最強の処刑人、罪なき聖女を殺せと言われたので二人で逃げて成り上がる   作:滝浪酒利

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第11話 魔界へ その9

魔界(アビス)から帰ると、俺とイリスは人だかりに囲まれた。

 探索者や、街からやってきた見物人など、ゆえも知らない大勢の人々が「門」から出てきた俺とイリスを見るなり、どよめき、歓声を上げたのである。

 

「なんだ、これ」

「さ、さあ……? なんででしょう……」

 

 イリスと一緒に首をかしげる。

 すると、群衆の中から見知った姿が現れた。

 

「俺が説明するぜ」

「あ、人さらいさん」

「強奪王……あの怪我人はどうした」

「探索者ギルドの連中に預けたよ。もう大丈夫だ、それでこの騒ぎなんだがな」

 

 どうやら怪我人を引き渡したところでその経緯を尋ねられたギルバートが、俺たち二人が魔人アリスと浅層で交戦中していると答えたらしい。

 すると、それを重大事としたギルドはすぐさま救援隊を組織して。

 

「今まさに、お前ら二人の助けに入ろうとしたとこだったんだが、そっちから出てきたってことは……なんとかなったのか?」

「はい。……彼女は、倒しましたから、もう大丈夫です」

 

 イリスの答えに、周囲に再びどよめきと歓声が広がった。

 

「魔人討伐なんてあり得ねえ……すげえ偉業だぜ」

「アイツら二人ってあれだろ? 聖教国からの逃亡者っていう元聖女と処刑人……」

「マジか、んな強いのかよ」

 

 そこで、人だかりの中から進み出た一人の男に声をかけられた。

 俺は彼を覚えていた。昼間、魔界(アビス)の中で治療した一人だ。折れていた足を少し引きずるようにしながら、彼は俺の前に立った。

 

「な、なあ。あ、あんた……今日の昼間、俺を治療してくれた人だろ。その、あのアリスを倒すなんて、すげえな。それで、だから、その、改めて礼を言わせてくれよ。あの魔人アリスには、俺の知り合いも何人もやられてたからよ」

 

 不意に両手を握られて、俺は背筋が強張った。

 反射的に飛び退きそうになる体を、しかし横から抱き着いたイリスが押しとどめる。俺を見上げるその瞳は、とても嬉しいように涙ぐんでいた。

 俺の手を固く握ったまま、男が言った。

 

「本当に、ありがとう」

 

 周囲で拍手が起こった。

 なにかが胸にこみ上げてくる。俺は知らなかった。

 誰かのためにしたことが認められると、こんな気持ちになるのだということを。

 初めて知って、そして少し、泣きそうになった。

 

「へ、よかったな。というわけで、約束通りあの怪我人は無事連れ帰ったわけだし、俺もこれで正式にあんたらの仲間ってことで――」

「なあ、そういえばアイツ強奪王じゃないか? あの盗人の」

「あ、ほんとだあの野郎。あいつには昔、財布スられたんだ! ここであったが百年目!」

「取り押さえろ! 逃がすな!」

「あ、ちょ、テメエら何を――ぐえっ⁉」

 

 ギルバートは数人の探索者に囲まれて、地面に抑え込まれた。

 彼らは大声でギルドの職員を呼んでいる。このままではほどなく、彼は引き渡されてしまうだろう。

 

「イリス、どうする」

「うーん……まあ、放っておきましょう。仕方ありません」

「そうだな」

 

 こうして俺たちの初探索は終わり、ヒーラー稼業の一歩目は踏み出されたのである。

 

  ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 そして後日。

 俺とイリスは相変わらず、魔界(アビス)の内部で探索者たち相手にヒーラーをしていた。

 

「先生! こっちに怪我人だ! 魔物に噛まれてる! 早く来てくれ!」

「ああ。わかった」

 

 自然と、俺は先生と呼ばれることが増えた。治療ついでに、応急処置の仕方などを説明しているうちにそうなったのだ。

 隣を歩くイリスは、なぜか俺がそう呼ばれるたびに嬉しそうに微笑む。

 

「牙は抜いた。回復魔法で傷は塞いだ。痛みが消えればもう大丈夫だ。青あざができることもあるが時間が経てば消える。だが万が一、強く痛むようなら俺の所へ来てくれ」

「……は、はい。本当に、ありがとうございます!」

 

 安心したように「門」の方に帰還していく患者の後ろ姿を見届ける。

 今日は朝から夕方まで、もう十数人ほどを治療していた。

 そろそろ、俺たちも戻ろうとかとイリスに声をかける。

 

「そうですね。今日はこれぐらいにしましょうか。……ねえ、カイン。そろそろ私たちも名前が広まってきましたね!」

「そうだな。初日で、あのアリスを倒せたのがデカいんだろ」

「それもそうですけど……私はやっぱりカインの人柄だと思います」

「人柄?」

「はい。やっぱり天職ですよ、カインはヒーラーに向いてます!」

「だといいが」

 

 続けるのが、なぜだか照れ臭くなって、俺は会話を打ち切った。

 そこで、ふと背後から気配を感じた。

 ゆったりとした足取りは敵意を帯びたものではないが、何かをためらうような気配があった。

 俺は念のため、イリスを背中に庇うように振り返った。

 するとそこにいたのは、あの男だった。

 賞金稼ぎ。俺がアリスの炎による負傷から治療した、あの男。

 

「……」

 

 ギルバートに運ばせた彼が、立っていた。

 焦げ腐っていた手足はもう大丈夫なようだ。彼は二本足で立ちながら、頭を掻いて言った。

 

「あの……お前ら、俺を、助けてくれたんだよな」

「はい。カインと私で助けました」

 

 俺の後ろから進み出て、イリスは堂々と返答した。

 男は、うつむきがちに言った。

 

「俺、探索も賞金稼ぎも辞めて、田舎に帰ることにしたよ。仲間もいなくなったし、もうあんな目に合うのはこりごりだ。だから、その前に……」

 

 顔を上げて俺を見て、男は言った。

 

「謝るよ。ひどいこと言って、悪かった。それとありがとう、助けてくれて

 ……それだけだ、じゃあな」

 

 そう言って、男は静かに「門」の方へ去っていった。

 俺とイリスはしばらく、呆気にとられたように見つめ合って。

 それから、小さく互いに微笑んだ。

 その日の、夜。

 

「それにしても、ほんとにヒーラーは引っ張りだこですね! カインの評判も上々ですし、この調子なら、すぐにお金も人脈もがっぽがっぽです!」

 

 宿屋を兼ねた酒場での夕食中。イリスはフライドフィッシュを片手に赤い顔で上機嫌な声を上げた。

 酒は飲ませていないはずだが、雰囲気で酔ったのだろうか。それにしても、どこでそんな言葉づかいを学んだのだろう。

 俺は苦笑して、彼女の頼んだ山盛りの揚げ物を少し食べて、口に残った脂を強い酒で洗い流した。その時だった。

 がしゃりと、椅子の横に立てかけていた執行剣が、ひとりでに倒れた。

 

「カイン?」

「……いや、なんでもない。剣が倒れただけだ」

 

 椅子は動かしていなかった。誰かが通り過ぎたわけでもない。

 しかし、最初からバランスが悪かったのか、こういうこともあるだろう。

 俺は念のため、誤解されないように床の上に身をかがめて自分の体で隠すようにゆっくりと鞘から剣を抜いて、刃を確認した。

 やはり刃こぼれ一つなく、大ぶりな刃はいつものように不吉に鈍く輝いていた。

 しかし。

 

「……」

 

 一瞬。本当に一瞬だけ。

 黒い染みのようなものが、剣に浮かんだ気がした。

 しかし、見間違いでないという自信もない。きっと気のせいだろう。

 俺は剣を鞘に戻して、椅子に座り直した。

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 〈一章 了〉

 

 〈二章 第二類執行者 開始〉

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