英雄になれない元勇者   作:ダンまち=スキー

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冒険者歴2週間、人生終了の危機

 

 遠い昔。

 

 ボクたち神は、キミたちの暮らすこの下界に、刺激を求めて降りて来た。

 

 そしてボクたちは決めた。この下界で、永遠にキミたちと暮らそうと。神の力を封印して、不自由さと不便さに囲まれながら、楽しく生きようってね。

 

 ボクたちがキミたちに与えられるのはたった1つ。恩恵という名の、モンスターと戦う力だけ。与えられた子供たちは、その神の眷属──ファミリアになる。

 

 つまり、キミはボクの眷属。ヘスティア・ファミリアの、たった1人のメンバーってわけだ。

 

 …………

 ………………

 ……………………

 

 

 そんな有難い言葉を頂いてから数十分後。オラリオに訪れ、ヘスティア・ファミリア最初のメンバーになってから2週間後のダンジョン攻略中。俺には早くも生命の危機が訪れていた。

 

 相対するはミノタウロス、石斧を持った牛人間。ここ5階層より10層は下に出現する、Lv.3でも場合によっては苦戦する強力無比なモンスター。間違ってもLv1の、どころか冒険者歴2週間の素人が戦っていい相手ではない。だが、走っても追いつかれるので逃げられない。

 

 今の俺にあるのは、ギルドから支給された初期装備のショートソードと、前世で(つちか)った技だけ。だがどちらも有効打にはなり得ない。

 ショートソードは切れても薄皮一枚の嫌がらせが精々で、深く切り込むとミノタウロスが硬すぎて折れる。殴る蹴るは逆に自分の手足がダメージを受ける。魔法は殺し切れる出力にする前に自分の肉体が砕ける。

 

 実力差は歴然で、詰みと言っても過言では無い。

 

「ぐっ……!?」

 

 知能の低いミノタウロスは愚直に武器を振り回すだけ。それでも(なお)、残酷なまでの実力差によってギリギリの拮抗。常に防戦一方で、体力は徐々に失われていく。しかし、時間は稼いだ。五感ではなく魔力によって、自分より圧倒的な格上の接近を感知する。

 

 ……感知……する……

 

 ……助けない。

 

「見てないで早く助けてくれませんかねぇ!?」

 

「……戦わないの?」

 

 思わず叫んだ救援要請に対し、帰ってきたのは挑発とも取れる返答。ド天然なだけで、余裕そうだからまだ()れそうという(むね)の発言だが、初対面かつ実は死への階段を少しずつ降りている人間にそれを理解しろと言うのは(こく)な話だろう。

 

「やってやろうじゃねぇかこの野郎!!」

 

 普通にキレたベルは、それでも(うた)う。

 

「『(しゅ)は処女神。魅了に平伏せず、其を断固として拒む。邪とは情欲、正とは貞潔。今一度(ひとたび)、呪縛を祓わん。即ち破邪、浄化の祭炎、至高の雷』」

 

「平行詠唱?!」

 

 激しい戦闘をこなしながら魔力の制御も行わなければならない平行詠唱は、かなり難しい技術だ。しかもこの詠唱は通常とは異なりステータスに刻まれておらず、完全なマニュアル操作。圧倒的格上であるミノタウロスの攻撃を(さば)きながら行うそれは、しかし全く揺らがない。

 だがそれも当然。なぜなら元勇者であるベルにとっては出来て当たり前の技術であり、ずっとやってきたことだからだ。

 

「グゥモオオオオオオオオオ!!!」

 

「当たるかよッ!!」

 

 高まる魔力に危機感を覚えたミノタウロスはより一層の殺意を乗せて武器を振るう。しかし、届かない。

 

「無詠唱?!」

 

 それどころか足元で唐突に炸裂した炎雷によって急加速した下手人を懐に入れてしまう。ステータスに刻まれたそれは前代未聞の速攻魔法、詠唱を必要としないオンリーワン。

 

 ショートソードを渾身の力で振り下ろしながら、ベルは吠えた。

 

「撃ち砕け──『ファイアボルトオオオオオオオ!!!』」

 

 放たれた真紅の斬撃が、バチバチと雷を(ほとばし)らせながらミノタウロスを飲み込んだ。

 

 魔力切れで気絶しない限界ギリギリの出力を絞り出し、肉体への負荷を可能な限り軽減するため剣を媒介にして魔法を使った。残された力は地上に戻れるかすら怪しい残滓(ざんし)に過ぎず、武器は負荷に耐え切れず灰となった。

 

「フゥ……フゥ……」

 

 それでも、勝てない。焼かれた全身から煙を立ち上らせ、湯気のような白い息を吐きながら動かない。それでも、ミノタウロスは生きていた。大ダメージではある。しかし致命傷ではない。正真正銘の、詰み。

 

 だが、今は1人ではない。

 

 まるで女神と見紛うような、蒼色の軽装に包まれた少女。眩しいくらいに美しいその肢体、繊細な身体のパーツを押し退けて自己主張する双丘を抑え込む、エンブレム入りの銀の胸当て。真っ直ぐに伸びる金髪と、同じ色の瞳。

 

 なぜここまで細かく観察できたかと言えば、地に向けられたその剣先からは既に血が(したた)り、ミノタウロスは灰になっているからだ。

 技術では全く無い。小手先の技術など使うまでもなく、単純な速度差により、彼女の行動一切を知覚できなかった。

 

 その強さからはとても想像できないような華奢な身体と、その上にちょこんと乗っている童顔。感情の一切を映さぬ金の瞳が、俺に向けられていた。

 

 Lv.1の駆け出しでも、それどころかオラリオにいるならば誰もが知っている。オラリオの二大巨頭ロキ・ファミリアに所属する第1級冒険者。全体で見てもヒューマン最強、異種族間だろうが女性だけなら最強の一角。

 

【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン

 

「あの……大丈夫、ですか?」

 

「……ああ、どうもありがとう」

 

 言いたいことは多々あったが、命を救われたことは紛うことなき事実なので、ベルはそれらを飲み込んだ。

 

 そこでふと思い立つ。一体、ミノタウロスはなぜこんなところまで来たのか、と。

 答えは1つ。ちょうどダンジョンの奥深くに遠征中のロキ・ファミリアが、上層に逃がしてしまった。よく考えなくても大失態である。

 

 Lv.1に推奨される上層は12層までなわけだが、ここは5層だ。冒険者の大部分を占めるLv.1が、出会った瞬間に死を覚悟し、しなくても容易にワンパンされるモンスターを、逃がした。

 ギルド伝てに他のファミリア……それも大手に知られれば、確実に面倒なことになる。ウチの新人が死ぬとこやったんやぞ、と。ギルドからのペナルティも覚悟しなければならないだろう。

 

「本当にありがとう!」

 

「え、待」

 

「それでは失礼します!」

 

 だから俺は逃げた。主神であるロキは終末を起こそうとするヤベー奴だ。零細ファミリアのLv1を1人コロコロするだけでリスクを潰せる状況、少なくともダンジョンの中でその一派に会う勇気がベルには無かった。

 だから、背後から聞こえた『どうしてそんなに強いんだろう』という煽っているとしか思えない発言も無視して、ボロボロの体にムチを打ち、地上へと急いだ。

 

 

 

 

 

 ◇

 

「エイナさん」

 

「ん?」

 

 ダンジョンを運営するギルドの窓口受付嬢、エイナ・チュール。彼女は片手に持った冊子から顔を上げ、眼鏡を指で整えた。

 ほっそりと尖った耳に澄んだ翠玉色(エメラルド)の瞳。セミロングに整えられたブラウンの髪。美しいその容姿は、細い身体も相まってギルドの制服である黒のパンツスーツを綺麗に着こなしていた。

 

(今日も無事だったんだ……)

 

 彼女は自分を呼ぶ声の主を直ぐに察し、ほっと息をつく。既に半月前だ、あの少年がギルドで手続きを行ったのは。

 彼はまだ14歳、年端も行かない子供である。そんな彼が、職業柄、犠牲者の絶えない冒険者としてダンジョンに潜る。無論、いい顔は出来なかった。

 

「ダメじゃないの、いきなり5階層まで潜るなんて! パーティを組まずにソロでダンジョンに潜ってるだけでも危険なのに! それに、そのボロボロの防具と身体中の傷……冒険なんかしちゃいけないって、いつも口を酸っぱくして言ってるでしょう!?」

 

「いや、これは違うんです。なんかキリが良かったしモンスターもさほど強くなかったから5階層まで行ったのはいいんですけど、そこでミノタウロスに会いまして」

 

「はぁ?!」

 

 ワンチャン聴き逃して貰えないかなと小声&早口でまくし立てた小細工は一蹴され、説教の(ラッシュ)が始まった。

 エイナさん曰く、『冒険者は冒険しちゃいけない』。矛盾しているように聞こえるが、要は『安全第一』ということだ。

 実際これは一般論として正しいことであり、特に俺のような駆け出しは肝に銘じなければいけないのだとか。なんでも冒険者は成り立ての死亡率が1番高いらしい。

 5階層でミノタウロスと遭遇するなんてイレギュラーは誰にも予想出来ないが、エイナさんに言わせれば『ダンジョンでは何が起こるか分からない』ということだそうだ。

 

「ところでその、消されたりしませんか? 闇討ちとか……」

 

「それは大丈夫。神ロキは眷属(こども)想いで有名だから」

 

 ベルは(まぶた)を下ろし、胸に手を当ててほっと一息つく。

 

「換金はして行くの?」

 

「はい、ミノタウロスに出くわすまでは色々と倒してたので」

 

「じゃあ、換金所まで行こう。私も着いていくから」

 

 子供扱いされると、意識を取り戻した当初のことを思い出してむず痒くなる。周りがみんな異常に優しくて困惑したものだ。だから恩返しとして村に近付くモンスターは狩ったし畑仕事も積極的に手伝った。

 今ではこの外見も気に入っている。白髪赤眼のイケメン、どの表情も絵になる。男視点で評価するのは難しいが、オラリオに来る前はやたら年上にモテたので実証済みだ。ハンカチを噛んで悔しがる祖父を見るのは大変に愉快だった。その点は感謝しかない。

 

 そんなことを考えながら、換金所に向かい本日の収穫を受け取る。手に入れた魔石。全て合わせて約5000ヴァリス。

 

「ベルくん……」

 

「はい? ……ああ、違うんです! 今日は──」

 

 いつもと比べかなり少ないが、これはミノタウロスのせいだ。まだ昼やぞあの牛野郎が、武器もぶっ壊れたわい!

 サボってたと思われたら心外なので、弁明はしっかりしておく。

 

いや、多いんだけど……」

 

 途中でエイナさんが何か呟いた気がする……まあ、その音量で言うってことは独り言みたいなものなんだろう。それにしても、今になって強く思う。本当に、悔しいと。

 

「……どうしたの? ベルくん」

 

 帰り際、出口まで見送りに来たエイナさんが俺を引き止める。それに続く問に、俺は自分で思っていたよりも追い詰められていたのか、あっさりと口を開いてしまった。

 

「悔しくて……いや、分かってるんですよ? ミノタウロスは駆け出しが勝てる相手じゃない。それも、冒険者歴2週間なんて尚更。ただ、自分の弱さを改めて実感したというか、なんというか」

 

 勇者をやっていた頃のことを思い出した。俺が負ければ友が、民が死ぬ。敗北の許されない状況で、それでも最初は負けて、負けて、沢山の大切なものを失った。

 拳を胸のあたりで強く握り、それを見下ろす。力が入り過ぎた拳は、他のことを誤魔化すように震えていた。しかし少しの沈黙を経て、エイナさんの目の前だったことを思い出し、眉間に寄った皺を解きほぐす。

 

「その……とにかく、精進あるのみだな〜と」

 

 笑顔を必死に取り繕う俺に向けて、エイナさんは逡巡(しゅんじゅん)する素振りを見せながら、思い切ったように小さな口を開いた。

 

「あのね! めげずに頑張っていれば、その、ね? ……と、とにかく! 私はベルくんを、応援してる、から……」

 

 後半になるにつれてボリュームが落ちていったその言葉を聞き、顔を赤くして目を伏せ上目がちにこちらを伺ってくるエイナさんを見て……ギルド職員ではなく、1人の知人として励ましてくれていることに気付いた俺は、自分でも単純だなと思いながら、驚くほど簡単に笑顔を取り戻した。

 

 勢いよくその場から飛び出した後、すぐに振り返り、エイナさんに向かって叫ぶ。

 

「エイナさん! 愛してるー!!」

 

「えうっ?!」

 

「ありがとー!!」

 

 顔を真っ赤にする彼女を軽く確認し、俺は笑いながら街に走って行った。




うちのミノタウロスはLv1だとどう足掻いても勝てないくらいの強さです。カンストしたステータス、スキルによるバフ、強力な武器を揃えてから出直してください。

初期装備のショートソードはエイナさんに新しいのを貰いました。イレギュラーによるやむを得ない破損ってことで。

アイズ「(動きからしてLv1なのに)なんでそんなに強いんですか?」
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