最強の処刑人、罪なき聖女を殺せと言われたので二人で逃げて成り上がる 作:滝浪酒利
処刑の日から、おおよそ一か月が経っていた。
あの日死ぬはずだった元聖女、イリス=フェアチャイルドはフォークの先に皮のついた揚げ芋を一切れ刺して、こう言った。
「カイン! 聞いてください!」
昼時、街中の大衆食堂にて。
ここは聖教国ではない。さらにいえば国ではない。
ここはアビスサイド自治領。
そしてあの日、この少女を殺すはずだった俺は、元聖教国特定法務執行者、カイン=ハルドル。
街中の手ごろな価格の食堂のテーブルで、俺は殺すはずだった少女と同じ席で日替わり定食をつついている。ちなみにメニューはそら豆とくず肉のホワイトシチュー、そしてパンと皮付きの揚げ芋だった。
道中で調達した白いブラウスと緑のスカートに茶色のブーツ、長い金髪を後ろ一束にまとめた格好のイリスが、楽しそうに食事をしながら口にする。
「ヒーラーになりましょう! そしていっぱい稼ぐんです!」
「ヒーラーに?」
あの日、大司教を殺してイリスとともに逃亡した俺は、この自治領に身を寄せていた。
そして今、俺の手元には回復ポーションの製法書がある。
俺たちの目的は、これを使って回復ポーションを生産、流通、普及させ、既得権益をむさぼる聖教国上層部を崩壊させることなのだが。
そのためにはまず、何をおいてもカネが必要だった。
ポーションは魔法の薬だ。作るためには専門の設備が必要だし、量産となると工場や土地、さらに人手もいる。つまりそれらを用意するには金がいる。
逃亡のついでに、俺が街はずれの自宅から持ち出せた蓄えはそう多くはない。精々当面の生活費が限度だ。
だからポーションを作るための金は、俺たちがこれから自力で稼がなければならないのだが。
「もぐもぐ……ふふ、美味しいですねこのポテト! 厚切りで外はカリカリ中はホクホク、やはり揚げものは神の食物です」
イリスは美味しそうにカラメル色に揚げられたジャガイモを口にした。そういえば、確か揚げ物が好きとか言っていたか。
「それはいいけどよ……なんでヒーラーなんだ」
ヒーラーとは、回復魔法を扱う魔術者のことである。
聖教国では世襲の高位聖職者しかヒーラーになることを許されない。だから人々は高額な対価を払ってでも、彼らに治療を頼むしかないのだが。
「でもこのアビスサイド自治領には、そんな法律はないそうです。だから、カイン。あなたは人体にとても詳しいですし、牢屋で私にしてくれたみたいに適切な治療方法もご存じ、もちろん低級の回復魔法も使えます! これからの仕事としてヒーラーはぴったりだと思いませんか?」
否定はできない。処刑人としてのこの知識は、人間を効率的に苦しめる、あるいは速やかに殺すための道具だった。しかし違う方向に活かせば、イリスの言う通り誰かを助けることもできるだろう。
「それにヒーラーは世界中どこでも、とても需要のある職業ですから。きっといいお金になるはずです。多分!」
聖教国以外では、回復魔法は誰でも自由に習得できる。だが巷にいるヒーラーの数は、聖教国よりはましだが、決して多くはないだろう。
なぜなら一般的にはそもそも魔法を使える人間――魔術者の数そのものが少ないためだ。
魔法を学ぶための
魔術者は、
だから教本の市場価格はとても高いし、高額な金を払って魔法を学んだ人間は、それで元を取ろうとするだろう。つまりは程度の差こそあれ、どこの国でも回復魔法は金持ちのものというのはあまり変わらないのかもしれない。
「けどだからこそ、腕のいいヒーラーだと評判になれば高い地位の人とコネができますし、そうなればポーション製造に投資してくれる人と出会えるかもしれません」
自力で金銭を稼ぐよりも、誰かに援助してもらえばさらに手っ取り早く話は進む。
イリスは抜け目のないような、得意げな笑みを浮かべて宣言した。
「つまりカイン、私の言いたいことはこうです。――まずはこの街で、ヒーラーとして一緒に成り上がりましょう! おーっ!」
「……」
突然のテンションに、俺は取り残されてしまった。数秒後、無反応の俺を前にしたイリスは、恥ずかしそうに顔を赤くして突き出した拳を下ろした。
さておき、彼女の言い分はもっともだし、筋が通っていないとは思わない。
しかしながら、やはり一つ問題があった。それは。
「言いたいことは分かるが、元処刑人に治療されたい奴なんて誰もいないだろ」
「……それは」
イリスはバツが悪そうにうつむいた。
聖教国から逃亡した処刑人と元聖女の噂は、この自治領にも広まっていた。
さっきから幾人かの客が時折、俺たちの方をあからさまな目つきでちらりと見る。やはり国が違っても、処刑人への差別意識はやはり根深いものらしい。
このままヒーラーとして開業したとして、客が誰も来ないだけならまだしも、下手をすれば嫌がらせや襲撃もあり得る。
俺だけならまだいいが、イリスが危険に晒されるのは避けたかった。
だからやはり、考え直すなら今のうちがいいだろう。
「なあ、やっぱ俺は時期を見て、別れた方がいいんじゃ」
「怒りますよ、カイン」
そんな懸念をつい口に出すと、イリスは不服そうに目を細めた。
「いいですか。少し聞いてください。私だって無垢な乙女じゃありません。だから聖教国でどれだけあなたが……処刑人が、ひどい扱いを受けていたのかぐらい知っていました」
少女は沈んだ声で続けた。
「私はずっと思ってました。……そんなことないんじゃないかって、処刑人だって、そういう仕事を命じられているだけの、普通の人のはずだって。
でも違いました――あなたは、すごく優しくて、普通よりずっと良い人でした」
「そんなわけ……」
「あるんです。ありました。だから聞きますね、カイン。あなたは私と別れたとして、どうするんですか? どこかで不当な差別に耐えながらひっそり暮らすなんて、そんなの許しません」
だって。
「私を救ってくれた恩人が不幸なるなんて、私は絶対に嫌です。だから、私と一緒に成り上がりましょう!」
イリスはそこで、卓上の水を一口飲んだ。ついでのようにポテトを一口。それからまた話し出す。
「けど確かに現実問題として、差別されてしまうのはそうかもしれません。でも、そういう人達だってきっと意見が変わると思いませんか? ――たとえば、命がかかった緊急事態とかならどうでしょう」
「どういうことだ?」
「つまり、生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされたのなら、どんな相手にだって助けてほしいはずです」
それは、確かにそうだろうが。かと言って、生き死にのかかった重体がその辺に常に転がっているわけがない。
というと、イリスは可愛らしい顔ににやりと含みを浮かべた。
「いいえ、あるじゃないですか。このアビスサイド自治領には、そういう人達がたくさん転がっている――ちょっと言い方悪いですね、えと、いらっしゃる場所が」
「まさか」
「はい」
にこりと笑って、元聖女は告げた。
「
探索者が作った国、アビスサイド自治領。
その理由は、この自治領が魔界とつながる「門」を封鎖せずに、そこから内部を探索して得られる財宝や魔物の素材から利益を得ているからだろう。
聖教の教義では、魔界は人間が関わってはならない忌まわしい土地であり、そこから現れる魔物も当然禁忌の存在であり、あまつさえその死体を資源として利用することなど、人としてあり得ないことなのである。
よって公然と聖教国と対立するこの自治領は、だからこそ俺たちに二人にとって、この上ない逃亡場所でもあった。
※ ※ ※ ※ ※
昼食の後、俺たちは街の中央にある自治領市政府庁、その役所内部にある探索者ギルドの窓口に出向いた。
俺は窓口の待機列に並びながら、イリスに訊ねた。魔界に行くことに抵抗はないのかと。
元とはいえ彼女は聖女だ、魔界や魔物に関わるなどとんでもないという聖教の教えにまつわる、何かしらの罪悪感はあると思ったのだが。
「いいえまったく。むしろちょっとワクワクしてます!」
「そうか、いや、ならいいんだけど」
「大体私は、魔物や
「イリス」
「はい?」
「順番が来たぞ」
「へ? ……あ、ああ、すみません! つい夢中になってしまって!」
ギルドの受付は女性だった。茶色の髪を上品にまとめた、小綺麗な身なりの受付嬢である。
背の高い受付カウンターに背伸びしながら、イリスは言った。
「あの、すみません! 私達、
「かしこまりました。それでは簡単な審査を開始させていただきますね」
堅苦しさを感じさせない笑顔で、一段高くなっているカウンターの奥から受付嬢は応じた。
「お二人とも、武器や魔法は扱えますか?」
「はい。私は魔法と、カインは剣と魔法が使えます」
「読み書きは可能ですか? 可能ならこちらの誓約書を読んでサインをお願いします」
「はい。さらさら、っと……どうぞ、カイン」
イリスから渡された筆ペンで記入する。指と指が少し触れ合うのが、まだ不慣れで、どこかむずかゆいような気がした。
「お二人とも計算は可能ですか?」
「もちろんです」
「では犯罪行為などの前歴はありますか?」
「――ありませんよ!」
イリスはごく自然な笑顔で、国家機密漏洩による売国罪をさらりと棚に上げた。
牢で初めて会った時から思っていたが、この少女は可愛らしい顔の割に、かなり肝が太いところがあった。
まあ、この自治領では犯罪に当たる行為は何もしていないので、嘘ではないのかもしれないが。
「ありがとうございます。お二人とも戦闘能力あり、識字および計算能力あり、前歴なしですね。それでは……」
受付の女性は笑顔を浮かべたまま、両腕を✕の形に交差した。
「ダメでーす!」