自分のふるさとである熊本が、またしても被災し暫し精神的に参ってました。
今は大分落ち着きましたが、
こう言う事態が起きた時、何時も執筆意欲が落ちます。
特に本作の様に、人の命を大量に扱う作品を執筆して良いかと、悩む所です。
「クソっ……! また仕留め損ねた!」
怒りに任せて瓦礫を蹴り飛ばす。
乾いた音が、破壊されたオフィスに虚しく響いた。
だがその時、スティーガ自身の身体からも、微かな粒子が噴き出し始めた。
活動限界のサインだ。
「……今は、他を優先しないと……」
先ほどまで燃え上がっていた怒りは、ゆっくりと胸の奥へ沈んでいく。
今、自分がやるべき事は別にある。
怒りを押し込め、一旦冷静になったスティーガは現実世界へと撤退した。
◆
現実世界。
車内で待っていた吾郎が最初に見たのは、覚束ない足取りで戻ってくる北岡の姿だった。
額には脂汗が滲み、苦痛に顔を歪めている。
いつもの飄々とした余裕が、完全に消えていた。
「先生! 大丈夫ですか!?」
即座に車を降り駆け寄る吾郎。
北岡は浅く息を吐きながら、彼の肩に体重を預ける。
「俺は良いから……それよりゴローちゃん、車出して。急がないと」
「急ぐって、どちらへ?」
「……浅倉の所。いや、奴が居るだろう、付近でも良い!」
北岡の切迫した口調からただ事ではないと察した吾郎は、
素早く北岡を助手席へ乗り込ませ、車を発進させた。
走行中、助手席にもたれた北岡は荒い呼吸を整えながら、警察署で見た事を手短に説明する。
話を聞き終えた吾郎は、思わず目を見開いた。
「警察狩り!? そんな……浅倉の為にそこまで……」
「間違いないって。このままあの娘を放っといたら、街中の警察が全滅だよ」
北岡の表情は険しかった。
街の警察組織が機能を失えば、社会的混乱は計り知れず、治安は一瞬で崩壊。
犯罪者は野放しになり、市民は守ってくれる者を失う。
ヒーローのつもりは毛頭ない北岡でも、この事態ばかりは流石に見過ごす訳にいかなかった。
「でもそれなら、さっきの警察署に留まっていた方が良いんじゃ……」
吾郎の疑問は最もである。ルリの狙いが警察なら、あの場に居た警官達が危うい。
しかし北岡は首を横に振り、窓の外へ視線を向けながら続けた。
「いや、モンスターの気配は消えた。おそらく奴は、浅倉を狙う人物を優先的に仕留めてる。その証拠に、署を包囲してた警官には被害がなかったからさ」
窓の外では、朝から鳴り止まないパトカーのサイレンが遠く近くで交錯し、不穏な空気が街全体を覆っていた。
助手席に身体を預けた北岡は、苦しげに息を吐きながら静かに口を開く。
「報道で言ってた火事も……アイツの仕業だ。曽川社長は、もう生きちゃいない。……兎に角、一刻も早くヤツを止めないと」
その言葉に、ハンドルを握る吾郎の表情も険しくなる。
「でも、どうします? 通報して捕まえようにも……相手がライダーじゃ、どうにも……」
前方から目を離さないまま、静かに至極もっともな問いかけ。
仮に「鏡の中から怪物が現れ、曽川ルリと浅倉はその怪物を操れます」などと訴えたところで、真面目に受け取る者はいない。
まして今のルリは、自分の邪魔をする者にも躊躇なくモンスターを差し向けるだろう。
生身の警察を近づけること自体、新たな犠牲者を増やすだけだ。
「問題はそこなんだよな……結局、ライダーの相手はライダーにしか務まらないし…………うっ……」
北岡も眉間に深い皺を寄せるが、上半身に鋭い痛みが走り言葉が途切れた。
先ほどの戦いで受けたダメージは、想像以上に深かったようだ。
病を抱える身体には、決して軽い傷ではない。
思わず顔をしかめ、胸元を押さえる彼に、吾郎が慌てて声を上げる。
「先生!」
「……今は、俺一人じゃ無理かもな……」
額に滲んだ汗を手の甲で拭いながら、北岡は静かに続けた。
「誰かと組むとか、性に合わないけどさ。この際、仕方ない」
ライダーにはライダーで対応するしかない。
だが先ほどの負傷が尾を引いている。
一人で戦うのは分が悪い——北岡がそう判断を下すのは、珍しい事だった。
他人を信用せず、自分の為だけに戦う。
そのやり方で弁護士としての仕事も、ライダーの戦いも切り抜けて来た。
だが、今回ばかりは違う。
相手は命を奪うことを躊躇いを無くしたスティーガ。
しかも背後には浅倉こと王蛇まで控えている。
あの二人が万が一協力でもして、此方に牙を向いてきたら.....
今の身体で単独戦闘を挑むのは勝算が薄い。
吾郎が驚いたように目を瞬かせる。
「? 誰かと協力を?」
「ああ……居るからな」
北岡は再び窓の外へと視線を向けた。
「浅倉に執着してる奴が、他にも……」
◆
北岡たちが車を発進させてから暫くした頃。
美穂は浅倉が逃走中とされる街の一帯を、足早に探索していた。
「浅倉……今度こそ……私の手で……」
低く押し殺した声が、人気のない街角へ静かに溶けていく。
この三週間、浅倉の行方は途絶えていた。
美穂は知る由もなかったが、ルリが別荘に匿っていたからだ。
その復讐相手がようやく表舞台に姿を現した。
ここで逃せば、次は何時チャンスが来るか分からない。
そして昨日の北岡の話が、美穂の中で一つの確信を強めている。
仮にこのまま浅倉が逮捕されたとしても、自分が納得できる刑罰が下されるかどうか怪しい。
結局、私刑しか自分には道がないと改めて理解出来た。
そうでなければ、自分がライダーになった意味がない。
だが警察が集まっている場所をいくら探し回っても、浅倉の気配は見当たらない。
報道で目撃情報が出回った場所なのに。
「何処にも居ない……やっぱり、もうミラーワールドに?」
こうなれば鏡の中を探索するしかない。
美穂は足早に人気のない裏路地へと向かった。
カーテンが閉め切られた窓ガラスを見つけ、ファムのカードデッキを取り出す。
窓ガラスへとデッキを向け、静かに変身の準備にかかった。
ガラスに映った自分の姿。
だがその隣に――もう一つ、人影があった。
「――っ!?」
全身を貫くような悪寒。
美穂は反射的に身をひねる。
次の瞬間。
鈍い風切り音とともに、鉄製のバールが彼女の頭のあった空間を薙ぎ払った。
一歩判断が遅れていれば、まともに直撃していた。
「……!」
着地と同時に距離を取ろうとする美穂。
しかし、襲撃者は止まらない。
「やはり来ましたね、霧島美穂!」
再び振り上げられたバールが、容赦なく振り下ろされる。
「復讐を望む貴女なら、必ず探しに来ると思ってました!」
火花を散らす勢いでバールがアスファルトを叩く。
その一撃を紙一重でかわした美穂は、ようやく相手の姿を視界に捉えた。
「お前……!」
立っていたのはルリだった。
その瞳には静かな狂気だけが宿っている。以前の迷いは微塵も残っておらず、
理性の色も薄く、昏い執念だけが燃えていた。
ゾルダを追い払って直ぐ、彼女はこの付近で待ち伏せていたのだ。
浅倉を追う煩い警察を先に始末すれば、美穂との戦いに専念できると考えて。
「貴女さえ始末すれば、浅倉さんは私を見直してくれる!」
「まだそんなことを!」
美穂は怒鳴り返しながら後退する。
「私がやる事は変わらない! 初めから何も!」
ルリは叫ぶと同時に、再びバールを振り回した。
想い人に降りかかる火の粉を払う。彼女の願いは最初から変わっていない。
霧島美穂や、逮捕したがる警察官達。浅倉の脅威になる者を積極的に狙っていく。
長年の恨みの対象だった曽川文也を始末した際、使用人達だけを残したのは彼らが浅倉の脅威の対象にならないと判断しただけに過ぎない。
ルリの攻撃の一つ一つが、必要以上に激しく、荒々しい。
まるで浅倉の如く、獲物を追い詰める獣に似た振舞い。
休む暇もなく攻撃を浴びせる。美穂は後退しながら必死にかわし続ける。
途中、振るわれた一撃が横の窓ガラスへ直撃。
大きなガラスが蜘蛛の巣状にひび割れ、その直後、甲高い破砕音とともに粉々に砕け散った。
無数の破片が陽光を反射しながら降り注ぐ。
その一瞬だった。
美穂の回避がわずかに遅れる。
「しまっ――」
ドゴッ!
鈍い衝撃が右腕を襲った。
「ぐあぁっ!!」
電流のような激痛が腕を貫く。
激痛が肩口まで駆け抜ける。腕が痺れ、思わず体勢を崩した。
「喰らええ!」
その隙を逃すルリではない。
殺意を宿した瞳のまま、一気に距離を詰める。
だが――。
「キュイイィっ!!」
砕けた窓の向こうから、ブラウンウイングが勢いよく飛び出し、一直線にルリへ突撃する。
「くっ!」
思わず体勢を崩し、手にしていたバールが高く宙へ弾き飛ばされた。
地面へ転がるルリ。
ブラウンウイングはそのまま追撃しようと翼を広げる。
しかし――
「ギシャアアアアッ!!」
今度は別の窓の奥から、ディスコーピオンが半身だけを現実世界へ乗り出した、ブラウンウイングへ襲いかかる。
二体は激しくぶつかり合い、そのまま鏡の奥へともつれ込むように姿を消した。
鏡の向こうから、激しい衝突音だけが響き続ける。
「くっそぉ!!」
すぐさま立ち上がるルリ。
彼女は急いで辺りを見回し、足元へ散らばる掌サイズのガラス片の一つを拾い上げる。
鋭利な破片を握り締めると、腕を押さえながら後退する美穂へ一直線に飛び込む。
「っ!」
勢いの差は歴然だった。
二人はもつれるように地面へ倒れ込む。
ルリが上。
美穂が下。
完全に馬乗り状態になり、ルリは悍ましい殺意を込めた表情で、
ガラス片を突き刺そうと力を籠める。
「死ねぇ.....大好きなお姉さんに、会わせてあげますよ!!」
「や、やめろぉ!」
美穂は必死に両腕を伸ばし、ルリの手首を押さえ込む。
しかし、先ほど強打された右腕に上手く力が入らない。
震える腕が少しずつ押し戻されていく。
ブラウンウイングは鏡の向こうでディスコーピオンと交戦中。
今、この場で美穂を助けられる者はいない。
ガラス片が、じり、じりと美穂の顔面へ近づいていく。
美穂は歯を食いしばり、全身の力を振り絞って押し返す。
それでも、その距離は少しずつ、確実に縮まっていった。
そこへ駆け込んでくる一人の男。
「霧島!」
北岡だ。
ルリからすれば、手段を選ばず素早く始末したかったのだろう。
先にスティーガとなって生身の彼女を強襲する事も考えたが、流石に街中でライダーの姿は目立ちすぎる。
だから変身前に手を下すしかなかった。
しかし二体のモンスターが暴れるとなれば、遠くからでもそれなりに気配を察知できた。
路地裏で馬乗りになったルリが美穂を襲う光景を目の当たりにした北岡は、
迷わず駆け寄り、横合いからルリの身体へと全体重をかけて突き飛ばした。
「そら!!」
「っ――!」
不意を突かれたルリの体が横へ吹き飛び、ガラス片が乾いた音を立ててアスファルトへ転がる。
「北岡!?」
「立て、一旦引くぞ!」
状況がまだ整理できていない美穂だったが、
北岡の目に宿る鋭い気迫に押され、痛む腕を押さえながら立ち上がる。
二人は足早にその場を後にした。
足音が遠ざかっていく。
路地裏に、静寂が戻った。
「…………」
ルリは転倒した痛みをこらえながら、静かに身体を起こした。
砂埃にまみれた手を、ゆっくりと払う。
逃げていく二人の背中を、無言のまま見据えた。
怒鳴りもしない。叫びもしない。
ただ昏い眼差しだけが、二人が消えた路地の先へと注がれていた。