最強の処刑人、罪なき聖女を殺せと言われたので二人で逃げて成り上がる 作:滝浪酒利
「あの、カイン。助けてくれて、本当にありがとうございました!」
「いや……無事で、よかった」
「カインも、怪我はありませんか?」
「大丈夫だ。でも」
俺は剣をしまい、戦闘の余波で焼け焦げた地面をちらりとみる。
「……逃げられたか」
アリスは逃げた。
斬首の瞬間、魔法の炎で地面を焚き抉って頭身を下げて俺の刃を回避すると、そのまま斬られた腕を拾ってどこかへ逃げて行った。
『覚えていなさい。また、すぐに殺しに行くわ』
そんな捨て台詞を残していかれたものの、追撃はもちろんしない。
魔物退治が目的ではないし、もっと言えば、イリスの安全のためにもあんな強敵と戦いたくなどない。
しかしこの一件で目を付けられたとなると、今後の
そんな事を考えていると、ギルバートから気安く肩を叩かれた。
俺はぎょっとして、思わず背筋が跳ねた。
「うおおおおっ‼ す、すげえなカイン! 最高だぜ、あの化け物をマジでやっちまいやがった! たすかったぁああああ、ありがとうな親友!」
「……っ、やめろ。急に触るな。あと、どさくさに紛れて最初から仲間だったみたいな雰囲気を出すな」
「固いこと言うなよ」
気安く笑いかけてくる手を払いのけて、俺は訊き返した。
「それより、こっから出口はどっちの方だ? 詳しいんだろ。早く出たい」
「ああ、それなら――」
そしてしばらく、ギルバートの案内に従い出口を目指して歩く。
相変わらずマーブル模様の空は、やはり時間の感覚がつかめなかった。長居すればするほど頭がおかしくなりそうな気がする。
「
「でも、私は結構好きですよこの空。不思議な色で、おもしろいです」
「はは。処刑人より聖女の方が図太いとはな」
「はい。カインは結構繊細なんです」
「いや、そんなことないだろ」
「ありますよ?」
他愛ない会話をしながら、丘をいくつか超えて歩く。どうやらいつの間にか出口からかなり離れてしまっていたらしい。出発したのは浅層の一番端のところだったなとギルバートが付け加えた。
その時、俺に微かなうめき声を聞いた気がした。立ち止まって周囲を見回す。
「どうした? カイン」
「いや……なにか、声がした。あっちだ」
「おいおい。魔物かもしれないぞ、警戒してけ」
草むらをわけて、少し歩く。
果たしてそこには、やはり人が倒れていた。
だが普通の怪我人とは様子が違った。周囲の草地が黒ずんで焼け焦げている。その痕跡はアリスの暗黒魔法と同じものだった。まさか、彼女に襲われたのか?
周囲を警戒しつつ、倒れた男たちを見る。倒れているのは三人。しかし生きているのは一人だけだった。
そこで気付いた。まだ息がある男は、先刻因縁をつけてきた無精ひげの賞金稼ぎだった。
「う、ぅぅ……」
喘ぐようなか細い声が口から洩れる。彼の手足は腐食したように黒ずみ、それ以外の場所もひどい火傷を負っていた。
間違いなく、あのアリスの魔法だろう。人間の体が浴びると腐食するのか。それに炎そのものの熱もやはり凄まじいようだ。
「おい、まずいぞ……こりゃ魂食いだ」
焦ったようにギルバートが言った。
「聞いたことがある。傷ついた高位の魔物は人間の魂を食って力を回復させるんだ。
間違いなく、さっき受けた傷を治して力を回復させてやがる! あの野郎、マジで俺たちを諦めてなんかいねえ!」
「そんな……」
イリスが口元を押さえて息をのんだ。
「ここからはもう立ち去ったみたいだが、きっと俺たちを探してる! とにかくここにいたらまずい! 早く逃げようぜ」
その言葉は、恐らく正論だった。
しかし俺は、暫し迷ってイリスを見た。
少女はこくりと頷いた。
「はい。もちろん、助けましょう」
「わかった」
「は? ちょっと待てお前ら何言ってんだ⁉」
俺はその場に膝をついて、カバンから布を取り出し広げた。
そして彼の体をその上に寝かせる。
「治療しなきゃ死ぬ。まだ助かる」
「はあ⁉ 正気かお前――」
「正気だ。アリスが俺たちを探し回ってるなら、奴が一度通過したこの場所は比較的安全かもしれない。それに俺の剣なら奴に対抗できる」
「だからってよお、危険な事には変わりねえだろうが⁉ 急いで逃げた方がいいのは明らかだろ――」
そこではっとしたように、ギルバートは言葉を切った。
「なあ、嬢ちゃん、カイン。お前らがあの化け物と戦ってダメージを与えなきゃ、こいつらが襲われることはなかったっていう責任を感じてるのなら、それは間違いだぜ」
諭すように彼は言う。
俺は聞き流しながら、賞金稼ぎの男の服を切って患部を露出させる。
「こいつらだって
コイツらがこうなってんのは、こいつら自身の判断と運のせいだ。お前らが気に病む必要なんてねえんだよ」
「イリス。この人の手足の腐食部を浄化してくれ。このままじゃ回復魔法がかけられない」
「は、はい」
「おい、聞いてんのか⁉」
イリスの手元の白い光が、患部から腐食部分を取り除いていく。
腐食した部分の神経が痛むのか、男は引きつったようにうめいた。
「きゃっ……!」
「イリス。気にしないで続けてくれ。準備ができた。いま、麻酔を入れる」
道具カバンから細い針を取り出して、男の首筋に刺す。それで神経を一時的に遮断して、痛覚を封印する。
最初からやらなかったのは、刺すべき場所の個人差が激しく、間違うと半身不随にさせてしまうかもれないため、見極めに時間がかかったせいだった。
「……大分衰弱してるな」
痛みが和らいだとはいえ、男の呼吸はいまだか細い。
火傷や壊死は、回復魔法で治療するのが難しい負傷である。
焼けた、あるいは腐ってしまった体の組織を元に戻すのは、むしろ失ったものを再生させるよりも難しいのだ。それが魔法の影響を受けた傷なら尚更である。
だから普通は死んだ組織部分を刃物などで取り除いて――今はイリスの魔法だが――その後に回復魔法で再生させる方がいい。
だがその方法では、切除している間、耐えるだけの体力が患者になければそのまま死んでしまう。
だから、可能ならば切除と回復を同時に行い、なおかつ体力を保つために強壮剤などを打たなければいけないのだ。
本来なら拷問の最中に、罪人を無理やり生き延びさせるための薬を、俺は注射針を使って太ももの血管から注入した。
そしてイリスの浄化の後を追うように、回復魔法をかけていく。
「おいおいマジでそいつ助ける気かよ…………悪いが、流石に付き合ってられねえ、俺は先に逃げるぜ」
「ああ、好きにしろ」
しかし、そう言ったもののギルバートは立ち去らずに、ぽつりと訊ねた。
「……何でだよ」
「なにがだ」
「俺はよ、今日ずっと、お前らの様子をうかがってた。だから知ってるぜ、その賞金稼ぎ、お前を処刑人だって侮辱してただろ。なあ、何でそんな奴助けるんだよ。絶対にいいことないぜ」
そうだなと、俺は頷いた。
「お前の言う通り、見捨てた方がいいのかもしれないな」
誰であろうと助ける、もう誰も殺したくない。
なんて虫のいいことを言うつもりはさらさらない。
実際に、俺は刑場からイリスを連れて逃げ出す時に、あのボニウスの首を斬って殺したのだから。だが、それでも俺は。
「初めてだったんだよ」
「……は?」
「今日、ヒーラーをやって、俺は初めて自分の仕事に礼を言われたんだ」
イリスは察したように、俺の方をちらりと見た。
「でも、この男に汚らわしい人殺しだなんだって言われた時、自分でもなんでだろうな、ずっと言われ慣れてきたはずなのに、いつもよりデカい衝撃が胸にきた。それが、後からずっと苦くて痛い。
……多分俺は、期待してたんだ。イリスや、今日助けた人たちは、俺を人間扱いしてくれたから」
無意識の期待を裏切られてからずっと、俺の胸には苦い痛みがあった。
「お前の言う通りだよ。俺はきっと馬鹿なんだ。だから、捨てきれないんだ。もしかしたらこの人だって、俺がこの手で助ければ……きっと、まともな扱いをしてくれるんじゃないかって」
「絶対ない」
ギルバートは断言した。
「筋金入りの悪党の俺が保証してやる。そいつは絶対に、お前に感謝なんてしないぜ。後ろ足で砂をかけて、恩を仇で返すに決まってる」
「そうだな。きっとそうだろうな」
でも。
「だとしても、俺は最初からそうと決めたくない」
「――」
今日助けた人たちは、そしてイリスは優しかった。
だから俺は、何か人間のそういう部分を信じたくなっていた。
それを信じられないということは、イリスや他の人達に対して、何かひどく失礼なような気がしたのだ。
「もし裏切られたら、その時はその時だ」
「……カインよお。なら聞くが、それでもし、お前だけじゃなくてその嬢ちゃんに危害が及んだらどうするんだよ? 治療されたそいつが妙な逆恨みして、もしもお前だけじゃなくてイリスの嬢ちゃんに何かしようとしたら」
「それなら殺す」
「は――」
俺は断言した。迷う理由はなかった。優先順位は、最初からはっきりしている。
「イリスに何かするなら、誰であろうと殺す。それは決めている。けど……まだそうなると決まったわけじゃないし、とにかくこいつは死にかけてる」
俺のその答えに納得したのか、それとも諦めたのか、背後からギルバートの、ごくりと息をのむように喉を鳴らす音が聞こえてきた。
そこでイリスが、俺に向かってこう言った。
「大丈夫ですよ、カイン」
微笑みながら、まるで安心させるように。
「この人はきっと、分かってくれます。だからそんな事にはなりません。
信じましょう」
その気遣いに、俺は感謝を込めて頷きを返す。
そして、背後に声をかけた。
「おい。そこに立ってるだけなら手伝ってくれ」
「……な、何すりゃいいんだ」
「俺とイリスは魔法で手いっぱいだ。酒で手を洗ってから、そこの道具を言う通り取ってくれ――」
それから、小一時間ほどで治療は終わり。
男は、助かった。