最強の処刑人、罪なき聖女を殺せと言われたので二人で逃げて成り上がる   作:滝浪酒利

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第4話 魔界へ その2

「ダメでーす!」

「えぇっ⁉ な、なんでですか⁉」

 

 交差した両腕の✕の上で、受付嬢は元気のいい笑顔で宣告した。

 すぐさま、イリスは豆鉄砲を食らったような顔で抗議した。

 

「だ、ダメって、その理由を言ってください! ……もし、私やカインについての変な噂を聞いたのなら誤解です。私たちはただの旅人で、それにカインはとっても優しくて、いい人なんですから!」

 

 ぷんぷんと怒り出す彼女を、俺は気恥ずかしいような気持で横からなだめた。

 すると、カウンターの向こうの女性は噴き出すように笑いだして、✕の字に交差していた両腕を頭上で〇に変えた。

 

「冗談でーす」

「へ?」

 

 ずるりと、カウンターに身を乗り出していたイリスがずっこけたようにバランスを崩した。受付嬢はまた、くすくすと笑って。

 

「すみません。私この仕事大分慣れてしまったせいで、もう普通に渡すんじゃぜんぜん面白くなくて……一回フェイント入れないと満足できないんです」

「な、なんて、はた迷惑な……!」

 

 すみません、と受付嬢はイリスに謝罪した。いいリアクションが見れたとでもいうような満足げな笑みに、反省の色はなかったが。

 

「正直、この審査はあくまで形式上のものなので、基本的に前科持ちだろうと読み書き計算なーんにもできなくても一切問題ないんですよ」

 

 そう言うと、彼女はカウンターから手際よく書類を取り出した。

 

「それではこちらが探索許可証になります。それと初心者向けのパンフレット、あと各種任意保険の案内、取得物の取り扱いに関する案内、武具道具店の案内、サービスの銭湯チケットですね。申請料金が一人700ジェニーになります。お支払方法は現金と現物で可能ですが、どうしますか?」

「……現金で」

「はい。ありがとうございます。最後に、魔界(アビス)での初回探索者の死亡率は二割程度です。どうか、くれぐれもお気を付けて」

 

 こうして、俺たちは無事に魔界探索の許可証を獲得した。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 渡されたパンフレットのアドバイスに従い、俺とイリスは探索者でごった返す大通りにやってきた。

 午後も三時の通りは見渡す限り、使い込まれた武具やくたびれた荷袋を背負った人々で一杯だった。きっと彼らが探索者という人種なのだろう。

 通りの両側には武器や道具の店が並び、路上にも様々な露店がふろしきを広げていた。景観条例の厳しい聖都ではとても見られないような雑多な活気に、俺は少し圧倒される。

 しかしイリスはそうでもないのか、あるいはもう順応したのか、いかにも興味津々といった楽しそうな目つきで通りを見回している。その片手には、近くの軽食屋台で買ったドーナツが握られていた。

 

「さて、まずは探索の準備ですね。どのお店で買い物しましょうか……いえそれよりも、まずは何が必要か決めるところからですね。もぐもぐ……あ、カインも一口食べますか?」

「いや、いい」

「そうですか? ほしくなったらいつでも言ってくださいね!」

 

 こんがりと揚がった生地を糖蜜で覆い、その上からふんだんに砂糖をまぶしされた、見ているだけで胸焼けしそうなドーナツを少女はパクパクと頬張っていく。

 見た目に似合わずよく食べるなと思いながら、俺は彼女の胸元に落ちたドーナツの欠片に気付いた。

 小さな欠片は、豊かなふくらみに押し上げられた白いブラウスの胸元にくっついたまま、中々落ちる気配がない。そして本人も気づいていないようだった。

 

「……」

 

 指で取ってやる、のは一般的な礼儀としてありえない行為だろう。

 だから俺は、自分の胸元をトントンと叩いて暗に示した。するとイリスは首をかしげて、俺の胸元に手を当てると、労わるようにさすってきた。

 

「カイン? 胸が痛いんですか? 大丈夫?」

「違う。俺の方じゃない」

「私の……? あ」

 

 ブラウスの胸元に視線を落として、イリスは恥ずかしそうにドーナツの欠片を摘まんだ。

 

「す、すみません。はしたないところをお見せして……あの、言い訳させてください」

「いや、別にしなくていいけどよ」

「でも聞いてください。聖女だったころは、清貧の模範を示すよう厳しく言われていたせいで、好きなものを全然食べられなかったんです。……だから私がついつい、揚げ物を見ると夢中で頬張ってしまうのは仕方のないことなのです」

 

 さておき、とドーナツを平らげたイリスはこほんと咳払いして言った。

 

「一度おさらいをしましょう。私たちはこれから魔界(アビス)に行きます」

「ああ」

「目的は、ヒーラーとしてのカインの腕を宣伝するためです。やることは単純。怪我人を探し、手当をします。そして、できれば少額の対価をもらいます」

「対価を?」

「はい」

 

俺は少しためらいを覚えた、たとえば死にかけたところを助けたとして、恩着せがましく料金を請求されると気分が悪くなるのではないのだろうか

しかしイリスは首を振って

 

「高圧的な言い方をしなければ大丈夫ですよ。それに無理のない額を払ってもらえばいいんです。目的は私たちが腕のいい回復魔術者だと認知してもらうことですから」

 

 評判が立てば、お金を払って自分から治してもらいたい人たちがやってくる。

 

「それなら、なおさら無料でいいんじゃないか」

「ダメです。最初から無償で治してしまうと、タダで仕事をする奴という印象がついてしまいます。そうなると後から対価を要求した時に、必要以上に悪く言われてしまいます。商売をするつもりなら、無償の施しと勘違いされないように最初からちゃんと対価を請求するべきですよ」

「なるほどな……」

 

 確かイリスの母は、商人の娘だと言っていた。時折、この少女が見せる如才のなさはそのせいだろうか。

 

 それから、俺たちは渡されたパンフレットの初心者案内に従い、食料と水、それに塩や替えの肌着などを買うことにした。

 

「あのう、私たち今回が初めての魔界(アビス)探索なんですけど、次からもおじさんのお店で買うので少しまけてもらえませんか?」

「しょうがねえなあ、お嬢ちゃんは可愛いから特別だぜ」

「やった! ありがとうございます!」

 

 イリスが値切ると、少し安くなった。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 その後は宿屋で一泊し、準備を済ませた俺たちは翌日、街の中央広場にある魔界門の待機列に並んだ。

 魔界(アビス)には「門」を通って入るこの世界とは別の空間で、そこには異常な地形、異常な天気、そして様々な魔物がいる世界が広がっている。

 世界中にはいくつかの「門」があり、ここアビスサイド自治領の中心にある「門」はその中でも最大規模にして、一年中常に開いている唯一のものらしい。

 

「私たちは探索が目的ではありませんから、まずは比較的弱い魔物だけが出没する場所を回りましょう」

「賛成だ」

 

 俺もイリスも、魔物を見たことがない。

 聖教国内では大昔から魔物絶滅政策によって、過去に国内にあった全ての「門」は破壊されており、そのせいで魔物が出没しないのである。

 俺は人間相手なら大抵負ける気はしないが、魔物に関しては自信がない。

 なぜなら、見たことも戦ったこともないからである。戦いにおいて知らないということは、それだけで恐ろしいほど不利になるのだ。

 

 列を待つ間、俺はギルドの受付でもらったパンフレットを開いた。

 そこには、魔界(アビス)の中で確認される魔物の一覧が、小さな絵と簡単な説明で載っていた。できる限り、情報を頭に叩き込んでおく。

 それぞれの魔物には一から六までの数字が振られており、どうやら大きい数字の魔物ほど強いということらしかった。

 

「あ、この魔物、ちょっとかわいいかもです」

「そうか?」

 

 イリスが横から、俺の手元のぞき込んでくる。

 よく見えるように、俺は手のひらに開いた紙面の向きを変えた。

 

「魔物の本なんて聖教国じゃぜったいに出版されませんからね、ふふ、眺めてるだけで面白いです……! あ、カイン、これ。女の子の姿の魔物なんているんですね。もしかしたらお友達になれるかも……?」

 

 イリスが指先で示したその魔物の絵図は、確かにゴシックドレスを着た少女の姿をしていた。そこにはインクのにじんだ活字でこう記されていた。

 

 ――魔人アリス、危険度六。主に魔界深層に出現。

 ――その特性は暗黒魔法を使い、練度、威力ともに甚だしく凶悪。

 ――言語による会話可能、なお精神は著しく破綻し意思疎通は不可能。

 ――出会った際は逃げるが勝ち。

 

「仲良くなるのは、無理そうだな」

「……そうですね。出会わないように気を付けましょう!」

 

 列が進む。俺は歩きながら最終確認のために、手に持った道具カバンの中を軽く点検した。

 聖教国から逃げる際に持ち出すことのできた数少ない私物であるカバンの中には、拷問の際の応急処置に使う医療道具と、そして例の回復ポーションの製法書が入っている。

 先ほど買った食料や消耗品は背中の荷物袋の中だ。そして腰に吊った大振りの執行剣。これが俺の持ち物の全てだった。

 

「カイン、荷物重くないですか? 私、もっと持てますよ!」

「いや、いい。処刑台の準備とか大工みたいなこともやってきたから、荷運びには慣れてる」

「……そんな事もしてたんですね」

 

 他愛ない会話をしながら、列の進みに合わせて歩く。

 ほどなく、俺たちは魔界(アビス)に通じる門の前に立っていた。

 受付に滞在予定を告げ、それから万一のための遺書を預かるかを聞かれた。

 俺は首を横に振り、イリスも同じく。

 

 「門」は空中に浮いた岩に縁どられた、巨大で奇妙な鏡のような外観をしていた。

 逆立ちした湖のような、空間にそびえ立つ半透明な壁の中に、探索者たちが次々と入り込んでいく。

 

「俺たちも行くか」

「はい」

 

 少し緊張しながら、隣のイリスに声をかける。

 すっと、彼女は自然に俺の手を握った。

 その感触は、驚くほどに温かかった。

 

 そして俺たちは「門」をくぐった。

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