最強の処刑人、罪なき聖女を殺せと言われたので二人で逃げて成り上がる   作:滝浪酒利

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第5話 魔界へ その3

 一歩、踏み出しただけで、周囲の景色は一変した。

 

「わあ……!」

「こりゃ、すごいな」

 

 俺たちは大草原の只中に立っていた。

 まるでミルクを垂らしたティーカップのようにに、青と白がマーブルに混じり合う奇妙な空の下、どこまでも続くような草原と丘の起伏が広がっている。

 背後を見ると、そこにはさっきくぐった「門」と全く同じものが屹立していた。出口がはっきりしていることを確認して、ひとまず安心する。

 

「わ! わ! カイン、カイン! この草、本物です! すごい、私たちさっきまで街中にいたのに!」

「そうだな」

 

 遊びに来たわけではないが、こんな現象を前にして平静を保てというのも無理かもしれない。

 俺はイリスの周囲を警戒しながら、とりあえず提案した。

 

「少し、歩くか。道ってものはなさそうだが、地図で地形を確認しよう」

「はい!」

 

 道具屋で買った、魔界浅層の地図を開き、確かめるように歩いていく。

 時折、他の探索者たちとすれ違う。

 イリスが笑顔で挨拶をすると、彼女のような容姿端麗な少女は珍しいのか、彼らはお節介のようにいろいろと教えてくれた。

 

 曰く。この辺りは魔界(アビス)の浅層、通称大草原と呼ばれる丘と原野であり、出てくる魔物は弱いが、草むらからの奇襲に注意。

 たまに深い階層から強い魔物が来ることもあるので、見た目が強そうな奴にはとりあえず近づかないこと。

 「門」から離れるほど深い階層になり、景色は草原から中層の森へと変わっていくという。つまり木が見えたのなら、浅瀬が終わろうとしているということらしい。

 

「そうなんですね。どうも、教えてくれてありがとうございます!」

「ああ……別に、大したことじゃないさ。気を付けてな、お嬢ちゃん」

 

 また一人、別の探索者と世間話を交わして別れる。

 俺は呟いた。

 

「すごいな、イリスは」

「? なにがですか」

 

 彼女の嫌味のない愛嬌は、きっと天性なのだろう。

 とはいえ、俺たちの目的は魔物狩りや財宝探索ではない。ひとまず森の見える方に近づかず、深い草むらに注意しながら負傷者がいないか探索する。

 それからほどなく。

 最初の負傷者は、すぐに見つかった。

 

「助かった。アンタたち、手練れだな……」

 

 その男はどうやら、休憩中に魔物に襲われたようだった。

 無残に破壊された小さなテントのすぐそばで、負傷して追い詰められていたところを俺は助けに入った。

 彼を襲っていた魔物はまるで口が裂けた一つ目の豚のような、四足歩行の獣だった。ゴアピッグという下級の魔物らしい。

 確か、イリスがパンフレットを見て「かわいい」と口にしていた奴ではなかっただろうか。

 そう思いつつ、また人間とはまるで違う強靭な筋肉に覆われた手ごたえを感じつつ、俺は四匹分の首を斬り落とした。

 

「うう。実物だと、ぜんぜんかわいくない……じゃなくて。

 そんなことよりも、カイン! この人、ひどい怪我です!」

「ああ」

 

 救助する、前にまた魔物が現れないか周囲を警戒し、気配がなことを確認。

 それから道具屋で買った魔物除けの香木に火をつけて地面に置き、青ざめた顔をした怪我人の容態を確認した。

 大きな傷は腕と足に一か所ずつ。前腕と太ももを噛まれたようだった。

 傷口は、破れた紙のように不規則なずたずただった。皮膚が裂けて筋肉が露出した腕の傷からはしみ出すように血が流れ、指先の動きも鈍いようだった。

 傷は深いが、しかしそれよりも、太ももの方が重傷だった。

 

「出血がひどいな。噛まれた時の圧迫で筋肉と骨もやられてる」

「そ、そんな……あんた、なんで、そんなこと分かるんだよ」

「……ヒーラーをやってる。大人しくしてろ。今から助ける」

「ひ、ヒーラーって……⁉ うぐっ‼」

「しゃべるな」

 

 動脈のある太ももからは出血がおびただしい。さらに腕よりも強く長時間噛まれていたせいか、筋肉と骨がつぶれていた。ちょうど拷問の際に手足用ペンチで挟んで潰したのと同じような状態だ。

 回復魔法の前に、止血しなければいけない。

 

「……お、俺、死ぬのか」

「いや。まだ助かる。だから動くなよ。出血がひどくなる」

 

 荷物から布を取り出し、針金と併せて、腕と太ももの付け根を強く縛って止血する。 

 それから傷口を酒で洗い、さらにイリスに浄化魔法をかけてもらって消毒し、その深さを確認しながら牙の破片や衣服の欠片などの異物をピンセットで取り除く。

 こういう怪我に闇雲に回復魔法をかけても、表面の傷しか塞げない。傷口の最も深い所から順に魔力を当てていかないと、皮膚だけ治って中身はずたずたのままになってしまう。それでは命が助からない。

 

「う、うう、痛ぇ……痛くて、吐きそうだ、うぐっ、おぇ!」

「骨も折れてるからな。イリス、悪いけど背中をさすってやってくれ」

「は、はい!」

 

 折れた骨に接ぎをしてから、俺は回復魔法をかけた。

 それとともに痛みがやわらいでいるのか、彼は脂汗の浮いた顔で、徐々に安心したように息を吐いた。

 そして、十数分後。男は助かった

 

「あ、ありがとう! 助かったぜ! ほんとに、もうダメかと思って……安心したら、ああ、くそ、情けねえけど涙が止まらねえ……」

 

 彼は自分が助かったことに驚きつつ、涙を流して喜んだ。

 

「やっぱ魔物除けの香は安物買ったらだめだな。湿気てやがったくそ……アンタが通りかからなきゃ死んでたぜ。いや、本当に助かったよ、とと」

 

 立ち上がろうとする男がふらついたのを、俺は咄嗟に抱き留めた。

 

「まだ動くな。血が戻り切ってないんだ。出口まで送ってやる」

「あ、ああ。ほんと、すまねえな」

 

 他人の体に触れてしまったことに、長年染みついた罪悪感のような緊張を感じつつ、俺は男の体をそっと下ろした。

 そこでイリスが、男の前に屈んで言った。

 

「あの。では申し訳ないんですけど、私たちはヒーラーをしてまして、ほんの少しでいいので治療の対価をいただけませんか」

「わざわざ魔界(アビス)でか? ヒーラーって言ったら普通、外で金持ち相手に仕事してるもんだろ? ま、まあなんでもいいか! ああ! もちろん払うよ。今は手持ちがこれだけしかないけど――」

 

 そう言うと、男は手持ちの金をすべて渡してくれた。

 

「こんなにもらってしまって、いいんですか?」

「ああ、命が助かったんだからな。それぐらい安いもんさ。それと、なあ、ヒーラーの兄ちゃん」

「?」

「ほんとにありがとな! 助かったぜ」

「――――」

 

 俺にとって初めてだった。

 仕事をして、人から感謝されたのは。

 イリスが、小さく俺の背中を叩いて言った。

 

「よかったですね、カイン」

 

 そうして、その男を出口まで送り届けた後。

 俺たちはさらに数人の怪我人と遭遇し、治療し、必要なら出口まで送り届けた。

 それから、遭遇した魔物は思ったよりも弱く、パンフレットを読み込んでいたおかげか、毒や麻痺などの攻撃への対処も問題はなかった。

 ふと懐中時計を見る。魔界(アビス)に入ってから四刻ほどが経過していた。マーブル模様に歪んだ魔界の空には太陽がないので、時間感覚が曖昧だ。

 

「結構多いな、怪我人」

「そうですね。普段からこんな危ない目にあってるなんて……ひょっとして探索者って、すごくヤバい仕事なんじゃないでしょうか」

「今更じゃないか、それ」

 

 もう何度目か、歩きながら片手間にパンフレットを開く。

 探索者の一年間の平均収入は500万ジェニー、そして死亡を含む引退率は六割。命を賭けるにしては、割に合わない仕事かもしれない。

 だが平均値は夢を表す指標ではない。何か貴重な財宝や魔物の素材を持ち帰れば、一発でうん千万になるから頑張ってね――ということがパンフレットには書かれていた。

 

「知ってますか、カイン」

「何を」  

「金塊を掘って一攫千金を狙うよりも、金塊を掘りに行く人達につるはしを売る方が儲かるらしいですよ」

「かもな。じゃあ俺たちも売るか? つるはし」

「まさか。だって最終的に一番得をするのは、他人を助ける人達なんですから」

 

 その時だった。

 俺は背後から気配を感じたと同時、声をかけられた。

 立ち止まって振り返ると、そこには三人組の男たちが立っていた。

 若い、とは言い切れない、三十代ほどの三人組の探索者だった。丈夫な革のチョッキに荷物袋を背負い、使い込まれた剣を腰に帯びている。

 その内の一人が、無精ひげの生えた顎をさすり、口笛を鳴らしてこう言った。

 

「おい、お前ら、ひょっとしてアレだろ。うわさは聞いてるぜ。聖教国から逃げてきた元処刑人と、罪人の元聖女って組み合わせだろ」

「……」

 

 俺は何も言われずとも、彼らの目的を理解した。三人の男の目は、侮蔑と敵意に満ちていた。

 どこか不安そうなイリスを背後に庇いながら、剣を抜く準備をしておく。

 会話は、油断させるためだ。恐らく仕掛けてくる。

 

「そうだとしたら、何か用か」

「いや、別に。ただ無抵抗の人間を殺すしかできねえ臆病者の人殺しの、腐った匂いがしたからよ、確認してみただけだよ。え? 処刑人さんよ」

 

 無精ひげの横、やや背の低い男が言った。

 

「なあオズバーン、外れだ。こいつらパンフの賞金首リストに載ってない。まだ手配されてないよ」

「……っち。何だよクソ、仕事しろよギルドの連中。命拾いしたな生ゴミ野郎」

 

 はき捨てるように言って、男は背中に隠していたナイフを見せつけるように取り出し、鞘に納めた。

 

「俺たちは賞金稼ぎもやってるんだ。この魔界(アビス)には行き場のなくなった犯罪者や、他の探索者を襲う専門の盗賊もいるからよ。そういうのを狩って、ギルドに突き出して賞金をもらう仕事だ…………なんでこんなことしてるか分かるか?」

 

 さあな、と俺は警戒を解かずに呟いた。

 オズバーンと呼ばれた男は、にやりと笑って言った。

 

「――許されるからだよ。犯罪者の賞金首相手なら、何をしたってな」

 

 そう言うと、彼らは踵を返して立ち去っていく。 

 

「覚えとけよ、お二人さん! 手配されたら俺が真っ先にテメエらの首を斬り落としに行ってやるよ! でもそっちの聖女ちゃんは可愛いから、はは、楽しませてくれたら勘弁してやってもいいけどな」

 

 そう言って、賞金稼ぎは唾を吐いて去っていった。

 

「大丈夫か、イリス」

 

 俺は背中に庇っていた少女に声をかけた。彼女は震えていた。

 怖かったのだろうか。しかし、顔を上げた少女は頬を真っ赤な怒りで染めていた。

 

「~~~~っ‼ なんなんですか! あの人たち!」

 

 どうやら怖がっていたのではなく、怒っていたようだった。

 

「賞金稼ぎ……? 悪人相手ならなにをしてもいいなんて理由でそんなことをしてるなんて人達が、どうして処刑人を悪く言えるんですか! ……もうカインは処刑人じゃないし、私だって聖女じゃないですけど!

 あーもう! こっちこそ、次に会ったら私の本気浄化魔法でチーズフォンデュにしてやりますからね!」

 

 立ち去った三人組に向かって、イリスはらしくないほど声を荒げて地団太を踏んでいた。

 

「落ち着けよ。もう行ったぞ連中」

「そ、そうですね。すみみません。カインのこと、あんな風に言われたのでつい抑えきれなくて……」

 

 それからまた、俺とイリスは草原を歩く。

 草が少なくなり、土や岩が周囲に見え始めた。そう遠くない場所に森が見える。

 ここから先の森に進むと中層になり、魔物が強くなるということらしい。

 

「ここらで、一旦引き返すか」

「そうですね……」

 

 ちょうどその時だった。

 

「う、うう……」

 

 か細いうめき声が聞こえた。

 また怪我人だろうか。周囲を見回すと――いた。

 岩陰に寄りかかるように、一人の男が倒れていた。

 赤茶けた髪をした、肩に飾り羽のついた刺繍の上着を羽織った、どこか伊達風の長身の男である。

 その足元には血が流れだし、みれば腹を押さえていて、そこから出血しているようだった。

 慌てて駆け寄ろうとするイリスの肩に手を置いて、俺は強く引き留めた

 

「っ⁉ カイン! どうして――」

「血の流れ方が不自然だ」

「え」

「足元の血だまり、血にしては粘度の少ない、水みたいな広がり方だ。それに色が鮮やか過ぎる。本物は流れたてでもなければもっと黒っぽい。流れたてだとしたら、負傷した時の悲鳴が聞こえなかったのはおかしい」

 

 俺は倒れた男から距離を置いたまま、声をかけた。

 

「怪我人の振りはやめろ。何の用だ」

 

 その直後。

 

「……バレちまったか」

 

 にやりと笑った男が、動物のように素早く立ち上がった。

 そして四足歩行の獣じみた低空姿勢のまま駆け出して、すさまじく俊敏に距離を詰めてきた。

 その瞬間、俺の中に考えるよりも先に一つの選択肢が浮かび上がった。

 それはもちろん殺すということであり、実行は可能だ。

 腰から吊るした執行剣を、全身を振って抜き放ちながら一閃し、向かってくるこの男の首を斬り落とすことは十分に可能だ。

 だが、その寸前で。

 今日、治療した男の言葉が、なぜか脳裏に浮かんだ。

 

『ほんとにありがとな! 助かったぜ!』

 

 それが一瞬、ほんのわずかに俺の動きを止めた。

 その隙に。

 

「きゃ――!」

「っ‼⁉ ――イリス‼」

「悪いがこの子、もらってくぜ」

 

 謎の男は素早くイリスを連れ去り、走り去った。

 

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