足音を繋ぐタスキを持って   作:ミスブルー

5 / 5
私の与太話

駅伝当日、私は会場に入りを終えて準備体操をしていた。

 

アビドス高校の体操服、ちびシロコのは圧倒的にはち切れそうなサイズだったから自分のをあらかじめ用意していた。

着る機会なんてないと思ってたけど……。

ホシノ先輩が言ってた。

 

『健康診断とかある時、必要になるよ〜』

 

『でも私…シロコはもうここにいるし…』

 

『大丈夫、先生がなんとかしてくれるって〜』

 

『ん……』

 

そういうことで用意していた。

ちびシロコには『ん、デブシロコ』なんて言われた。

太ってないし。

そんなわけで私はアビドス高校の体操服を着ている。

 

私の隣には朝比奈がテンション高めで辺りを見渡しキャーキャー叫んでいる。

彼女自身も走るわけじゃないのに準備運動をしていた。

 

「あなた走るの?」

 

『走るよ!幽霊だからって走れないって思った?!残念走ります!』

 

ちょっとうざい。

でもそれだけ朝比奈は走るのが好きなんだろう。知ってたけど。

私は参加者の中から同じように準備運動している時坂の姿を見つける。

誰かと一緒のようだ。

 

『あ!あの人、一葉のお母さんだよ!』

 

「ん、そうなんだ」

 

何かを話しているようだ。

声を掛けようか悩んだけどやめておこう。

余計な緊張感は避けたい。

私の目的は勝つことでも負けることでも、今回は完走をするわけでもないのだから。

 

『え!じゃあ何が目的なの??!』

 

声が漏れていたらしい。

 

というか朝比奈が走れと言ったくせに。

それはいい。

私は朝比奈を見つめる。

 

『な、なに??』

 

「ん…ううん。なんでもない。これは朝比奈にも言えない」

 

『ええええーーー!!!なんでーー!?』

 

とてもうるさい。

元々こういう明るく賑やかな性格なんだろう。

 

アビドス高校にはいないタイプだ。

 

朝比奈は『ちょっと声掛けてくるね!』と言って時坂の元へ向かった。

 

私はそれを見届けてからパトリシアを見掛けた。

 

彼女は私を見つけるとこっちにやってきた。

「ごきげんよう。走るには最高のお天気ね」

 

「ん、ごきげんよう…そうだね。晴れてよかった」

 

「今日はお互いベストを尽くしましょう」

 

そう、ベストを尽くそう。

 

「ん…あの、パトリシア。ちょっと可能なら手伝ってほしいんだけど…」

 

「なに?」

 

私はパトリシアにあることを頼んだ。

彼女は二つ返事でオーケーしてくれた。

バレないズルくらいはさせてもらおう。

 

この駅伝は1人で走る事も出来るしコースを分けてタスキを繋いで走ることも出来る。

 

私は1人で走る。

 

準備よし。

 

司会の挨拶が始まり、そこから一同はスタート列に並ぶ。

 

姫野桃が応援に来てくれていた。

友達と一緒に来てくれていたようだ。

友達は私に小さく手を振ってくれた。

頭に三日月のヘアバレッタを付けているしっかりしていそうな人だ。

 

姫野桃は私を見て頷く。

 

参加者が列に並ぶ。

私は敢えて時坂の隣に立つことを選んだ。

 

「ん、約束守ってくれてありがとう」

 

そう答えると

 

「強盗の冤罪の謝罪のつもりですから」

 

とそう答えた。

 

私は今日は仕掛けまくるつもりだった。

 

「そっか。今日はそんなこと考えなくていいよ。朝比奈の為に走って」

 

「……。はい?その名前なんでーーー」

 

係員の人、メガホンで声で時坂の言葉を遮った。

 

タイミングは完璧。

 

『いちについて…!!!』

 

『ヨーイドン!!』

 

パン!!!と空砲の音が鳴り響く。

 

参加者は一斉に走り出す。

さぁ始まった。

 

時坂の走りは間違いなく通用したであろうランナーの走りだった。

 

私の横で朝比奈が声を出しながら時坂に声を掛けて走っていた。

 

この声は私にしか聞こえてないのが寂しく感じる。

 

「やっぱり速いね」

 

私は走りながら声を掛けた。

 

「なんですか…!その上から言うような言い方は……!」

 

パトリシアが先に走っていく姿が見えた。

それを横目に見て答える。

 

「そういうつもりじゃないけど…しっかり現役だと思う」

 

「平然と走ってる人にそんなこと言われたくないです…!。そんなの…」

 

時坂は走りながら何かを言おうとして黙り走る事に集中する。

実際そのとおりかもしれない。

私は体力にはとても自信がある。

自転車を漕ぐのも走るのも運動は得意分野だ。

 

 

 

 

 

 

 

風が重くなってきた。

 

私はまだまだ行ける。

朝比奈も余裕そうだ。

呼吸のリズムが乱れる音が隣から聞こえてきた。

だいぶ走っていた。

 

「……っ」

 

時坂の足取りが、明らかに鈍くなっていた。

私は時坂の足を見る。

 

「ん…、大丈夫?」

 

声を掛けるけど返事はない。

歯を食いしばっているのが横目で分かる。

足がもつれているようだ。

走るペースが落ちてフォームのバランスが崩れている。

 

「……っ、はぁ……!」

 

ペースが落ちる。

さらに落ちる。

 

「大丈夫…?」

 

私はもう一度声を掛ける。

朝比奈も時坂に声を掛け続けて応援をしている。

 

でも届かない。

 

まるで自分の世界に閉じこもっているみたいに。

 

『……やっぱり』

 

横で朝比奈の声が小さくなる。

 

『私の声……届かないのかな』

 

その声は、今までで一番弱かった。

諦めかけている声。

 

私は少しだけ息を吸う。

そして——

 

「ん、走ってる時が一番自由なんでしょ」

 

その言葉を朝比奈に向けて投げた。

 

でも——

 

「……それ」

 

時坂の足が止まった。

 

「それ……誰から聞いたんですか……?」

 

振り向く。

 

その目は揺れていた。

私も足を止めた。

 

私は答えない。

 

私の言葉は朝比奈に向けて言ったつもりだったがあの言葉はしっかりと時坂に聞こえていた。

 

ただ前を見る。

 

その瞬間——

 

『なんでそうやっていつまでも落ち込んでるの!!』

 

声がはっきりと強く響くことに私は驚いた。

 

『あなたは今走ってるでしょ!!』

 

空気が震える。

 

「……え」

 

時坂の目が見開かれる。

 

『私のことなんて気にしないで走ってよ!!』

 

涙混じりの声。

でも確かに届いている。

 

『あなたは自由なんだよ!!走ってる時が一番自由なんだよ!!!』

 

「……希美?」

 

時坂が震える声で言う。

 

「……いたの?」

 

『そうだよ!!』

 

大声で言った。

 

『ずっといたよ!!気付くの遅いよ!!』

 

時坂の顔が歪むのが分かった。

 

「……っ、なんで……なんで言ってくれなかったの……!」

 

『言ってたよ!!ずっと!!ずっと!!!』

 

「……っ」

 

時坂の頬を涙が伝う。

足が震えている。

それでも——

 

『ほら!!』

 

朝比奈が時坂の背中を叩く。

音はしなかった。

でも私には背中を叩くーー喝を入れる音が聞こえた。

 

そこにあるみたいに。

 

『ほら、走ろう』

 

時坂が一歩、踏み出す。

 

「……っ、うん……!」

 

もう一歩。

呼吸は乱れている。

でもさっきまでとは違う。

 

『そのまま!!いいよ!!』

 

「……っ、はは……!」

 

泣きながら笑って走っている、二人で。

 

まるで並んで走っているみたいに。

私は少し後ろに下がった。

 

その光景を見届けるように。

 

「ん……」

 

少しだけ、胸が熱くなる。

こうやって大事な人と走れる姿をアビドスのみんなとその姿を私は重ねた。

 

ホシノ先輩、ノノミ、アヤネ、セリカ…

もう1人の私…に会いたいなと強く感じた。

 

 

二人は前へ進む。

足取りは不安定でも確かに前へ。

ゴールが見えてきた。

 

歓声が聞こえる。

最後の直線。

時坂が、力を振り絞る。

 

そして——

 

ゴールが見える

 

『じゃあ、一葉』

 

朝比奈の顔は少しだけいたずらっぽく。

でも優しく。

 

『タスキ、繋いだから』

 

その言葉と同時に——

朝比奈の姿が、ふっと薄くなり

最後に私を見て笑い、右手が小さく手を振って口パク…いや多分声が出なかったのかもしれない。『ありがとう』と言っていたのが見えた。

 

それで私には充分だった。

 

最後に朝比奈は時坂の背中を押すように叩き彼女は消える姿を私は見た。

 

時坂はゴールした。

家族に迎えられてタオルや水分を渡されてその姿が見えなくなる。

 

私は少しだけ目を伏せる。

 

「ん……」

 

ちゃんとタスキは繋がった。

 

 

しばらくして。

 

私は人混みの外でパトリシアを見つけた。

汗だくである。

スポーツドリンクを飲みタオルで汗を拭いていた。

 

「ん……パトリシア」

 

声を掛ける。

 

「あらシロコ。どうだった?」

 

でも彼女も体力があるのか汗こそかいているけどカラッとしていた。

 

「さっきの、あれ…」

 

パトリシアは少しだけ笑い首を傾げる。

 

「?」

 

「ん……あの声」

 

「えぇ、そうよ」

 

軽く頷いた。

 

「少しだけ、“聞こえやすく”しただけよ」

 

私は小さく息をつく。

 

「……そう」

そこに、姫野桃がやってくる。

スポーツドリンクとタオルを渡してくれた。

 

「……終わったみたいだね…」

 

「ん、ありがとう。終わった」

 

「マラソンランナーであなただけケロりとしているわね」

 

「ん、パトも…中々」

 

私は空を見上げる。

 

朝比奈希美、それが彼女の名前だったんだ。

 

さっきまでそこにいた騒がしい人は、もういない。

でも——

 

「ん……ちゃんと走りきった」

 

朝比奈希美も時坂一葉も。

それだけは、確かだった。

 

「ん…結局朝比奈はなんだったの?幽霊だよね?」

 

私が聞くと姫野桃は答える。

 

「…あれは地縛霊だよ。無念の想いの残滓だったんだ。後少しで悪霊になってたかもしれない」

 

「朝比奈は…」

 

「ちゃんと成仏した。保証する」

 

「……ん、それならよかった」

 

 

 

ざわめきが少しずつ落ち着いていく。

歓声も拍手も遠くなる。

私は人混みの外でぼんやりと立っていた。

 

「……あの」

 

後ろから声がして振り返るとタオルを首に掛けた時坂が立っていた。

まだ息は少し荒いけどさっきよりずっと落ち着いた顔だ。

 

「ん、どうしたの?」

 

「……ありがとうございました」

 

そう言って彼女は頭を下げた。

 

「私…あのままだったらきっと途中でやめてました」

 

「ん……」

 

私は少しだけ視線を逸らす。

 

「でもあなたが……」

 

言葉を探すように、少しだけ間があって——

私は首を横に振る。

 

「ん、私は特に何もしてないよ」

 

本当にそう思った。

私はただ言葉をなぞっただけだから。

 

「……それでもです」

 

時坂は小さく笑った。

 

「私、走ることにします」

 

はっきりとした声だった。

 

「陸上の道に進みます」

 

私は彼女を見る。

その目はもう迷っていない目標が見えた瞳。

 

「ん……そうなんだ」

 

「はい」

 

小さく頷く。

そして、少しだけ空を見上げてから——

 

「希美が見たがってた景色を」

 

一瞬だけ声が揺れ、でもすぐに持ち直して

 

「一緒に、見たいので」

 

その言葉に私は小さく頷く。

 

「ん……いいね」

 

時坂はもう一度、深く頭を下げる。

 

「本当にありがとうございました」

 

そして顔を上げ軽く一礼して背を向けた。

そのまま、人混みの中へ歩いていく。

さっきより少しだけ軽い足取り。

私はその背中をしばらく見ていた。

 

「ん……」

 

もう隣に並ぶ必要はない。

ちゃんと、自分で走れるから。

風が吹く。

さっきまでそこにあった気配は、もうない。

でも——

 

「……タスキ、繋がったね」

 

私は小さく呟く。

誰に聞かせるでもなく。

それでも、その言葉はどこかに届いた気がした。

 

 

 

帰る時が来た。

天啓に近い何かがあった。

 

私は姫野桃に挨拶をしてパトリシアにも感謝を伝える。

 

帰りはどうするの?

そんな言葉に「宛がある」とだけ答え私はいつもの黒い衣を纏って歩き出す。

 

2人は顔を見合わせ笑っていた。

「元気でね」とそんな言葉をくれた。

 

 

 

 

私はキヴォトスへ帰ってきた。

 

 

私は少しだけ空を見上げる。 

 

この世界の空は、まだどこか遠くて、でも確かにあの場所と繋がっている気がする。

 

思い返せば、これはただの寄り道だった。

 

目的があったわけでも、誰かに頼まれたわけでもない。

 

ただ、道を外れて気が付いたらここにいただけ。

 

それでも——

出会った人がいて、交わした言葉があって、

触れられなかった想いが、確かにそこにあった。

届かないはずの声が、届いた瞬間も。

忘れてしまいそうな約束が、もう一度、結び直される瞬間も。

 

私はそれを、ただ隣で見ていただけだけど。

 

それでいい。

 

何かを成し遂げたわけじゃない。

 

世界を変えたわけでもない。

 

でも——

あの時確かにそこにいて、

少しだけ誰かの進む先に関わる。

それだけで十分だと思う。

 

苦しかったことや頑張ったことはきっと語ろうと思えばいくらでもある。

 

でもそれは多分あとからいくらでも言葉にできること。

 

それよりも——

 

こうしてふとした瞬間に思い出すような、名前もつかない出来事の方がずっと大事でずっと消えずに残るものだと思う。

 

寄り道って悪くない。

 

遠回りした分だけ見える景色がある。

立ち止まった分だけ気付けるものがある。

 

そうしてまた歩き出す理由になる。

この先どこに行くのかはまだ分からない。

 

でもどんな道でも、少しくらい外れてもいい。

そうやって進んでいく中でまた誰かと出会ってまた何かを見届けることができるなら。

 

「ちゃんと、楽しかった」

 

それを覚えていれば、それでいい。

 

だから私はきっと——

 

これからも、こういう話をする。

 

苦労話じゃない誇るための過去でもない、ただの与太話。

 

 

それでもそこには確かに意味があったと、そう言えるように。

 




ここまで読んでくれてありがとうございました。
今回はシロコにハイライトを当てたお話でした。
シロコと言ってもテラー化したシロコです。
それでもシロコはシロコだと思い、私は彼女を黒い衣を纏った彼女であり制服を着た彼女でもあると思い今回の物語を書きました。
今回はマラソン…もとい駅伝をしてシロコに走ってもらいました。
体力に自信がある彼女ならこの距離はきっと楽勝でしょう。

ブルーアーカイブという作品において私はアビドスの生徒が特に気に入っています。
そんな中、その1人のシロコのお話を書けたのは嬉しいです。
青春のハイライトは彼女ではなくオリジナルの登場人物でしたが青春を支えて青春を送る…そんな物語ができたのではないかと勝手に考えています。

これからも彼女のキヴォトスでの活躍が楽しみです。

ここまで読んでくれてありがとうございました。
ミスブルーでした。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(必須:50文字~500文字)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。