最強の処刑人、罪なき聖女を殺せと言われたので二人で逃げて成り上がる 作:滝浪酒利
「夜より深く、静かな刃、落月せよ――葬送黒刃」
鎌の先端のような黒い刃が幾本も、アリスの周囲の地面からそびえ立ち、それらはムカデの足のように自在に動きながら襲いかかってきた。
人間の腕が振るうものとはまるで違う、全く動きの読めない刃と斬り結ぶ。
「ぐっ‼」
なおかつ、一撃一撃が重い。まともに打ち合えば容易に体幹を崩されてしまう威力を、何とか滑らせて弾き逸らす。
だが、俺にも勝機はあった。
打ち合った黒刃が折れる。その破片が溶けるように俺の剣に吸い込まれていく。
ハルドル家に代々伝わる処刑執行剣。その出自に由来するアリスの暗黒魔法との劇的な相性が、俺に辛うじて互角の戦いを許してくれていた。
「驚いたわ。圧縮して固めても強引に削り取られるなんて。お兄さん、何人殺してきたの? その剣で? もしかしてとてつもない殺人鬼なのかしら」
「だろうな……」
しかし刃は続々と現れ、二本の腕しかない俺の対処能力をすぐに飽和させる。
その寸前に、イリスの声が響き渡る。
「飛べ。ひかりの円環よ――滅殺輪廻!」
回転する光の環が、ブーメランのように空中を旋回しながら俺の周囲の黒い刃を薙ぎ払い、粉砕していく。
イリスの魔法はそのままバチバチと帯電しながらアリスへと突っ込んでいった。
「小娘が――!」
アリスは再び黒い鎌刃を生み出した。幾重にも折り重なったそれは壁となってイリスの魔法を弾き、しかし、光かがやく浄化の滅殺光輪は、弾き飛ばされた先で急停止すると再び標的へと向かっていく。
それと併せるように、俺はアリスへ向かって突進した。
地面から生み出される黒刃を叩き折り、間を縫って近づいていく。
が、俺の手前に突如として、イリスの魔法が飛んできた。
「‼」
いや、違う。アリスの刃がまるで牙で噛んだように光輪を挟み捕え、それを俺に向かってぶつけてきたのだ。
まずい。イリスの魔法は、俺の剣では防げない。
死を覚悟した瞬間。しかし光の環は俺を一切傷つけることなく体を通過した。
「あら。対象指定も使えたのね」
「私がカインを傷つけるはずが、あるわけないじゃないですか」
刹那的に、周囲の魔力の震えを通して交わされた二人の術者の会話の意味はよく分からないが、ともかく助かった。
その事実に感謝しながら、俺は刃の群れを突破した。
しかしアリスはもうすでに、踊るように後ろに下がって距離をとっていた。
俺は踏み込まず、その場にとどまった。
イリスと離れすぎると、咄嗟に庇えない、この距離が限界だ。
彼女もそれは分かっているように、俺の後ろにつかず離れずの距離を保つ。
仕切り直しとなった盤面を見つめながら、アリスが言った。
「……ああ、そうか。その魔法、そしてその剣、分かったわ。お姉さん、確か聖女といっていたわね。そしてお兄さんは処刑人でしょう、あなた? なんで一緒にいるのかしら?」
「どうして知ってる」
まさか知っているとは思わない相手からの言及に俺は驚きつつ、呼吸を整えた
やっぱりね! と、アリスはまるで本物の子供のような顔で笑った
「当前だわ! だってワタシも、元は聖女だったんだもの」
「――」
その言葉に受けた衝撃は、恐らく俺よりイリスの方が大きかった。背後から息をのむ音が聞こえてくる。
微笑みながら、歌を口ずさむようにアリスは続けた
「たしか、もう三百年ぐらい昔の話だったかしら、ワタシが人間だったのは。
きっと今でもそうだと思うけど、当時から高位聖職者以外の回復魔法の使用が禁止されていたのよ。でも、ワタシはその禁を破ったの」
アリスは目を細めた。彼女の中に残った、人間的なものの名残のように。
「ワタシのパパとママ、流行り病で倒れてしまったの。だから助けるために魔導書を盗んで回復魔法を覚えたわ。それでパパやママや、他の人達をこっそり治してたの。それで当たり前に見つかって、ワタシが助けた人たちは全員殺されたわ」
「――」
「不正な手段で命を長らえたから、という罪でね。ワタシも捕まりそうになったけど、何とか逃げて、それで決めたの。この国の偉い奴らを全員殺してやると。
そしてワタシは暗黒魔法に手を出した」
聖女になるほど、魔法の才能には恵まれていたから、覚えるのは簡単だったとアリスは言った。
「でも暗黒魔法は死の魔法。強力だけれど使っているうちに、肉体と魂が現世と馴染めなくなってしまうの。時間がないと思ったワタシは、急いで大司教やら教皇を殺しに行って、それで…………ああ、もう、よく憶えていないわ。
ただ、とてもたくさん殺したわ。殺していくうちにどんどん楽しくなって、それで、なんか、全てがどうでもよくなって、気が付いたら
ついに現世から弾き飛ばされた私は、それからずっとここにいる」
そう言って、アリスは己の来歴を語り終えた。イリスが探るように訊き返す。
「そんなこと、聖教国の歴史には――」
「記してあるわけないわ。だって聖女が魔物に堕ちたなんて醜聞を、あの体面潔癖主義者どもが、歴史書に残すはずがないのだもの。
それで、どうしてあなたたちは
違う、と俺は否定の言葉を口にしようとした。しかし先に叫んでいたのはイリスだった。
「あの、だったら……もう戦うのやめませんか!」
「どうして?」
依然衰えない殺意をまといながら小首をかしげるアリスを前に、少女は臆せずこう言った。
「だって、私も同じだからです! あなたと!」
「どういう意味かしら」
「――私の父も、親友も殺されました。特権階級の身勝手で。そして、私も同じように殺されるはずでした、でも、このカインに助けられて、ここまで逃げてきたんです! そして今は……ええと、詳しい説明は省きますが、あの国の腐った部分と戦うために、頑張っています!」
イリスの声はどこか、たどたどしかった。それはきっと、思いがけずに出会った同じ境遇と分かり合いたいという気持ちが、言葉になり切れずに暴れているせいか。
そんな真摯な声を聞いて、アリスは切なそうに目を細めた。
ゴシックドレスの少女が背負う殺意は、いつの間にか消えていた。
「そうなの。お姉さん、お兄さん、あなたたち。そう、そういうことだったのね」
かに思われた、直後。
「――じゃあ、なおさら本気で殺すわね」
深紅の瞳が見開かれる。悲壮なまでの激憤を混ぜた殺意が、形をもたない嵐となって吹き荒れた。
「……アリス! どうしてですっ!」
「だって、許せないのだもの」
めらめらと、ゴシックドレスの裾が、袖が、闇の炎で燃え上がる。
抑えきれない魔力の露出反応が、かつて少女だった化け物の姿を焔で覆う。
「その通りよ、小娘。ワタシたちは同じなの。あなたはきっと、ワタシなの。あの日あの時、きっと誰かに助けてもらったおかげで、こんなことにならずに済んだワタシなのよ」
血の涙を流しながら、アリスは言った。
なりたくてなったわけじゃない。でも、自分は堕ちるところまで墜ちてしまった。救いの手と出会わなかったせいで。
「だから憎たらしいわ。許せないわ。殺したいわ。あなたたちはとても眩しくて、もうどうしようもないワタシが、はっきりと分かってしまうのだもの。
だから――ここで殺す。いま殺す。覚悟しろ」
「そん、な……」
愕然とするイリスを、俺は咄嗟に怒鳴りつけた。
「ぼさっとするな! イリス! 来るぞ!」
「っ‼」
割り切るしかないのだ。
悲しむのも、怒るのも、そうした全ては後からでいい。
今この場の状況に、感情を挟む余地はなかった。
「これはね、さっき殺した人間の骨――これをこうすると」
どういう原理なのか、アリスはスカートの中から取り出した肋骨のついた人間の背骨を振りかざした。
すると、ボコボコと増殖しながら背骨が巨大化していく。
「暗黒魔法と相性がいいのは、あなたの剣だけじゃないのよ。お兄さん」
最早人骨の塔と化した振り下ろしの一撃を、イリスを抱えてどうにか横跳びに回避する。しかしそこで終わらない。増殖を続ける骨が横倒しの塔から矢のように射出される。
「嘘だろ⁉」
「任せて! カイン!」
イリスが出した光の盾が骨を弾いて消滅させる。
しかしそこに、鋭く伸びた肋骨のついた背骨を、双剣じみて両手に構えたアリスが突っ込んできた。
俺は素早く、小脇に抱えていたイリスを下ろして背中に負ぶる。両手を使えるようにする。
「あははは! さあ――どうしてやりましょうか! 怖いわワタシ! あなた達の全身の骨を根こそぎ抜き取ったら、どれほど気持ちよく絶頂してしまうか想像するだけで、とても怖いのっ‼」
斬り結ぶ。
骨と剣がぶつかり合い。しかし、もうすでに骨という溶媒を得ているせいか、さっきまでのようにアリスの魔法を吸収できない。
舞い踊るようなアリスの剣技は滅茶苦茶だった。まるで踊るようなその動作は全く戦闘を目的にしたものとは思えない。しかし増殖し、折れるたびに再生しながら変幻自在に襲いかかってくる骨剣を相手に防戦一方に追い込まれる。
だが、それでいい。背中のイリスさえ無事ならば。
「射貫け、きらめく天の破片よ――通天砲!」
圧倒的な威力の浄化光線が、至近距離からアリスにぶち込まれる。が、しかし。
「泥より熱く、闇より深く、うごめけ炎――暗黒舞踏」
アリスもまた詠唱を終えていた。闇色をした炎の盾がイリスの光線を弾いて四方に飛び散らせる。
そして再び、得意げに笑いながらアリスは斬りかかってきた。
「さあ死んで! 死にましょうよ! 死になさい! その後で、そうだわ! 二人とも仲間にしてあげる! その魂を汚し尽くして新しい体に入れて、ワタシと同じ魔物にしてあげる!
だってそうじゃないと、不公平というものだもの! ワタシだけが、こんな化け物だなんて――!」
「アリス……あなた、は」
耳元でささやかれたイリスの声は、どうしようもないほど震えていた。同情しているのだろう。この魔物の境遇に。
そのことがどうにも耐え難い気がしたから、俺はいつの間にか口を開いていた。
「確かにな」
「?」
「お前は、俺が助けなかったイリスなのかもしれない。だが」
アリスの手にした背骨から、湾曲した肋骨が勢いよくのびて、横の死角から襲いかかって来るのを避ける。
そろそろ、目が慣れてきた。
「お前がそうなったのはお前自身の選択だ。魔人になった後、この
「――」
「お前は確かに、化け物にならざるを得なかったのかもしれない、けれど化け物であり続けたのはお前自身だ。それは不公平なんかじゃないさ」
「黙れ……黙りなさい!」
「それと、骨を武器にしたのは失敗だったな」
「‼」
剣を振るう。迫りくる骨の継ぎ目を正確に命中させ、分解するように斬り払う。
アリスの両手から、背骨の剣が失われる。少女は咄嗟に、足元で闇を爆発させて後ろに逃れようとしたが。
その背中を、背後からの光線が貫いた。
「が、は――‼⁉」
先ほど防御されて四散したイリスの魔法は、しかしそうではなかったのだ。
わざと分裂させ、アリスの背後を大きく迂回しながら収束させ、そして今、防御の切れ間をついて彼女の背中を刺したのだろう。
「安易に新しい魔法を使うのではなく、一度発動した魔法を制御して状況に対応する
あなたが教えてくれたことです――どうもありがとうございました」
「この……小娘があぁぁあっ‼」
その隙を見逃さず、俺はアリスの右手を一閃、斬り落とす。刃を返して下から再び一閃、左手を斬り落とす。上段からの横薙ぎで、腰から下を切断する。
そして上半身の中央に、切っ先のない剣をぶち込んだ。
「がはっ――!」
そうして肋骨をまとめてへし折りながら、両手のない上半身を地面に叩きつけた。
息も絶え絶えの、しかしまだ死んでいないアリスに、俺はほとんど無意識のまま問いかけた。
「答えてくれ――好きなもの、場所、思い出、なんでもいい、言い残したいことを言ってくれ」
「ワタシ、は……」
赤い瞳が、俺を見る。その目はしかし、ずっと遠くを見つめていた。
「パパ、ママ……だい、好き」
それを聞き届けて、俺は剣を振り下ろす。
転がった首は、ほどなく灰のように崩れて消え去った。