英雄になれない元勇者 作:ダンまち=スキー
壁にある時計を確認すると、時間は5時。なぜこんなに朝早いのかと言えば、金欠だから照明をケチって暗くなったら寝ているからである。もっとも起きていたところですることもないのだが。
なんだか顔が熱いが、ヘスティア様が俺の上でその身体からは想像も出来ないような
ウォーミングアップがてら軽く走りながらダンジョンに向かっていると、ふいに空腹感を感じた。金欠がどうのと言っておきながら、さっそく外食をするのはなんだかなぁ……と思いつつ、周囲を見渡してこの時間でも空いている店を探した、その時。
「……っ?!」
自分でも驚く程の勢いで振り返る。思わず声が出るほどの、隠す気もない視線。悪意や殺意があったわけではないので正確な位置は分からないが……物を値踏みするような、嫌な視線だった。
改めて周囲を見渡す。カフェテラスの準備を行う店員、路地の角でたむろする獣人が2人、2階から大通りをぼーっと見つめるヒューマン。不審な影はない。むしろ、道の中央で停止している俺の方が不審だ。
「あの…?」
後ろからの声に振り返ると、そこにいたのはヒューマンの少女……いや、女神? 多分そう、部分的にそう。なんだか不思議な気配だ。
光沢の薄い銀、鈍色の髪を後ろでお団子にまとめ、そこから尻尾がぴょんと飛び出ている。白いブラウスと膝下まで丈のある若草色のジャンパースカート、その上から長めのサロンエプロン。
「……なんのご用で?」
「これ、落としましたよ?」
差し出されたのは魔石。今の体で空間魔法は燃費が悪いなんてものではないし、魔道具を作ろうにも出力不足。よって腰に下げているのはただの袋だ。日に1万ヴァリスしか稼げない原因でもある。
いつもは口を紐で固く縛っているし、魔石はギルドで全て換金したはずなのだが……まあ、ラッキーだと思って受け取ろう。
「すみません、ありがとうございました」
「いえ、お気になさらないでください……ところで、冒険者の方ですよね? こんなに早くからダンジョンに行かれるんですか?」
「ええ、まあ」
曖昧に応えると、彼女は店内に走り、そしてすぐに戻ってきた。その手には小さなバスケットが抱えられている。そして、それを差し出す。
「これをよかったら。まだ店がやってなくて、賄いじゃあないんですけど……」
「それってつまり、あなたの朝食ですよね。流石に受け取れませんよ」
「このまま見過ごしたら、私の良心が傷んでしまいそうなんです。それに、私の方はお店が始まれば賄いが出ますから。だから冒険者さん、どうか受け取ってくれませんか?」
店員さんは少し照れたようにはにかんだ。
俺が答えに窮していると、彼女は少し意地悪そうな笑みを浮かべて、俺の目の前にすっと顔を寄せてくる。
「その代わり、夕飯は当店で。約束ですよ? 」
どうやら客引きだったらしい。しかし、親近感が湧くな。うちの主神もバイトしてるし、零細ファミリアの主神はバイトするのがオラリオのスタンダードなのかもしれない。
「ダメ……ですか……?」
唇に指を当て、上目遣いでそう言われた。
あ、あざと……
「わ、わかりました」
「うふふっ♪ ありがとうございます!」
◇
外食するからいつもより稼がないとな……そう張り切ってダンジョンアタック。足取り軽く
日は既に西の空へ沈もうとしていた。赤と橙の中間色と代わるように空を染めるのは、蒼い
周囲からは数え切れない陽気な笑い声が聞こえる。仕事を終えた労働者が、ダンジョン帰りの冒険者が、今日も一日の締めくくりにとばかりに酒盛りに
(この辺りの筈だが……)
周囲は早朝の光景から様変わりし、酒場を中心に漂う熱気や、路上だろうがお構い無しに肩を組んで踊り狂う人々の姿が見える。吟遊詩人の歌や大衆的な音楽がどこからともなく流れ、喧騒の隙間を泳いで行く様は、ここがすっかり夜の顔に移り変わったことを教えてくれた。
「あっ、来てくれたんですね! 」
ようやく見覚えのあるカフェテラスを見つけ、その店頭で足を止めると、朝にあった店員さんが呼び止めてくれる。看板を見ると書いてある店の名前は『豊穣の女主人』
「そういえば、自己紹介がまだでしたね。私はシル・フローヴァって言います。シルって呼んでください!」
「ベル・クラネルです。改めてよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします! それではどうぞ中へ!」
中に入って最初に目に付いたのは、恰幅のいいドワーフの女性。恐らく『女主人』というのは彼女のことだろう。厨房では
店名の由来を察しつつ、プライドの高いエルフまでもが店員に紛れ込んでいることに驚いていると、シルさんに導かれるまま座った席の目の前のカウンターに料理がドンッ! と勢いよく置かれた。
(なんか……デカくね? というか注文してないんだが?)
なぜか唐突に出てきたのは山のように盛られた巨大なスパゲティ。ナンデ?
「アンタがシルの知り合いかい? 冒険者って割に、可愛い顔してるねぇ!」
「それはどうも」
「なんでもアタシ達に悲鳴を上げさせるほどの大食漢らしいじゃないか! じゃんじゃん料理を出すから、じゃんじゃん金を使っておくれよ!」
「?!」
ばっと背後に振り返ると、シルさんはそっと目を横に逸らした。
(この人目を逸らしました!)
誰に向けたかも分からない謎の報告が心中で発せられる。早朝に魔石を渡してきたのが客引きのためとは気付いていたが、まんまと嵌められた。
ドンッ!──スパゲティの隣に出現するは巨大なナマズ?の丸揚げ。
「足りないだろ? 今日のオススメだよ!」
「頼んでないんですけどォ!?」
「若いのに遠慮しなさんな!」
女主人は爆笑しながら厨房に消え、気付いたら置かれていた謎の飲み物も含めた合計3品が俺の目の前に出揃った。
値段は全部合わせて1350ヴァリス。このうち850はナマズだというのが納得いかない……いかないが、美味い。いやホント、名前も値段も知らないけど、凄く美味い。
これがこの店の手口なのか。しかし、店内にいる人々は、皆揃って楽しそうだ。
「どうです? 楽しんでますか?」
「ええ、とても」
「それはよかった♪」
皮肉はスルーされ、それからシルさんと、少しだけこの店について話した。
女将のミアさん──店員はお母さんと呼んでいるらしい──は元冒険者で、所属するファミリアからは半脱退状態らしい。神の許しを貰い、この店を一代で建てたそうな。
従業員は女性のみと徹底的。なんでも訳ありな人が集まっているらしいが、シルさんは環境が良さそうだから働いているとか。
「このお店、冒険者さん達に人気があって、繁盛しているんですよ? お給金もいいですし」
「今夜も期待できるでしょうね、哀れな生贄をひとり捧げたので」
「ふふ、ジョークじゃないですか、ジョーク。それに、ここにはたくさんの人が集まりますから。たくさんの人がいると、たくさんの発見があって……私、つい目を輝かせちゃうんです。知らない人と触れ合うのが趣味というか……こほん、とにかくそういうことなんです」
横からじっと注視する俺の視線に気恥ずかしくなったのか、頬を赤らめてわがとらしく咳をつくシルさん。
「人と接するのは得意じゃないけど……でも、分かる気がするよ」
「あれ、敬語はやめたんですか? そっちの方が嬉しいですけど」
「気を使うだけ無駄なことに気付いた」
「えーひどーい♪」
そんな風に共感を覚えていると、突如として十数人規模の団体が俺と対角線上の席に案内される。この店、予約もできるのか……なんて考えていると、目に入る金髪金眼の美少女。アイズ・ヴァレンシュタインその人である。
ということは、ロキファミリア。といっても、俺がどうこうなるわけでもなく、ただ後ろが騒がしくなるだけだ。やや緊張しながら、冷めない内に料理を食べ進める。
「よっしゃあ、ダンジョン遠征ご苦労さん! 今日は宴や! 飲めぇ!!」
ロキ・ファミリアは酒場らしく騒ぎ出した。ジョッキをガツン!とぶつけ合い、それを見た他の客も思い出したかのように酒を煽り始める。
「ロキ・ファミリアさんはうちのお得意様なんです。彼らの主神であるロキ様に、私達のお店がいたく気に入られてしまって」
シルが俺の耳に口を寄せて手で壁を作りながらこっそり教えてくれた。……このあざといムーブ、絶対わかっててやってるよなコイツ。
「そうだ……アイズ! そろそろ例のあの話、皆に聞かせてやれよ!」
「あの話……?」
シルにジト目を送っていると、狼人の青年がなにかの話を催促し始めた。
「あれだって、帰る途中で何匹が逃がしたミノタウロス! 最後の1匹、お前が5階層で始末したろ!? そんでほれ、あん時いた野郎の!」
──それ、俺では?
「17階層で襲いかかってきて返り討ちにしたら、すぐ集団で逃げ出してった?」
「それそれ! 奇跡みてぇにドンドン上層に上がっていきやがってよ~! こっちは帰りの途中で疲れてたってのに!」
今まで聞いた情報をまとめると、深層まで遠征していた彼等は地上に帰る途中で遭遇したミノタウロスの群れを仕留め損ね、それを追いかけて最後の1匹を5階層まで追い詰めた後、アイズ・ヴァレンシュタインがトドメを刺した。
そして、その場にいたのが──
「それでよ、いたんだよ、いかにも駆け出しって感じのガキが!」
──俺だ。
「抱腹もんだったぜ? 兎みてぇに壁際の袋小路に追い詰められちまってよ、顔引き
「ふぅん? それで、その冒険者はどうしたん?」
「身の程も知らねぇでミノタウロスと戦ってよ~! デカイの1発かました後は『もう死んじゃう!』って顔してたんだぜ? そこですかさずアイズがミノを細切れにしてやったんだよ、なっ?」
「…………」
その物言いに、アイズは不快感を
「それでそいつ、ボロっボロの雑巾みてぇになっちまったんだよ! くくくっ、ひーっ、腹痛ぇ!」
「うわぁ……」
「ほら、そんな怖い顔しないの! アイズ! 可愛い顔が台無しだぞー?」
どっと笑いに包まれるロキファミリアの面々。
だがアイズは反対に、自分のいる場所はまるで外界から切り離されたように感じられた。
「ああいうヤツがいるから俺達の品位が下がるっていうかよ、勘弁して欲しいぜ!」
──やめて、と。
アイズは反射的に心の中で
今、自分がどんな顔をしているのか……アイズには分からなかった。胸に奥でささくれ立とうとするこの感情をどう表現すればいいのか分からない。
「いい加減そのうるさい口を閉じろ、ベート。ミノタウロスを逃がしたのは我々の不手際だ。巻き込んでしまったその少年に謝罪することはあれ、酒の
「おーおー流石はエルフ様、誇り高いこって! でもよ、そんな救えねぇヤツを擁護してなんになるんだ? ゴミをゴミといってなにが悪い!」
「これ、やめぇ。酒が不味くなるわ」
「アイズはどう思うよ? あんな情けねぇ野郎が、俺達と同じ冒険者を名乗ってるんだぜ?」
「……あの状況じゃあ、しょうがなかったと思います」
なぜ心が乱れているのか。彼に幼心の自分を、あの大切にしまってあった英雄に助けられる
「何だよ、いい子ちゃんぶっちまって……じゃあ、質問を変えるぜ? あのガキと俺、ツガイにするならどっちを選ぶってんだ? あぁ!?」
「ベート。君、酔ってるね?」
「うるせぇ! ほら、アイズ、選べよ。雌のお前はどっちの雄に尻尾を振って、滅茶苦茶にされてぇんだ? いや、聞くまでもねぇか。お前があのガキを受け入れるわけねぇもんなぁ!」
高ぶっていた感情に冷や水を浴びせられる。
だって、それは、事実だったから。
アイズには弱者を
その目は常に、遥か高みへと向けられている。
その先に叶えなければならない願望がある。
もう、アイズは、弱い過去の自分には戻れない。
そして、彼は言った。
「雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねぇ」
アイズが否定できない、その言葉を。
だが、直後。
「見苦しいな」
「……なんだと?」
イラついていないと言えば嘘になる。しかし、自分だけのことだ。反論して事を大きくするつもりなんてなかった。
しかし、アイズ・ヴァレンシュタインを見て。その表情や、卓の下で震えるほど強く握られた拳を見て、ベルはつい口を出してしまった。
必然、それに噛み付く狼人。威圧的な態度を隠そうともせず、自らに反抗した者の元へと向かう。
「お前の話、俺は笑えなかった」
「テメー、ミノに追いかけられてた兎野郎……ハッ、そりゃテメーが雑魚だからだ!」
「いいや、違う。確かに今の俺と比べれば、お前"ら"は圧倒的に強い。だが、お前らが俺を笑えるのは、強いからなんかでは決してない」
「んだと? 雑魚が、俺が手を出せねぇとでも思ってんのか!」
挑発されたと思い臨戦態勢に入るベートに対し、怯える様子など欠片も見せず、ベルは向き直って言った。
「お前らが笑えるのは、忘れているからだ。冒険者になって2週間の頃を思い出せ。お前らはどれだけ強かった。Lv2か?Lv3か? そんな筈はない。誰だって最初は
怒りは見えない。しかし、ただ静かに語るだけのそれは、静まり返った酒場ではよく聞こえた。
「別に怒ってない。俺がミノタウロスにボロ雑巾にされたのは事実だからな。ただ……お前らの積み重ねてきた研鑽が、忘れられる程度のものだったというだけのことだ」
今度は、意図した挑発だった。しかし、ベルを笑っていた冒険者たちは、皆一様に
数秒の沈黙の後、ロキ・ファミリアの長であるフィンが席を立つ。
「うちの団員がすまなかった。ミノタウロスを5階層まで逃がしてしまったのは紛れもない失態、我々の責任問題だ。相対したのが君でなければ、ギルドを巻き込んだ大騒動になっていたかもしれない。本当に、申し訳なかった。そして、ありがとう」
「いや……すまない、こちらこそ言い過ぎた」
頭を下げるフィンに対し、ベルは気まずそうに返した。そして、カウンターに向き直り、一口だけ飲み物に手を付けて繋げた。
「そこの狼くんは、今は泥酔しているだけで、根は良い奴なんだろう。視ればわかるよ、誇り高い魂の持ち主だ。5階層まで来ていたということは、先陣を切って他の冒険者たちを助けていたということ」
「……テメーの不始末を、テメーでつけたってだけだ」
ベートは、ぶっきらぼうにそう返した。
好きの反対は無関心。諸説あるが、ベルは一理あると思っている。雑魚だから嫌う、嘲る……だがそれはつまり、大なり小なり気にかけているということ。いつも悪態ばかりついているその裏で、だ。
(弱ぇ奴を見ると苛つくんだよ! テメーらはお荷物だ、強ぇ奴らの足手まといでしかねぇんだ! 冒険者を気取って満足して、危なくなると泣き
泥酔していた彼の内心はそう煮えたぎっていた。
だが、忘れているだけ……ベルにそう言われて脳裏によぎる、ロキファミリアに所属した当初の自分。食ってかかったドワーフに簡単に沈められ、拳を握ることしか出来ず惨めに這いつくばっていた自分の姿。
ベル・クラネルは、遥か格上であるミノタウロスと戦っていたあの冒険者は、吠えていた。自分の全てを絞り尽くして、武器すらも犠牲にしながら、それでも。
すっかり酔いが覚め、認識が現在に戻る。
ベートは頭を下げた。
「……悪かったな、お前は強い」
「いや……そうでもないさ」
またしても訪れる気まずい沈黙の時間。
しかしそれを切り裂くように、ベルはお代をテーブルにドンと置いて出口へと歩を進める。
そして、出る直前で止まり、言った。
「……俺なんかに敬意を表してくれたあなたを嘘つきにするわけにはいかない。だから、宣言しておこう。ランクアップの
初心を忘れて無さすぎてベートが喋るたびスリップダメージを受けていたアイズ・ヴァレンシュタインさん