!!!!!!!!! と。

 

 白い稲妻が駆け抜ける。

 

「!」

 

 千冬の肉体が、時間にしてコンマゼロ数秒、硬直した。

 名だたる猛者たちをその手で叩きのめしてきた女傑が、ド素人の男を相手に反応を遅らせたのだ。

 

 400メートル先にいたはずの()()()()()が、まばたきの間に懐にいたから。

 

 千冬の背筋が凍る。

 

 10回の加速音が1回に聞こえるほどの連続の加速と方向転換。一瞬見失いかけるほどの神速。紙に書き殴った落書きみたいに無茶苦茶な軌道。

 その全てが、地球の頂点に立った女の常識と予測をぶっちぎった。

 

 千冬の素早く振るった刀が白い残影を斬った頃、地上では小さな砂埃が立っていた。

 

「痛ッッッてぇえ!?」

 

 頭から大地に突っ込んだ一夏の悲鳴が響く。

 ついでに白式からは『過熱状態(オーバーヒート):翼部』とアラートが鳴っている。

 

「あっっ、が、マジで痛ぇ! ここまではイメージしてなかったんだけど……ぁ、オーバーヒート? なんだこれ?」

「く、あはは」

 

 上空で面白おかしそうに笑い出した千冬に、一夏は涙目で、

 

「ひ、ひっでぇな! 戦えって言ったのは千冬姉だぞ!?」

「分かってるさ。しかしだな、物凄い可能性に出会ってしまったんだ。笑うのは許してくれ」

「んだよ揶揄いやがって……畜生ッ」

 

 こんな出来では笑われるのも当然だと分かっちゃいる。

 どれだけ一生懸命にやっても、ベテランから見た新入社員のように、プロから見たら今の自分は幼く拙い操縦者に映るのだろうと容易に想像もつく。

 

 だからと言ってもどうにも隠せない。

 熱くなって仕方がない。

 

(失敗を笑われて悔しくねぇ男がいるかよ)

 

 一夏はゆっくりと立ち上がり、上空の千冬を見上げる。

 その眼差しは間違いなく、世界のてっぺんを獲ったIS操縦者を睨んでいた。

 

 男は今、確かに、ひとりのIS操縦者となりつつあった。

 

(やってやる。次はもっと上手くやってやる!)

 

 翼部の復活を待つ一夏を、じっと見つめるのは千冬。

 彼女は間違いなく興奮していた。

 

(まさか……一夏の才能がこれほどとはな)

 

 ドがつく素人が。技術も知識も何も持たぬまま。弾幕を躱しつつ。10回連続で。方向を変えながら。しっかりと敵に向かって。加速をやってのけた。

 

 千冬は期待を飛び越え末恐ろしさすら覚えていた。

 

(しかも機体はまだ最適化も一次移行も終えていないと来た。……ふふ、弟をこれからどう守ろうかと考えていたことが馬鹿馬鹿しいな)

 

 素人ゆえの自由でISの法則(しばり)を無視したイメージと、不安定な制御。そして白式の性能が奇跡的に噛み合った、だけだとしても、磨けば強烈な武器になり得ると千冬は確信する。

 同時に教員としても肉親としても使命を感じる。

 

 これから先、こんな世界でも弟がひとり立ち出来るように。

 これから生徒が強大な敵と渡り合えるように。

 

(何としても一夏のこの才能を開花させなければな)

 

 千冬はひとつ深呼吸をし、一夏に言い放った。

 

「織斑、予定変更だ。これからはオフェンスに時間を割くぞ」

「え、なんで? 絶対被弾減らした方が良いじゃん」

「そのスピードを活かせば()()()()()()()()()()()()()()()()からな。何、私を信じろ。二週間でものにしてやる」

「……まぁ、千冬姉がそこまで言うなら。お願いします!」

 

 試合まで残り14日。

 スタートを切った少年が、滑走路を走り出した。




もうちょっと文字数減らせるように頑張ります。
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