英雄になれない元勇者   作:ダンまち=スキー

10 / 26
酒は飲んでも呑まれるな

 

「あぁ、ベル君に会いたい……」

 

 連日の重労働で心身が摩耗しているヘスティアは、己の眷属のことを思い浮かべる。ついこの間まではダンジョンから帰ってくる少年を優しく迎え入れるのが日課であり楽しみであったのに、今ではすっかり立場が逆転してしまっている。そんなことを考えていた次の瞬間、目に入った光景にヘスティアは絶望した。

 

 庇護欲をかきたてられる小さな少女が、隣から差し出される手を愛おしそうにしっかり握っている。そしてその隣にいるのは、自分を見上げてくるそんな少女に優しく微笑むベルの姿。

 

 泣きっ面に蜂。身も心も疲れ果てた状態で最後のオアシスを奪われたヘスティアは、彼らに背を向けて走った。

 

 

「──ベル君が浮気したぁ!」

 

「そもそも、夫婦どころか恋人でもない者が浮気うんぬん語るのはおかしいであろう」

 

 乱暴な笑い声や決して上品ではない言葉が(しき)りに飛んでいる場末の酒場で、ヘスティアは涙ながらに吠えた。しかし、帰ってくるのは無情なマジレス。ヘスティアは酒を煽った。

 ヘスティアと卓を同じくするのはミアハ、医療系ファミリアの主神である。ヘスティアとは底辺ファミリア仲間で、ベルもポーションの調達で世話になっていた。そして、たまたま出会ったヘスティアに強引に連れ込まれ、ヤケ酒に付き合わされている哀れな被害者だ。

 

「くそぅ! 一体なんなんだあの子は!ベル君はボクのだぞッ!!」

 

「その発言はいくら主神と言えど横暴というものだ」

 

「分かってるさそれくらい! 言ってみたかっただけさ!」

 

「もう酔っているのか?」

 

「おうともさ!」

 

 酔わなければやっていられるかと、ヘスティアは浴びるように酒を飲んでいく。泥酔したヘスティアは、ぼーっとどこか遠くを見つめていたかと思うと、次の瞬間には瞳を潤ませ叫んだ。

 

「うわぁぁぁぁぁんっ!! ベル君ベル君ベルく〜んっ! お願いだからボクの前からいなくならないでおくれー!! 君が笑っていてくれればボクは下水道に住み着いたっていいぜ!? それくらい君のことが好きなんだ! ぶっちゃけ同じベッドで寝たいんだギュウギュウしたいんだ君の胸にぐりぐり顔を押し付けたいんだー!! 君が微笑んでくれればボクはパン3個はいけるんだー!」

 

 ここまで嫌な顔ひとつしていなかったミアハも、流石にドン引きだった。

 

「そうだミアハ! 惚れ薬を作っておくれよぉ! これでベル君を悩殺だ!」

 

「当人がいなくてよかったな。店主、勘定だ」

 

 ヘスティアの所持金は20ヴァリスだった。ミアハが立て替えた。後日、ベルはミアハに補償と土下座をして、ヘスティアのガス抜きをするためお高いディナーに誘った。

 

 

 

 

 

 ◇

 

「あれ、エイナもう上がるの?」

 

「うん、そのつもり」

 

 同僚の言葉にエイナは頷き、デスクを一通り整理してから席を立つ。

 

「わ、定時ぴったし。あのエイナがこんな時間に仕事上がりなんて……まさか、例の彼ピ!?」

 

「ち、違うからね!?」

 

 違くなかった。エイナが普段より早く上がるのは、ソーマ・ファミリアと関わっているベルが心配だったからだった。

 

(別に、お付き合いすることに鈍感なわけじゃないんだけどなぁ)

 

 エイナはそこまで気取っているわけではなかった。彼女はもう19、交際している相手がいてもなんら不思議でない年齢。彼女自身、虚しく思う時だってある。仕事欲に完敗している節はあるが。

 

(でも、中々この人だ! って思える人がいないんだよね……)

 

 エイナに言い寄ってくるのは、その大半が(たくま)しく精悍(せいかん)な冒険者だ。自分を振り回す勢いでぐいぐい引っ張ってくれそうな、そんな頼りがいのある者達ばかり。そんな彼等に、エイナは気後れしてしまっていた。

 

(もうちょっと頼りなくてもいいかなー、なんて)

 

 自他共に世話焼きと認めるだけあって、こう、もうちょっと甲斐性ない方が好ましいかもしれない。1人じゃ困って困って、それでもなんとか1人で頑張ろうとしていて、結局最後にはとぼとぼ自分の元にやってくるような、そんな人物。

 エイナもしょうがないなぁと笑いながら世話を焼き、2人で協力し合いながら築いていく、持ちつ持たれつの関係。自分を頼ってくれる、というより保護欲をくすぐられるくらいの相手がちょうどいい。

 

(あーあ、どこかにベル君みたいな男の人いないかな……)

 

 うん、それだ。いちばんピッタリ来る。言葉にしてみてよくわかった。

 

(そうだよ、私はベル君みたいな男の人がいいんだよ。あははー……は、あは、はぁ……)

 

 おいおい、と虚空に片手でツッコミを入れる。

 ベル君みたいなって、それはもう、ベル君まんまじゃないか。

 

 何もない場所で勝手に赤くなり、誰もいないところであはははっ?!と勝手に笑い出すやたら美人な不審者が、その場に爆誕した。

 

 

 

「あっ、着いた着いた!」

 

 自分1人なのに大袈裟に声を張り、顔の熱が冷めきらないまま廃教会の地下へと入る。

 

「神ヘスティア。ベル・クラネル氏が雇っているサポーターの件について、お話があります」

 

 ギルドで調べた情報を元に推測された、神酒(ソーマ)を求めてベルを嵌めようとしているのではないかという目論見(もくろみ)。大事に至る前に接触は断つべきだと、エイナは意見を述べた。

 

「彼を説得するよう、お願いできますか?」

 

「無駄だよ」

 

「……は?」

 

 思いもよらなかった返答に、エイナが固まる。しかし、その光景にヘスティアは共感を覚えていた。なぜなら自分もベルを説得しようとしたからだ。そして、今のエイナと同じように、切り捨てられた。

 ヘスティアに甘々で大体のワガママを聞いてくれるベルが、この件に関しては断固として譲らなかった。絶対に助けると言って聞かなかった。

 

「ベル君はそのサポーター君を見捨てないって、もう決めちゃってるんだ」

 

 ベルは言っていた。俺には分かる。あいつには助けが必要だ。自分にはヘスティアがいるけど、リリはそうじゃないと。

 

 目を伏せていたヘスティアは、顔を上げてエイナを見た。

 

「不服かい?」

 

「いえ、ベル君がそう言うなら……信じます」

 

 エイナはリリのことを信用していない。だから、自分が信じるベルを信じることにした。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 一般的に流通している神酒(ソーマ)は、ボトル一本でお値段60000ヴァリス。ベルの装備一式より余裕で高く、お高い冒険者用のアイテムとか装備品の領域だ。ただの嗜好品がこの値段。しかし、店頭に並んだ瞬間に売れてしまう。それだけの美味しさがある。

 

 しかし、それらは全て失敗作。

 

 完成品は、一口で酔う。

 物理的にではなく、文字通り心酔する。

 

 といっても酒は酒だ。薬と書いてヤクと読むような劇物とは違い、頭がパーになったり錯乱したりはしない。依存性はともかく禁断症状はない。

 

 この極限の美味さを作るにはそれ相応の材料費が必要で、その経費を稼ぐためにソーマ・ファミリアは結成され、運営されている。しかしファミリア経営は上手くいかず、稼ぎは中々上がらない。そこで行われたのが、完成品という賞品を起爆剤とする荒業。

 酔った構成員たちは神酒(ソーマ)を求める。しかし再び飲むには集金ノルマを達成するしかない。彼らはソーマの期待以上に資金集めに奔走した。手段を選ばず、周囲を顧みず、他者を蹴落としてでも、死に物狂いで。

 

 酒は飲んでも呑まれるな、という格言があるが、それを通り越して溺れている。違法薬物ではなくとも、使い方は全く同じだ。

 

 ソーマ・ファミリアの眷属達が崇めるのは、

 酒の神(ソーマ)ではなく、神の酒(ソーマ)だった。

 

 本来ならば主神が目を光らせていればこうはならない。ステータスを剥奪できる神に眷属は逆らえないからだ。つまりこの状況は、趣味に没頭すること以外の全てを(ないがし)ろにしているソーマ本人のせいと言っても過言ではない。

 

 

 

 ということで、やってきましたソーマ・ファミリアのホーム。正面突破だが問題は無い。

 

 シル曰く、ソーマ・ファミリアは普段から人っ子一人いない状態らしい。大量の構成員を抱える本拠地(ホーム)なのに、全員が出払っている。神ロキが酒欲しさに玄関で叫んでも誰も来ないくらいにはガランとしているらしい。

 

 そして今日も、そうだった。

 

「お願いします、ソーマ様。リリをファミリアから脱退させてください!」

 

 懇願するその声は震えていた。そんなリリに名前を呼ばれた男神は、なんの反応も示さない。ホームに不法侵入されたというのに、呑気に乳鉢でなにかの調合をしていた。

 

 その様子に痺れを切らし、ベルは口を開く。

 

「俺はロキ・ファミリアに貸しがあってな。あそこの団長にリリの生い立ちと、ついでにギルドで問題視されてるお前の眷属たちのやらかしをチクるぞ」

 

 ロキ・ファミリア団長、フィン・ディムナ。最強のパルゥムであり、同族の再興を目指している冒険者だ。そんな彼に、チクる。紛れもない脅迫だった。

 

 しかし、それを聞いてソーマはゆっくりと動き出す。

 そして、ほとほと面倒そうに、口を開いた。

 

「……簡単に酒に溺れる子供たちの話を聞くことに、何の意味がある?」

 

 その一言で、ベルはソーマの胸の内を悟った。

 

 彼は失望していたのだ。

 自身の眷属に、下界の住人に。

 

 ソーマ・ファミリアが狂った原因である神酒の報酬。しかしソーマからしてみれば、これを飲むためならもっと頑張れるなと、そう思わせるための褒美だった。自分が子供たちにしてやれる唯一のことだった。

 それがどうだ。眷族たちは、彼の言う通り溺れてしまった。我先に得ようと躍起になり、挙句の果てにはお互いを蹴落とし合う。醜い争いだ。愚かな行為だ。

 

 醜態を晒し続ける彼らを見て、ソーマは幻滅した。

 

 行いに問題はあれど、彼もまた被害者だった。

 

「酒に溺れる子供たちの声は……薄っぺらい」

 

 ベルとリリに向けられる瞳は、そこに映っているのは、失望の塊だった。ソーマは棚から酒瓶を取り出し、杯に注いで2人に渡した。

 

「これを飲んで、また同じことが言えたなら、耳を貸そう」

 

 杯に注がれた液体の匂い。それだけで、リリは顔を青白くした。喉が干上がる。汗も止まらない。決して落とさぬよう両手で持っている杯が、手の震えによって取り落としそうになる。

 かつて、自分を獣のように惑わせた酒。その魔力に魅了されておかしくなった当時の記憶が、走馬灯の如く頭を駆け巡った。恐怖に打ち震えながら顔を上げると、そこには顔を驚愕に染めたソーマの顔があった。

 

「ごっそさん、まあ普通に美味かったよ。じゃあリリは貰ってくから。あとさ、チクるのやめるからお土産にこれくれないか? 」

 

 鋼の如き光輝が、その魂から放たれていた。

 

 ベルは地球にいた頃から酒がダメだった。アルコールへの耐性は弱いどころか物凄く高い。しかし、美味しく感じないのだ。誤ってシャンプーが口に入ったような、そんな人間の摂取できる物質ではないという警告が本能から発せられる。毒であると判別され、肉体が拒絶する。

 

 しかしそんなベルが、この神酒に関しては普通だと思った。これは人生初の体験であり、割と驚いている。そして、リリとソーマはもっともっと驚いていた。

 

 それを見て、リリも意を決して神酒を飲む。

 

「あ、あぁ……!?」

 

 舌全体を痺れさせるような強烈な甘み。それでいてしつこくなく口溶けは滑らか。芳香が鼻腔をたちまち駆け抜けていく。後味は爽やかで、最後の余韻にまで意識そのものが翻弄されてしまう。まるで体の隅々にまで染み渡っていくようだ。

 次の瞬間、世界がぐにゃりと曲がった。果てしない陶酔感。意識を捻じ曲げる感動の絶頂。杯は手から脱落し、糸の切れた人形のように膝から崩れ落ちる。頬が上気し、視点も定まらない中で……リリは笑っていた。

 

「……ぁは」

 

 この世のものとは思えない美酒の味わいに心身が溶けていく。何事にも代え難い多幸感。色々なものが削がれては消えていき、それまで抱いていた使命も、想いも、全てが忘れ去られていった。

 

 視界が白く濁っていく。

 体の感覚も、意識も、心も。

 濁って、濁って、濁っていく。

 

 そして、何もかもが白濁に染まっていく中、ふと横を見ると──

 

 そこには、リリには目もくれず、乳鉢を見ているベルがいた。酒って乳鉢となんの関係があるんだろうな〜と間抜けに考えていて、リリの心配など欠片もしていない顔だった。

 

 ──それを見て、リリは一瞬で再起した。

 

 信頼されている。リリなら、ベルの信じる仲間なら、神酒に溺れる獣になど成り下がる筈がないという確信を、リリは受け取った。

 視界が鮮明に戻り、塗り潰された心が元の色を取り戻す。いや、元より鮮やかに色付き、心に炎が灯った。

 

「リリを……リリを、ファミリアから脱退させてください!」

 

 小さな口から放たれた大きな叛逆に、ソーマの動きがぴたりと止まる。弾かれたように視線がリリを向く。愕然(がくぜん)とした表情で、見開かれた瞳で、変わらぬ願いを叫ぶ少女を見た。

 万人を虜にし、数え切れない者達を惑わせた神酒の魔力を、跳ね除けた。脆弱であった筈の少女が、胸に宿す意思だけで、打ち勝った。

 

「神様に教えてもらわなくたって分かる! リリはっ! この日のために間違いを積み重ねてきたんだって!」

 

 例え死んでも、何度生まれ変わろうとも、地獄の底に落ちようとも。リリは、あの白い少年のことを忘れないだろう。自分を救い出してくれたあの手の温もりを、抱きしめてくれた優しさを、許してくれた微笑みを、決して。

 例えリリがリリでなくなっても、忘れない。この魂に焼き付けられたあの光景だけは、永遠に色褪せない。

 

「今度はリリがベル様の力にならないといけない!

 リリを、ファミリアから脱退させてください!!」

 

 主神を真っ直ぐ見つめて、ホームの外まで響き渡る声で、少女は吠えた。

 

 ソーマは立ち尽くす。苦悩も成長もしない神々には届かない目の前の光景。初めて目にする下界の住人の生き様に、魂の輝きに、言葉を奪われていた。

 

「さて。それじゃ、さっさと脱退して帰るか」

 

「……はいっ!」

 

 なんてことのないような発言。事実、リリが神酒に溺れるなど欠片も思っておらず、ベルにとってこうなることは確定された未来だったのだろう。それが、リリは無性に嬉しかった。

 

 

 

「リリ、先に帰っててくれるか? ちょっと用事がある」

 

「……? わかりました」

 

 改宗(コンバージョン)、正確にはいつでも改宗できる待機状態にして、ベルはリリを帰らせた。やがてリリの背中が見えなくなってから、おもむろにソーマが口を開く。

 

「あれは、本当に俺が恩恵を授けた眷族なのか?」

 

「そうだ。お前が勝手に失望して、見限って、放り出した眷族の"1人"だ」

 

 その事実を、ソーマはその場で静かに考え込んでいた。

 

「色々と考えてるとこ申し訳ないが、これだけ言わせてくれ。お前、酒の神だろ。神酒を作るための経費は酒作りで稼げよ。高くて美味いのは、言っちゃあ悪いが当たり前だ。安くて美味いコスパの良い酒を作って、オラリオの酒シェアをかっさらうくらいしてみせろ」

 

 そう言い残し、ベルはリリを追いかけた。

 





個人的にはソーマは可哀想だと思ってます。
子供たちが頑張れるように、自分ができる唯一ことをしてあげたら、それを巡って展開される地獄絵図。
こ、こんなことが許されてええんか……

発言に共感した。
→ ヘスティアに女神ポイント+100点。
三大処女神の一角を落とした少年を見るべく大量の女神たちに追い回され、お高いディナーどころかお姫様抱っこされて街中を駆け抜けていた上に、夜景を見てエモい雰囲気になっていた。
→ ヘスティアに女神ポイント-1万点

完成品の神酒で欠片も輝きが落ちない魂
→ ベルくんに女神ポイント+100点
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。