最強の処刑人、罪なき聖女を殺せと言われたので二人で逃げて成り上がる   作:滝浪酒利

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第7話 魔界へ その5

「……嘘だろ。運が悪いなんてもんじゃねえぞ――!」

 

 初心者向け、魔界(アビス)探索パンフレット曰く。

 魔人とは、元人間の魔物である。

 禁忌とされる暗黒魔法を極め過ぎた結果、肉体と精神が現世に適応できなくなってしまい、魔界の深い階層でしか暮らせなくなった、もはや人間ではなく、魔物として分類される存在。

 遭遇した場合は、逃亡が強く推奨される。

 

 分かりやすく狼狽したギルバートが、早口で叫んだ。

 

「おいカイン! 嬢ちゃん! さっさと逃げるぞ! 魔力の薄い浅い階層に来て弱体化してるけどそれでも人間が敵う相手じゃねえ! あれは魔界の一番深い層で暮らしてる、マジの化け物だ! うそだろクソ、なんでこんな浅い階層に来てんだよぉ!」

 

 そんな、ほとんどパニックのようなギルバートの声をまるで賛辞のように受け取って、魔人――アリスはにこりと微笑んだ。

 それは彼女の抱えるおびただしい死臭と全くそぐわない、まるで野に咲く小さな花のような可憐な表情だった。

 

「なんでここに来たのか。それはね。ワタシね。お部屋の模様替えをしたいの」

「はあ……?」

「だからインテリアにね。新しい人間の生首が、いくつかほしくなったの」

 

 ごく自然な調子で、アリスは言った。

 確かに言葉は通じるが、意思疎通は成り立ちそうになかった。およそ常人の精神構造ではない。

 そして、少女の形をしたその姿からにじみ出る隠せない威圧感も、およそ人間のものとは思えなかった……いや、だがしかし。

 俺は彼女に似ているものを、良く知っている気がした。

 

「でもね、誰でもいいわけじゃないわ。お顔が綺麗で、お話がうまくて、いろんなお歌をうたってくれる首が欲しいの。

 だから、ねえ、お姉さん、お兄さん。あなたたち、お歌は好き?」

 

 ギルバートは両手を合わせて、泣き叫ぶように言った。

 

「す、好きじゃないですぅ! う、歌なんて……俺は一つも歌えません! だ、だから見逃してくださいっ!」

「あらそうなの。でも大丈夫よ。この世の誰でも知ってる歌が一つだけあるわ。

 悲鳴なら、きっと誰でもあげられるでしょう?」

「――――っ!」

 

 ギルバートが絶句する様子を余所に、俺は目の前のアリスの気配に心当たりを見つけていた。そうだ、この少女からは生きている人間の気配がまるでしない。

 冷たく静かで決して目に見えはしない、しかし俺たちとこの少女の間には絶対的な断絶があった。その見えない一線は、きっと生死の境だった。

 アリスからは、死人の気配がした。

 

「あの!」

 

 唐突に、イリスが声を上げた。

 少女はためらいがちに、しかしはっきりとした声でアリスに話かけた。

 

「あなたは、魔物……なんですか?」

 

 歌うようにアリスは答えた。

 

「そうよ。お姉さん。ワタシはもうとうの昔に人間じゃない。魔界(アビス)に住む魔物になったの。趣味は殺すこと。特技もそう。あとはきれいなお花とお歌も好きよ。ところでお姉さん、あなたとても綺麗な顔ね。玄関とリビングならどっちが好きかしら?」

「――じゃあ、手加減しなくて大丈夫ですね」

「え?」

 

 さっと、イリスは前方にむけて両手をかざした。

 そして呟きとともに、すさまじい光が少女の手のひらから爆発した。

 

「射貫け、きらめく天の破片よ――通天砲」

 

 さながら神殿の柱のような白い光線が、弓矢のようというには巨大すぎる威力となってアリスに直撃した。

 白い光とともに、凄まじい爆風が吹き荒れる。数瞬の後、思わず閉じた目を開くと、そこには身を守るようにかざした右手の袖を焦がしたアリスがいた。

 少女の形をした魔物は、不愉快そうに火傷した手のひらに眉をひそめて。

 

「この威力……お姉さん、何者?」

「カイン! 人さらいさん! 私の後ろにいてください……相手が人間でないのなら、私は本気になれますから」

 

 アリスの言葉をさらりと無視して戦闘態勢に入ったイリスの周囲に、魔法の光があふれかえる。それは一握りの高レベルの魔術者だけが見せる、体内魔力の露出反応光だった。

 

「ええと……嬢ちゃん。ひょっとして、あんた、すごい、強かったりするんですかね?」

「もちろん。だって私、元聖女ですから」

 

 イリスは胸を張って答えた。

 聖女とは四大聖属性魔法――浄化、流水、塩、創造のいずれか一つを極めた女性魔術者に贈られる聖教国の名誉位階である。

 俺は息をのんだ。知識としては知っていたが、まさかこれほどとは。

 浄化魔法は、主に毒や汚れ、腐敗の浄化として使われ、低位の魔法は戦闘に使えないために一般に大人しい印象を抱かれている。

 だがイリスほどの術者が使う高位の浄化魔法は、もはや有害無害関わらずすべてを浄滅させる無差別破壊光線となり、極めて戦闘向きの魔法に化けるのだ。

 

「ワタシ、その魔法嫌い。だって痛いもの」

「じゃあ、もっとぶち込みます」

 

 宣言通り、イリスは手のひらから連続で白光を発射した。

 

「滅せよ、かがやく道に降る雨よ――聖天爆撃‼」

 

 詠唱魔法。

 基本的に無詠唱で使用する普通の魔法とは違い、術者に極度の集中と精神構造の切り替えを必要とさせる達人技と言うべき上級魔法。

 先の一発よりも、さらに巨大な光線が連続する。

 直撃した地面が爆発して溶解する。まるで、いつか彼女が言っていたチーズフォンデュのようにどろどろと。あんなものを浴びればきっと人間の体など髪の毛も残らないだろう。

 俺は初めて目にするイリスの本気に息をのみ、しかし。

 

「わあ、凄い威力ね、お姉さん! なんてすばらしい才能かしら! 

 ――でもまだ甘いわよ、小娘」

 

 ひらりひらりと踊るように、光線を躱すアリスの口調が変わった。

 無邪気を装った邪悪なものから、修羅を経た老練な達人のものへと。

 

「喜びなさい、直々に教育してあげる。戦いにおける魔法というものを。

 泥より熱く、闇より深く、うごめけ炎――暗黒舞踏」

「‼」

 

 アリスもまた詠唱を呟く。そしてふわりとしたスカートの裾からのように、突如として燃え上がった暗黒色の炎が少女を包んだ。

 球状にアリスを包む暗黒炎の防壁に、イリスの光が連続するが貫けない。

 そして闇の炎に守られたまま地面を焼き焦がして滑るように、アリスは高速で移動し距離を詰める。

 

「くっ! 守れ、白き風――」

「この距離で、どうして新規詠唱できると思ったの?」

 

 撃ち込まれた光の柱を、やはり黒い炎で防御して。

 見る間にアリスは、イリスの目前に立ちはだかった。

 

「魔法は発動時と終了時に隙ができる。それはどんな優れた術者でも消しきれない術構造の変化による魔力の切れ目。だから戦いの場ではいくつも魔法を発動するより、一度発動した魔法を細かく操作して状況に対応しないと、容易く致命的な隙を突かれるのよ。――こんな風に」

 

 イリスは手のひらから、もう一度光を放とうとした。

 しかしそれよりもずっと早く、もはや回避できない距離で闇の炎が彼女を襲う。

 アリスは再びにこりと微笑んで。

 

「ワタシはアリス。魔物になって魔法を極めた闇の魔人。百年ほど歯向かうのが早かったみたいね、お姉ちゃん♪」

 

 だが、致命的な結果よりも早く、俺は動いていた。

 

「っ‼」

 

 身体強化魔法を肉体部位ごとに連続使用。加減をやめた全力の強化によって、骨と筋肉が無茶な負荷で軋みあがるが無視して動かす。

 ダメだ。イリスは殺させない、死なせない。

 たとえ相手が誰だろうとそれだけはさせない。

 間に合え。間に合った。

 少女の肩に後ろから手をかけてどかす。

 そして入れ替わりに、俺が闇の炎の正面に立つ。

 

「カイン――ッ‼⁉」

 

 イリスの悲鳴が聞こえた。

 そしてアリスの笑みが前に立つ。

 俺は処刑人だった。

 どんな相手だろうと制圧し、刑を執行できる戦闘能力がある。だがそれはあくまでも対人に限定した話。凶悪な魔物相手にも、技が通じる道理はない。

 だがそれでも、迫る闇の炎のわずかな隙間を縫うように剣を振るい、相討ち覚悟でアリスの首を狙う。この状況ではそれしかない。

 しかし寸前で、やはり炎が俺の剣を包む。ただの鉄塊など容易に焼き溶かされてしまう――かに思ったその瞬間。

 アリスの操る闇の炎が、俺の執行剣に吸い込まれるように消え去った。

 

「――は?」

「――え?」

 

 刹那の瞬間に、目が合った俺とアリスはともに言葉を失った。

 そして。

 

「ぐっ、ぎゃぁぁああああぁぁぁ‼⁉」

「……なんだ、今の」

 

 ぎりぎり右腕で防御し、その切断と引き換えにアリスは斬首を逃れた。

 たたらを踏んで交代し、斬り落とされた右腕の断面を押さえて叫ぶ。

 

「な、なにっ⁉ 一体なんなの……あなたのその剣、ワタシの魔法をっ!」

 

 分からない。俺は呆然と、奇跡を起こした己の得物を眺めていた。

 これは、ただの剣だ。代々ずっと手入れされ、俺も同じように使ってきただけの、処刑執行剣に過ぎない。

 彫りこまれた銘は『汝に永遠の生を与えん(クルエラローダナム)』。その皮肉めいた名前の通り、ただただ、おびただしい人間の首を斬り落としてきただけの、何の変哲もない剣のはずだ。

 そこでふと背後から、核心めいたイリスの呟きが聞こえた。

 

「……きっと、溶媒だったんです」

 

 どういうことかと、訊き返す前に、イリスの声は続いた。

 

「私の父が、無色の魔力が蒸留アルコールの中によく溶けることに気付いて、回復ポーションを開発したのと同じです。

 多分、アリスの暗黒魔法にとって、カインのその……あまりにも大量の死に触れた剣は、あまりにも概念的に相性が良すぎた。だからきっとその剣は、アリスの魔法を溶かしてその内部にとじ込める作用を持っているんです!」

 

 とっさに並べたてられたそんな理屈の、詳しい部分までを飲み込んで了解できたわけじゃない。

 ただ、俺のやるべきことは理解できた。それで十分だった。

 剣を構える。いつものように、その首に狙いを定める。

 殺せると分かった。

 ならばその実行をするにあたって、俺の心と体に一切の支障はなかった。

 

「ひっ――! なんなのよ、アナタぁっ!」

 

 一転して、怯えた様子のアリスが無事な方の腕を振る。

 そして闇の炎が俺に向かってほとばしり、しかし剣の一振りで、やはりそれは跡形もなく消え去った。

 そして俺は鋭く踏み込むとともに、その首へ刃を一閃した。

 

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