最強の処刑人、罪なき聖女を殺せと言われたので二人で逃げて成り上がる   作:滝浪酒利

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第9話 魔界へ その7

「終わった……とりあえず、これで命は助かるはずだ」

 

 額の汗をぬぐい、口元と頭髪を覆っていた白い布巾を外す。

 男の治療は終わった。しかし腐食部分を一度除去して再生させたことで、激しく体力を消耗した彼は深い昏睡状態にあった。

 とりあえず水に気付けのハーブを煎じた物を喉から流し込んでおく。気休めにはなるだろう。だが、一刻も早くちゃんとしたベッドで休ませなければいけない。

 

 俺は動けない彼を背負い、立ち上がった。仕方なく、製法書の入っていない荷袋は盗まれる覚悟でギルバートに預ける。

 

「行くぞ。出口の案内を頼む」

「……ああ、分かった。急ぐぜ」

 

 そして再び、ギルバートの案内に従って、俺たちは出口を目指して歩きはじめた。

 ほどなく、遠くに浮遊する岩に縁どられた「門」が見えた。

 ギルバートはそこで足を止めて、水筒を一口しながらやや安心したような息を吐いた。

 

「見えるか? こっからはあの丘を登って直線で行こう。登り道になるが、迂回すると結構遠回りだ。体力は大丈夫か? 嬢ちゃん」

「ええ……な、なんとか、大丈夫です」

 

 イリスは汗をぬぐった。やせ我慢しているが、脚が震えている。当たり前だが、やはり体力はこの中では一番少ないようだ。

 

「嬢ちゃん。無理すんなよ。よければ抱っこして運んでやるぜ」

「いえ……それはなんだか、えげつないセクハラされそうだから結構です」

「しねえよこの状況でっ⁉ どんだけ信用無いんだ俺⁉」

 

 そんな会話をまじえて、小休憩は終わった。

 ほどなく、俺たちは最後の行程を歩き出した。

 

「よし、最後のひと踏ん張りだ。行くぞ」

 

 その瞬間。俺は背中に担いだ男を、咄嗟にギルバートの手に預けて剣を抜いた。

 直後、俺たちが登ろうとしていた手前の丘が爆発した。

 そいて吹き荒れる轟音と爆風を斬り裂いて、闇色の炎が不死鳥の形となって飛んできた。

 俺は二人に前に飛び出すとともに、迫る業火に向かって剣を突き出す。

 目論見通り、闇色の炎の大部分は剣身に吸収されたが、しかし取りこぼした爆炎が周囲を腐らせながら焼き尽くす。

 そして吹きすさぶ、地獄のような熱風の中にこつりと降り立ったのはゴシックドレスの少女の靴先。

 

「また会ったわね。そんなに急いで、どこに行くのかしら? 折角、殺しに来てあげたのに」

 

 豪奢な銀髪を修羅のごとく揺らめかせる魔人。

 紅月のような瞳を赫々と燃やすアリスが、明確な殺意を持って俺たちの前に立ちはだかった。

 

「……イリスと一緒に逃げろ」

 

 俺はギルバートにそう言った。先ほどの衝撃で手元が少し痺れていた。

 しかし、異を唱えるように、イリスは俺の隣に立った。

 

「私も残ります」

「イリス。危険だ」

「ならなおさら、私もいた方が勝算が高いはずです。それに、言っておきますよ、カイン。私はあなたに助けられたんですから、死ぬまでも、死ぬときも一緒です」

 

 イリスの声には、俺の言い分をはね返すだけの芯があった。だから、説得している暇はなかった。

 だからせめて、俺はギルバートに怒鳴るように声を飛ばした。

 

「何してる、お前は早く逃げろ! そいつを連れて!」

「っ……!」

 

 ギルバートははっとしたように、男を抱えて走り去っていく。

 しかしアリスは何もしなかった。まるで彼の事など端から眼中にないように。

 その瞳が見ているのは、俺とイリスだけだった。

 

「とても痛かったの、この腕。その剣に斬られたせいかしら、全然治らなくて」

 

 どういう無茶苦茶か、再生した右腕をさすりながらアリスは言った。

 

「治りが遅くて、十人も殺さないといけなかったわ。その間ずっと痛くて、もう泣いちゃいそうだったの。だから本当に、本気で殺してあげましょう」

 

 ふわりとゴシックドレスのスカートが舞い踊る。闇の炎が噴出する。

 俺は短く、必要な決意だけをただ告げた。

 

「イリス。必ず守る」

「はい」

 

 そうして俺たちはともに、決死圏に踏み込んだ。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「はあ、はあ……くそ」

 

 走る。男一人を背負いながら、背後から聞こえる凄まじい戦いの音から俺は必至で距離を取っていた。

 俺の名はギルバート。盗みと逃走に関しては並ぶ者のいない強奪王だ。

 それが何でこんなことをしているのか、ふと正気に戻ったような気がした。

 そうだ、人助けなんて俺のガラじゃない。

 生まれた時からずっと、他人の物を奪って逃げての繰り返し。そんな俺が、何でこんなことをしているのだろうか。

 

「くそ。よく考えればなんであいつらに義理立てしてんだよ俺。もう置いていこうかなコイツ」

 

 悪態をつきながら、爆砕された丘の跡地を突っ切ろうと足を踏み入れる。

 その時だった。背中の男が耳元で呟いた。

 

「う……俺、は……」

「うお⁉ 目が覚めたのかよ」

 

 俺は二つの意味で驚いた。まさか、本当にあんな重傷から助かるとは思っていなかった。

 

「ここは……俺は、魔人に、襲われて……くそ、体が、痛ぇ。アンタ、誰だ。助けて、くれたのか」

「まあそんなとこだ。怪我のは治療は俺じゃないけどな。俺は出口まで運んでる」

 

 柄にもなくな、と口に中で付け加える。

 賞金稼ぎの男は、苦しそうに背中で身をよじった。

 

「うう、痛ぇよ……くそ、俺の手足、ぜんぜん動かねえ、どうなってんだっ、ああ、ちきしょう!」

「ああ、分かった分かった。ちょっと待てこの野郎」

 

 俺は男を一旦おろして、カインから咄嗟に渡されていた痛み止めの薬だか何だか知らないが、薬草を練ったらしき丸薬を飲ませる。

 しかしすぐに効くものでもないのか、男は苦しげにうめいた。

 

「くそ、くそ……なんだよ、痛いし動かねえぞ……なんで俺がこんな目に」

「ああもう、うるせえな。いいか、お前の手足はちゃんと治療されてんだ。俺がやったんじゃないけど、ちゃんと治ってるはずだ。だから痛いのとか苦しいのは我慢してろ。俺が出口まで連れてってやるからよ!」

「……治療、って、誰がそんな」

「カインと嬢ちゃん――お前がケンカ売ってた、あの二人だよ!」

 

 ほとんどヤケクソに、半ばこの馬鹿な賞金稼ぎ野郎への当てつけのために俺は叫んだ。

 しかしそれを聞いた途端、男は青ざめた顔で取り乱した。

 

「なん、だと……嘘だろ、クソ……ふざけんなよ」

「あ?」

「じゃあ、俺の手足が動かねえのも……こんなに痛ぇのも、くそ、きっとあいつらのせいじゃねえかよ。ああああ! 畜生、ちくしょう! あのクソども! きっと腹いせに! 俺の体に、うぅぅああ! 何しやがったんだ! おい! 答えやがれ!」

「……は?」

 

 俺はその時確信した。どうやら、カインの腕はマジで大したものだと。あんな重体だった人間が、今じゃこんな大声で叫べるんだから。

 そこで気付いた。男の首筋には細い針が刺さっていた。たしか麻酔? とかいうヤツだ。そのせいで手足の自由が効かないのだろう。だが同時に、痛みも大幅に軽減されているはずだった。

 しかしそのことを説明するより先に、俺はなぜか、この馬鹿の胸ぐらをつかんでいた。

 

「ふざけるなよ、テメエ」

 

 なにか、意味の分からない衝動が俺を動かしていた。

 俺は、やめとけと言った。そんなことをしてもロクなことにならないし、なにより危険だと。

 そして実際、俺の言った通りになった。アリスは襲ってきて、こいつは助ける価値もないクズだった。そう。俺の言ったことは当たっていた。なのに、どうして。

 俺自身が、こんなにも腹立たしい気持ちになるのか分からなかった。 

 

「いいか。よく聞けよ。……あの二人は、お前を助けたんだぞ! 危険を冒して、あれだけ必死にいろいろ頑張ってよ! お前みたいな奴をだ! そんで今は俺とお前を逃がすために、あの化け物と戦ってんだぞっ‼」

「そ、そんなこと、信じられ――」

「うるせえ黙れっっ‼‼」

 

 どうしてか俺は許せなかった。あの二人のしたことが、努力が、くそったれに裏切られるのがこの世の道理だと分かっているはずなのに、許せないと思ってしまったのだ。

 

「次にふざけたことぬかしたら、俺がテメエをぶち殺してやる! いいから黙って大人しくしてろ!」

 

 俺自身でも驚くほどの激怒に、賞金稼ぎは気圧されたように口を閉じた。

 大人しくなった馬鹿を背負いなおして、勢いのまま吐き捨てる。

 

「ああクソ! この俺としたことがガラでもねえ……調子が狂うぜまったくよお」

 

 そして歩き出す。魔法で吹き飛んだ丘の跡地は、凄まじい熱が充満していた。

 その原因はまるで溶岩のように黒く沸騰する灼熱の沼だった。アリスの魔法が地形を地獄へ変えてしまったのだ。

 回り道、している暇はない。 

 なぜならば。

 

「くそ……怪我人を狙って来たのか」

 

 背後を振り返ると、そこには浅層によくいる魔物。四足歩行の一つ目口裂け豚、ゴアピッグが数匹、こちらに狙いを定めていた。

 おそらく、俺の背中のエサに適した人間を狙って来たのだろう。

 俺一人なら余裕で逃げられる、こいつを囮にすればなおさらだ。だが。

 

「……いいか、俺が絶対に、お前を無事に街に帰らせてやる。そんで元気になったらよお、あの二人に礼を言うまでぶん殴る」

 

 凄まじい瘴気と熱気を発する、灼熱の黒い沼を俺はチラリと見た。

 しかし所々、足場にできそうな岩が顔を出していた。どうやら底は深くないようで、爆発で打ち上げられた落ちてきた破片がちょうどそうなってくれたのだろう。

 背後から、獰猛な唸り声がじりじりと近づいてくる。

 

「舐めるなよ」

 

 覚悟を決めて、俺は走り出した。

 

「この強奪王に――‼ 踏破できない地形はねえっ!」

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