ようこそ出だしでつまずく教室へ   作:ポテナゲ特大

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茶柱先生の説明を消したり書いたりしてたら、かなり時間がかかっちゃいました。


第4話

 

 

 

 

 

 5月1日。

 

 上尾は朝一番で端末を確認した。

 

『169,840pp』

 

 昨日と同じ数字が並んでいた。

 

 一年生の中で、現在これほどのポイントを持っているのは上尾くらいのものだろう。南雲から定期的に食事を奢ってもらっており、出費が少なく済んだ上、「褒美」として10万ポイントを付与されていた為である。

 

(やっぱり、ゼロか……)

 

 上尾は予想していたとはいえ、少し肩を落とす。

 

 足取りの重いままに学校へ向かった。

 

 

 

 ────

 

 

 

 上尾が教室へ入ると、そこには堀北が既に登校していた。

 

「今日は早いね」

 

「ええ、貴方より早く来たわ」

 

 なんのマウントだろう。

 

 上尾はそう思いながら、本を取り出し読み始めた。

 

「ずいぶん余裕そうね」

 

「先の展開は読めてるからね」

 

 それから二人が言葉を交わすことはなかった。

 

 

 

 ────

 

 

 

 他の生徒が登校してくる。

 

 彼らはいつものように騒がしいが、今日は様相を呈していた。

 

「なぁ? ポイント振り込まれた?」

 

「振り込まれてねぇよ! 俺、朝ジュースも買えなかったぜ!?」

 

「学校側のミスだろ」

 

 そんな言葉が教室中に飛び交う。

 

 

 

「……哀れね」

 

 堀北が、感情の欠片も乗せずに言い放つ。

 

 上尾は内心で同意しながらも、一応口を開いた。

 

「ま、まぁ……騙し討ちみたいなものだし……」

 

 とはいえ。

 

(ジュース一本も買えないってことは……)

 

 10万ポイントを、すでに使い切ったということになる。

 

(自己管理能力、どうなってるんだ……)

 

 上尾は小さく息を吐いた。

 

 

 

 そんな喧騒の中、茶柱が教室に姿を現した。

 

 その空気は、いつも以上に冷え切っている。

 

「席に着け。朝のホームルームを始める」

 

 短く、切り捨てるような命令。

 

 だが誰もすぐには従わない。

 

 やがて一人が手を挙げた。

 

「先生ー、ポイントが振り込まれてなかったんですけど。毎月一日に支給されるんじゃなかったんですか?」

 

「いや、今月分は既に振り込まれている」

 

「え? でも……」

 

 

 

「ポイントは既に振り込まれた」

 

「それは間違いない」

 

「このクラスだけ忘れられたなどという可能性もない」

 

 

 

「でも実際、振り込まれてないし!」

 

 池の声をきっかけに、不満が一気に広がる。

 

 あちこちから同じ言葉が飛び交った。

 

 その喧騒を、茶柱は一度だけ見渡す。

 

 そして。

 

 

 

「……本当に愚かだな、お前たちは」

 

 

 

 

 教室の空気が、凍る。

 

 

「遅刻欠席合わせて『98回』、授業中の私語や携帯使用『391回』」

 

 淡々とした数字の列挙。

 

「一ヶ月で随分とやらかしたものだ」

 

「この学校ではクラスの成績評価が、毎月振り込まれるポイントに反映される」

 

 一拍。

 

「査定の結果、お前たちは当初持っていた10万ポイントを全て失った」

 

 静寂に包まれる教室。

 

「今月振り込まれるポイントは──」

 

 視線が集まる。

 

「──ゼロだ」

 

 その茶柱の言葉で生徒たちは口々に不満を並べる。

 

 ──じゃあ……俺ら0円で生活するの……

 

 ──ええっ!? 

 

 ──なんだよそれ……聞いてねぇって! 

 

 混乱が広がる中、茶柱は一歩も揺らがない。

 

「ただの高校生に過ぎないお前たちが、何の制約もなく毎月10万も使わせてもらえると本気で思っていたのか?」

 

「あり得ないだろう。常識で考えろ」

 

「なぜ疑問を疑問のまま放置しておく?」

 

 静かに、言葉が刺さる。

 

「入学式の日にも言ったはずだ。この学校は実力で生徒を測る」

 

 一瞬の間。

 

「お前たちは評価ゼロの──」

 

 

 

 視線が、全員に落ちる。

 

 

 

「──クズというわけだ」

 

 

 

 ────

 

 

 

 茶柱の説明は、上尾の予想通り内容だった。

 

「そうこれが"Sシステム"だ」

 

 茶柱はホワイトボードに各クラスと数字が並んだ紙を貼り付ける。

 

 

『Aクラス:940』

『Bクラス:650」

『Cクラス:490』

『Dクラス:0』

 

 

「リアルタイムで生徒を査定し、数値として算出する」

 

「見ろ、お前たちDクラスは見事に自分たちが最低ランク──」

 

「最悪の不良品である事を証明した」

 

 ──ゼロ? 

 

 困惑する生徒たち。

 

「……っ」

 

 堀北はあらかじめ知っていたこととは言え、改めて突きつけられる評価に顔を歪める。

 

 茶柱は嘲笑うかのように手を叩く。

 

 パチ、パチ、パチと乾いた音がクラス中に響き渡る。

 

「しかし逆に感心もした。1ヶ月で全てのポイントを吐き出したのは、歴代のDクラスでも初めてだ」

 

 そんな茶柱の言葉に平田が思わず立ち上がる。

 

「先生っ! せめてポイント増減の詳細な理由を教えてください!」

 

 しかし茶柱は切り捨てる。

 

「実社会と同じだ。人事考課、詳細な査定の内容は教えられない」

 

「……っ」

 

 平田は俯きながら席に座る。

 

「これは各クラスが現在保有する、"クラスポイント" だ。1ポイントごとにクラス全員に100ppが支給される」

 

「入学時点では全クラスに1000cpが与えられていた」

 

「お前たちはその全てを失ったと言うわけだ」

 

 その余りにも唐突な内容にクラスは静まり返る。

 

 上尾は堀北の方にチラリと視線を向ける。

 

 彼女は何も発する事はなく、目を閉じ、何かを思考している。

 

 ため息を吐きながら、上尾は茶柱に質問を問いかける。

 

「クラスポイントが増えることもあるんですよね?」

 

「あるぞ。結果としてCクラス以上のポイントを得ればお前たちはCに昇格。CクラスはDに降格する」

 

「直近でいえば次の中間テスト。成績次第では最大100のクラスポイントが加算される」

 

 ──たった100かよ……

 

 ──でもないよりマシかも……

 

「だが、これが前回の揃いも揃ってクズのような点数」

 

 1位 上尾照 95点

 2位 高円寺六助 90点

 2位 堀北鈴音 90点

 2位 幸村輝彦 90点

 

 と生徒たちの点数が張り出される。

 

(よしっ! 堀北さんより点数は上!)

 

 堀北をどう煽ろうかと彼女に視線を向けるが、真面目な顔をして何かを考えている彼女に話しかけられる程、上尾は空気が読めないわけではなかった。

 

 上尾の間の抜けた考えを遮るかのように茶柱は続ける。

 

「次回以降、中間、期末テストで赤点を取ったものは──」

 

「──即退学とする」

 

 その言葉にクラスに今まで以上の緊張が走った。

 

 

 

 ──

 

 

 

 大方、上尾の予想は的中しホームルームは終わりを迎えた。

 

 その後の反応はさまざまだった。

 

 退学という現実に焦りを見せるもの。

 

 諦めたのかクラスメイトにポイントをたかるもの。

 

 そんな喧騒を尻目に上尾は目を閉じ、考えを巡らせていた。

 

 小テスト。

 

 85点分は中学レベルの、余りにも簡単な内容だった。

 

 にも関わらずそのラインに到達しているものは、わずか数人程度であった。

 

 それどころかクラスの約4分の1が赤点という現実。

 

 中間テストともなれば難易度はさらに上がる。

 

(ここまでだったとは……)

 

 クラスメイトの素行は確かに良くなかった。

 

 しかし名門校ともなれば、学力はある程度、保証されているものだと思い込んでいた。

 

 上尾は自身の欠点である詰めの甘さ、思考の抜けの多さをひしひしと実感していた。

 

(やっぱり、雅さんの下について正解だったのかもしれない……)

 

 彼が今後、成そうとしている"より個人の能力"が試される制度。

 

 それについて質問したこともあったが、明確な回答は得られなかった。

 

『来年のお楽しみだ』

 

 今年は大きな動きを見せる事はないと言うことだろう。

 

 本番は彼が生徒会長に就任してから。

 

 南雲の方針が自身にどのようなメリットをもたらすかを上尾は計りかねていた。

 

(もしかして、"個人がクラスを移動する"なんて制度が導入されたり……)

 

 そんな自分に都合のいい考えが上尾の頭をよぎる。

 

 堀北に声をかけられ、思考は中断された。

 

「ねぇ、今後について話し合わない?」

 

 堀北に視線を向ける上尾。

 

 彼女はAクラスを目指している。

 

『……私は兄さんに認めて貰わないといけないのに』

 

 あの日、校門の前で彼女から発せられた言葉を思い出す。

 

 彼女がAクラスを目指すのは、おそらく兄である"堀北学"に関係していると見て、間違いないだろう。

 

 もし個人がクラス移動するシステムが導入されるとしたら……

 

(堀北さんもこちら側に誘うか……?)

 

 しかし、堀北学と南雲雅のことがふとあたまをよぎる。

 

(雅さんは、堀北会長に異様な執着を見せている)

 

 南雲がその名を口にする時の熱量を、上尾は思い出す。

 

 だが一方で、堀北鈴音について、問われたことはない。

 

 つまり、南雲はまだ彼女を“明確に認識していない可能性”がある。

 

 ──南雲の視線。

 

 ──堀北学への執着。

 

 そこに、堀北鈴音が巻き込まれる可能性。

 

 彼女との距離は、少しずつ縮まっている。

 

 それ自体は、悪くない変化だ。

 

 しかしその裏で、別の問題を見落としていた。

 

(もし俺が堀北さんと行動を共にしていたら、いずれ目を付けられる)

 

 仮に彼女に存在を認識したとしても、関わりを持とうをするのなら自分を介してくるはずだ。

 

 過去に南雲に呼ばれた上級生の集まりで、こっそりと忠告を受けたことがある。

 

『南雲くんは君が思ってるよりも、怖い人だよ……』

 

『あまり、仲良くし過ぎない方がいいと思う……』

 

 きっと優しい人だったのだろう。

 

 無知で下級生が南雲に騙され、利用されている。

 

 彼女の目にはそう映っていたに違いない。

 

 だが、そんな事は分かりきっている。

 

 南雲は上尾がこの学校で生き残るための、大きな後ろ盾であり──

 

 ──自身の親と似た"性質"を持った忌むべき存在。

 

 もし、堀北の事を聞かれ嘘を付けば、南雲の不評を買うだろう。

 

 もし、堀北に興味を持ち彼女を利用するとなれば自身には止められないだろう。

 

(彼女とは距離を置いた方が良いのかもしれない……)

 

 南雲に不信感を持たれないために。

 

 なにより──

 

 堀北鈴音を守るために。

 

 

 

 ────

 

 

 

「遠慮しておくよ」

 

 その一言に、彼女の眉がわずかに動く。

 

「……貴方ねぇ。このクラスでまともな能力を持つのは私とあな──」

 

「何か勘違いしていないかな?」

 

 遮るように、上尾は静かに言葉を差し込んだ。

 

「……勘違い?」

 

 堀北は怪訝そうに眉間へ皺を寄せる。

 

「俺はAクラスになんて興味ないよ。ただ──」

 

 一拍。

 

「──退学したくないだけ」

 

 空気が、そこでわずかに重くなる。

 

「堀北さんがAクラスを目指すのは勝手だ」

 

 淡々とした声だった。

 

「でも俺がそれに協力するなんて、いつ言った?」

 

「私にSシステムを共有してくれたじゃないっ!」

 

「それに、あの日私を──」

 

「──あれはただの同情からだよ」

 

 言い切ると同時に、堀北の息が詰まったように止まる。

 

「……っ!」

 

「俺は自分が退学にならないように立ち回るだけ」

 

「もちろん、そのためには成績も結果も出す」

 

「クラスの足は引っ張らない。だから安心してよ」

 

「……そう」

 

 絞り出すような声。

 

 だがその奥には、冷えた刃のような感情が混ざっていた。

 

「……貴方を勘違いしていたわ。貴方は自己中心的で協調性のない──」

 

「──正真正銘の不良品よ」

 

「お互い様だね」

 

 短く返す。

 

 その一言が、さらに火に油を注いだ。

 

「……っ!」

 

 堀北は顔を背けるようにして、足早に教室を出ていった。

 

 残された空気だけが、やけに冷たい。

 

 上尾は小さく息を吐く。

 

 これで良かったのだ。

 

「……良かったのか?」

 

 上尾の心を読んだかのような声が聞こえてくる。

 

 綾小路だ。

 

「……何が?」

 

「最近、仲良かっただろ」

 

「……よくない」

 

 それだけを残し、上尾も教室を後にする。

 

 

 

 ────

 

 

 

 誰もいない屋上で一人、上尾は考える。

 

 南雲からの指示。

 

 各クラスのリーダー格、有望な生徒の情報収集。

 

 当然、それはDクラスも例外ではない。

 

 Dクラスでリーダー格と言えば、平田や櫛田。

 

 有望株としては高円寺。

 

 そして──堀北鈴音。

 

 堀北は現状、学力が高いだけの孤立した生徒だ。

 

 唯一のつながりになり得た自分も、距離を取った。

 

 これで彼女について、報告する必要はないだろう。

 

 そう自分に言い聞かせ、思考を切り替えた。

 

 まずはCクラス。

 

 椎名に聞くのが手っ取り早いのだろうが、彼女を巻き込むのは忍びない。

 

 かと言って他に面識があるのは、同じ美術部の金田。

 

 彼とは会話こそした事があれど、別に親しい間柄ではない。

 

(とりあえず後回し、と……)

 

 次にBクラス。

 

 こちらに至っては面識のある生徒はゼロだ。

 

 一之瀬という生徒が、人気があるというのだけは聞いた事がある。

 

 それと彼女が生徒会を落とされたという話を南雲が言っていたような気がする。

 

(ここも後回し……)

 

 最後にAクラス。

 

 こちらに至っても、面識のあるのは同じ美術部の神室。

 

 しかも金田とは違い、まともな会話すらした事がない。

 

 それと、一之瀬と同じく葛城も生徒会を落とされたとかなんとか。

 

(ここもダメか……。あれ?)

 

 上尾は気付く。

 

(詰んでないか? これ?)

 

 上尾は自身の交友関係のなさに天を仰いだ。

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

 昼休み、上尾はBクラスの教室を訪れていた。

 

 入り口付近の生徒に声をかける。

 

「あの、一之瀬さんっている?」

 

「えっ? ……私だけど?」

 

 偶然にも、目的の人物だった。

 

「実は一之瀬さんに大事な話があって」

 

「大事な、話……?」

 

 警戒というより、少し誤解の混じった戸惑い。

 

「生徒会についてなんだけど」

 

「えっ、生徒会!?」

 

 空気が一気に変わる。

 

「ちょっとだけ時間いいかな」

 

「う、うん」

 

 

 

 ────

 

 

 

 

 その後、空き教室に移動した二人。

 

「そ、それで生徒会の話って……?」

 

 一之瀬が身を乗り出すように問う。

 

「ああ、まずは自己紹介からだよね」

 

「俺は1年Dの上尾照(かみおてる)

 

「君があの上尾くん!?」

 

「えっと、どの?」

 

 上尾がわずかに眉をひそめる。

 

「に、にゃはは、ごめんね。実は生徒会の副会長と仲がいいって噂を聞いて……」

 

「ああ、そのことか」

 

 ──自分が落とされた生徒会。

 

 そこの副会長と親しい1年生。

 

 彼女が気になるのも当然のことだろう。

 

「実は話ってまさにそれなんだよね」

 

「どういうこと……?」

 

「雅さん……南雲副会長からの頼みでね」

 

 上尾はあらかじめ用意していた説明を淡々と差し出す。

 

「副会長は1年生の役員がまだいない事に、悩んでいてね」

 

「う、うん」

 

「俺に生徒会役員候補の調査をお願いしてきたんだ」

 

「あ、そういうこと!」

 

 一之瀬の緊張が少しほどける。

 

「そう、それで一之瀬さんが生徒会希望だって聞いて、どんな人か、クラスでどんな立ち位置なのか、能力はどうか、それを調べるようにお願いされたんだ」

 

「に、にゃはは、なんか緊張しちゃうなぁ」

 

「畏まらなくていいよ、すごく簡単な質問ばかりだから」

 

 そこから上尾は、彼女の話を聞き出していく。

 

 生徒会に興味を持った理由。クラスでの役割。そして日常の立ち位置。

 

 一之瀬はクラス委員のような役割を担い、神崎という生徒がその補佐をしているらしい。他にも名前は出るが、中心はそこだと判断できた。

 

(Bクラスの核は、このラインか)

 

 上尾は静かに整理する。

 

「今日はありがとう、おかげで雅さんにちゃんと報告できそうで助かるよ」

 

「うん! 私のほうこそありがとう!」

 

「雅さんには良いように報告しておくから安心して」

 

「う、うん! ……質問しても良い?」

 

 帰り際の一言。空気が少しだけ変わる。

 

「何かな?」

 

「どうして南雲先輩は上尾くんに頼んだのかな?」

 

「上尾くんとも面識はなかったわけだし、南雲先輩が直接来れば良いのにって……」

 

 さらに続く。

 

「それとわたしは一度、生徒会を落とされてるのにどうしてまた……」

 

 鋭い。

 

 見た目の柔らかさとは裏腹に、核心へ踏み込むあたまの回転の速さがある。

 

「さっきも言ったけど、雅さんは1年生の役員候補がいない事に悩んでいたんだ」

 

「う、うん」

 

「かと言って一度、堀北会長が落とした生徒を雅さんが直接調べてたら、会長の不評を買ってしまうかもしれない」

 

「次の任期で雅さんが間違いなく会長の椅子に座る」

 

「その時のために、早い段階から1年生の情報を欲しがっていたんだ」

 

「そ、そういうことかぁ」

 

 一之瀬は納得したように息を吐いた。

 

 ──通る理屈ではある。少なくとも、今は。

 

「そういえば、上尾くんと南雲先輩はどうやって知り合ったの?」

 

 一瞬、間が空く。

 

 ここが一番危ない。

 

 下手な言い訳をして疑問に思われれば、彼女は南雲に警戒心を持ってしまうだろう。

 

 必死に言い訳を振り絞る。

 

 その結果、上尾は妙な事を口走りはじめた。

 

「じ、実はね、雅さんと俺は……」

 

「う、うん」

 

「お、幼馴染って奴なんだ」

 

「ええっ!? 幼馴染……?」

 

 言った瞬間、自分でも無理のある言葉だと分かる。

 

「う、うん……小さい頃からとてもお世話になってね。その、なんというか……憧れの兄のような存在なんだ」

 

「そうだったんだ!」

 

 なぜか一之瀬は素直に頷いた。

 

「いいなぁ。憧れのお兄さん的存在かぁ」

 

(……危ない橋を渡りすぎている)

 

 上尾は内心で頭を抱える。

 

 だが今さら引き返せない。

 

「一之瀬さん、あの……この事なんだけど、みんなには内緒にしてくれるかな?」

 

「……どうして?」

 

「雅さんはみんなから慕われている存在なんだ。そんな人から、幼馴染だからと言って特別扱いされてるってバレたら、嫉妬されちゃうし……」

 

「雅さんともこの事は誰にも話さないようにしようって約束してたんだ」

 

「そうなんだ……でもわたしはいいの?」

 

「あ、それは、その、一之瀬さんは、何というか、話しやすそうでつい……」

 

「にゃはは、わたしこう見えて口は固いから安心してよ!」

 

「ありがとう……」

 

 ようやく呼吸が整う。

 

 ただ、もう一つ釘を刺す必要があった。

 

「雅さんにも、今日のことは黙ってて欲しいんだ……」

 

「なんで?」

 

「それは、その、じっ自分の力だけで、雅さんの名前を出さずに調べられた方が、何というか、その……」

 

「憧れのお兄さんに褒めてもらえるもんね!」

 

 本当にやめて欲しい。

 

 どこか吐き気を抑えながらも肯定する。

 

「そ、そう! 後、一之瀬さんに幼馴染だって話したことも秘密にして欲しい……口の軽い奴だって思われたくないし……」

 

「まっかせて!」

 

 一之瀬は明るく頷く。

 

 ──彼女の口の固さを信じるしかない

 

 上尾は静かに息を吐いた。

 

 それから一之瀬とは連絡先を交換して解散した。

 

 

 ────

 

 

 

 放課後。

 

 一之瀬のときと同じ手順で葛城へ接触しようと考えた上尾は、授業終わりに足早に1年Aクラスへ向かった。

 

 入り口付近にいた生徒へ声をかける。

 

「あの、葛城くんって居るかな」

 

「誰だお前? 葛城さんに何の用だ!」

 

 やけに刺々しい反応だった。Sシステム発表直後という状況を思えば、無理もない空気ではある。

 

 上尾は一度小さく息を吐き、素直に名乗ることにした。

 

「突然ごめんね、俺は1年Dクラスの上尾照(かみおてる)

 

 できるだけ刺激を与えないよう、声音を整えて伝える。

 

 だが返ってきたのは嘲笑だった。

 

「はは! 不良品のDがAクラスに来るんじゃねぇよ!」

 

 堀北程ではないが、この学校のクラス分け基準には疑問を呈する上尾。

 

「どうしたんだ、弥彦」

 

 そこへ、圧のある風貌の生徒が割り込んできた。スキンヘッドの男だ。

 

「葛城さん! Dのクズが葛城さんを出せって生意気なこと言って来たんです!」

 

 言い方は多少脚色されている気がしたが、それを訂正する空気でもない。

 

「Dの生徒が俺に何の用だ」

 

 葛城もまた、警戒を隠さず上尾を見る。

 

「えっと、生徒会のことで話があったんだけど──」

 

 そこまで言って、上尾は一度言葉を切った。

 

「──なんか歓迎されていないみたいだし帰るね」

 

 もはや関わりたくもなかった。

 

「っ! 待て!」

 

 葛城が慌てて制止する。

 

「詳しく聞かせてもらおうか」

 

「……うん」

 

 上尾は歩みを止め、短く頷いた。

 

 

 

 ────

 

 

 

 空き教室に移動した上尾と葛城は、先ほどよりもやや距離を取った位置で向かい合っていた。

 

 一之瀬のときと同じ要領で、生徒会を口実に情報を引き出そうとする上尾だったが、葛城の警戒心は想像以上に強く、会話はなかなか核心に触れない。

 

 葛城は自身のことについても多くを語らず、ましてやクラスの内情となると完全に口を閉ざしていた。

 

 このままでは埒が明かないと判断した上尾は、少し踏み込むことにする。

 

「でも葛城くんはAクラスの優等生なのに、どうして生徒会に落ちたんだろう」

 

「っ!」

 

 一瞬、葛城の表情が強張る。

 

「──落ちた理由、何か聞いた?」

 

「……いや」

 

 葛城は苦虫を噛み潰したような顔で短く答えた。

 

 上尾はさらに畳みかけるように続ける。

 

「人当たりも悪くなさそうだし、さっきの様子からすると慕う友達も多そうなのに不思議だね」

 

 その言葉に、葛城はしばらく黙り込んだあと、渋々と口を開いた。

 

「……坂柳と言う生徒がいる」

 

「坂柳?」

 

 初めて聞く名前だったが、どこかで引っかかる感覚がある。理事長の姓と同じだという記憶が、頭の片隅を掠めた。

 

「俺とクラスを二分する存在だ」

 

「なるほどね、だから落とされたんだね」

 

「どういうことだ?」

 

「いやだって、クラスのリーダー格を名乗っているのに、自分のクラスメイトの半数が違う派閥だなんて──」

 

 上尾は軽く肩をすくめるようにして続ける。

 

「──会長からすれば、そんな不安定な存在、生徒会に入れるわけにはいかないでしょ」

 

 その指摘に、葛城はハッとしたように目を見開いた。

 

「……確かにお前の言う通りなのかもしれない」

 

「まぁでも、雅さんが会長に就任する頃には、きっと葛城くんがAクラスのリーダーになれてるよ!」

 

 軽く流すように言った上尾だったが、葛城の表情は晴れないままだった。

 

「どうしたの? 坂柳さんってそんなに優秀な人なの?」

 

「……ああ、体は不自由だが、学力ではAクラス随一だ」

 

「へぇ? あの小テストは何点だったの?」

 

「……100点だ」

 

「っ!?」

 

 思わず上尾の目がわずかに見開かれる。

 

 あの難易度の問題をすべて解き切ったという事実は、素直に驚くべきものだった。

 

 葛城は続ける。

 

「杖なしでは生活できない彼女がクラスを導くのは、彼女自身にも負担が大きいと思うのだが……」

 

「杖?」

 

 そういえば前にそんな少女を見かけた事がある。

 神室を連れ立って歩いていた。

 

 坂柳との接点はそこかもしれない。

 

 上尾は思考を巡らせながら、静かに言葉を挟んだ。

 

「同じクラスとはいえ、敵対している人を気にかけるなんて葛城くんは優しいんだね」

 

 わずかな間を置き、さらに続ける。

 

「でも──坂柳さんと決着をつけない限り、雅さんも葛城くんの生徒会入りは前向きになれないかもね」

 

「……ああ、分かっている」

 

 

 

 ────

 

 

 

 葛城とも連絡先を交換し、上尾は寮へと戻っていた。

 

 端末を手に、椎名とメールを交わしながら、翌日以降の動きを静かに組み立てていく。

 

(明日は神室さん経由で坂柳さんに接触してみるか……)

 

 思考は自然と次のターゲットへと移っていく。

 

 同時に、Cクラスの情報についても頭をよぎった。

 

(はぁ、椎名さんに聞くのが一番早いんだよなぁ……)

 

 指先ひとつでいつでも連絡が取れる相手。椎名なら、頼めばCクラスの内情も素直に話してくれるだろう。

 

 だが、それでも上尾は踏み切れなかった。

 

(友達を……椎名さんを利用なんてしたくないな)

 

 合理性だけで割り切るには、どうにも気が進まない領域があった。

 

 短く息を吐き、思考を切り替える。

 

(まぁ、とりあえず坂柳さんからだな)

 

 

 

 

 

 それにしてもホームルームのクラスポイントの発表。

 

『Aクラス:940』

 

(かなり早い段階でSシステムに完全に気付いた人がいる)

 

 それは葛城か。

 

 それとも……

 

 

 

 

 




堀北さんはプロットでは、ここまで上尾くんと親しくなる訳では無かったので、
ちょっとキツイ突き放し方だったかなって自分でも思います。

ただ、そうしないと今後のプロットが崩れてしまうので……

堀北さんファンの方は申し訳ないです。
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