仮面ライダーティア   作:トリプル・ルージュ

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刀と疾走

「はい」

『あ、湊。あんた60万も何に使ったのよ!』

「……母さんまだ俺の通帳確認してんの?」

『良いでしょ別に……で?何に使ったか白状しなさいこんな大金』

「バイクだよ、バイク買ったの」

『バイクぅ!?……あんたバイクの免許なんて持ってたっけ?』

「前に取ったの!……てかその金も俺が貯めたやつから出してるし、今回も俺の金で買ったから別に良くない?」

『それは……でも、お金使う時は慎重にって――』

「あーはいはい、検討に検討と検討を重ねて考えて買いましたよっと。じゃ、そう言う事で」

『ちょっとみな――』

 

 通話を切ると、二重になった虹の写真が画面に映る。前に見かけて思わず写真に撮って以来待ち受けはこれだが、そろそろ変えても良いかも知れない。

 母親から唐突に電話がかかってきて何事かと思えば。もう俺も21なんだし、良い加減自由にさせてほしいものだ。

 心の中で愚痴りながら良い写真が無いか探していると、つい潜り過ぎて4年前まで遡ってしまった。

 

「うわ……」

 

 どきりと心臓が跳ねる。手前に大きく笑顔の風香がカメラ目線で写り、その奥に間抜けな顔の俺がいる。確かいきなりカメラを向けられた時の写真だったはず。

 更に進んでいくと、出てくるわ出てくるわ、二人で撮った写真の数々が、その時のままで残されていた。初めて行ったデートで、体育祭で、クリスマスで、初詣でで……。自然消滅だったとは言え、我ながら未練がましいと苦笑する。まだ持っているなんて言えば、風香に引かれるだろうか。

 

「ミナトー!シャンプーなくなったー!」

「……それくらい自分で換えろよー」

「えー場所分かんないー!」

「えっと……ああもう、分かったよ」

 

 明日は風香と会う約束がある。だからうだうだ言わずに早く寝よう。

 

 

 

 

 

 で、その明日になった訳なんだが。

 

「あのぉ……」

「がるるるるる……」

「あ、あははは……」

「……なんか、ごめん」

 

 最寄り駅の近くにあるカフェチェーンで待ち合わせをしたのだが、困った事にアメがついてきてしまった。

 いざ出掛けるとなった瞬間に風香との待ち合わせだと勘付いたアメは駄々をこね、無視して行こうとすればしがみついて引き戻そうとし、最終的には玄関にバリアを張りやがった。理由は兎も角遅れる訳にいかなかった俺は交渉し、どうにか同伴する事を条件に会合を許された。

 それにしても、何故そこまで嫌がるのかと思えば……。

 

「ええと、アメちゃんだっけ?風香です」

「……ふんっ!」

 

 風香が会釈したのに対してアメは鼻を鳴らしてそっぽを向き、俺の腕にしがみつく。

 こりゃあれだ、飼い主が自分の子どもばっかり構ってるのに嫉妬する大型犬と同じだ。

 

「おい失礼だぞ」

「だってぇー!」

「だってじゃない」

「ああー、うん、大丈夫、大丈夫だよ?」

「ほら」

「ほら、じゃない!」

「ううー……」

 

 俺にたしなめられて萎れたアメは、腕こそ掴んだままだったが大人しくなった。

 

「ほんとごめん……それで……話って?」

「あ、えっと、それこそアメちゃんとの事が聞きたくて」

「ア、 アメとの事?」

「ほら……ええと、変身、だっけ?」

「あ、あー、あれね」

 

 まあそうだよな、その話以外何するんだって感じだし。積もる話とか何も無いし……変な事口走る前で良かった。

 

「あれは何なの?湊は今何してるの?」

「そうだよな……分かった」

 

 俺は居住まいを正しながら、今までの事を想起した。

 

 

 

 

 

 楔坂。

 かつての賑わいは鳴りを潜め、今や魑魅魍魎が跋扈する土地の中心に、黒壁の城がそびえ立っていた。正に魔王の城とでも言うべきそれの一室で、世にも恐ろしい怪物達が一堂に会していた。様々に顔を突き合わせざわめく中、鋭い鈴の音が辺りを静まりかえさせる。

 

「陛下は、報告せよとおっしゃっておる」

 

 薄膜で仕切られた向こうに、豪奢な椅子に座る異形の影と、その傍で錫杖を持つ細身の影があった。錫杖を持つ影の一声で、三体の怪物が前に進み出て跪いた。その内の一体、身体を走る炎を今は内に押し留めた赤い怪物……サラマンダーの長が口を開く。

 

「先日、侵略のために派遣した三人、サラマンダー、ゴブリン、ガーゴイルが、いずれも殺害されたとの事です」

「誰にだ」

「人間にです。青い鎧を纏う、ティアと名乗る男にです」

 

 サラマンダーの長に次いで発言したのは石の身体を持つガーゴイルの長だった。その言葉で怪物達がざわめき、再び錫杖が鈴の音を鳴らす。

 

「ただの、人間にか」

「はっ、間違いなく」

「ふむ……陛下」

 

 錫杖を持つ影は椅子に座る影に顔を近づけ、そして再び怪物達を見下ろす。

 

「アオバはおるか」

「……おります、陛下」

 

 すると進み出たのは、黒いコートを羽織り一振りの刀を帯びた、どう見ても人間の男だった。その男の背に、侮蔑、羨望、嘲笑、好奇、様々な視線が集まる。

 跪いたアオバと呼ばれた男に、錫杖を持つ影から託宣が下る。

 

「ティアなる男、斬れるか」

「……無論だ」

 

 それだけ言うと、アオバは立ち上がり、玉座に背を向けた。ひとりでに扉が開き、アオバが退出した後には僅かなざわめきが広がっていた。

 

 

 

 

 

「そうだったんだ……ほんとに魔王を倒しに行くの?」

「え、あー、うん。そんな感じ……」

 

 途中アメの補足もありながら、風香に今までの経緯を簡単に説明した。それによって俺の中でふわふわしていた魔王を倒すと言う事が、段々と重さを増していっている。

 

「先にさ、仲間見つけないとらしいしさ」

「でもそれどうやって見つけるの?」

「……どっかに書き込む?」

「そんなんで見つかる訳ないじゃん」

「だよねー……」

 

 そんな事書いても異常者だと思われたり、悪ふざけの輩から連絡が来るのが関の山だろう。だから大人しく足で探すしかない……これがどれだけ途方も無い事かは分かっているつもり、だ。だからこそ腰が重い。

 

「大丈夫だって、怪物と戦ってればその内会えるよ」

「お前なぁ……ほんとそこら辺適当だよな」

「だって神様がそう言ってるもん」

「神様って……いや、やめとく。」

「なに?何言おうとしたの今?」

「なんでも無いって!」

 

 ぐいと迫るアメを遠ざけていると、くすくすと風香が笑い出した。

 

「あ、ごめん……息ぴったりだなって」

「そう……?」

「でしょおー?私はミナトの最高のパートナーだもん」

「お前だからそれやめろって」

「ふふ……そうだね」

 

 なんでもないその言葉に、何故だかちくりと胸が痛んだ。

 

 

 

 

 

「話聞けて良かった……魔王退治、頑張ってね」

「うん……」

 

 カフェを出てすぐ、ここで解散する流れになった。相変わらず舌を突き出すアメをたしなめながら、風香に手を振る。

 

「じゃあ……また」

「またね」

 

 余計な事を言ってしまいそうになるのを堪えながら、風香に背を向けた。

 

「なんか、妬いちゃうなぁ」

 

 風に乗って、そんな呟きが聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

「この辺りで良いか……」

 

 誰に言うでもなく、アオバはそう呟いた。滑らかな動作で佩いた刀を引き抜くと、無造作にそれを振り払う。軌跡は衝撃となって、刀が捉えた構造物を斬り裂いた。瓦礫が音を立て、気付いた人々が悲鳴を上げて逃げ出す。

 

「早く来い……ティア」

 

 混乱の中で、アオバは呼びかける。まるで必ず来ると確信しているかの様に。

 

 

 

 

 

「ミナト!」

「怪物か……どこだ!?」

「あっち!かなり遠い!」

 

 アメが指差す方向を見るが、何も異変は見受けられない。言葉通り遠過ぎて見えていないのだろう。

 方向転換し、エンジンをふかす。

 

「このまま行くぞ!……おいアメ、『あれ』って本当に大丈夫なんだよな!?」「大丈夫だって!理論上できるって!」

「その理論上ってのが不安なんだけど!?」

「もうつべこべ言わない!行くよ!」

 

 後部座席に座って俺にしがみつくアメの力がより強くなり、次の瞬間にはベルトに変わって俺の腰に装着される。

 

『承認……さあ紡いで、あなたの言葉を』

「変身!」

 

 号令によって発生した水が走行するバイクごと俺を包み込み、青い鎧の戦士へと変じさせる。

 今回はそれだけではない。

 俺とアメが乗るバイクも、同じく青い装甲を纏い、形状を変化させていた。滑らかな流線を作るボディが静かに、しかし激しく輝いている。事前にアメに言われていた通りの変化だ。

 

「良し……!」

 

 ハンドルを握る手に力を込め、俺はスピードを上げた。

 

 

 

 

 

 暫くして、破壊の跡が見えた。

 

「これは……」

 

 建物に、道路に、街路樹に、至る所に刻まれた痕跡が残されていた。滑らかな切断面からは、恐ろしく鋭い刃物が連想されるが、一体何が……。

 

『ミナト!』

「っ!」

 

 思考を遮る様に前方から何かが飛んでくる。咄嗟に身を屈めて躱すと、それは背後の建物を斬り裂いた。瓦礫が降ってくるのをバイクを発進させて避け、前方に向き直った。

 

「え……?」

 

 そして俺が見たそいつは、どう見ても人間だった。

 黒い外套を羽織り、刀を手にゆらりと歩いてくるそいつは確かに異質ではあったが、その顔や体格はどう見ても人間のそれだった。

 

「人間……?」

「ん……ああ、そうか、そう見えるか」

 

 俺の言葉に反応した男は、刀の切っ先をこちらに向ける。

 

「お前、ティアだな……お前を斬らせてもらう」

『ミナト、それは人ではありません!』

「あ、ああ、そうだよな……」

 

 バイクから降りて構える俺に対し、鋭い眼差しで俺を見据える男はだらりと下げた刀で地面をなぞる。歩調が段々と速くなり、ほんのわずかな時間で俺の目の前まで迫り刀を振り下ろす。左腕で受け止める……が、逸らした軌道に沿って鎧の一部が断ち切られた。

 

「っ……武器!」

『武装を生成します』

 

 俺が手をかざすと、向かいのアパートの屋上にある貯水タンクから水が噴き出し、手のひらに寄り集まる。まだ形も定まらないそれを振るい、刀を剣で受け止める。

 

「ぐっ……お前は一体……」

「遠慮するな、やれよ」

 

 鍔迫り合う瞬間、男の視線が俺を真っ直ぐに刺した。振るう刀と同じ冷たい光に当てられて、汗が頬を伝うのを感じた。

 

「っ……ったぁ!」

 

 咄嗟にアメに手をかざして剣に水を纏わせ、斬り払う。しかしそれは後方へのステップで躱され、息つく間もなく男は跳躍し、回転して勢いを乗せた斬撃を繰り出す。なんとか防ぐが、大きく後退った。

 

「守りは上手い……が」

 

 また一気に距離を詰め、刀で剣を撃った。

 

「それでは勝てない」

 

 弾かれた剣が放物線を描いて地面に突き刺さる。咄嗟に後ろに飛び退いて距離を取り、呼吸を整える。

 

「三人も殺したと聞いて期待したが、どうやら外れ――」

 

 男が何か言いかけるが、それは途中で途切れる。俺が投げた短剣が頬を掠め、赤い血が伝う。

 

「……良いね」

 

 それまでほぼ無表情だった男の顔が、わずかに微笑んだ気がした。

 次の瞬間男が黒い炎に包まれる。大気の揺らめきがプレッシャーとなって俺をその場に縛り付ける。炎の中で男のシルエットが大柄に、刺々しく変わっていく。最後に男が左手に持った何かを顔に着けると、炎が消えてその姿を現した。

 黒に光る全身の鎧は武者の様な意匠、その下に筋骨隆々とした身体を隠し、下げた刀は更に獰猛に光っている。そして顔は怒りの形相の鬼の面が着けられていた。

 

『あれは……オーガです!かなりの強敵です!』

「だろうね……」

 

 黒い外套の男、改めオーガは、その重厚な見た目とは裏腹に素早い身のこなしで刀を振るう。ぎりぎりで躱すが、衝撃波で身体が浮き、その隙に鋭い蹴りが俺の腹に刺さる。地面を転がり立ち上がろうとするが、上手く呼吸できない。

 

『ミナト、ここは撤退すべきです』

「でも……」

『ここで死んでしまっては元も子もありません!』

「くっ……」

 

 死ぬ。

 ちらついたその言葉に負けて、俺はどうにかして立ち上がり、バイクに跨ってエンジンをふかす。オーガにくるりと背を向けて、俺は逃走した。

 

 

 

 

 

「逃げたか……」

 

 誰に言うでもなく呟いたアオバ。ここでこちらも撤退しても良かったのだが、まだアオバは乾いていた。久方ぶりに少しはできる相手を見つけて、ここで終わらせるにはもったいないと思ったのだ。

 

「来い」

 

 アオバが呼ぶと、アスファルトに突如として穴が開き、闇の中から一台の黒いバイクが浮かび上がってくる。大型のそれはオーガの巨躯を受け止め、獰猛に唸り走り出す。

 

 

 

 

 

 

『ミナト、後ろに!』

「っ……!」

 

 高架下を逃げる俺達。ミラーには同じくバイクに跨る追跡者が映る。馬力が違うのかすぐに横並びになり、拳を繰り出してくる。なんとか受け流し、ギアを上げて距離を取るが、オーガは再び詰めてくる。今度は刀を抜き振りかぶるのを、右手の付け根を狙ってキックを繰り出す。刀を落としこそしなかったが、オーガは怯みまた距離が出来る。

 右に左に、揺れ、駆け、交錯する。どうにか付かず離れずの距離を保っている。

 その均衡は思っていたより早く破られる。

 

「うっ……!?」

 

 突如車体がぐいと後ろに引っ張られる感覚。振り返ると、オーガのバイクから伸びる影の様な物が後部車輪に纏わり付いていた。がくん、と車体が揺れて距離が縮まり、避ける間もなくバイクから叩き落とされた。

 

「うああああああっ!」

 

 吹き飛ばされ、地面を転がる内にアメとの繋がりが途切れた感覚がした。体中に鈍い痛みが走って、目を開けると少し離れた所にアメが同じ様に倒れているのと、その向こうからオーガがゆっくりと近付いてくるのが見えた。

 途切れ途切れでコマ送りの様に見える足取りがいつの間にか俺の目の前まで来て、喉元に刀が向けられた。

 

「こんなものか、まあ良いだろう」

 

 そう呟くと、オーガは刀を両手で構え、振り上げて……。

 

「ミナト!」

 

 振り下ろされる寸前、アメが俺を庇うように手を広げて立ち塞がった。それを見てオーガはぴたりと動きを止める。

 

「逃げて、ミナト!」

「アメ……うっ……」

 

 滲む視界に、震えるアメの背中があった。

 逃げられなかった。逃げたくなかった。

 でも今の俺にはどうする事もできなくて……。

 

 

 

 俺達の様子をじっと見ていたオーガは何を思ったのか、刀を下ろし、鞘に納めた。

 

「え……」

「つまらんな」

 

 そう吐き捨てるとオーガは踵を返し、バイク音を轟かせて彼方へと消えてしまった。

 

 何だったんだ、あいつ。

 言葉にする間もなく、俺の意識は深く深く沈んでいった。

 

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