スティーガが間髪入れず剣を振りかざし、ゾルダの胴体を鋭く斬りつけた。
鋭い金属音と共に、ゾルダの胸部装甲から激しい火花が噴き上がった。
「ぐっ……!」
衝撃に身体を仰け反らせるゾルダ。
だが仰け反りながらも、ゾルダはマグナバイザーの照準をスティーガへと合わせ引き金を絞る。
銃弾がスティーガの肩を直撃した。
「っ!」
甲高い衝撃音。
深紅の装甲から火花が散り、スティーガも数歩後ろへ仰け反った。
肩から細く立ち昇る煙。
彼女は傷口を確認するでもなく、その煙を静かに手で払い落とすと、感情の見えない声を発しゆっくりとゾルダを見据える。
「……浅倉さんから聞いています。貴方……弁護士の北岡秀一さんですよね? 貴方には一度お礼を言いたかった。浅倉さんが極刑にならずに済んだ事を」
その言葉に北岡は銃口を向けたまま眉をひそめるゾルダ。静かな口調だがすぐに、その声は微かに冷え込んだ。
「でも……残念です」
いつの間にか手には一枚のカード。
スティーガは迷いなくディスティングバイザーへ滑らせた。
《 SHOOT VENT 》
無機質な電子音が廊下へ響き渡る。
左手にボウガン ―― ディスアローガンが出現した。
スティーガは構えるまで一秒もかけない。
「ライダーである以上……貴方も私の敵でしかない……」
幾本もの矢が一斉に放たれた。
「っ!」
ゾルダは床へ身を投げ出すように横転する。
矢は髪を掠める勢いで飛び抜け、そのまま背後の壁へ突き刺さった。
爆ぜる火花。砕ける壁。
そのまま突き当たりの壁へ飛び込み、身を隠すゾルダ。
呼吸を整える暇もなく、壁の陰からマグナバイザーだけを突き出し、数発撃ち返した。
乾いた銃声が無人の警察署へ反響する。
応戦したあと、再び壁へ背を預けた。
肩で荒く息をしながら、北岡は苛立ちを隠さず声を張った。
「そりゃ光栄だな。んで、どう言うつもりだ、お嬢さん? 何たって警察署なんか襲った?」
「さあ? 何ででしょうね」
スティーガの声は、感情の起伏が恐ろしいほど乏しい。足音が一気に接近してくる。
ゾルダはその場から走り出した。
距離を取りながら振り返り、追いすがるスティーガへ向けて発砲。陰から姿を現したスティーガが、再びディスアローガンを放つ。
疾走中のゾルダのすぐ傍を矢が幾本も飛び交い、壁や床に次々と突き刺さる。
「っく!」
走りながら振り返り、ゾルダもマグナバイザーを発砲。銃弾と矢が廊下の中央で交差し、激しい火花を散らした。
そのまま追走と逃走を繰り返し、二人は警察署の奥へと駆け抜ける。
やがて二人が辿り着いたのは、大量のデスクとパソコンが整然と並ぶオフィスだった。
書類が山積みになった机。整然と並んだモニター。
そこは現実世界なら、大勢の警察官たちが日々職務に当たる場所であるが、此処はミラーワールドなので当然人影は一切無い。
ゾルダは机を盾に身を隠し、すぐさま銃を構える。
対するスティーガも別のデスクへ滑り込み、ディスアローガンを構え直した。
そしてほぼ同時に撃ち放たれる銃弾と矢。
モニターが砕け、書類が宙へ舞い上がり、デスクの天板へ無数の弾痕が刻まれていく。
静まり返っていた警察署は、一転して激しい銃撃戦の舞台と化した。銃弾と光の矢が机を穿ち、パソコンのモニターを粉々に砕く。
飛び散ったガラス片が床を跳ね、書類は爆風に煽られて吹雪のように宙を舞った。
ゾルダは引き金を引きながら、美穂から聞かされた話を思い返す。
―― 浅倉威を慕う少女。
その情報と、今目の前で起きている惨状。
点と点は、あまりにも容易く一本の線で結ばれてしまう。答えが単純すぎるからこそ、北岡の背筋を冷たいものが這い上がった。
デスクの陰へ身を潜めたまま、低く問いかける。
「お前まさか……浅倉を守る為に、警察狩りを?」
「…………だったら?」
あまりにも平然と。
あまりにも冷たく。
人を殺めることへの躊躇など最初から存在しないかのような声音だった。
その一言だけで、北岡は仮面の奥で息を呑む。
(……狂ってる)
浅倉に心酔している時点で普通ではないとは思っていた。
だが、ここまで壊れているとは想像していなかった。
自分が愛する男を守る為に、罪なき警察官を次々と襲う。
その発想に理屈も葛藤もない。
ただ「そうするべきだから、そうした」
それだけなのだ。
しかし感傷に浸る時間などない。
スティーガが一気に動いた。
「っ!」
ディスアローガンを構えたまま真正面から突撃してくる。
引き金が連続して弾かれ、無数の矢が雨のように降り注いだ。
「チぃッ!」
ゾルダは咄嗟に横へ転がる。
直後、身を隠していたデスクが次々と貫かれた。
厚い木製の天板など紙細工同然。矢は机を易々と貫通し、その向こう側の壁へ深々と突き刺さった。
ゾルダは転がりながらマグナバイザーを構え、連射で応戦。
スティーガは身体を低く沈め、そのまま横へ滑るように走り抜ける。
銃弾は彼女のすぐ脇を掠め、背後のパソコンを次々と撃ち砕いていく。
液晶が爆ぜ、机が弾け飛び、積み重なっていた資料が白い紙吹雪となって宙へ舞う。
ゾルダが物陰から叫ぶ。
「っは! 警察を潰せば、誰も浅倉を逮捕出来ないってか? 霧島を殺るのに躊躇してたお子様が、随分立派になったな!?」
「黙れぇッ!!」
スティーガの叫びが、警察署中へ轟くと同時に、
右手のディスティングバイザーの柄にあるトリガーを引く。
剣身が瞬時に分割。
鋼の節が音を立てて伸び、一本の蛇腹剣が生き物のように唸りを上げた。
しなやかにしなる刃が一直線にゾルダへ迫る。
避ける暇も無く蛇腹の刃はマグナバイザーを握る右腕へ巻き付き、
金属音を響かせながら絡み付いた。
「ぐっ!」
腕が強く引かれる。
マグナバイザー持つ腕が拘束され、自由を奪われた。
スティーガはその状態のまま蛇腹剣を握り締め、確かな憎悪が宿った声で言い放つ。
「貴方の邪魔で、霧島美穂を殺し損ねた。その時の報いを受けなさい!」
左手のディスアローガンが火を噴く。
片腕を絡め取られたまま、矢の雨がゾルダへと降り注いだ。
「うわぁ!」
強引に身を捩って矢を回避したものの、腕を拘束されたままではバランスが取れない。
ゾルダの大柄な身体が盛大に崩れ、冷たい床へと転倒した。
咄嗟に近くのデスクの影へ転がり込む。
「クソ、離れろ……!」
腕に絡みついた蛇腹の刃を振り払おうとするが、びくともしない。
締め付ける力が、じわじわと腕を圧迫してくる。
スティーガの足音が、一気に近づいてくる。
ゾルダは素早く空いた手でデッキへと指を走らせ、一枚のカードを引き抜いた。
マグナバイザーへ叩き込む。
《 STRIKE VENT 》
瞬時に、ゾルダの左腕へ重厚な武器が装備された。
二本の巨大な角を持つ契約モンスターの頭部を模した籠手 —— 「ギガホーン」
分厚い装甲に覆われたその籠手が、左腕全体を覆う。
ちょうどその瞬間、デスクを飛び越えるようにスティーガが斬り込んできた。
「終わりです!」
至近距離からディスアローガンの矢を打ち込もうとした。
しかし、その矢が届くより早く。
「そらぁっ!」
ゾルダは腰を捻り、左腕を渾身の力で振り抜いた。
鈍く重い衝撃音がオフィス中へ響く。
ギガホーンがスティーガの胸部装甲へ直撃した。
「ぐはぁっ!」
予想外の反撃だった。
深紅の装甲から火花が噴き上がり、スティーガの身体が大きく吹き飛ぶ。
数台のデスクへ激突しながら机を薙ぎ倒し、パソコンや書類を巻き込みつつ床を滑っていく。
同時に腕への拘束が緩み、蛇腹の刃がほどけた。
ゾルダはゆっくりと立ち上がり、ギガホーンを構え直しながら不敵に言い放った。
「悪いな。射撃だけだと思ったか? あと、俺が邪魔したって? そんなのお互い様だろ」
「ちぃ!」
スティーガも浅倉を追い詰めていたゾルダとファムの戦いに割り込んできた。
邪魔をしたのは、どちらも同じ。
ゾルダの言葉に舌打ちしたスティーガが、再びディスティングバイザーを鞭状に変形させて振るう。
しなる蛇腹の刃をゾルダはギガホーンを振り上げて弾き飛ばし、その反動を利用しながら右手のマグナバイザーの引き金を絞った。
銃弾が一直線に放たれる。
スティーガが横へ跳んでかわし、着地と同時にディスアローガンの矢を連射。
ゾルダは身を低くしながらデスクの間を縫い、矢をかわしつつギガホーンを振るって応戦。
銃弾と矢が飛び交い、蛇腹の刃としなる籠手がぶつかり合う。
二人はそれぞれの武器を駆使し、無人のオフィスの中で激しく立ち回った。
「そう言えば、既にニュースになってるぞ」
銃弾を放ちながら、ゾルダが切り出した。
「お前の家が全焼したってな。ああやって、恨んでる親を始末したのか?」
「だったら何です?」
スティーガは矢を連射しながら、感情の乗らない声で返した。
「あの男が死んだところで、貴方には何の関係もない」
蛇腹の刃がしなり、ゾルダのギガホーンが弾き返す。
「それとも真相を聞いて、私を警察に突き出すつもりですか? こんな状態の警察に?」
皮肉めいた一言を浴びながら、ゾルダはじわじわと追い詰められていく。
ギガホーンはゾルダが持つ唯一の近接戦闘用武器。
だが北岡はこれをほとんど使ってこなかった。
持病を抱える身には、激しい動きを伴わない射撃戦の方が遥かに合っている。
近接戦闘は、純粋に消耗が激しすぎた。
(くそ、やっぱ俺に合わないなコレ!)
心の中で盛大に愚痴った。
その瞬間。
横の窓ガラスが突然砕け散り、そこから巨大な蠍の尻尾が勢いよく伸びてきた。
一時撤退したディスコーピオンが、いつの間にか外の壁面に張り付いていたのだ。
「何!?」
咄嗟に身を捩り、尻尾先端の針がボディを霞める。
かろうじて致命傷は免れたが、手痛い一撃がゾルダの身体を捉えた。
「ぐああ!」
派手に火花を撒き散らし、衝撃で身体が後方へ吹き飛び床へと叩きつけられる。
起き上がろうとしたが、ここで気付く。
全身から微かな粒子が噴き出し始めたのだ。
ミラーワールド内での活動限界だ。
(流石に……ちょっとヤバいか?)
平静を装いながら、北岡はスーツ内で嫌な汗をかいた。
正直、見くびっていた。
以前ファムとの戦いを観察した時、スティーガにはまだ命を奪う事への拒否反応が見えた。
あの躊躇い。あの震え。
だが今のスティーガには、それが微塵もない。
父親を手にかけた事を皮切りに、何かが決定的に変わってしまったのだ。
今の彼女の攻撃には、人を殺める事への迷いが、完全に消えていた。
「こんな室内じゃ、あの大砲も無暗に使えませんね?」
「うぅ.....」
起き上がろうとするゾルダへ向けて、
スティーガがディスティングバイザーを構えながら一歩一歩と近づいてくる。
「ギシャァァ......」
その後ろから、室内に侵入したディスコーピオンの巨体が、彼女を慕うかのように着いてくる。
スティーガの言う通り、ゾルダの基本装備は火力に特化した砲撃がメイン。
室内でギガランチャーやギガキャノンを使えば爆発に巻き込まれたり、建物が倒壊して自分も被害を負いかねない。だから使わなかったのだ。
「これ以上.....邪魔はさせません......」
その声から、明確な意志が伝わってくる。
トドメを刺すつもりだ。
だが —— 床に倒れたゾルダの仮面の奥に、不敵な笑みが浮かんだ。
「ああ。確かに使えないよ。"室内なら"…な」
「?」
スティーガの足が、一瞬止まった。
次の瞬間。
二人から少し離れた場所の壁が、轟音と共に爆発した。
「なっ、外から!?」
スティーガが反応した瞬間、またも轟音と共に爆発が発生する。
警察署の壁が大きく抉れ、砂埃と煙が室内へと吹き込んでくる。
破壊された壁の向こう、建物の外に、巨大な影が佇んでいた。
バッファローを彷彿とさせる二本の巨大な角。全身を覆う鋼鉄の装甲。
重火器の塊のような、圧倒的な巨躯。
マグナギガ。
北岡が契約したミラーモンスターだ。
「グォォォォ……」
身長二メートルを超える鉄の巨人は、低く腹に響く咆哮を上げながら、ゾルダたちが居るオフィス部分を静かに見上げた。
次の瞬間、両腕に備わった大砲と胸部のミサイルが一斉に火を噴いた。
砲弾は外壁を突き破り、オフィス内部へ次々と飛び込ぶ。
着弾するたびに床は砕け、天井は崩落し、オフィス全体が激しく振動。
机は粉砕され、柱には巨大な穴が穿たれ、コンクリートの破片と煙が視界を覆い尽くす。
「ぐっ……くああっ!」
スティーガは飛び退きながら必死に瓦礫や砲撃を避けるが、室内に爆炎と煙が充満し上手く動けない。
「ギシャアアッ!」
背後でディスコーピオンが怒りの咆哮を上げている。
だが、その巨体にも容赦なく砲弾が降り注ぎ、尾を振るって応戦しようにも爆炎に押し返され、容易に近づくことができない。
北岡はこうなる事を見越していたのだ。
室内では重火器の使用に制限が生じる。その万が一に備え、彼は予めマグナギガを建物の外で待機させておいたのである。
「今の内に……」
ゾルダは痛む体を押さえながら、噴煙に紛れ急ぎ足で廊下を抜けていった。
やがて最後の砲撃が止み、警察署内に静寂が戻る。
舞い上がった粉塵がゆっくりと晴れていく。
スティーガは咳き込みながら周囲を見回したが、そこにゾルダの姿はなかった。
「クソっ……! また仕留め損ねた!」
ファムに続き、ゾルダまで逃がした。
怒りが腹の底から湧き上がり、スティーガは傍らに転がっていた瓦礫を力任せに蹴り飛ばす。
瓦礫が壁に激しく当たり、乾いた音が廃墟と化したオフィスに虚しく響いた。